岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド
とりあえず過去執筆した作品、未完成も含めてここへ残しておく

群馬の家 02

2023年07月12日 20時47分08秒 | ブランコで首を吊った男/群馬の家

 

 

 家に帰ると、優奈と一緒に今日撮った写真をプリントアウトした。俺と諒君の写ったお気に入りのツーショット写真は、A4サイズに引き伸ばした。

「相変わらず修也って、掃除出来ないよね。」

「うるせー、このぐらいのほうが落ち着くんだよ。」

「写真はまだ?」

「まだ、プリント終わるまで時間掛かるから、この間書き出した小説でも読むか?」

「何、修也って本当に小説を書き出していたの?」

 信じられないというような表情を見せる優奈。こいつ、本当に何も信じてなかったのか。

「失礼な…、俺はやると言ったらやるんだ。」

「ごめんごめん、悪かったよ。じゃあ、見せてよ。どんなんだか見てみたい。」

「まだ、パソコンの中のデータだけしかないけどな。それでもいい?」

「うん。」

「パソコンのワードで書いてるんだ。もし、原稿用紙で書けって言われたら、絶対に俺は無理だけどな。本当にパソコンって便利だよな。」

 俺は『はなっから穴の開いていた沈没船』のワードデータを開く。

「へー、何だかすごいタイトルね。」

「だってあのガールズコレクションって、最初から沈没するのが、目に見えて分かっていたじゃん。まさに打ってつけのタイトルでしょ。あの坂本や若松の馬鹿どもの行動もキッチリ書いておきたいしね。」

 まだ四百字詰め原稿用紙で換算すると、三十枚ほどしか書けていないので、あっという間に優奈は読み終えてしまう。

「うーん…、何て表現したらいいんだろ…。私にとってはすごく辛い内容だよ…。でも先を読んでみたいっていうのはあるね。」

「俺もこの作品を書くにあたって、おまえには嫌な思いを抱かせるんじゃないかっていうのはあったよ。だけど、おろしたあの子に対する思いは一生消えない。その意味でもこの作品は絶対に書き上げないといけないんじゃないかって思うんだ。」

 寂しそうに微笑む優奈。やはり辛いだろう。

「ごめんな、湿っぽくなっちゃって…。何か明るい話題でもしよう。」

「そうね。」

 ある程度の時間が経ったとはいえ、優奈の負った心の傷は何も癒えていない。俺は無理にどうでもいい話題をベラベラと話し、出来る限り明るく接した。

「そうそう、もうじき私の誕生日でしょ。」

「あと一ヶ月ぐらいか。何か欲しいものでもあんのか?」

「物って言うよりは、一緒に旅行に行きたいな。」

「えー、旅行?」

「いいじゃん。箱根とか行きたいな。もうじきアジサイが咲き乱れる季節だし。」

 俺は社会人になって、優奈と知り合うまで旅行をした事がなかった。今現在で二回ほど付き合わされているが、面倒臭いので遠出はどうしても好きになれなかった。

「旅行よりも何か物が欲しいとかってないの?」

「ない。旅行。」

「えー。」

「旅行がいい。」

 こうなった時の優奈は絶対に引かない。以前もこのパターンで旅行に連れてかれたのだ。

「分かったよ…。箱根?アジサイが見たいのね…。はいはい。」

「やったー。箱根、箱根。」

 ガキみたいにはしゃぐ優奈。そんなもので何故そこまで喜べるのか、俺には一生理解出来ないのであろう。優奈の誕生日にどうするか話している内に、今日撮った写真のプリントアウトが終わった。

「最近のデジカメってすごいんだね。写真屋さんで撮ったのと全然変わらないもんね。」

「印刷屋や写真屋がどんどん潰れていく訳だよ。世の中が進化するって、当然何かしらの犠牲がつきもんだろ。泣く人間もいるって事、考えたらどんなもんなんだかな。便利になり過ぎるってさ…。まあ少なからず俺も悪に一役買っているのかもしれないな。」

「うーん、それは考え過ぎじゃない?でも、その泣く人間が自分の身内だったり、仲のいい友達だったりしたら、余計に許せないものってあると思うよ。」

「…だな。携帯にしても通話が出来るぐらいで本来充分なのに、メーカーはとにかく色々な機能を搭載されて、金儲けに走ってるだけだしな。テレビの番組作りもそう。もうちょっとモラルってもんを持って進んでほしいよ。」

「あれ…。」

 優奈の表情が一瞬、険しくなる。

「ん、どうした、優奈?」

「こ、ここ…。」

 優奈は引き伸ばした写真を指差しながら、何ともいえない表情をしている。

「何だよ、俺と諒君が仲良さそうに写っているから、ヤキモチでも焼いたのか?」

「違うよ。修也、ここ…、よく見て…。」

 指先の示した方向をじっくり見てみる。

「……。」

「左肘のところ…。」

「……。」

 優奈が俺の左腕をゆっくり触ってきた。諒君が俺の膝の上に腰掛けて写っている一枚の写真。中で写っている俺の左肘が明らかに透明になっていて、後ろの背景と同化しているように見える。

