お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 27

2023年04月06日 | ベランデューヌ
 心地よい暖かさと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。ジェシルが感じた事だった。……なんだか気持ちが良いわ。ジェシルは満足そうに笑む。ずっとこのままでいたいと言う気分になる。
 ……ちょっと待って!
 我に返ったジェシルは飛び起きた。今一つ焦点が定まらない目をじっと凝らす。その間も、暖かさと甘い香りは続いている。
「……ここは、どこなの?」
 ジェシルは敢えて声を出してみた。喉がからからに乾いた時の声のようだ。ジェシルは驚いて、何度か咳払いをする。徐々に焦点が定まって来た。
 暖かな日差しが優しく注ぐ、様々な花が咲いている野原の中だった。
「え……?」
 ジェシルは呆然とする。……ちょっと待ってよ。さっきまでは家の地下だったわ。ジェシルは記憶を辿る。
 ……怪しいドア枠に吸い込まれて……
「そうだわ! 吸い込まれたのよ!」ジェシルは声を荒げると、立ち上がった。「じゃあ、ここは吸い込まれた先って事なの?」
 ジェシルは周囲を見回す。一緒に吸い込まれたジャンセンを探していた。
 ジャンセンは少し離れた所に居た。ジャンセンは口を大きく開けたまま、大の字になって気を失っていた。
「ジャン、また水たまりに落ちた気でいるようね……」ジェシルはジャンセンの傍に寄る。急に腹が立って来た。呑気そうな顔で気を失っているように見えたからだ。「……元はと言えば、あなたが来たのがいけないんだわ! こんな訳の分からない事になっちゃってさ!」
 ジャンセンの顔を蹴っ飛ばしてやろうと思い、ジャンセンの顔の横に立った。と、風が吹いた。ジェシルのスカートがまくれ上がった。ジェシルは咄嗟にスカートを押さえる。
「赤だ……」
 ジャンセンの小さな声がした。喉がからからに乾いているような声だった。……また見られた! ジェシルの中に殺意が芽生える。
「ジャン!」ジェシルが大きな声を出す。「何を馬鹿な事言ってんのよう! それよりも、ここはどこなの?」
「え……? ここ……?」
 ジャンセンはつぶやくように言うと、のろのろと上半身を起こす。焦点の定まっていない両目を何度か瞬かせ、ジェシルと同じように何度か咳払いをし、マイクテストのように何度か「あ~、う~」と声を出していた。
「ここって……」ジャンセンは言いながら周囲を見回す。「……どこだろう?」
「何よ、分かんないの!」ジェシルは怒鳴る。「あなた、学者なんでしょ!」
「怒ったって、分かんないものは分かんないよ」ジャンセンは冷静に対応する。「確かにぼくは学者だけどさ、歴史的文献の研究をしている学者だよ。植物学を専攻していれば、咲いている花から場所なんか分かるかもだけどさ、ぼくにはさっぱりだ。それよりもさ、君は女性なんだから、花とかには詳しいんじゃないか?」
「わたしは花に関心が無いわ。武器に関してならそれなりに詳しいけど」ジェシルは即答する。「それに、女性だから花に関心があるなんてのは偏見よ!」
「そうか、そりゃごめん……」ジャンセンは素直に謝る。それから、うなずきながら付け加える。「そうか、ジェシル、君は花じゃなくって虫に関心があったよね! 子供の頃、野原で虫を手づかみしていたもんなぁ」
「何つまんないこと思い出してんのよう!」ジェシルは恥ずかしさに赤くなる。……どうしてジャンは子供の頃の事をこうまで覚えているのかしら! ジェシルはむっとする。「あなたって、最低ね!」
「……それにしても、ここはどこなんだろう」ジャンセンはジェシルの怒りを無視して周囲を再度見回す。「あのドア枠に吸い込まれて、ここに来たって事だよね?」
「え?」突然のジャンセンの話にジェシルは戸惑う。しかし、そこが肝心な点だ。「……まあ、そう言う事よね」
「と言う事はだ、あれはドア枠じゃないって事だ」
「……どう言う事よ?」
「あれは木枠の下に金属が隠れていたじゃないか? 君の話だと、ゼライズ鉱製で、中に何か装置が仕込まれているかもってさ」
