エスせんブログ

ラノベ好きなB級小学校教師のエスせんが、教育中心に色々語るブログです。少しでも面白ければ「いいね」御願いします。

イイよ~北村温泉

2025-01-31 04:30:00 | 自分
 金曜は月~木曜のテーマに入らない内容です。今回は、令和7年1月に行った温泉について書きます。
 令和6年度の冬休み中、半ば強制的に年休を取らされる(酷い話ですが、それについて語るのは別な機会に…)と分かりました。そのため、令和7年1月、ちょっとした連休が出来たのです。そこで急遽、2泊3日で温泉旅行に行きたいね…となりました。
 しかし、冬休み少し前なので、空いている温泉旅館が少ない上、北海道の有名温泉地は宿泊費が高騰しています。おそらく、インバウンド需要で高騰しているのでしょう。高い時期だとは思いますが、場所によっては、以前より2万円くらい高くなっています。とてもじゃないですが、これでは2泊どころか1泊でも厳しいです。
 そこで、ふっと思い出したのが「北村温泉」です。
 私の母校、北海道教育大学岩見沢校のある、岩見沢市の北村にある北村温泉は、源泉掛け流しで有名な温泉地です。確か、令和に入ってから改装したとも聞いており、一度、行ってみたいなぁ…と思っていました。大変失礼ですが、あまり有名な温泉地ではないので、ここなら予約できるのではないか…と考えました。
 調べてみると、何とか1部屋空いています。しかも、宿泊費も予算内で収まるくらいの金額でした。直ぐネットで予約を入れ、いざ、温泉旅行に出発です。
 我が家から北村温泉までは、まずJRで岩見沢駅まで行きます。そして、送迎バスに乗って「北村温泉ホテル」へ向かいます。
 「北村温泉ホテル」は、おそらく北村温泉唯一の温泉宿だと思います。見た感じは、スーパー銭湯に旅館が合体した様な雰囲気で、私的にはゴージャス過ぎなくて好感度高めでした。
 到着したら、早速、温泉に行ってみました。
 先程も書いた通り、ここの温泉は源泉掛け流しで湯温43度。泉質はナトリウム-塩化物強塩泉だそうで、体が温まりそうな感じがします。浴室内には2種類の温泉(たぶん、温度が違うのだと思いますが、今イチ、分かりませんでした)とジャグジー温泉、水風呂、サウナがあり、扉から外に出ると温度の異なる2種類の露天温泉がありました。
 私が1番気に入ったのは、温度低めの露天風呂です。1月なので外気は寒いですが、お湯に入っていると丁度良い感じです。時々、腕を出して体温調節しましたが、まぁ、幾らでも入っていられそうな気持ち良さでした。とっても気に入ったので、「北村温泉ホテル」で入浴する時は、必ず毎回(結局、3日間で6回)入った程です。
 因みに、「北村温泉ホテル」は日帰り入浴も行っており、地域の方々が入りに来ます。北村は米や野菜の生産で知られており、がっしりした体つきの、如何にも「農家」って感じの方が沢山入浴していました。
 風呂から出たら、お食事を楽しむ時間です。「北村温泉ホテル」の食事は、ビュッフェ形式ではなくコース料理です。私たちは最安コースだったので、確か8品くらいだったと思いますが、高いコースにすると10品以上出ます(隣の家族が、そんな感じのコースを楽しんでいました)。
 嬉しいのは、ビールの種類がやや多めな事です。基本的にサッポロビールしか置いていませんが、黒い星が目印の「黒生」がジョッキで頼める他、瓶ビールで「ラガー(通称「赤星」)」、「エビス(の季節限定品)」、「SORACHI1984」も頼めました。風呂上がりのビールが色々楽しめて、私的にはテンション上げ上げです。
 そうそう、朝食もビュッフェ形式ではなく和定食です。北村で収穫されたお米を使った御飯、とっても美味しいです。糖質制限で、少量しか食べられないのが恨めしい。そのため、卵かけにするか、味海苔で食べるか…とっても迷いました。w
 ゆったり、の~んびり、2泊3日の温泉旅行を楽しみました。イイ温泉なので、宜しかったら皆様もどうぞ~。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