「何だ、こりゃ?デジカメの方で光か何か入ったのかな…。」

 無理に陽気に振舞った。しかし、心臓はバクバクと音を立てて高鳴っている。

「明らかに変でしょ?全体がボケるならともかく、修也の左肘先端だけって…。」

「あ、ああ…。」

 自分の左腕を眺める。別に異常はない。

「背景と完全に腕が重なってるでしょ。」

「ま、まー…、言われてみればな…。」

 背筋に冷たいものが走る。俺たちの考え過ぎなんじゃないのか。確かに自分自身、心霊現象や怖い話などの本はよく買って見ている。好きか嫌いかって言ったら、かなり好きな部類に入る。自分でオリジナルのDVDを編集して作るぐらいだ。しかし、こうして自分の写真に不可解なものが写り込んでいるのを目の当たりにしてみると、気味が悪くて仕方がなかった。

「ほら、ここのところ…。顔みたいなのが三つあるでしょ?」

 優奈はそう言いながら、写真の俺の左肘辺りを指す。

「ふざけんなよ。何もないって…。確かに背景と腕が重なってというか、何て言うのかな…。そこは誰でもそう見えるよ。でも、いくら何だって顔までは見えねえって…。」

「私には見える。顔が三つある。」

 ゆっくりと優奈は再び俺の左肘をさすりだした。

「修也…、腕に気をつけて…。特に左腕の肘には…。嫌な感じがするの。」

 

 時々、妙に勘が鋭い優奈。以前、浮気とまではいかないが、飲み屋で知り合った女に内緒で連絡をとっている時に、ある日いきなり言われた時の事を思い出した。

「修也、何か私に対して悪い事、やってるでしょ?」

「は?」

 一緒に寝ていて朝起きた時点で、いきなりそう言われた事があった。

「何の事だよ?」

「ごめん…。夢を見ちゃったの…。」

「夢?おまえ、ふざけんなよ…。」

 何、馬鹿な事を抜かしているんだ。そう感じた俺は、とことん嘘をつこうとした。

「何、言ってんだよ。それは俺が…。」

「髪型がショートカットで、目のパッチリした感じの子…。」

 心臓を鷲摑みされたような感覚を覚えた。何故、そんな事まで優奈に分かるのであろう。

「ねえ、修也…。私の目をちゃんと見て…。それでも嘘を言ってないって言える?やましい事は何もない?」

「本当にないって…。」

 結局、誤魔化し続けたがしばらくの間、気まずい空気が消えなかった。その飲み屋の女とはその後、何事もなく自然消滅のような形になった。

 

「修也、私の手が痺れてきた。」

 俺の左腕をさすっていた優奈がいきなり言い出した。

「どれ、ちょっと貸してみ。」

 以前、整体の先生で仲良かった人がいて、体の直す方法を色々教えてもらった事があった。思い出しながら様々な方法を試した。

「どうだ、少しは楽になったか?」

「あ、本当だ。」

「血行を良くしておいた。だいたいおまえは少し考え過ぎなんだよ。あんな写真一枚ぐらいで気にし過ぎだ。」

「そうだね。」

「言い方代えれば、左肘の部分だけピンボケしただけの話だろ?」

「うーん、そうだけど。」

 そう言いながら優奈の表情は険しい。

「まー、今日は帰りなよ。優希と優太も家で待ってるだろ?」

「そうね、もうちょっといたいけど、今日は帰りますか。」

「ああ、早く帰って子供の面倒見てやれよ。じゃあな。」

 優奈は離婚歴があった。前の旦那との間に出来た子供が二人いた。優希と優太は今でこそ俺になつくようになったが、優奈と付き合い始めの頃は本当に大変だった。まだ小学校の五年生と二年生なので、俺に母親をとられるんじゃないかという思いがあったのかもしれない。もともと子供の面倒を見るのは自分自身、好きで何の負担も感じないので、俺はあれこれ努力したつもりだ。ここ最近になって、見えない壁がちょっとずつ壊れてきたような手応えは感じていた。初めの頃は優奈の子供という意識が強かったが、ここら辺にきて少しは親の心境というものが俺の中に芽生えつつあった。

 もうそろそろ優奈が家に着く頃かな。暇つぶしにインターネットで適当に色々なホームページを見ている時に、携帯が鳴った。もちろん優奈からだった。

「おう、もう着いたのか?」

「う、うん。家には着いたんだけど…。」

「何かあったのか?」

「……。」

「どうした?何かあるんならハッキリ言いなよ。」

「手が…、手がまた変に痺れてきちゃって…。すごい痛いの…。」

 ブルッと一瞬寒気を感じた。

「大丈夫か?」

「修也…、近い内に仕事、休みとれる?」

「病院に行くのか?全然構わないぞ。」

「ううん、違うの。病院とかじゃ駄目だと思うんだ。」

「じゃあ、何だよ。」

「ちょうど修也と付き合いだした頃、群馬の友達の家に行った事があったでしょ?」

「ああ、…で?」

「そこで何て言うのかな…。すごい不思議な家に連れてかれたって話したの覚えている?」

「まー、なんとなくは…。」

「今回はそこにいかないと駄目なような気がする。」

「そこって霊媒師か何かなの?」

「うーん、ちょっと違うんじゃない。本人は霊媒師だなんて一言も言ってないし…。」

 いきなり群馬の不思議な家に行くと言い出した優奈の真意が理解出来なかった。確かに心霊写真っぽいものは現実に写った。怖い系の話は好きだが、ここら辺までくると馬鹿らしくも思う。一言で言うと、考え過ぎで片付けられる類の事だ。別に俺自身、何の異常もおきていないのだから…。

「近い内にそこへおまえが行ってくるって事だろ?」

「私だけっていうのじゃなく、修也も一緒に行かないと…。」

 確かに霊媒師とかそういった人種に今まで接した事はない。興味がないと言ったら嘘になる。しかし、仕事を休んでまで行くとなると、少し行き過ぎのような気もした。

「大丈夫だよ、優奈。気にし過ぎだって…。」

「前に行った時ね、私の前世は滝に身投げした巫女だったって言われたの。天草四郎時貞って知ってる?」

「天草四郎時貞でしょ。そのぐらい知ってるよ。応仁の乱のでしょ?」

「何、言ってんのよ。島原の乱でしょ。応仁の乱は室町時代の八代将軍足利義政の時に起こった内乱でしょ。時代が全然違うじゃない。」

「別にいいじゃねーかよ、もともと社会だけは苦手科目だったんだよ。それで天草四郎がどうしたって?」

「その頃に隠れキリシタンの巫女として、最後に滝へ身を投げたのが私なんだって。今でもその巫女体質っていうのがまだ残っているらしくて、他人の苦しい部分が理解出来るっていうか、よく分からないけど…。」

「まー別にいいけど、何で俺まで群馬まで行かないといけないんだ?」

「信じてくれないと思うけど、私が何となくそう感じたの。修也を連れて行かないと駄目なんだって…。」

 そこまでこいつが言うなら、騙された気持ちで一緒に行ってやるぐらいいいか。でも何かが引っ掛かっている気がする。

「分かった…。一緒に行くのはいい。ただ、おまえの言い方だとまだ何か隠している事があるんじゃないか?その辺がハッキリしないと俺は嫌だ。」

「あの写真…、たった一枚の写真かもしれないけど、修也にとって良くない事が起こりそうな気がするの。」

「うーん、腑に落ちないなー…。まーでも、いっか。分かったよ。そこまで言うなら一緒に行こう。…で、いつがいいんだ?」

「向こうの都合もあるから、電話して聞いてみる。完全予約制だから…。」

「分かったよ。決まり次第連絡くれ。」

 電話を切ってから例の写真を手にとってみた。背景と同化した左肘の先端。見れば見るほど奇妙な写真だ。俺と諒君が笑顔で写っているから、余計に違和感を覚えるのかもしれない。自分で肘を触ってみる。特別、何かがあるという訳ではない。でもこの部分が背景と明らかに同化して見えているのだ。写真を見ている内に、急に強烈な睡魔が襲ってきた。時計を見るとまだ夜の九時。さすがに寝るにはまだ早過ぎる。

 

 真っ暗な暗闇の中を手探りでゆっくり歩く俺。どこからか子供の泣き声が聞こえるような気がする。ここは一体どこなんだろう。俺はただ真っ直ぐ手探りで歩くしかない。

「オギャー、オギャー…。」

 遠くで子供の泣き声がハッキリ聞こえてきた。おろした俺の子供…。罪悪感がどんどん大きくなる。うつむきながらトボトボ歩く。一生消えない大きな傷。どう足掻いても癒やす事は出来ない。俺は憎悪と葛藤の狭間でずっと生きてきたような気がする。両親を恨み、今でもずっと憎んで生きてきた。反面教師として、俺は絶対に両親のようにはならない。そう強く信念を抱いてきた。俺を捨てて逃げた両親。その子供である俺は、自分の子供をおろさせた。血塗られた呪いの家系。俺自身も薄汚れている。

 遠くで三つの人影が見える。俺はただ真っ直ぐ歩く。人影との距離がだんだん縮まってくる。その三つの人影は吉川、北方、坂本だった。恨めしそうに俺を見る三人。

「何、偉そうに見てんだ。クソ野郎ども。ムカついてんのはこっちだ。」

 自分の内にある憎悪をすべて出しながら睨み付ける。いつの間にか俺は歩くのをやめていた。三人との睨み合いはずっと果てしなく続いた。

 気がつくと、いつの間にか寝てしまっていたようだ。口元のよだれを手で拭うと、もう一度写真を見てみた。左肘の部分は以前と変わりなかった。当たり前だ。写真が変化などする訳がないのだ。何だか疲れている。携帯に目をやると、着信が鳴った形跡がある。優奈からだったので掛けてみる。

「おう、悪い悪い。あれからすぐ寝ちゃったみたいでさ。おまえからの電話、気がつかなかったよ。」

「修也も疲れてたんじゃない。今日諒君と散々遊んだでしょ。」

「まーな、最近の俺はデスクワークで体使ってなかったしね。」

「そうそう群馬の先生のとこ、明日の三時だったら大丈夫みたいなんだけど…。」

「三時?明日?急過ぎるよ。」

「分かるよ。でも、行くの早いほうがいいなって思うんだ。」

「……。分かった。とりあえず掛川さんのほうに電話してみるよ。多分、俺が休みたいって言えば、大丈夫だとは思うんだけどね。さすがに群馬の霊媒師のとこに行くからとは言えないけどさ。まあ、これから聞いてみるよ。一旦切るぞ。」

 優奈との電話を切り、早速世話になっているオーナーの掛川さんに連絡をしてみる。

「もしもしー、どうしたんですか、伊達さん?」

「あ、忙しいところすみません。実は家の都合で明日なんですけど、お休みしてもよろしいですか?」

「全然構いませんよ。でも明後日は大丈夫ですよね?伊達さんが来ないと仕事にならない部分があるじゃないですか。」

「はい、問題ないです。明日だけですので。では明後日にちゃんと行きますね。急にすみませんです。」

 多少の罪悪感を覚えながら電話を切る。どっちにしてもこれで明日の三時に、優奈の言っている群馬の不思議な家に行く事になった。優奈の前世は隠れキリシタンの滝に身投げした巫女だと言っていたけど、俺は何なのだろう。すべては明日になれば、ある程度解決するのだろうか。写真の件は出来れば単なるカメラのブレか何かであってほしい。俺は眠くなるまで『はなっから穴の開いていた沈没船』を書き始めた。

 

 翌日、関越自動車道で北へ向かい、本庄児玉へ向かう。久しぶりに高速道路を走っている。ひょっとしたらサラリーマン時代以来だろうか。普段は新宿のゴチャゴチャした町並みと汚れた空気の中にいるせいか、山並みに囲まれた綺麗な景色は心を癒してくれる。

 本庄児玉で降りて、高崎方面に向かい車を走らせる。しばらくすると、左手の山に大きな仏像みたいなものが見える。

「なあ、優奈。あれって何?」

「有名な高崎観音じゃない。かなり有名よ。」

「へー、山の中からあれだけ突き出て大きく見えるって事は、相当でかいんだろうな…。俺、考えてみたら、でかいものってかなり好きなんだよな。くじらとか生で見てみたいし、出来れば恐竜ももし生きていればすごい見てみたいしね。」

「あの観音様の中に入れるようになってるんだよ。」

「いいなー、今度機会があったら行ってみたいねー。これだけ遠くから見ても迫力あるもんな。」

 山から突き出ている高崎観音は、俺たちを見守っているようにも見えた。その時、携帯が鳴る。後輩の藤崎からだった。

「おう、久しぶりだな、藤ちゃん。」

「お久しぶりです。」

「どうした?」

「いや、何か仕事ないかなと思いまして…。」

「え、今のとこ辞めちゃったの?」

「いえ、まだですけど、もう辞めたいんですよ。従業員とはうまくいってますけど、店長が…。もう飛ぼうかなって思っているんです。」

「待てよ、落ち着けって。とりあえず知り合いに何かあるか聞いてみるよ。だけど裏になるぞ。それでもいいのか?」

「ええ、裏でいいです。」

「じゃあ、今度また連絡するよ。今、出先なんだ。」

「あ、すいませんでした。」

 電話を切ると、優奈に後輩の藤崎の事を説明した。とっちゃんぼうやみたいな感じの後輩で、色々な人に可愛がられるタイプだった。馬鹿だけど、どこか憎めない徳した性格の持ち主でもある。

「あっ…。」

「どうしたの?」

「写真、部屋に置いてきちゃった。」

「あらら…。」

「まあ、心霊写真鑑定する訳じゃないからいっか。」

「ならいいけど。」

「そういやあ、おまえの前世が巫女とか言ってたじゃん。俺の前世も分かるのかな?その霊能者って。」

「うーん、どうかな?別に霊能者って訳じゃないんじゃない。」

「は?じゃあ、これから連れて行くところって何なの?」

「ひと言で言うと不思議な家って感じかな。」

「不思議な家?」

「うん、修也は霊能者ってイメージがあったかもしれないけど、本当に普通の地味なおばさんって感じだよ。」

「え、普通のおばさん?」

 頭の中で想像してみたが、イメージが何も湧いてこない。

「うん、外見だけで言うと、そんな感じだよ。それしか言いようがないかな。」

「うーん、まー、行けばすべてハッキリするか。」

「表向きはヒーリングと癒しのカウンセリングって謳っているみたいよ。宣伝方法といっても口コミだけで完全予約制だから近所に住んでいる人でも、全然知らない人は結構いるんじゃない。」

「俺にはよく分からないなー…。」

 のどかな日常で写したたった一枚の写真から、俺はこうして群馬の不思議な家に向かっている。不安とかは無いものの、これからどのような結果が待ち受けているのだろうか。

 

 国道十七号線を右に曲がり踏み切りに差し掛かると、優奈が声を掛けてくる。

「修也、ちょっとスピード落として。この辺にあるんだ。」

「ああ、どこら辺よ。」

「うーんと…、あ、そこのところに車入れて。」

 目の前には普通の民家や看板は出ていないものの寂れた美容室みたいな白い家が見える。どこに優奈の言う不思議な家はあるのだろうか。

「ほら、そこの白い家。そこがそうだよ。」

「え、ここ?看板も何も出てないじゃん。パッと見、美容室やエステ店みたいな感じ。本当にここなの?」

 悪くいえば胡散臭く見える。自分で想像した建物とはえらい違いだ。優奈は先に白い家の扉を開けて中へ入って行く。ここまで来たら俺も行くしかない。

「失礼します。」

「こんにちは。」

 靴をぬいで中に入ると、優奈が言っていた通りの地味で本当にそこら辺にいそうなおばさんが立っていた。体系は多少太めで服装も地味。スーパーで買い物をしている主婦みたいな感じのごく普通のおばさんだ。確かにテレビで見る霊媒師とかと比べると全然そういう風に見えない。部屋には白い小さめのテーブルがあり、回りに椅子が三つ置いてある。不思議なのはどう見ても建物は一階しかないのに、まるで意味のない螺旋階段が天井まである事だ。螺旋階段の両脇の壁には、二枚の掛け軸が壁に掛けてある。それ以外は目に付くものは特にない。

「どうぞ、こちらに座って下さい。」

「は、はあ…。」

 群馬の不思議な家のおばさんと表現したほうがいいのだろうか。パーマをかけているのだろうが、手をかけてお洒落している訳でもない。服装もそこら辺のおばさんが着ているような普段着の格好だ。怪しい物をつけてもいない。だが一見、普通のおばさんなのに、不思議な感覚をまとっているように感じる。

「失礼します。伊達修也と言います。はじめまして。」

「はじめまして。」

 おばさんは俺と挨拶しながらも、ある一点を見つめながら口を開いていた。俺の方向を見ているが、俺の目を見てはいない。一体、どこを見ているのであろう。

「うーん、あなたの左腕…。そうね、肘の部分…。」

 何も俺は言ってないのに、いきなり言い出したおばさん。いや、先生と言ったほうがいいんじゃないか。これはひょっとしたらすごい人のところに来たのかもしれない。だが、優奈が前に電話で色々話していたかもしれないので、まだ信じ込むには早過ぎる。

「お、俺の左肘がどうかしましたか?」

 おばさん…、いや先生は俺の肘をジッと直視している。

「あなた、ずいぶんと色々な人に妬まれていますね。」

 それは言われなくても感じていた事だった。自分としては真面目に仕事をしたつもりなのだが、周りにはずるい人間が多過ぎた。ちゃんと職務をまっとうしないくせにオーナーや上司へ、へつらっているばかりの連中。いつも粋がった事ばかり抜かすくせに、警察やヤクザ者の前じゃ、全然対応が違う連中。職場の売上金の中から金をちょろまかして、抜く事ばかり考えている連中。そういった人間を腐るほど見てきた。今まで見てきた中で特別に汚れた奴ら、それは吉川、北方、坂本の三人が俺の中でベストスリーに挙げられる。俺は常に正々堂々と自分らしく戦ってきた。考え方や感覚がまるで水と油なので、中には俺の事を恨めしく思う奴らも多いだろう。最近じゃ、ついこの間まで働いていたガールズコレクションの坂本などは、典型的に俺の事を逆恨みしているはずだ。まあ実際にやられた事を思い出せば、恨みたいのはこっちのほうだが…。

「まあ、確かに俺を逆恨みしてる奴なら、腐るほどいるんじゃないですか。」

 先生は変わらずに俺の左肘を見つめている。細い目が更に細くなる。

「そうね…。三…、三人…。中でも強く妬んでいるのって、三人いるみたいね。」

 いきなり心臓を鷲摑みされたような感覚に陥った。そこまで優奈に話した事は、今までないはず…。何故、そんな事まで分かってしまうのだろうか。

「そ、そうですね…。確かに今までの因縁とやらを思い出せば、確かに三人の人間を憎悪の対象としてすぐに出てきます。」

「うーん、中でもちょっと待ってね…。さ、坂本…。坂本冬馬って人の念が強く感じます。」

「……。」

 名前まで…、名前まで分かってしまうなんて…。俺は言葉を失った。あいつはとにかく店の女の子に格好つけようとしていた。しかし、誠意を持って接した俺のほうに女の子の支持が集まったのは事実だ。まあ、それだけで妬んだ訳ではなく、仕事上、すべての面において俺がリードしていた事に対して妬みはあったのじゃないだろうか。

「せ、先生ってすごいですね…。」

「実は…、先日この人が写っている一枚の写真が少し変だったんです。」

 黙って話を聞いていた優奈が初めて口を開いた。

「今日それを持ってくるのを忘れてしまったんですけど、この人の左肘の部分が透明って言うんですか。何か背景と同化しているように見えるんです。私、すごい嫌な感じがして…。腕をさすっていたら、今度は私のほうまで手が痺れて痛いんです。霊か何か、悪いものでも取り憑いているんじゃないかなって…。」

 先生は細い目を大きく開けながら、俺の腕を相変わらず直視している。

「霊と言うより、生霊ですね…。この坂本って人、そういった思念を飛ばす能力はずば抜けていますよ。逆恨みだとしても…。本人は自覚してないかもしれないですけど、かなり強力ですね。他にも北方、吉川…。」

 血液が一気に上昇するのが分かる。

「ふざけんなって感じですよ。こっちが恨むのなら分かります。あの野郎どもが俺を恨むなんてお門違いもいいところですよ。」

 三人の人相を頭の中で思い浮かべ、心の中で睨み付けた。ふざけた笑い方でいつもニヤけ、常に格好をつける事しか考えていない坂本。クロブチの眼鏡を掛け、虫みたいな目つきでいつも金の事ばかり考えている北方。上にへつらい下の人間を奴隷のように扱い、自分の出世の為ならどんな汚い事でもする吉川。三人に共通するのは全員が金に汚いというところ。そして人間の心を持っていないところだ。

「まあ、落ち着いて…。だから性質が悪いのよ。自分が勝手にそう妬むだけだから…。」

 手を出して俺を制する先生。手のしわや人相から考えると、四十半ばぐらいかもしれない。いや、待てよ…。俺は何故、怒っていたはずなのに、こんな事を考えているのだろう。不思議なのは俺が一瞬でカッとなっていたのに、先生が手で制止しただけで自分自身簡単に落ち着いているところだ。

「だから先ほど逆恨みだとしてもと、ちゃんと言ったはずでしょ?」

「まあ…。でも、やっぱムカつくじゃないですか。」

「簡単よ。」

「何がです?」

「あなたを意識するあまり、自分も張り合おうとしているのですよ。それが逆恨みという形でもね。」

「冗談じゃないですよ。いい迷惑だ。」

「だからあなたがもっと大きくなればいいんですよ。」

「え、大きくって…。」

「世に出ればいいんですよ。」

「世にですか…。あ、そういえば俺、今現在小説を書いているんです。それの事ですかね?将来的にそれが成功するとか…。」

「小説?私には絵が見えるんだけど…。あなたは絵を描いてませんでした?」

 この先生は本物だ…。三年前にパソコンを購入し、やり始めてからは絵を描いていなかったが、それ以前は自分で考えた空想絵をよく描いていた時期があった。

「な、何でそんな事まで分かるんですか?」

「私には何となく見えるだけですよ。もっとどんどん絵を描いたほうがいいんじゃない。それにしてもあなたはいい絵を描くみたいね。」

「絵ですか…。」

「そう、海外…。ニューヨークでやれば一気に才能がみんなに認められるじゃないかしら。」

「だって俺、一度も海外なんて行った事すらないですよ。」

「私にはそう見えただけです。」

 気がつけば、話の内容はいつの間にか見事に摩り替わっている。まあ、こういった話も興味ない訳じゃないが…。

「そうそう、あなたはそこの黒龍様の掛け軸の前に立ってくれるかしら。手が痛くて痺れているんでしょ?」

「はい。」

「そこにいれば自然と抜けていくから。」

 優奈は言われるまま、龍の絵が描いてある掛け軸の前に歩いていく。

「先生、俺は全然左腕、何も感じてないですよ?」

「どうやら彼女に移ったようね。」

「え、だって俺はここに来る前だって、何も感じてませんでしたよ?」

「彼女はね、巫女体質って言えば分かりやすいかしら。」

 そういえば優奈も電話でそんな事を言っていたな。

「巫女ですか…。」

「分かりやすく言うと、他人のものを代わりに受けやすい体質なの。今回で言えば、あなたに憑いていた生霊が、彼女のほうへ移ったって言えば理解出来るかしら。」

 いきなりそんな事を言われても、俺には理解出来る訳がない。あの写真を見れば、確かに気味悪いものは感じる。しかし、優奈は俺の腕を触っただけなのだ。

「うっ…。」

 いきなり呻き声とともに、優奈が床へ倒れ込んだ。俺は席を立ち、すぐに駆け寄った。

「おい、どうした?」

 優奈はすごい苦しそうな表情で、体を小刻みに震わせている。

「先生!こいつ大丈夫なんですか?」

 明らかに異様な状況だ。それなのに先生は椅子から動こうともせず、逆に微笑みさえ浮かべている。

「先生っ!」

「大丈夫ですよ。いいからあなたはこっちに来て座って下さい。」

「だって…。」

「落ち着いて…。彼女は苦しんではいますが、じき抜けていくから大丈夫よ。安心して。」

 腑に落ちないながらも、言われた通り椅子へ座る事にした。

「彼女は昔、隠れキリシタンの巫女で滝に身投げしたという過去を持っているの。まあ、分かりやすく言えば彼女の前世ってやつね。」

「ぜ、前世ですか…。確かにこの間、あいつも似たような事は言ってましたね。」

「あなたの身代わりとなって苦しんでいるんですよ。」

「おえっ。」

 吐き気を催すような声が聞こえてくる。見ると、優奈は体中をくねらせながら嗚咽を漏らし、頭を床にガンガンとぶつけている。

「おい、優奈!」

「大丈夫ですって。落ち着いて。」

「でも…。」

「かえってあなたが彼女の体に触れられても困るので。」

「はあ…。」

「おえっ。」

 テレビでやる心霊番組の除霊シーンで、出演者が床でのた打ち回っているのを見た事があるが、その光景と一緒だった。テレビで見ている分には胡散臭くしか見えないが、実際にしかも自分の彼女がのた打ち回るのをこの目で見ていると、不思議としか言いようがなかった。

「本当に大丈夫ですか?」

「問題ありません。」

 さすがに優奈の様子は気になるが、先生がここまで言っているのだから、気にしてもしょうがないのであろう。

「先ほど絵って言ってましたけど、小説じゃ俺は駄目なんですかね?」

「おえっ。」

 俺が先生に将来的な事を聞きだすと、優奈はよりいっそう激しく苦しみだした。

「ほら、あなたの成功するような事を聞いてるから、彼女に憑いているものが嫌がって、あれだけ暴れているんですよ。」

「そ、そんな馬鹿な…。」

「言ったでしょ?あなたを妬む、羨む思念が生霊となっていると。だからあなたの将来的な事になると、邪魔したくなるんですよ。」

「そんな…。」

「だからさっき大きくなりなさいって言ったでしょ。そうすれば向こうもあなたと張り合うのは無理だと諦めるから。」

 そういうものなのだろうか。俺には少し分かりづらかった。

「俺、運は全然ないほうだと思うんですよ。」

「何、言ってんの。あなたはすごい運が強いわよ。だから今まで間違った方向へ行ってないじゃない。すごいパワーありますよ。オーラも強いしね。」

「オーラですか?でも、俺は何にも霊能力や霊感なんて無いですよ。」

「オーラっていうのは、生きている人間誰にでもあるの。無かったら死人よね。ただ、人によってオーラの強弱はあるのよ。あなたはかなりすごいオーラがあるわ。」

「そういうもんですかね。自分じゃ何の実感もないのでよく分からないですけど…。そういえば、あいつの前世は巫女とか言ってましたけど、俺の前世とかって分かるんですか?」

「ちょっと待って下さい。もう一度、お名前を聞いてもいいですか。」

「伊達…、伊達修也です。」

 先生は目を閉じながら、俺の名前を数回つぶやき、何を言っているのか聞こえないぐらいの声でブツブツ言い出した。

「江戸時代…。柳の木…。そう、昔の柳の木が見える大きな橋の上を大きな男の人が歩いているのが見えます…。お相撲さんみたいね…。」

 俺が相撲取り…。いきなり何を言い出すんだろう。

「らい…、でん…。雷電って書いてありますね。この人、私は知らないけど、すごい強い人だったんじゃないですか?」

「雷電!雷電ですか?俺があの雷電だって言うんですか。」

 確か雷電為右衛門とか言ったっけ…。身長二メートルを越す江戸時代の力士ぐらいの知識しか俺にはなかったが、かなり有名な人物ではある。正直、そう言われて悪い気はしない。それにしても随分と大物の名前が出たものだ。

「でも、俺の前世が雷電って言われてもピンときませんよ。体だってそこまで大きくないし、格闘技を何かやっていた訳じゃないし…。」

「だってしょうがないじゃない。あなたの前世は雷電だって事に間違いはないもの。」

「はあ…。」

「前世っていうのは別に一人だけって訳じゃないけど、あなたの場合は雷電って人が、特に強く出ているの。魂というものがあって、あなたと雷電は同じなのよ。それで放っておけないって感じで、今もあなたの守護霊として傍で見守っているわよ。とても心配そうにね、フフフ…。」

 どこからどこまでを信じればいいのだろうか。俺に坂本を始めとする三人の思念というか、生霊が憑いていたという事実。俺の前世は雷電で、今現在も守護霊となって俺を見守っている…。そして目の前で床に転がって苦しんでいる優奈。さすがにすべての現実を信じるには、突拍子過ぎて混乱していた。

