岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 61(駐禁とサクラ編)

2024年10月08日 10時55分26秒 | 闇シリーズ

2024/10/08 tue

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目を覚ますと横に百合子がいる。

それだけで俺は幸せ者だ。

時計に目をやると朝の七時。

そろそろ百合子を起こさないと会社に遅刻してしまう。

「おい、起きな。もう七時だぞ」

「うーん……」

「ほら、起きなって」

「眠いよー……」

「仕事行く準備しないと遅刻だぞ」

ガバッと起き上がる百合子。

だがすぐに俺を睨んでくる。

「今日、月曜日だから私、お休みでしょ? 飛び起きて損しちゃったよー」

「何が損なんだか。温かい缶コーヒーでも買ってきてやるよ」

「ありがとー」

外に出て家の前にある自動販売機まで行くと、地面にチョークで何か書いた跡がある。

「何だ?」

よく見ると百合子の車のタイヤにチョークは続いていた。

嫌な予感が……。

案の定見事に駐車禁止のワッカが百合子の車のバンパーについていた。

血液が上昇してくる。

俺はすぐに部屋に戻った。

百合子はまた二度寝していたので叩き起こす。

「あ、智ちん。昨日の焼肉おいしかったね」

「何、寝ぼけてんだ。とにかく起きろ」

「なーに、どうしたの?」

「おまえの車が駐禁になってる」

「えー」

「車の通る車道じゃなくて、自分の家の前の歩道内だぜ? 三分の二以上家の敷地内だ。しかも夜に停めて…。あそこじゃ誰が見たって歩行者の妨げにならないだろうし、近所で文句を言ってくる奴も絶対いない場所だ。ふざけやがって……」

「……」

「川越の本署まで来いってご丁寧に張り紙までしてあるから、早速行こう」

「う、うん」

「そんな心配そうな顔すんなって。俺が罰金も点数も全部被るから。とりあえず川越警察署に行くぞ」

単なる駐車禁止ならしょうがない。

理不尽な警察の行為に俺は怒っていた。

車が違反をとられた時間は夜の十一時半。

家の前に停めて僅か一時間ちょいで駐禁をとられたって事だ。

狙い撃ちされてやられたようなものだ。

全身がイライラしてくる。

わざわざ家の前に停めてある百合子の車を夜中に目ざとく見つけて駐車禁止のワッカをつける。

もっと迷惑な駐車をしている車なんていくらでもあるのに、何故狙ったように……。

やった奴を絶対に許せなかった。

川越警察署へ向かう途中で巣鴨警察署に電話を掛ける。

俺が捕まった時担当刑事だった出口さんを呼び出してもらう。

数分して出口刑事が電話に出た。

「おう、岩上か。久しぶりだな。元気で真面目にやってるか?」

「お久しぶりです。真面目にやってるに決まってるじゃないですか」

「どうしたこんな早い時間に?」

「実は自分の家の前に車を停めていたら駐禁をきられたんですよ。しかも夜中にですよ」

「駐禁か……」

「出口さんの顔で何とかなりません?」

「そりゃ無茶だよ。課だって違うし……」

「冗談ですよ。どうにかして駐禁を覆すってできますかね?」

「うーん…、難しいな……」

「ですよね…。分かりました」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫って何がですか。ワッカ外さないとしょうがないでしょ。素直に受け入れますよ」

「そうか、でも岩上」

「はい?」

「あんまり警察官、困らせるなよ」

本当にこの人は俺の性格を知り尽くしているもんだなあ。

これから俺がやろうとする事をもう分かっている。

さすが調書を取りながら色々話しただけはあるな。

「分かってますよ。じゃあ、また時間ある時でも連絡させてもらいますよ」

「おう、じゃあな。お手柔らかにしてやれ」

「ははは、すみませんでした」

電話を切ると、百合子が不安そうな表情で俺の様子を伺っている。

「何、そんな顔してんだよ。知り合いの刑事に聞いたけど覆すの難しいみたいだな。とりあえずこういう理不尽な駐禁に対してはどう対処するか、俺が実際に目の前で見せてやるよ。百合子、スキッとさせてやる」

そう言って俺は不敵に微笑んでやった。

 