札幌木鶏クラブ令和6年度1月例会

2025-01-24 04:30:19 | 自分
 金曜は、月~木曜のテーマに入らない内容です。今回は、月に一度の札幌木鶏クラブの話です。
 『致知』1月号のテーマは「万事修養」。このテーマについて感想を交流し合うのですが、1月例会は「熱燗例会」と言う事で、お酒を飲みながらの感想交流です。飲みながらの交流は集まりが早いので、18時半から開始する予定だったらしいのですが、天候の影響なのか、なかなか集りません。結局、19時の10分くらい前から、駅前のネストホテル札幌を会場に始まりました。
 最初に取り上げるのは、小川榮太郎先生と新保祐司先生の対談「日本の先達に学ぶ人間学」に出てきた「日本人の精神的なバックボーンをすべて否定して、政治文書に過ぎない憲法を人間のあり方の基本にしちゃった」について、K先生が語った内容です。曰く、「かつて札幌市長だった上田さんが、人権派弁護士として活躍していた頃、『親の面倒をみる事は、憲法に義務として記載されていない』と発言した事がある。それって、どうなのか。憲法に書かれてなくても、人の道として大切な事があると思う」と。
 上田元市長の発言の真偽については分かりませんし、親の面倒をみる事も複雑な問題があるでしょうから、軽々に語る事は難しいでしょう。その中で、一つ言える事があるとしたら、憲法は人間の内面について書かれている訳ではないので、親・兄弟姉妹・家族・周囲との接し方については、個々人が考えていく必要がある…ではないでしょうか。色々と考えさせられる記事、および御発言でした。
 次に、勝田茅生先生の「人生のどんな状況にも意味がある~私がフランクルに学んだこと」についての御発言。記事の中で紹介されている、フランクルさんが再婚されたエリーさんに関してY先生が、「エリーさんはカトリックだったが、エリーさんの両親はフランクルさんとの結婚に賛成した。しかし、ユダヤ教徒の多いフランクルさんの友人の中には、結婚に反対してフランクルさんから離れてしまう人もいた。エリーさんと結婚した頃のフランクルさんは、アウシュビッツの頃と同じくらい、辛い時期だったとも言えるかもしれない。後年、アメリカからフランクルさんに博士号を贈ると言われた時、フランクルさんは自分は辞退して、エリーさんを博士号に推薦している。最晩年まで、二人三脚で歩んだ人生だったと言えるのではないか」と語っていました。
 まず、これだけの事をY先生が調べている事…凄いと思います。気になったら、徹底的に調べると言う姿勢は、私も見習いたいです…が、なかなか出来ませんが(汗)。そして、人の出逢いと別れは複雑で微妙なものだとも感じます。それだけに、出来る範囲で…ではありますが、出会いを大切にしていきたいと思います。
 最後に、事務局長のM先生。記事について語る前に、札幌木鶏クラブについて、「私の会社は60周年を迎えようとしているが、10年前の50周年記念の際、札幌木鶏クラブのメンバーが14名参加してくれた。中には亡くなられた方もいるが、その14名で今も残っている方は数名だ。つまり、札幌木鶏クラブを10年続けられていないって事で、私は、是非とも10年続けてほしいと思っている。今回の例会参加者で、果たして何人が残ってくれるのか…」と語っていました。札幌木鶏クラブへの熱い思いが溢れる、熱い語りだと感じます。
 私も、教育研修サークルの事務局をしていた事があるので、M先生の言葉は実感として分かります。学び続ける…とても難しい事です。単に、趣味のサークルだって10年続けるのは大変ですから、学び続けるサークルとなれば、その大変さ、難しさは何倍にもなるでしょう。思い返せば、北海道師範塾だって、10年ちょっとで解散してしまいました。私は、札幌木鶏クラブに参加して10年ちょっとだと思うのですが(調べてないので、間違っているかもしれません…って、先程、Y先生の事を凄いと書いておきながら、自分は、この程度…ホント、適当おじさんです)、次の10年も学び続けていきたいなぁ…と、心の中のメモに書いておきました。
 全く関係ない話ですが、折角なので、10年以上ぶりに熱燗を飲んでみました。いや~、熱燗も美味いッスね。自宅でも、燗酒を飲みたくなっちゃいました。
 あと、ネストホテル札幌の方々がメッチャ丁寧&親切な対応をしてくださり、個人的に凄~く嬉しかったです。ネストホテル札幌の皆様、本当に、ありがとうございました。
 以上、1月例会の報告は終了です。次回、2月例会は普通の例会で、通常通り駅前のネストホテル札幌で19時から開催となります。