「そうね」
「だからさ、あれは空間移動用のゲートだったんじゃないかって思うんだ」
「ゲート……?」
「そう」ジャンセンは真顔だ。「潜ると全く違う場所に出るんだ」
「そんな物、作れるの?」
「理論上は可能だって、知り合いの物理学者が言ってたよ。空間も時間も越えられるらしい。あくまでも理論上だけどさ……」ジャンセンはにやにやし始めた。「でも、そうなったら、ぼくの研究は長足の進歩を遂げるだろうなぁ……」
「ジャン!」ジェシルは怒鳴る。「あなた、この状況が分かっているのかしら!」
「え……?」
「え? じゃないわよう!」ジェシルは爆発した。「ここがどこだかも分からない。ひょっとしたら、いつの時代かも分からない。そんな所にわたしたちは居るのよ! 何とかしなきゃいけないのよ! それなのに、あなたったら…… ぼくの研究が長足の進歩を遂げるですってぇ! 良いわよ! あなた一人でここに残っていると良いんだわ! わたしは何としてでも帰るから!」
「帰るって、どうやってだよ?」
「あなたの言う、ゲートを見つければ良いのよ。そこから戻れば良いんだわ」
「ああ、なるほど!」ジャンセンは、ぽんと手を打つと大きくうなずく。「出口でもあり入口でもあるって、知り合いの物理学者も言っていたよ。ゲートには双方向性があるんだそうだ」
「そうと分かれば、出てきたゲートを探さなきゃ! そんなに遠くないと思うわ!」
「そうだね。行き来が出来れば、研究が長足の……」
 ジャンセンは口をつぐんだ。ジェシルが物凄く怒った顔で睨んで来たからだ。ジャンセンはぽりぽりと頭を掻いた。
 二人は周囲を見回す。そんなに遠い所にゲートがあるとは思えなかった。
「あ、あれじゃないか?」
 ジャンセンは言うと、木立ちの茂った所を指差した。ジェシルも見る。木陰の中に、地下で見たのと同じような赤い木枠のゲートが佇んでいた。
「良く見つけたわね」ジェシルは笑みを浮かべて言う。「あなたでも、役に立つことがあるのね」
「……一言多いよ」
 ジャンセンの言葉を無視して、ジェシルは木立ちへと向かう。ぶすっとした顔でジャンセンも従う。
 色の剥げ具合、アズマイック杉の蒸し焼きの木枠、魔物が好む赤色…… 地下で見たのと、変わらない。
「地下のゲートがそのままここに現われたって感じねぇ……」
「そんな感じだね」ジェシルの言葉にジャンセンがうなずく。「ゲート自体も移動するって事なのかなぁ?」
「その辺の事は分からないわ」
「ぼくも分からない…… そうだ!」
 ジャンセンは言うと、提げている鞄に手を突っ込んだ。そして、金貨を一枚取り出した。それをジェシルに差し出す。
「何よう?」ジェシルはジャンセンと硬貨とを交互に見比べる。「わたしにどうしろって言うのよう?」
「ほら、地下ではゲートに向かって金貨を抛ったじゃないか」
「……それをやれって言うの?」
「そうだけど?」
「そんな事、あなただって出来るじゃない!」
「でもさ、また何かあったら、イヤじゃないか」
「……あなたって、本当に、最低ね!」
 ジェシルはジャンセンの手から金貨をむしり取る。ジャンセンはゲートの前から外れる位置にさりげなく移動した。ジェシルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 ジェシルはジャンセンに見せつけるようにゲートの真ん前に立った。それから、金貨をゲートに向けて抛った。ジャンセンは咄嗟に目を閉じた。
「ジャン!」
 ジェシルの声でジャンセンはおそるおそる目を開けた。ジェシルはそこに立っていた。ジェシルは困惑の表情でゲートを指差す。何の変化も現れていなかった。
「ダメだわ。何ともならないわ……」
「……と言う事はさ……」ジャンセンも困惑の表情だ。「このゲートは入る事の出来ない出口専用って事かなぁ?」
「それとも……」ジェシルは不意に鋭い視線を周囲に向ける。「これを作った誰かさんがゲートの機能を止めたとか……」


つづく


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