お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 35

2023年07月25日 | ベランデューヌ
 ジェシルは駈け出す。手を握られているケルパムは、腕がぴんと伸びた格好で、転ばないようにと必死で駈けている。
「ジェシル! ケルパムが……」ジャンセンが後ろから声をかけたが、曲り道で姿が見えなくなった。駆け去った後に舞う土埃を見ながらジャンセンはつぶやく。「……やれやれ、ベルザの実って、そんなに美味しいかなぁ? ぼくならペレザンデの実の方が好きだけどなぁ。あの口の中に広がる酸っぱ苦い味が最高だ」
 長やまじない師たちは呆然とした表情でジェシルの立てた土埃を見ていた。
 しばらくすると、ジェシルが駈け戻って来た。怒った顔をしている。皆が畏れて両の手の平を上に向けて頭を下げた。
「ジェシル、言っただろう? 怒った顔がダメだってさ」
「そうは言うけど」ジェシルは鼻息が荒い。「ケルパムが全力でわたしの手を放して、わたしの前に立って、両手を広げて通せんぼするのよ! そして、後ろを指差して何か叫んでいるの。わたしも振り返ってみたけど、誰も付いて来ていないじゃない! これはジャンの仕業だって思ったら腹が立って、文句の一つ二つ三つは言わなきゃって駈け戻って来たのよ!」
「あのさあ……」ジャンセンはため息交じりで、諭すように言う。「ぼくたちは招待された側だよ。村には長が先頭になって招待された側はそれに続くのが習わしなんだ」
「だって、わたしは女神なんでしょ?」
「女神だってその習わしは変わらない。それに、この習わしはアーロンテイシアよりも高次な神で、万物の創造神とされるジェックスレーランが決めたとされている。だから、アーロンテイシアでも止められるのさ」
「でも……」
「ケルパムもその事を知っているから、君を必死で止めたんだ。ジェックスレーランは怒りやすい神でね、村全体だけじゃなく、君も滅ぼされると思ったのさ」
「そうなんだ……」
「まさに身を挺して君と村を守ったんだ。立派な少年だよ」
「それは悪い事をしたわ……」ジェシルは神妙な顔をする。が、突然我に返ったように怒った顔になった。「何よう! この時代の人たちにはともかく、わたしたちには神話じゃない! 危うく本気で反省するところだったわ! 雰囲気に呑まれちゃうところだったわ!」
「だからさ、怒った顔で大きな声を出すのは止めなよ。みんなが怖がっているだろう?」
 ジャンセンは言って長たちを指差す。皆、ジェシルと顔を合わせないように、頭を下げたまま目を閉じていた。
「ジェシル、君がどう思おうとかまわないけど、この時代の人たちには現実なんだよ」ジャンセンは静かに言う。「ぼくたちの時代にしたって、はるか先の時代の人たちから神話だ、作り話だって言われるものがあるだろうさ。大して変わらないんだよ」
「……分かったわよう……」
「そして、彼らには君はアーロンテイシアなんだ」ジャンセンは言うと優しく笑みを浮かべた。「それを忘れないでいてくれると嬉しいな」
「分かったわ。悪かったわ……」
「じゃあ、アーロンテイシア再開だ」
 ジャンセンは言うと、ジェシルの背後を指差した。ジェシルが振り返ると、心配そうな表情のケルパムが曲り道の辺りに立っているのが見えた。ジェシルはジャンセンを見る。ジャンセンは大きくうなずく。ジェシルは深く息をすると、ケルパムに振り返り、飛び切りの笑顔を見せた。
「アーロンテイシア!」
 ケルパムが大きな声で言いながら駈け寄って来た。長たちも目を開け、顔を上げた。ジャンセンはジェシルの肩をつつく。ジェシルは笑顔のままで長たちに振り返る。
「アーロンテイシア!」
 長たちも大きな声を出し、笑顔になった。
 
 皆は再び、長のドルウィンを先頭に、メギドベレンカが続き、その後にジェシルとジャンセン、殿(しんがり)は二人のまじない師の老婆とケルパムと言った並びになり、村まで歩いた。
 しばらくすると、道の左右に大きくて太い木の柱が立っていた。ここが村の境界なのだろう。掘られた装飾がびっしりと施されている。ジャンセンは歓喜の声を上げながら、その装飾を食い入るように見ていた。長のドルウィンは怪訝そうな顔でジャンセンを見ながらも、長のドルウィンは村に入る前に一同を止め、何かを大きな声で言いながら、一人で村へと入って行った。しばらくすると他の皆、村へと入って行った。ケルパムはジャンセンに何か言い、正気に戻ったジャンセンはうなずくながら答えていた。ジェシルとジャンセンが残された。
「みんな、どうしたの?」
 ジェシルがジャンセンに訊ねる。
「村の人たちに先触れしているんだ。準備を始め、整ったら、長が迎えに来てくれる」
「そうなんだ。色々と段取りがあるのね」
「そりゃそうだよ。なんったって、像じゃない、生身の女神アーロンテイシアが来たんだからね」
「だから……」ジェシルは言いかけて口をつぐみ、諦めたような笑みを浮かべた。「……そうね、生きたアーロンテイシアだもんね……」
「そうそう、その調子だよ」ジャンセンは満足そうにうなずく。「やれば出来るんだね」
 ジェシルが言い返そうとしたところに、長のドルウィンが笑顔で現われた。


つづく

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