 別件ですが、令和7年1月23日の記事に「いいね」などをいただきました。とても嬉しいです。どうも、ありがとうございました。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「忘八」からの「新八犬伝」

2025-01-17 04:30:00 | 自分
 金曜は、月~木曜のテーマに入らない内容です。今回は、令和7年のNHK大河ドラマを視聴した時の話題から。
 NHK大河ドラマ「べらぼう」を視聴した時、「忘八(ボウハチ)」と言う言葉が出てきました。8つの徳を全てもたない人間…つまり、「ろくでなし」と言う意味です。
 当然、言葉の意味の分からない視聴者の為にテロップが出ていましたが、全部読み切る前に消えてしまいました。こう言うのを読み切れないのですから、私も年寄りになったものです。はぁ~。
 それはさておき、一緒に視聴していた妻に聞きました。
 「忘八の8つの徳って、何だっけ?」
 「人間が生きる上で大切な8つの徳でしょ」
 「だから、その具体的な中身だよ」
 「今、テロップで出てたでしょ」
 「それを読み切れなかったから、こうやって聞いてるの」
 「…ほら、『八犬伝』に出てくるでしょ」
 「あ~、分かった。仁義礼智忠信孝悌(ジン・ギ・レイ・チ・チュウ・シン・コウ・テイ)ね」
…こう言うと、妻が凄く不思議そうな顔をしています。
 「何で、ソレ、そんなにスラスラ出てくるの?」
 「え? これって普通に知ってるものじゃないの?」
 「知らないよ! 普通の人は」
 「…そうなんだ」
 そこで、少し考えました。そして、分かりました。これは、NHK人形劇「新八犬伝」で学んだからだと。
 私が小学生の頃に放送していた「新八犬伝」。私の学級では非常に人気で、放送の翌日に話題になる事も多かったのです。もちろん、今は亡き坂本九さんの歌う主題歌は、ほとんどの友達が知ってるし、歌えました。サビだけなら、今でも私は歌えます。
 そして、そのサビの部分で出てくるのです。「仁義礼智忠信孝悌」が。
 だから、「八犬伝」と言われれば、間髪を入れずに頭に浮かんでくる訳です。「仁義礼智忠信孝悌」が。
 因みに、意味も番組から教わりました。小学生時代の自分が覚えた意味では…
   仁:思いやりの心
   義:約束を守る事
   礼:相手を敬う事
   智:知恵
   忠:上の人に尽くす事
   信:同輩と信じ合う事
   孝:親を大切にする事
   悌:兄弟姉妹や親族と仲良くする事
…でした。まぁ、正確に言うと少し違うかもしれませんが、小学生でコレだけ理解していれば合格点でしょう。
 これだけの事を学ばせてくれた「新八犬伝」&坂本九さんの主題歌…素晴らしいです。本当に感謝、感謝です。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年賀状との別れ

