岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

12 ブランコで首を吊った男

2019年07月15日 15時07分00秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

11 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

その日は結局、一日中二人で一緒に過ごした。たくさん話し、たくさんセックスをした。だけど、俺の頭の事は、あのDVDにも映った公園の事しかなかった。何をしても、上の...

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 いつもの喫茶店まで、何も話さずに黙々と歩いた。
 聞きたい事、話した事は山ほどある。でも、頭の中で整理をしていた。多分、静香もそうなのだろう。
 色々なものが今、繋がろうとしている。非常に俺はワクワクしていた。
 喫茶店に到着して、コーヒーを注文する。静香は紅茶を頼んだ。
「Cさん…、いや、静香さんって呼んでもいいでしょうか?」
「はい」
「どちらから先に話しますか?」
「どうぞ」
「分かりました。まず、自分から言います。DVDを見たというのと、亀田さんとは仕事の繋がりでというところまでは、話したと思います」
「ええ」
 静香の顔を見ていて、不思議な気分だった。昨日、テレビのモニタで見た知らない他人が、今、こうして目の前で俺と話している。偶然とはいえ、何かを感じる。
「何故、彼の死因が不可解かという点です」
「他殺だったとか?」
「それは分かりません。ただ、自殺はおかしいなって、素直に思ったんです」
「何故?」
「ま、まあ、女性には言いづらいですけど、ドアノブに紐をくくりつけて首を吊ったという点から言います」
「はい」
「普通、首を吊るとしたら、どこでと考えますか?」
「うーん、やっぱり天井とか、木の枝からとかじゃないかしら?」
「ええ、自分もそう思います。自分の身長よりも、高い場所からって思うのが普通です」
「うん、そうね」
「でも、彼はドアノブから首を吊りました」
「それはあの人は、体重も重そうだし、天井からっていうのを避けたんじゃないの?」
「その仮説もありますよ、もちろん。ただ、引っ掛かるのは次の事なんです」
「次?」
「たつ鳥あとを濁さずって、言うじゃないですか?」
「はい」
「普通、部屋で自殺するなら、身辺の整理ぐらいはすると思うんです」
「うーん、そうかも……」
 唇を尖らせながら、考え事をする静香の顔は、魅力的に映った。
「彼の部屋には、女物の白いパンティが一枚落ちていたそうです。床に……」
 一瞬だけだが、彼女は体をピクッと反応させた。
「そこが不可解に感じるんですよ。確かに彼は男から見ても、女にもてないなって感じた人です。でも…、いや、だからこそなんです」
「だからこそ?」
「大抵の人は、亀田さんの事を容姿で気味悪がります。自分も正直に言うと、そう思ってました……」
「……」
「見かけはどう見てもオタク。不快感を覚えるような感じです。本人は溜まったもんじゃないと思いますよ。見かけで判断しやがってと、いった感情もあったかもしれません」
「うん」
「だとしたら、自殺するとしても、そんなパンティとかは、最初に処分するんじゃないかなって…。そんなものがあったら、変態っぽく見られるの仕方ないじゃないですか?」
「そこまでの余裕が、なかっただけかもしれないじゃない」
「かもしれません。どうせ、死ぬんだから、どう見られてもいいという開き直り」
「ええ、私は隣で、少しは接してたから、多少、亀田さんの事は分かるわ」
 静香の表情は、店に入った頃とは違っていた。
 怒っているような、それでいて悲しみも感じさせるような表情。何か、静香と亀田の間に合ったのかもしれない。



