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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 148

2020年10月07日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 翌日、ナナはタイムパトロールの臨時長官室に居た。お偉いさんから言われ、長官秘書の職に就いたのだ。しかし、これは気が重かった。ここに来て臨時長官に就任のあいさつしても返事が無く、その後はずっと無言だった。長官のデスクに並ぶように配置された自分のデスクに居るのが何とも辛い。
 長官のデスクの電話が鳴っても長官本人は出ることが無い。代わりにナナが出る。相手はナナだと分かると楽しそうに話をしてきて、なかなか要件にまで至らない。やっと要件になり「長官に電話です」と渡そうとするが手を出さない。仕方なく用件を聞いて、後程本人に仕える旨を相手に伝えて電話を切る。そして電話の内容を伝えると「上手く処理してくれ」とだけ言ってまた黙り込む。
 来客があっても、ナナがドアまで出迎え応対する。相手はナナだと分かると嬉しそうに長官そっちのけで話をする。そのついでに用件を話して行くので、後で長官に用件を伝えると「上手く処理してくれ」とだけ言ってまた黙り込む。
 こっそりとため息をつきながら時計を見るが大して時間が経っていない。それでまたため息が漏れてしまう。……でも、こんな事でくじけてはいけないわ! ナナは気を引き締める。お偉いさんにちやほやされた小娘と思って気に入らないのか、トキタニ博士の曾孫って嫉妬されているのか、あるいは他の理由があるのか…… わたしの事をこの長官がどう思っていようと気にしちゃいけないわ。
「長官、知ってます?」ナナが努めて明るい声で話かける。長官は顔を上げず、書類に目を落としたままだ。それでもナナは気にせず話を続けた。「『ブラックタイマー』が復活するらしいですよ」
「……」長官は面倒くさそうに頭を上げてナナを見る。「聞いている。だが、それは三課のタケルのたわ言だ」
 長官は吐き捨てるように言った。……一応情報網はしっかりしているようね。ナナは思った。
「でも、どうしてタケルのたわ言だなんて思うんです?」
「三課のタケルは軽口の過ぎるヤツだと聞いている」長官が面白くなさそうに言う。それからナナをにらみ付けるように見た。「君と幼なじみだと聞いているが……」
「え? ……はい……」長官の情報網、侮れないわね。ナナはそう思い、こっそりと喉を鳴らす。「確かに、タケルは昔から、冗談と軽口には長けていました」
「そんなヤツの言う事は信用は出来ない。大方、君もタケルからそう聞かされただけだろう? 聞く価値も無い!」長官はばっさりと切って捨てる。「それに以前、このタイムパトロールに『ブラックタイマー』の支持者がいるとも言っていた。それもたわ言だ」
「長官は支持者も信じていないんですか?」
「実際にいたとしてもだ、結果として違反集団を壊してくれたのだから、感謝するのが筋だろう。悪人のように扱う理由がない」
「でも、歴史に介入し過ぎではないかと……」
「違反集団とて同じだろう? 毒も持って毒を制すると言う事だ。その支持者と違反集団とでやり合ってくれれば、我々も無駄な予算が掛からない」
「そうかもしれませんが、支持者なんですから、いつ、わたしたちに牙を剥いて来るか、分かりませんよ」
「だが、それもタケルのたわ言かもしれんだろ? 『ブラックタイマー』を解散させたのは、実際にはテルキだと報告を受けている」
「ですが、きちんと調べなくては」ナナは立ち上がって長官のデスクの前に立って言う。「否定ばかりしていて調べないとなると、問題だと思います。支持者が実はタイムパトロールへの反逆と時間秩序の破壊を目論んでいるとしたら、それを嘘だとの一言で放置した長官の責任は重大のものとなります」
「トキタニ博士の曾孫だからとは言え、長官に対して言い過ぎではないか?」
「わたしは長官を心配して言っているんです」
「タケルの妄想だ。この場にタケルを呼んで真実を話させれば済むことだ」
「わたしはタケルの嘘が分かりますが、あれは嘘ではありません」……なんて頭が固いんのよ! なんて自信過剰なのよ! なんて思い込みが激しいのよ! こんな長官、今日で辞めさせてやりたいわ! ナナは腹を立てていた。「わたしは個人の意見として、上層部の方に報告します。このような重大な事を嘘だで一蹴している長官についても報告します。言いたくはないですが、長官と違って、上層部は、わたしの話は良く聞いてくれますから」
「……」長官はじろりとナナをにらみ付ける。ナナも負けじとにらみ返す。長官が視線をずらし、椅子に深く腰掛け直した。「……分かった、調べる事にしよう。陣頭指揮は君が取りたまえ」
「分かりました。では、さっそく調査をしに行きます」
 ナナは言うと長官室を出た。
「やれやれ……」ナナは大きくため息をついた。「あの堅物め! ……でも、やっと解放されたわね」
 ナナは大きく伸びをした。それから廊下を歩いていると、清掃係のタロウと出会った。道具の使い方が板について来たようだ。タロウがナナに気付き、そっと寄ってくる。
「タケルが屋上にいるよ」マスク越しにタロウが言う。「ボクもここの掃除が終わったら行く。あの床の染みがどうしても気になってね」
 すっかり清掃係になりきっているタロウだった。
 ナナはうなずいて、エレベーターホールヘと向かった。


つづく

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