2025-01-10 04:30:00 | 自分
 金曜は月~木曜までのテーマに入らない内容です。今回は、令和7年の年賀状の状況から考えた事を。
 令和7年の年賀状を最後に、我が家は「年賀状仕舞い」する事にしました。
 決断した最大の理由は、やはり郵便料金の値上げです。1枚85円となると、100枚で8500円になってしまいます。この金額を「高い」と感じるかどうかは、その人にとっての年賀状の価値と関わるので一概には言えませんが、我が家的には「高い」と感じました。
 次の理由は、年賀状に関わる手間が億劫になってきた事です。最盛期に比べれば4分の1近くに減ったとは言え、100枚以上の年賀状を出すのは大変です。年賀用葉書を購入し、挨拶面のデザインをして印刷し、送り先の住所を確認して印刷し、一言を書き加えなければなりません。そうそう、喪中欠礼の葉書を確認し、その方には出さない様に注意する…って事も必要です。これ、真面目にやったら1日仕事です。
 そこで、令和7年の年賀状には、「今回の年賀状で年賀状仕舞いとさせていただきます」と書いて出しました。おそらく、今後2年くらいは年賀状が届くでしょうから、そちらへの対応は必要だと思います…が、それで年賀状は完全に終わりとなるでしょう。
 同じ様に考えた方はいる様で、令和7年は、「今年で年賀状を卒業させていただきます」などと書かれている年賀状が届きました。「同じ事を考える人がいるもんだなぁ」と思ったと同時に、届いた年賀状を見て別な事にも気付きました。
 昨年に比べ、届いた年賀状が少ない…って事にです。
 おそらく、郵便料金の値上げにより、スパッと年賀状を終わりにした方々が多かったのでしょう。100通前後出すのであれば、それにより1万円近く節約できますから。
 これまでも、年に1人くらいは、「今年で年賀状を仕舞いにします」と言う方がいました。それが、一気に、10人も20人もが年賀状仕舞いを決断した訳です。今回の郵便料金の値上げは、かなり大きな影響を与えたと言えるでしょう。
 仕方のない事なのでしょうが、何とも言えない寂しさを感じます。
 年賀状が届けば、年に1回は相手の事を考えます。「へぇ~、この人、いい場所へ旅行に行ったなぁ」とか、「おおっ! この人、ここへ転勤になったんだ」とか、「しばらく会ってないけど、元気そうで何よりだなぁ」とか…何か、穏やかでイイ時間だったと思うのです。
 それに加え、私が小さい頃は、年賀葉書に付いている「お年玉くじ」の結果を知るのも楽しみでした。大した賞は当たりませんが、新年早々、ワクワクする時間を過ごす事が出来たのです。
 そう言うものがなくなってしまう…単なる感傷なのですが、寂しいなぁ。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

飯寿司(イズシ)って一般的な正月料理じゃないんだ

2025-01-03 04:30:00 | 自分
 金曜は、月~木曜のテーマに入らない内容です。今回は、令和7年の正月準備をしている時に感じた事を。
 令和6年の12月終盤、お正月料理を作るための買い出しに行きました。近所でも大きなスーパーマーケットです。
 色々な食材を購入した後、ふと思いました。「お正月用の飯寿司(イズシ)も買っておこう」と。
 そこで、海鮮コーナーに行きました。当たり前ですが、お正月と言う事で「カニ祭り」状態です。こっちには冷凍毛ガニ、あっちには冷凍タラバガニの足…どこを見てもカニばかりです。
 そこを抜けると、今度は「刺身祭り」でした。マグロ、サーモン、ホタテ、タイ、ヒラメ…刺身の横には、握りも置いてありました。
 そこを抜けると、今度は数の子、イクラ…目出度さいっぱいです。実に、「お正月」って感じがします。
 でも、飯寿司はありません。結局、海鮮コーナーを2周しましたが、飯寿司を発見する事は出来ませんでした。他のコーナーも探しましたが、どこを見ても飯寿司は置いてありません。
 結局、この日は諦め、別の日に別のスーパーマーケットへ行ってみました。
 そこには売っていたのですが、普段から見かける…失礼ですが、安物の飯寿司しかありませんでした。箱入りとか、上品なケース入りとかの、ちょっと上品な飯寿司は売っていなかったのです。
 コープさっぽろの宅配であるトドックには、年末年始用の飯寿司がカタログに載っていました。ダンボールの紙箱に入っていたり、上品なケースに入っていたりする、普段から見かける飯寿司より、少し値段の高い飯寿司です。それに、そもそも私の家でも、妻の家でも、お正月には飯寿司が出ていました。だから、正月料理として認知されているとばかり思っていたのですが、どうやら、それは間違いだった様です。
 一般的なスーパーマーケットでの扱いを見ると、正月料理として飯寿司を食べる家は、どちらかと言えば少数派になりつつある…或いは、とっくに少数派になってしまったのかもしれません。
 そんな事を感じてしまった、令和7年の正月でした。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明けましておめでとうございます。