 コーヒーと紅茶が運ばれてくる。俺はそのまま、ブラックで一口飲んだ。静香は砂糖を五杯も入れていた。極端な甘党なんだと思う。
「何か、亀田さんとあったんですか?」
「……」
 静香は黙って唇を噛んでいた。
 亀田と静香がセックスする想像をしてみる。とてもじゃないが、思いつかない。美女と野獣。不釣合い過ぎる。
 亀田が静香の私生活を覗き見。リアルに想像できた。亀田は変態という言葉が、とてもよく似合う。
「あなた、あのDVDを借りて見たって言ったでしょ?」
「ええ、それが何か?」
「あの子供の映っている映像。亀田さんが、私に持ちかけた事なの……」
「え……」
 頭の中に一瞬の閃きがあった。亀田があのビデオカメラをDVDに変換したとしたら、充分にあの映像は合成できるんじゃないか。首吊り映像を……。
「自分の子だから、楽しく見ていたわ。亀田さんの作ってくれたDVDは……」
「ええ」
「だから、あの首吊り死体みたいなものが映っていたのを見た時、あまりのショックに声も出ませんでした」
「分かりますよ」
「うちの主人にも、相談したけど取り合ってくれなくて……」
「亀田さんに相談したと?」
「ええ、彼は知らないと言ってました。そんなものが映っていたんですかと、逆に驚いたぐらいで……」
 静香はこの時点で騙されている。そう感じた。でも、黙って話を聞く事にする。
「それで、あの映像を送ったんです。何とかならないかなって……」
「それはそうですね。気味が悪いままだと、今後の生活に影響があります」
「でも、あのビデオ会社。ただ映像を商品化しただけで、何の解決にもならなかったの」
「向こうはただの商売ぐらいにしか、考えていないんですよ」
「ええ、そう思ったわ。送った私が馬鹿だったって…。話は戻るけど……」
「はい」
「恥ずかしい話だけど、亀田さんに相談したあと、あの人は私に迫ってきたの」
 確信できた。あの映像は亀田が、意識して作った合成映像であると……。
「はい、それでどうしたんですか?」
「当然、払いのけました。確かに主人とはうまくいってない。でも、だからって何であんな人に、身を預けないといけないの?」
「そりゃそうですよね」
 静香は感情的になっていた。その時の光景を思い出しているのだろう。頬が紅潮していた。亀田みたいなオタクに迫られたら、誰だって嫌だろう。気持ちは分かる。
「それで、その場は去ったの」
「ええ」
「それから何か疲れちゃって、実家に帰って……」
「その時にDVDを?」
「うん、でも、子供の事もあるし、主人にはなついていたので帰りました」
「ええ」
「そしたら子供が、亀田さんを発見して……」
 途中で彼女の目に涙が溜まっていた。自分の子供が、亀田の自殺の第一発見者。むごい現実である。
「それで今に繋がると……」
 静香は、テーブルに突っ伏して泣き出していた。力のない小動物を見るような感覚を覚える。

 初対面の俺の前で、テーブルに突っ伏して泣く静香。
 見ていて哀れに思う。
 店内の数人の客が、こっちに注目していた。マスターのほうを見ると、気づいていないふりをしていた。
 亀田の性格を考えると、あの首吊り映像は作り物だと感じる。その時点で、冷めたような感覚はあった。
 あとの話はどうでもよかった。でも、目の前で泣いている静香を見ると、悪い気がしてくる。自分の興味的な事だけで、過去の嫌な記憶を蘇らせた。少なくても今、泣いているのは、俺のせいでもある。
 仕方ない。ここまで乗りかかった船だ。とことん付き合おう。俺は静香が泣きやむまで黙って待っていた。
 そういえば、主人は仕事だとしても、子供は放っておいていいのだろうか?
 ここに来て三十分は経つ。昼寝をしているだけかもしれないが、あのアパートに一人でいる状況には代わりがない。
 静香は今、自分の事で、いっぱいいっぱいなのは分かる。でも、子供の事を言ってやらないと……。
「あの~、静香さん?」
「……」
「いいんですか、お子さん。一人でアパートにいるんでしょ?」
 俺の言葉に反応してくれたのか、静香は顔を上げた。目が真っ赤になっている。
「お願いがあるの……」
「ええ、何ですか?」
「付き合ってほしいところが……」
「どこへです?」
「それは返事を聞いてから……」
 どこへ行こうというのだろう。まあ、どこでもいいか。さっき、とことん付き合うと決めたのだ。
「分かりました。いいですよ」
 子供の事はいいのだろうか。それ以上は追求せずに、俺はコーヒー代を払って店を出た。