川越警察署に到着すると、入口付近に車を停車する。

百合子を車の中で待たせ、俺一人で中へ向かう。

途中で警官とすれ違ったので声を掛ける。

「おまわりさんー」

「はい?」

「夜中に家の前、停めといたらやられちゃったけど、これきった奴、出してくんないかな?」

「すいません、それでしたら署内の方でお願いできますか」

「はいはい」

素っ気ない対応の警察官。

別にはなっから期待してないので苛立ちはしない。

でもこの件に関しては納得いくまで警察にとことん噛付いてやる。

俺なりの方法で……。

静かに入口へ向かう。

署内へ入るとまだ八時前なので、警官の数もまばらだ。

近くにいる警官に声を掛ける。

「おまわりさん、駐禁きられたんだけど」

「すいません、そちらの交通課の方で聞いて下さい」

「はいはい」

入って右手に交通課があったので近付く。

中には二名しか警官がいなかった。

「おう、駐禁の支払いで一万五千円持ってきてやったぞ。早く外せよ」

出来る限りガラ悪く怒りを込めて言った。

「車は?」

偉そうな態度と言い方の背の高い警官が応対する。

「表にあるよ」

あごで百合子の車の方向を指す。

「すぐに外すから」

一緒に外に出て車に向かう。

俺と警官の姿を見て、百合子が車から出てきた。

「この車はあなた名義ので?」

「違うけど。俺の女のだ。昨日俺が借りた時に駐禁きられたからさ」

「車両証明書は?」

「あるよ。嘘なんかいちいちつかねえって、ほれ」

警官の態度のデカさにイライラしてくる。

書類を確認すると、背の高い警官はワッカを外しに掛かる。

今度は百合子も一緒について来て署内へ入る。

「じゃあ、こちらに座って。あ、一人だけでいいから」

百合子が行こうとしたので、手で制して俺が椅子に腰掛けた。

「金も点数もくれてやる。だからこれをきった奴出せ」

「今は出勤してないから。はい、この書類に名前とか書いて」

「書いてやるから、きった奴に連絡しろよ」

名前、住所、電話番号を記入し、警官に突っ返す。

財布を取り出して一万五千円抜いて、テーブルの上に放り投げる。

「これで文句ねーだろ? 早く連絡つけろよ」

「だから出勤してないし、お金もここじゃ受け付けてないから」

「ずいぶんと横柄な態度とる奴だな。いいか? こっちは代金を払いに来てやった客なんだよ。勘違いして殿様商売みてえな口、利いてんじゃねえよ。ムカついてんだよ。ここじゃ受け付けない? じゃあ、どうすんだよ?」

「この用紙を持っていって、銀行か郵便局で振込みするようになってるから」

「コンビニじゃできないのか?」

「そう、できない。銀行か郵便局だけだから」

「笑わせてくれるよな」

「何がだ?」

「よく罰金を支払わないなんて偉そうにおまえら言ってるけど、金をもらうのに支払う窓口が限定され過ぎてる。みんな、あんたらみたいに暇人ばっかじゃないんだぜ? 仕事抜け出してワザワザ金払いに行くんだ。コンビにとかでも支払いできるのなら、まだ負担掛からないけど、現状の警察の対応だとちょっと横柄過ぎるだろ。少しはそっちも改善する余地あんだろ? 自分たちの要求ばっか偉そうに言って、受付口は狭い。ふざけんなって。それよりワッカつけた奴は? 何課にいるんだよ?」

「いや、本署の人間じゃないから」

「じゃあ、どこだよ?」

「交番の人間だ」

「交通課でも何でもねーじゃねえか。舐めてんな。どこの交番よ?」

「神明町交番だ」

「名前は?」

「ここに書いてあるだろ」

切符を見ると鈴木正義と書いてある。

こいつが……。

怒りで身体が震える。

「あー、あとねー」

「何だよ、まだ何かあんのか?」

「ここに職業欄が記入してないから書いて」

「色々やってんだよ。何、書けばいい?」

「一つでいいから書いてくれ」

一つでいい……。

さすがに『ガールズコレクション』なんてここで書いたら格好悪過ぎる。

今、俺は小説を書いているから小説家と言っても嘘にはならないだろう。

ここはちょっと苛めてやるか。

「実は小説も書いてんだよ。金も払うしゴールド間近だったけど点数もくれてやる。この事をノンフィクションの小説として書いても面白いよな。あんたの名前も実名で、その横柄な態度もすべてそのまま書くだけなら楽でいいや。な?」

「そ、それは好きにして構わないけど、罰金は期日までにちゃんと払って下さい」

「あれ? 急に口の利き方が変わったじゃん」

「そ、そんな事はない」

「まー、いいや。もうあんただけじゃネタにならないから。とりあえずその神明町交番の連絡先を教えてくれ。一万五千円も払ったんだから、ネタを作りに行かないとな」

心理戦で段々俺のほうが有利な状況になってきた。

さっきまでのイライラが消えていく。

背の高い警官に電話番号を聞くと、川越警察本署を出て行く事にした。

途中すれ違う警官に声を掛ける。

「おまわりさん」

「はい?」

「面白い小説ができそうですよ」

「は?」

通りすがりの警官は不思議そうな顔をしていた。

車の中で百合子に話し掛ける。

「百合子、見ててちょっとはスキッとしたか?」

「うん」

「同じ罰金を払うにしても、ここまで苛められれば警察も少しは考えるだろ。まだ実際にやった鈴木正義って奴をこらしめるようだけどな」

すべての警察官が嫌いという訳ではないが、理不尽な奴が多過ぎる。

以前お世話になった巣鴨署の溝口さんみたいないい人もいるが、そんなのは稀だ。

 

百合子と家に帰って、早速神明町交番に電話をする。

五回ほど鳴ってから回線が切り替わった音がして、ようやく甲高い女性の声が聞こえた。

「はい、こちら川越警察です」

神明町交番に連絡したのに転送で本署に繋がった。

ずいぶんとふざけたシステムだ。

「もしもし」

「あれ、川越の本署だよね?」

「はい」

「神明町交番に電話したんだけど」

「この時間、誰も電話に出られない状況だと、こちらに転送される事になってますが……」

「へー、ずいぶんと面白い事、言ってくれるじゃないか」

「え?」

「え、じゃないって。付近の地域を二十四時間体制で街の治安を守るのが交番の役目だろ?何かおかしい事言ってるか?」

「いえ、おっしゃるとおりです」

「それが今現在朝の八時。その時間で電話に出ないから本署に繋がる…。おかしいんじゃないか? 夜の十一時とかはわざわざ近所でもない俺の家のほうまで出てきて駐禁とかしてるくせに、本来警官がいなければいけない場所には誰もいない。誰が聞いてもおかしいよな? 今こういう電話だからいいけど、もしその交番付近で殺人事件や強盗あったらどう対処するの? 教えて下さい」

「しょ…、少々お待ちになって下さい」

どう考えても俺の意見は正論だ。

確かに駐車禁止の場所へ車を停めたのだから、駐禁をとられたのはまだ理解する。

でも交番の人間がわざわざ近所からの苦情もないのに、夜中に家まで来て駐禁をきるという行為がおかしい。

挙句の果てにこの時間、電話にも出ないなんて何の為に交番があるのか?

そんな事しかできないのなら交番なんていらないし、税金の無駄だ。

そんな事しかできない奴に税金で給料を払うぐらいなら、警官の数なんて減らせばいい。

 

待たされている間、どうやって攻撃してやろうか色々考える。

「すみません、お待たせしました。神明町交番に変わります」

「はあ?」

「今から神明町交番に繋ぎますので」

「はい、了解」

何か特殊な回線でも使って連絡でもしたのだろうか。

「もしもしー」

男性の声が聞こえる。

声の感じから年配のようだ。

「あんたが鈴木正義さんかい?」

「ええ」

「そうかい。俺が誰だか分かるかい?」

「い、いいえ……」

「昨日の夜中にあんたがわざわざ駐禁をきってくれた者だよ」

一瞬会話がとまる。

「それについてはですね……」

「うるせえよ、自分の家の前できられたんだ。わざわざ神明町からはるばる来てご苦労な事だな。法律で決まってる以上、理不尽だが金も点数もくれてやるよ。それが義務だからな」

「私は法律に従って、間違った事はしていません」

「ああ、法的には間違ってないんだろうよ。ただな、あんたの身内が同じ事しても、俺にやったように同じ台詞吐けるんだな?」

「はい、私は法律にもとづいて行動したまででして……」

「法律法律ってうるせえよ。そんなに法律が好きなら警官なんぞやらずに、弁護士でも検事でも裁判官にでもなりゃえいいだろ?」

「今はそういう事を話している訳ではありません」

「そうくるか。じゃあ本題言う前に一つ質問だ。何で今の世の中がおかしくなってるか分かるか?」

「え……」

「質問に答えて下さい。お願いします」

「え、あの……」

「はい、時間切れ。答えの一つに、みんなが義務も果たさないで、権利ばっかり主張してるようになったからじゃないでしょうか?」

「そ、そうですね」

「権利なんてもんは義務を果たして初めて生まれるもんだ。それをみんな、権利って言えば全部物事がスムーズにいくと思ってる。みんな、楽したいからな」

「ええ」

「今回の件で言えば、俺は罰金も払うし点数も削られる。それが与えられた義務だもんな」

「そうです」

本当に馬鹿だな、

コイツ。引っ掛かった。

「じゃあ、義務果たしたらこっちの権利を言うよ。黙ってやって卑怯な奴に見られるのも嫌だからな」

「な、何ですか?」

「鈴木正義。正義の味方の正義で、まさよしって読むんだろ?」

「そうです」

「実は小説を今、書いているんだよ。そこでノンフィクション小説として、あなたのやった事すべてを実名で登場させ、細かいところまでリアルに書いてやるよ。覚悟しな」

「それはやめて下さい!」

急に鈴木の声色が変わる。

効果バッチリあったな。

手ごたえありだ。

「やめて下さいだ? ふざけんな! 今までおまえら警察が何かしようとして、みんなそう言っても、規則は規則だからって全部ゴリ押ししてきたんだろ? 自分の時だけそんな都合よくいくなんて思うなよ」

「プライバシーの侵害です」

「へー、そんな言葉知ってたんだ? じゃあ、こっちは言論の自由だ。嘘を書く訳じゃない。真実を追究して世の中に問いたいだけだ」

「やめて下さい。お願いします……」

「やめねえよ。おまえらだってそうしてきたんだ。俺もさっき、それで駐禁を食らったんだ。あんたにな…。それでフィフティーフィフティーってもんだ」

「名前を載せるなんて、お断りします」

「だって法律をって正義を追求して堂々とやった事なんでしょ?」

「は、はあ……」

「じゃあ、そんな正義の鏡のような警官がいるんじゃ、俺も応援したくなるでしょ?」

「結構です」

「知ってました? 職務中の公務員って、実名さらされても写真撮られてテレビに映されても、まったく問題ないんだよ?」

「……」

だんだんと楽しくなってきた。

どの辺まで苛めるか、それは俺の心境次第でどうにでもなる。

「何だよ、黙っちゃって…。分かったよ。百歩譲って、正義の味方の正義の正を精子の精で精義ってしよう。どう読むかは読者に任せればいいんだからな。それなら、あんたじゃないから何も問題ない」

「やめて下さい」

「都合いい事ばっかり言ってんじゃねえよ。俺は義務をちゃんと果たして、権利を追求するんだ。何が間違っている? あんたの大好きな法的にだって、何も間違った事はしてないはずだろ?」

「……」

「俺は前向きに一万五千円払って、いいネタを仕入れたと思うようにしたんだ。駐禁になったって、落ち込んでてもしょうがないからな」

「あの…、あなたのお名前は?」

「岩上だ、岩上智一郎だ! よーく覚えておきやがれ!」

「岩上さん、あなたが大変常識的で、正義感が強いのはお話を聞いてよく分かりました。大変地位もある方だと思いますし……」

「は? 俺なんか家の前で駐禁食らうような小者だって」

「いえ、話していて分かります」

「へー、今度はよいしょか?」

「違います。ですから社会にその思いを役立てて欲しいのです」

「話の筋道を変えないでくれ。俺が言いたいのは法的とかそんなんじゃなくて、道徳心の問題を言ってんだ。自分の家の前で車をたかだか一時間ちょい停めて違反にされたら、ムカつくだろ? 引越しとかで一時間停めて違反とられるのか? 真昼間にT字路のど真ん中に停めて、明らかに迷惑な駐車をする奴だっているだろ? そういう車、昼間に散々見てきてるけど、何故すぐ駐禁に来ないんだ? 鈴木正義さん、あんたのやってる事は法的に間違ってないかもしれないけど、はたから見たらおかしいんだよ」

「確かにそう言われますと……」

「じゃあ、俺に謝れ」

「え?」

「実名で書かれるの、嫌なんだろ? だったら俺に誠意を持って謝れ。そうすれば実名で書くのはやめてやる」

「すいませんでした……」

「分かったよ。じゃあ、実名ではやめてやる。これでこっちもスッキリしたから、もういいや。じゃーね」

自分勝手に話を終えて電話を切る。 だいぶスッキリできた。

百合子も俺を見てニコリと微笑んでいる。

「ちょっとはスッキリしたか?」

「うん」

「とりあえず言いたい事は言えたし、駐禁はしょうがないよな」

「警察官も少しはこれで懲りてくれればいいけどね」

「どうだかな。鈴木正義一人だけじゃないからな、警察は……」

あとは出勤する前に郵便局に行って、金を警察に振り込んで終わりだ。

この調子で一気に西武新宿の件も片付けてやりたいところだった。

有馬記念がああいう当たり方をした事といい、変な運気が私に向いてきたのを感じる。

 

仕事で新宿へ向かっている間も、頭の中で今後の事を整理してみた。

自分の理論というか、屁理屈とも言われそうではあるが、一部の国家権力にも通じた。

罰金と点数をとられたのは痛かったが、警官を謝らせたという自己満足が心地良かった。

師走も終わり時というのに相変わらず客の来ない『ガールズコレクション』。

當間はサクラをつければいいぐらいに思っている。

じわりじわり目減りする店の金。

もう半分ぐらい水の中に沈没中ってところだな。

今日のサクラは以前ゲーム屋ワールドワン時代、頭突きをしてクビにした山下をつけた。

サクラとしてじゃなくても、しょっちゅう店の中に来ては「コーヒー下さい」と気軽にやってくる。

山下は『ミミ』で抜き終わったあとでも店の中でくつろいでいた。

駐禁の話題をしようすると、大倉が顔を出してくる。

山下と大倉は久しぶりの再会。

ワールドワンの早番チビコンビのプチ復活だ。

今朝の駐禁の話をすると、山下は怒った顔で口を開く。

「自分も以前、酷い形で駐禁やられた事、あったんですよ。だから話を聞いててスカッとしますよ」

「実際警察って理不尽な事かなり多いじゃん。歌舞伎町浄化作戦なんて、どっかの馬鹿な都知事が謳ってるけど、実際は自分の都合いいようにしたいだけじゃん」

「都合いいって言いますと?」

「簡単に言うと、俺は歌舞伎町に長い間いるし、ある程度の街の状況も分かる。俺の知り合いは六月ぐらいから本格的に始まった浄化作戦で八割方、警察に捕まってほとんどが今、執行猶予で三年から四年になっている。世間でよくいう前科一犯ってやつだ」

「ぜ、前科ですか?」

「そう言うと聞こえが悪いだろ?」

「はぁ…。すごい悪人って感じがします」

「そうだ。前科一犯って聞くと、ほとんどの人が悪いようにとる。でもさ、その執行猶予になった連中がどんな事して、前科一犯になったと思うよ?」

「人を刺したとかですか?」

「馬鹿、俺の知り合いの八割が、そんなに人を刺したら大変な騒ぎになるだけだろ?」

「それはそうですね。じゃあ、何で?」

「例えば今じゃずいぶんと少なくなったが、歌舞伎町には裏ビデオ屋ってあんだろ?」

「ええ、知ってますよ。自分、競馬当たるとよく買いに行きますから。でも今はビデオよりもDVDですけどね」

「それを売ってる奴って悪い奴か?」

「うーん、難しい質問ですけど、自分のよく行く店の人は結構気さくでいい人ですよ。これが自分の好みに合うんじゃないって、よくアドバイスもしてくれるし、自分的には悪い奴とは思えないですよね」

「だろ? そういう裏ビデオの売ってる人が法的に違反はしてるかもしれないけど、前科一犯になってるんだ」

「罰金とか注意ぐらいでいいと思いますけどね」

「おまえらだって、いつ前科者になるか分からないぞ?」

俺の台詞にギョッとする二人。

「何でですか?」

「だってゲーム屋の場合、名義人がってところかもしれないけどさ。店が完全に捕まったら、おまえらだって留置所に入れられるんだぜ? 運がよければこの間の俺みたいに罰金で出てこれるけど、一歩間違ってみ。ムチャクチャ妙に張り切っている検事なんかが担当になったら、分からないぞ?」

「うわー」

「ひでー」

山下と大倉は悲鳴を上げる。

「でもそれが簡単に言うと歌舞伎町浄化作戦なんだ。あとは風俗とか…、ソープは違うけど店舗型のヘルスとかも結構やられた。あとはゲーム屋とかね」

「酷いですよ。だって歌舞伎町って男が金を使って遊びに来る歓楽街じゃないですか?」

「その通りだ。浄化作戦を考えた奴に言ってやりたいよ。この街をそうまでしてまで、カジノを作りたいんですかってね。だいたいこの国はおかしいよ。不況だ何だって言いながら、最近じゃ政府は何をした?」

「え?」

「新札を作ったろ? 二千円札」

「はい」

「今、新しい札を作って何の意味がある?」

「さあ? 俺にそんなの分かるはずないじゃないですか」

「おまえ、新しい二千円札見た事あるか?」

「いえ、千円と一万円札なら見た事ありますけど……」

「これが新しい二千札ですって出されてみ? 初めて見るんじゃそうですかってなるでしょ?」

「ええ」

「タバコ屋やっているおばあちゃんなんて、もし偽札を出されたって分かると思う?」

「分からないでしょうね……」

「普通に考えて不況って事は、全体的に金がない事だよな?」

「ええ」

「みんながまだ見た事ない新札を偽造して、金儲けしようって奴がたくさんいたっておかしくないだろう?」

「そりゃそうですね。自分も岩上さんぐらいパソコン使いこなせたら、偽札ぐらい作って金儲けしてみたいですよ」

「馬鹿、そんな事したら人として最低だ。それに俺にそんな技術なんてねえよ。まあ、それは置いといて、偽札のニュースが最近頻繁に流れるだろ? あれだって馬鹿な愉快犯をあおってるだけだ」

「はぁ……」

「それで国の対応はというと、もしどんな形であれ、偽札を持っていたら没収してお終いだろ。てめーらで巻き起こした事を罪もない国民にケツを拭かせているだけだ」

「そうですよね。俺、だんだん何かムカついてきました」

「俺もイライラしてきました」

「当然の感情だ。当たり前だよ。今の日本人は平和ボケで頭が茹だっている奴が多過ぎるんだ。浄化作戦だってそうだ。確かに法的に違反している商売が、歌舞伎町は多いかもしれない。でも…、だからこそ歌舞伎町は日本一の歓楽街って言われるんだろ?」

「そうですねー」

「確かに裏ビデオやヘルスで捕まって罪を償うのはいいけど、明らかにやり過ぎなんだ。街のバランスがおかしくなってしまった」

「へー、今もですか?」

「今がだよ。こんな殺風景な歌舞伎町は初めて見たよ。普通の商売、例えばおそば屋さんとかうなぎ屋とかが、どんどん潰れてんだぜ」

「何でですか?」

「おまえ、仕事してて腹減ったらどうするよ?」

「まあ、出前頼みますけど」

「昔はみんな、そうだったんだよ。それがこれだけ色々パクられてみろよ。それで商売が成り立ってた飲食店はどうなる? 食い物屋だけじゃない。ダスキンの人やヤクルトおばちゃんだって、みんなブーブー言ってる。商売にならないだからな」

歌舞伎町の裏ビデオ屋にヤクルトのおばちゃんはつきものである。

ヤクルトが冷蔵庫を無料で店に貸す代わり、定価でジュースを買ってもらうのだ。

ほとんどの店が丼勘定だから、成り立つ訳だが。

それを警察が捕まえに来る時は、そういった冷蔵庫のガラスですら構わず割ってしまう。

ヤクルトは泣き寝入り。

空気清浄機のようなレンタルものでも、警察は構わず壊す。

ダスキンだって同じ泣き寝入りだ。

「はー」

「そんな現実を俺はこの目で嫌ってほど見てきたんだよ。俺から言わせれば、歌舞伎町浄化作戦なんて、単なる正義を語ったパフォーマンスにしか見えない」

「正義を語ったパフォーマンスですか?」

「ああ、俺の家って川越だろ?」

「はい、遠いですよね」

そんな台詞を言いながらも山下は、わざわざ二万の銭を借りに川越まで来た過去がある。

「西武新宿線の端と端だからな。だから地元の人間なんてほとんどこの街には来ない」

「それはそうですよ」

「来ないって事は、この街に金を落とさないって事だ」

「まあ、そうなりますね」

「だから自分には関係ないからこそ、好き勝手な台詞を言える」

「例えば?」

「近所のおばさんと道でバッタリ会った時の事だけど、俺が新宿に働きに行ってるの知ってるから、歌舞伎町すごいのって聞かれたんだ。当然すごいというか酷いって言ったけどな。そしたら税金も払わない悪い奴らはどんどん捕まえたほうがいいって言うんだ」

この話、実は近所のおばさんではなく俺のおばさんのユーちゃんの話だった。

テレビでよく放送される浄化作戦をちょうど見ていたから、俺はどれだけ酷いかを伝えた。

するとユーちゃんは「税金も払わない悪い連中が捕まるのは当然だ」と簡単に言う。

では、普通の商売がそれで潰れたらと聞くと、「そんなのそんな連中相手に商売をするのがおかしい」と言った。

「確かに歌舞伎町の現状を知らなきゃ、普通はそう思いますよ」

「ああ、自分には関係ないからな。でも、さっき言ったように飲食店とかが潰れてると言ったろ?」

「はい」

「正論かもしれないが、もし、それがもし家族だったり、仲のいい親友がそういう目に遭っても同じように簡単に言えるのか? そんな自分は無関係だから、どんどんやっちゃえなんて言えるか? ただ歌舞伎町でそば屋やとんかつ屋を経営してたって人にだよ?」

「そんなの言えないですよ。言える訳ないじゃないですか」

「山下がいつも行く裏ビデオ屋がもし、やられたら?」

「モザイク入りのAVなんてもう見れないですよ。どうやって買うか考えちゃいますよ。俺、実はヘルスで『モーニング抜きっ子』って言う店の『むつき』ちゃんていう子を指名してんですけど、もしそこが警察にやられたら、かなりムカつきますね。」

「そうだろ? 男にしか分からない事かもしれないけど、ヘルスなんて金を払って女に抜いてもらう場所だろ? 言い方は悪いけど。そこで働く子も客も金で割り切る事で成り立っている商売だ」

「そうですね。でも『むつき』ちゃんって、ちょっと年いってるけど、すごいいいんですよ。この間も……」

山下は頭が少し足りないから、すぐ話が暴走する。

「ちょっと待て、今は違う話題をしてんだから聞け。それで婦女暴行とか減ってる面もあると思うんだ。必要悪だとしてね」

「俺はそんな事しないですよ」

「誰がおまえがやったなんて言ったよ。例えばの話を話してるだけだ」

「はぁ……」

「女にモテない奴でも性欲はある」

「俺は別にモテないって訳じゃ……」

山下が口を尖がらせながら不満そうに言う。

「だからおまえの事じゃないって。例え話だよ。それでそのもてない奴がヘルスとかに行って、性欲を満たしてもらう。それのどこが悪い?」

「別に悪くないじゃないですか」

「そうだろ? でもこれは男にしか分からない話かもしれないけど、正論なんだよ。そういう奴を卑下してもいいけど、その代わりに抱かせてくれる女を紹介でもしてくれるのか? 誰もそんな事できないだろ? だったら自分の金で欲望を満たしてんだから、ほっといてやれよと俺は言いたい」

「そうですよね」

「そんな場所とかまで手当たり次第パクってどうなる? 婦女暴行や痴漢とかが増える一方だと思うぜ」

「奥が深い話ですねー」

その時オーナーの村川が店に入ってきた。

「まあ、また今度機会があったら続きは話そう。そろそろ俺はデータを作らなきゃ……」

俺はさりげなくパソコンのキーボードを適当に叩いて、仕事しているフリをした。

 

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