2025-01-01 04:30:00 | 自分
 水曜は介護狂詩曲…ですが、今日は元日です。新春の御挨拶をさせてください。
 令和7年になりました。皆様、明けましておめでとうございます。
 令和7年も、月・火曜は学校教育話、水曜は介護狂詩曲、木曜はラノベ愛語り、金曜は月~木曜のテーマに入らない内容で、ブログを書き続けていきたいと思っています。宜しかったら、令和7年も読んでいただけると有り難いです。
 令和7年に関しては、そもそもブログを再開した原点を意識して、記事を書いていきたいと考えています。そのために、暇をみては、原点に関わる原稿を書きためていきたいな…と思っています。
 どの程度、形になるかは分かりませんが、「お気楽極楽」で令和7年も続けていこうと思います。
 どうぞ、今年も宜しく御願いします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

令和6年の御礼

2024-12-31 04:30:00 | 自分
 月・火曜は学校教育話ですが、今日は大晦日です。さすがに、今日は学校教育話ではなく、この1年間の御礼を述べさせていただきます。
 令和6年も、私のブログを訪問してくださり、どうも、ありがとうございました。
 ブログを再開した当初は、訪問してくださる方が1ケタで、とても寂しい限りでした。それが、頑張って続けていたからか、令和6年は平均して20~30人の訪問がある様になったのです。いや、本当に嬉しいです。「継続は力なり」と言う言葉を実感しました。
 更に、令和6年になってから、「いいね」「応援」「続き希望」をいただける事が多くなりました。これを励みに記事を書く活動を続けられた面があるので、「いいね」などをポチッとしてくださった方々には心から感謝申し上げます。
 ただ、「役立った」は少なめなので、読んでくださった方々に役立つ様な内容を、もっともっと意識しなければ…と思っています。
 更に、更に、令和6年は八軒自然科学クラブの旧会員からコメントをいただく事も出来ました。こちらは、懐かしい気持ちで読ませていただきました。この様な出会いは、ブログを続けていなければ無かった訳で、この点でも「継続は力なり」を再確認です。
 この様に色々な事のあった令和6年が、もう少ししたら終わろうとしています。改めて、皆様、どうもありがとうございました。そして、どうぞ、良いお年を。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