 賑やかな駅前通から、離れていくように歩く静香。俺は、黙ってあとをついていくだけだった。
 彼女は今、何を考えているのだろう。明らかにアパートとの方角とは、違ったほうへ歩いていく。後ろ姿は、寂しさやせつなさを訴えているようにも見える。
 どんどん人気のないほうへ向かう。とりあえず、声をかけようと、横に早歩きで並ぶ。
「亀田さんが亡くなったあとね……」
 突然、話を切り出されたので、心の準備がうまくできていなかった。
「……」
「警察の人が、何度も聞き込みに来たわ」
「それは、そうですね」
「それで私、知ったの……」
「何をです?」
「さっき、あなたが言ってたでしょ?」
「え?」
「床にパンティが落ちていたって……」
「ええ」
「それ、私のパンティだったの……」
 亀田の奴、隣のベランダから忍び込み、静香のパンティを盗み取ったのか。
「……」
 何て声をかければいいか、分からなかった。
「お気に入りのやつだったのよ。真っ白で……」
 もともと白いものが、あいつの手垢などで陵辱され、どす黒く変色したパンティ。持ち主の静香は、どれだけ傷ついたのだろうか。想像もつかないほどのショックを受けるだろう。
「辛かったら、無理にはいいですよ」
「ありがとう」
 悲しげな静香は、無理に笑顔を作った。抱きしめてやりたい衝動に駆られる。でも無理だ。俺には美和がいる。
 俺たちは、そのまま黙って歩いた。
 やがてお寺が見えてくる。静香は真っ直ぐ進み、寺内へ入った。
 一体、俺をどこに連れて行こうとしているんだ?
「ごめんね、変なところに案内しちゃって……」
「い、いえ……」
 静香は墓場に入り、奥に歩いていく。
「……」
 香田隆志と書かれた墓石の前で、静香は立ち止まった。ご先祖の墓だろうか。
「私の子供のお墓なんだ……」
 衝撃的な事実に、言葉が出なかった。
 あのDVDに映っていた子供……。
 あの子が亡くなっていた。
 あんなに元気にはしゃいでいたのに……。
 静香はしゃがみ込んで泣いていた。小刻みに肩を震わせながら……。
 何ともいえない気分だ。一体、何があったのだろう。
 俺はしゃがみ込む静香の肩に手を置いた。
「色々と辛い事が、連続であったんですね……」
 確かに主人とは、うまくいってない。さっき喫茶店で、彼女が言った台詞が思い出される。こんな小さな背中で、一人ですべて背負い込んできたのだろう。
 そういえば、何で最初に気付かなかったのだろう……。
「な、何故、私に、子供がいたなんて分かるんですか?」
 あの時、静香は「子供がいた」と過去形で話していたのだ。
 静香は俺に抱きついてきた。俺は両腕を下に垂らしたまま、立ち尽くすしかなかった。俺の胸を借りて泣く静香の頭を優しく撫でてやる。
 携帯が鳴る。美和からだった。俺は音が鳴らないように、バイブにして再びポケットに入れた。

 裸の静香が、上半身を起こす。形のいい胸が揺れる。俺は彼女を抱いてしまった。俺も静香も何も言わず、自然とホテルに向かっていた。
 旦那とも、しばらくしていなかったのであろう。静香は貪欲に俺を求めた。俺も彼女の心境を理解し、それに答えた。いけない事なのは分かっていた。でも、自分を抑えられなかった。
 今、彼女の顔は、すっきりしたような感じに見える。
「まだ、名前も聞いてなかったね……」
「早乙女雷蔵…。二十三歳」
「へー、雷蔵って言うんだ?」
「うん、古臭い名前だと思うけど、自分じゃ気に入っている。俺も、静香さんって、名前しか聞いていない」
「失礼ね。女に年を言わせるの?」
「抱いた女には、失礼でも聞くようにしている」
 俺がそう言うと、静香は声を出して笑った。心から笑っているように見える。
「二十五」
「二つ上なんだ。もっと、若そうに見えたけどね」
「ありがと」
 静香は、俺の頬にキスをしてきた。
「旦那がいるのに、良かったのかい?後悔してないの?」
「少し長くなるけど、聞いてくれる?」
「もちろん」
「あのアパート、引っ越してきたのって、まだ数ヶ月前だったの。亀田さんとは、偶然近くのスーパーで知り合ってね。最初の頃は、いい近所付き合いをしてたわ。ただ、うちの主人って一度も私を抱いてくれなかったの。何度も言ったけど、いつも疲れているってばかり…。子供を撮ったDVDに、あんなものが映っているのに、全然感心すら抱いてくれなかったの」
「それは酷いな」
 静香は甘えるように、俺の腕に頭を乗せてきた。
「あの公園で私が悩んでいると、亀田さんが偶然、通りかかったんだ。親切にしてくれるから、相談しちゃってね…。そしたら私に迫ってきて…。これが目的で、親切にしてたんだって思っちゃった」
「大抵の男って、そんなもんだよ」
「そうね。心を少しでも許した私が、馬鹿だったんだなって思ったよ。それで、子供と実家に帰ったって言ったでしょ?」
「ああ」
「もう二人で生きていこうって思ってたけど、隆志が、主人を恋しがっていたから、仕方なく戻ってね」
「子供の気持ちがやっぱり優先だよね。間違ってないと思うよ」
「うん、そしたら、亀田さんがドアノブで首を吊っているのを隆志が見て……」
「そっか…」
「最初、あのアパートに戻った時、すごい嫌な臭いがしてね。その時で、妙な感じはしたんだけど、隆志は亀田さんの部屋のほうへ行ってたの」
 すごい嫌な臭い……。
 俺が公園で嗅いだ臭いと同じような気がした。
「それで?」
「ドアノブに手をかけてたから、やめなさいって言ったら、ドアが開きだして……」
 静香の肌は鳥肌が立っていた。
「辛かったら、その辺は無理に話さなくてもいいよ」
「うん、ありがと。それから警察に通報して、何度も聞き込み調査が来て、すごい疲れたわ」
「そりゃそうだろうね」
「旦那は私に謝ってきたわ。でも、それって形だけだったの」
「何故?」
「息子の隆志が原因不明で、体の具合が急に悪くなり、病院に連れて行っても医者は分からないって……」
「……」
「色々な医者にすがりついたけど、原因不明のまま、隆志は三歳で亡くなったの」
「うん……」
「まだ、二週間前の話……」
「そうか」
「隆志が亡くなったその日…。旦那は、別の女と浮気してたんだ」
「……」
「私、隆志の葬儀とか色々あって、何も言わなかったけど、終ってから実家に戻ったの」
「うん」
「その時、あのDVD出したところから、連絡があってね。隆志が亡くなった原因が、分かるんじゃないかなと思って出演したんだ」
「DVDでは、子供が亡くなった事、言ってなかったじゃない?」
「話している内に、この人たちって何か違うんだなって思って……」
「そうだね。俺も見ていて、それは感じたよ」
「親に言われたわ。おまえの主人も辛さは同じなんだから、家に戻りたい気持ちは分かるけど、一緒にいなって……」
「確かに事情を知らないと、そう無責任に言うかもな……」
「もう何も考えられなくて…。私の居場所って、どこにもないんだって思ったの」
「……」
「家にもいられないし、働いてないから、私は今のところに戻るしかなかったんだ……」
「大変だったな……」
「隆志が亡くなったの、まだ信じられなくて……」
 静香は、涙声になっていた。俺はギュッと抱きしめてやる。