「先生、先ほどの小説の件ですけど…。」

「うぅ…。おえっ。」

 優奈は相変わらず苦しみながらのた打ち回っている。心配はもちろんしているが、駆け寄る事も俺には出来ないでいる。

「生霊っていうのはね、蛇みたいに巻きついて本当にしつこいのよ。それが彼女の手の部分で離れたくないから暴れているの。」

「蛇…、イメージ的に言うと、メデゥーサの頭の上の蛇って感じですかね?」

「そうね、でももっと細いものが多数うねっているみたい。」

「先生、でも優奈のやつ、さっきから相当苦しんでますよ。本当に大丈夫なんですか?」

「確かにかなりしつこいのが憑いているみたいね。いつもならすぐに抜けてくのに。」

 先生は立ち上がり、静かに優奈のところへ歩み寄った。

「……。光…。……。フィッ。」

 何やらブツブツ言い始め、優奈の頭の上でフィッと言いながら手を動かしている。次第に苦しんでいたはずの優奈の表情が、落ち着いてきたのが分かる。

「さあ、これで大丈夫よ。ほら、こっちに座ったら。」

 少し青ざめた表情で椅子に腰掛ける優奈。不思議な光景である。夢でも見ているようだ。

「おい、優奈。もう大丈夫なのか?」

「う、うん。すごい苦しかった。ずっと私の右腕のところで髪の毛みたいにグルグルまとわりついて離れてくれなかったの。」

「ふーん…、ところで頭を何で床にガンガンぶつけていたの?」

「手の先からそれが抜けようとしているのに対して、髪を引っ張られて邪魔されたの。」

「はあ?」

「髪の毛を引っ張られながら、床にガンガン叩き付けられて…。」

「……。」

「右腕のところで喰いついて離れないのが坂本って人だとしたら、残りの二人が髪の毛を引っ張って邪魔してるって感じかな。高笑いまで聞こえてきて…。」

 言葉を失うばかりだった。優奈の必死に話している言葉が嘘には聞こえなかった。俺は大きく息を吐き出しながら、部屋の周りを見回した。天井を眺めている時に、蛍光灯が一つ切れているのを発見した。

「先生、あそこの電気、切れてますよ。」

「ああ、あそこはワザとそうしているのです。」

「え、ワザと?」

「はい。」

 先生はそれ以上、その事について話さなかったが、俺には何故なのか何も分からなかった。だけどこの場所へ来て、俺は自然と先生の言っている事を受け入れている。前世が雷電と言われても違和感もない。不思議な事だらけだった。

「先生、俺の小説ってどうですかね?」

「絵を書く時みたいに魂を込めて書ければいけると思いますよ。ほら、あなたの出世に関する話をしている時、彼女すごい苦しんでいたでしょ?憑いている生霊が敏感に反応していたって事は、逆にそれが世に出られたら困るって事なのよ。」

「うーん…。」

 正直にいえば、半信半疑。それが自分の中の気持ちだった。非現実な事が多過ぎるせいだろうか。さすがにすべてを受け入れる事は出来ないでいた。

「修也、そろそろ時間だよ。先生も次の予約があるし、もう行かないと。」

 すでにここに来て、二時間が経過していた。もうそんなに時間が過ぎたのか。そういえば金額の事を何も聞いてなかったが、一体いくらぐらいいくのだろう。

「先生、今日はお世話になりました。あのー…、おいくらになりますか?」

「あ、はい。じゃあ、三千円になります。」

 一瞬、耳を疑った。今、先生は確かに三千円と言ったのだろうか。少なくとも万単位は覚悟していたのだ。

「三千円?ちょっと待って下さいよ…。ちゃんととって下さい。」

「本当に三千円ですよ。みんなそうですよ。」

 実際に二時間は俺たちだけの為に、こうして費やしてくれているのだ。いくら何でもそれはないんじゃないか。べらぼうに高く請求されても困るが、こうまで安過ぎると逆にどうしたらいいか困ってしまう。

「本当だよ、修也。私も以前何度かここに来たけど、変わってないよ。」

「じゃあ、先生。一応今日は俺と優奈、二人分いるんですから倍の六千円は受け取って下さい。お願いします。」

 俺は財布から六千円取り出して、テーブルの上に置いた。

「そんな、困りますよ。」

「先生、俺、こう見えても先生に感謝してるんですよ。せめてもの気持ちですし、出したものなので引っ込められません。受け取って下さい。」

「すみません。では、ありがたくいただきますね。」

 金に関して欲がないと言うか、この部分だけでもこの人はすごい人なんだと思った。

「それと家に帰ったら、盛り塩をして下さいね。」

「盛り塩ですか?」

「ええ、普通の荒塩とかで構いませんので、部屋の隅にでも置いておいて下さい。」

 

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