札幌木鶏クラブ令和6年度12月例会

2024-12-27 04:30:00 | 自分
 金曜は、月~木曜のテーマに入らない内容です。今回は、月に一度の札幌木鶏クラブの話です。
 『致知』12月号のテーマは「生き方のヒント」。駅前のネストホテル札幌を会場に19時丁度から始まりました。
 毎年12月は、各会員が「今年の一字」を紹介します。今回は、以下の様な結果でした。
  N代表 懐(久しぶりのクラス会)
  B先生 膝(ケガしたそうで、これは大変!)
  O先生 祈(強く念じた)
  T先生 惑(戸惑いの多い一年間だった)
  K先生 鈍(政治の状況から)
  Y先生 会(会いたい時に会いに行く)
  M先生 新(新分野のお客様&新しい趣味)
  O先生 瞬(あっという間の一年)
  M先生 気(目標達成のため気力を高め全力で取り組む)
  K先生 心
  自分  然(自然体で)
  M先生 気(気付けてない事に気付けた)
  M先生 続(諦めないで続けてきた)
  Y先生 飛(7回飛行機に乗った)
  S先生 変(考え方が変化した)
  S先生 感(感謝、感動、感激)
  K先生 喜(喜びを見出し、喜びで満たせるか挑戦の一年)
  A先生 挑(挑戦させていただいた一年)
  I先生 輝(初孫が生まれた)
  N先生 充(仕事が充実)
  Y先生 省
 こうやって並べると、まぁ、当たり前なのですが、「良かった事を取り上げた一字」と「悪かった事を取り上げた一字」と「事実を述べた一字」があると感じます。懐・祈・新・気・続・変・感・喜・挑・充は良かった系でしょうし、膝・惑・鈍・省は悪かった系と言える様に思います。会・瞬・心・然は事実系に入る様に思う…って言うか、良くも悪くもないから事実かなと思いました。良かった系が悪かった系の2倍以上あるのは、さすが「美点凝視」の木鶏クラブです。
 では本編。今回はN代表の言葉が最高でした。田口佳史先生の「四書五経の名言に学ぶ 第29回 徳不孤、必有隣」の記事についての言葉です。曰く、「徳とは何か? ずっと記事を読んだが、結局、利他と感謝じゃないかと思う。その事だけ、しっかり覚えておくとイイと思う」と。
 成る程…確かに、自分の事ばかり考えて行動するのではなく、他人の事も考えて行動できる人に対して、私は「素晴らしい人だな」と感じます。また、何かしてもらった時に直ぐ、「ありがとう」と言える人には、「ステキな人だな」と感じます。この時、相手に対して感じた「素晴らしい」とか「ステキ」とかが、「徳」に繋がる…と考えると良いのでしょう。シンプルに考える事で見えてくる…って訳です。
 他にも素晴らしい言葉が多々あったのですが、N代表のシンプルな言葉に絞って、今回は終わろうと思います。
 なお、1月例会は、通常通り第3木曜にネストホテル札幌で行われますが、この日は年に一度の「熱燗例会」です。お酒を飲みながら、楽しく語り合う会となります。その分、会費が通常より高め(確か4000円だったと思います)になります。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「聖地巡礼」の旅~旭川編③

2024-12-20 04:30:00 | 自分
 金曜は月~木曜のテーマに含まれない記事です。今回は前々回(R6.12.6)、前回(R6.12.13)に続き、私たち夫婦が「聖地巡礼」をした話の最終回です。
 旭川の「聖地」北鎮記念館。そこでの巡礼の記録ですが、今回は『ゴールデンカムイ』のネタバレが少し入っています。ネタバレが嫌だという方は、この後を読まない様にしてください。




   ※念のための空白。




 館内ツアー以外にも、テンション爆上がりになる事があります。それは、コスプレコーナーと土産物コーナーです。
 コスプレコーナーは、どう考えても『ゴールデンカムイ』を意識したコーナーです。何せ、置いてあるのが、明治期の第七師団の軍服や軍帽などですから。コレを着て、鶴見篤四郎中尉や鯉登音之進少尉に成り切る訳です。
 あ、鯉登少尉で思い出しました。実は、鼻血が出そうな程、興奮した出来事があったのです。
 それは、歴代第七師団長の肖像画または肖像写真コーナー。その中に、何と、鯉登師団長の写真があったのです!
 確かに、『ゴールデンカムイ』の最終回で、鯉登少尉は「最後の第七師団長になって…」と言う記述がありました…が、それは話を盛り上げるための作り話だと思っていたのです。それが、ちゃんと鯉登師団長は実在した…すっご~い!
 館内ツアーの最中だったので、鯉登師団長の名前が「音之進」かどうかは確認できませんでした。それでも、『ゴールデンカムイ』の物語の一部は史実に基づいていたと分かって、とっても嬉しかったです。
 脱線しました。話を戻します。
 コスプレコーナーですが、自衛隊が管轄している(らしい)ので、他とは一線を画する凄い物があります。それは、本物の三八式歩兵銃です。もちろん、銃弾は入ってませんし、銃口を人に向けたり、引き金に指をかけたりする事は厳禁です。それでも、本物を持って写真を撮る事が出来るのは、テンションがメッチャ上がります。
 私も、見た目はともかく、気分は尾形百之助に成り切って写真撮影しました。
 もう一つのテンション爆上がりエリア、土産物コーナー。
 こちらでオススメなのが、熊ちゃんぬいぐるみです。あ、正確に言いましょう。熊ちゃんぬいぐるみで着せ替えできる、第七師団軍服セット(軍服上下+軍帽)です。
 この軍服、土産物コーナー店員の「お姉さん」がAIミシンで手作りしているそうです。そのため、一着およそ1900円と少々お高めですが、その種類が凄いんです。各階級毎に用意されていて、中尉の軍服は礼装用と通常用と二種類ありました。
 もちろん、これは『ゴールデンカムイ』ファンが着せて、「鶴見中尉殿、本日の礼服がお似合いですね」とか、「鶴見中尉殿、網走監獄の連中を滅殺いたしましょう」とか、そう言う目的で購入するのでしょう。実際、私も総額9000円近くかけて、通常服の鶴見中尉殿を飾っています。
 今回の旭川「聖地巡礼」は、急に予定を決めたので、色々と味わい尽くせない部分が色々ありました。これは是非、再訪して味わい尽くしてきたいと思っています。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「聖地巡礼」の旅~旭川編②