 ホテルの休憩時間がきて、俺たちは出る事にした。
「送っていくよ」
「ううん…。大丈夫……」
 静香は寂しそうに笑った。
「そうか」
「ごめんね」
「何が?」
「もう逢う事、ないと思う」
「……」
「ありがとう……」
 静香は振り向いて、歩いていった。まだ時間は三時半だった。
 携帯を取り出すと、美和から着信が三回ほどあった。
 美和に対しての罪悪感がのしかかってくる。俺はどんな言い訳をしたとしても、あの女をさっき抱いてしまったのだ。
 でも、何故か気分はすっきりしていた。美和に、この事だけは黙っておこう。
 俺はマンションに向かって歩き出す。一度も静香のほうを振り向かずに歩いた。

 帰り道、公園に差し掛かる。今は誰もいなかった。この近所の人々は、この場所で自殺があったのを知っているせいだろうか。
 ブランコへ近づいてみる。あの映像は亀田が合成したと仮定しても、ここでサラリーマン風の男が首吊り自殺をしたのは、本当の事実だったのである。
 ここで自殺をした……。
 俺はブランコを支える鉄の棒に触れてみた。何も感じない。どんな気持ちで自殺をしたのだろうか?
 俺には分からない。
 もう前みたいな変な臭いはしなかった。あの時、嗅いだ臭いは一体、何だったのであろう?
 赤いベンチに腰掛け、静香が住むアパートを見る。もう、彼女は帰って中にいるのか。色々と考えてみたが、もうどうでもいい事だった。
 彼女とは、二度と会う事はないのだ。
 さっきお互いを求め合ったのが、幻だったように思えてきた。
 帰るか……。
 俺は立ち上がり、公園をあとにした。
 自分のマンションに帰ると、ドアの新聞受けのところに、大き目の封筒が入っていた。手に取ると、非常に薄っぺらい封筒だった。
 差出人も何も書いていない、ただの封筒。
 何だろう、これは……。
 中に何か入っている。俺は封を切って、取り出してみた。
 真っ白い一枚のDVD。中にはそれしか入っていない。DVDのロゴしかない、無地のメディア。郵便物で届いたものじゃないとすると、誰からだろう。この部屋に来た事があるのは、友人のゴッホと美和ぐらいだ。
 美和は、まだ仕事しているだろうしな……。
 とりあえずゴッホに連絡してみる。
「なんだい、雷ぞっち?」
 相変わらずのダミ声が聞こえてくる。
「あれ、今日は仕事休み?」
「ああ、先週の日曜日仕事だったから、今日はその代わり」
「そうなんだ」
「雷ぞっちは?」
「今日、仕事を休んだんだけど、今まで外に出掛けててさ」
「うん」
「それで今、帰ると、変な封筒があったんだよ。差出人もないし、おまえが届けたのかなと思ってさ」
「はぁ? そんなの知らないよ」
「そっか……」
「中は見たの?」
「DVDの真っ白なメディアが一枚だけ」
「何、メディアって?」
「うーん、分かりやすく言うと、DVDだよ」
「ああ、なるほどね」
「まあ、プレーヤーで見てみるよ。ゴッホも一緒に見るかい?」
「俺はいいよ。遠慮しとくよ」
「何で?」
「だって薄気味悪いじゃん」
「それはそうだけど、中身、気にはなるだろ?」
「そうだけど、俺が怖いの嫌いなの、知ってるだろ?」
「ああ、そうだな。でも、中身がエロいやつだったとしても、あとでじゃ、見せてやらないぞ。いいのか?」
「それはまた別の話だろ」
「都合いいやつだな」
「いいじゃねーか。そん時はちゃんと教えてくれよ」
「分かったよ。これから見るから切るぞ」
「ちゃんとエロいのなら、教えてくれよな」
「分かったよ」
「絶対だよ」
「うるせって、しつこいなぁ」
「いいじゃん。あとで少ししたら、俺から電話するよ」
「はいはい、じゃあね」
 封筒はゴッホからではなかった。では、美和からだろうか?
 俺はメールを打って、返事を待つ事にした。

 一体、何のDVDだろうか?
 差出人不明の無地のDVD……。
 内容はどうなっているのだろう?
 とりあえず、美和からの返事を待ってから拝見しよう。
 すぐにメールの返事がきた。
『ただいま、仕事中。封筒? 何それ? 私は仕事で、今日は雷蔵のとこ行ってないよ。さっき電話したのは、ちょっと声が聞きたかっただけでした。寝ちゃってたかな? でもメールが来たので、職場でニコニコしてます。終ったら連絡するね』
 美和からでもない。
 じゃあ、一体、誰がこんなものを……。
 美和のメールを見て、胸が痛んだ。さっきまで、静香を抱いていたのだ。完全な裏切り行為。でも、この分では気づいていないようである。
 このDVDを見てみよう。
 考えても結論は何もでない。
 俺はプレイヤーへメディアを入れた。

 ―― 公園に映るブランコで首を吊った男 ――

 ん、何だ、これは……。
 この間、借りた『一般人投稿の不可解な映像』と、同じ映像じゃないか。俺は借りているほうの『一般人投稿の不可解な映像』を見た。テレビの横に置いてある。間違って入れた訳ではない。
 何だ、このDVDは……。
 薄気味悪いものを感じる。借りたものと違う点は、スタートの時点で、静香がいきなり出てきているところだ。誰がこんなものを……。
 静香とスタッフの話す内容は、前と何も変わらない。話す台詞まですっかり同じだ。
「すべり台でうちの子が遊んだあと、ブランコほうへ行く時に……」
「はい」
「ブランコで首を吊っていたようなサラリーマン風の男が……」
「え、はっきりと映っていたんですか?」
「はっきりと言うよりかは、うっすら透明にといった感じです」
「でも、●●さんは、それを見ながら撮影していた訳ですよね」
「もちろんです! ただ、私からはその時、何も気づきませんし、何もなかったんです!本当ですよ。信じて下さい!」
「落ち着いて、落ち着いて……」
 急に取り乱す静香。スタッフは、慌ててなだめている。ここまで何も変わっていない。
「す、すみません……」
「では、その問題のシーンを拝見いたしましょう」
 慌てたスタッフは、半ば強引に、画面を切り替える。俺の思考など気にせず、テレビのモニタはかまわず進めていく。
 問題の映像シーンが始まる。
 近所の公園で無邪気に遊びまわる男の子。俺はこの子が隆志という名前だと知っている。そして亡くなったのも……。
 静香にビデオカメラで撮られるのを嬉しそうに、元気いっぱいはしゃぐ隆志。
 砂場で山を作って遊び。
 ジャングルジムを頑張って必死に登る。
 本当にこの子が、原因不明の病気で亡くなったのか。こんなに元気なのに…。でも、俺は隆志の墓まで、実際にこの目で見ている。
 ジャングルジムについているすべり台から、大声を上げながら滑り降りる隆志。
 すべり台つきのジャングルジム……。
 隆志がブランコのほうへ駆けていく。ここで、亀田の合成した偽者動画が出る。ブランコで首を吊った男が映しだされる。
「ん?」
 何か、前よりハッキリと鮮明に映ってないか……。
 俺は身を乗り出して、さらにテレビへ近づく。
 間違いない。前、見た時よりもハッキリと映っている。頭が混乱してきた。気がつくと息使いが荒くなっている。
「ホラービデオを見ているぐらいなら、私は何も言わなかった。でもあの公園は本当に言っちゃ行けない場所のような気がする。霊体験ってそんな簡単なものじゃ済まない気がするの……」
 美和の忠告した言葉が鮮明に頭の中で蘇っていた。

 

 

13 ブランコで首を吊った男 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

12ブランコで首を吊った男-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)いつもの喫茶店まで、何も話さずに黙々と歩いた。聞きたい事、話した事は山ほどある。でも、頭の中...

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