2024-12-13 04:30:00 | 自分
 金曜は月~木曜のテーマに含まれない記事です。今回も前回(R6.12.6)に続き、私たち夫婦が「聖地巡礼」をした話です。
 北鎮記念館へ行く朝…天気は雨。しかも、メッチャ土砂降りです。
 本州の晩秋の雨も寒いでしょうが、北海道の初冬の雨は尋常ではない寒さです。それだけでも嫌なのに、風も強くて傘ぐらいだと防ぎきれないのは明白です。どう考えても、体が冷えて…いや、凍えてしまうのは確実。もう、朝からテンションだだ下がりです。
 でも、苦難を乗り越えて行くのが「聖地巡礼」。気力を振り絞って出発しました。
 道を間違えて歩く時間が長くなり、かなり濡れましたが、何とか北鎮記念館へ到着!
 驚いた事に、この北鎮記念館…入館料は無料です。おそらく、自衛隊の広報も兼ねているからでないかと思います。何せ、陸上自衛隊旭川駐屯地に隣接する国有無番地に建っているので…。
 中に入ると、様々な資料が並んでいて、だだ下がっていたテンションが爆上がりです。ざっと見た感じでも、かなりの数の資料が展示されています。
 どう見て回るか考えていたら、気になる掲示物を発見!
 自衛隊の方が案内してくださると言う、素敵な館内ツアーがあるではありませんか。
 もうすぐ開始なので、入口近くのホールで待つ事にし、4~5分後、自衛隊の広報の方が来ました。私たち夫婦も含め、7名ほどの参加者で館内ツアー開始です。
 この館内ツアー、参加して本当に良かったです。
 まず何と言っても、説明してくださる自衛隊の広報の方の語りが上手! 何度も行っていて慣れているからでしょうが、蕩々と淀みなく語られるので、聞いていて心地良く分かりやすいです。第七師団の歴史は勿論、当時の装備や服装、様々な文書資料、更には旭川の歴史や人々の暮らしまで、45~50分くらいで説明していただきました。じっくり見る事は出来ませんが、北鎮記念館の全容を理解するにはピッタリです。
 じっくり見る…で思い出しました。この北鎮記念館、凄い一級資料があるのです。それは「第七師団史」。簡単に言えば、第七師団の業務日誌を綴った冊子なのですが、これ、本来は廃棄されているはずの物です。
 敗戦が確実となった頃、大本営から各師団の業務日誌を焼却処分する様に指示があったそうですが、当時の担当事務官(もちろん軍人)が命令に背きました。「これは貴重な資料だから、後世の為に残さねばならない」と。
 その事務官は油紙に包んで土に埋め、大切に保管していたのだそうです。そして、旭川に陸上自衛隊が駐屯する事が決まった時、掘り出して寄贈したのだとか。いや~、泣ける話です。
 この資料、館内ツアーに参加していたため、じっくり見る事が出来ませんでした。これは是非、北鎮記念館を再訪し、じっくり拝読させていただきたいものです。

 ところで、令和6年12月12日に「いいね」などを沢山いただきました。そして、12月6日にもいただいていました。見落としてしまって、本当に申し訳ありません。これからも読んでいただけると有り難いです。
 …と言う事で、この最終段落まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。今日または明日、皆様が良い一日を過ごせるよう願ってます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする