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ジェシルと赤いゲート 41

2023年07月31日 | ベランデューヌ
「ジェシル……」ジャンセンが声をかける。ジェシルは振り返る。ジャンセンの顔には驚きがあった。「……いやいや、大したもんだなぁ」
 ジェシルは長たちを見る。皆が座り直して話し合いを始めていた。誰もこちらを見ていない。それが分かると、ジェシルは思い切り不機嫌な顔になった。
「何がよ?」ジェシルの声にも不機嫌さがにじんでいる。「何が大したものなのよ?」
「何をそんなに不機嫌なんだい?」ジャンセンは不思議そうな顔だ。「威厳のある立派な態度だったじゃないか。ぼくの知っているジェシルからは思いもよらないよ」
「それだけ、社会で揉まれているのよ!」
 ジェシルは、いつも偉そうな態度のトールメン部長を思い出していた。ジェシルはトールメン部長の偉そうにしているところを真似してみたのだ。結果は長たちの様子に表われていた。効き目があったと言う訳だ。
 イヤでイヤでたまらないトールメン部長の真似をした事が、ジェシルの不機嫌の元だった。それが効果が合ったのだから、余計に腹が立つ。……部長のあの偉そうな態度って、時代を超越しているって事だわ! ジェシルは、見えないパンチと蹴りでトールメン部長を床に這いつくばらせて、見えない熱線銃を最大出力にして撃って影も形も残さずに消滅させ、床に少しだけ付いた焦げ跡を何度も踏みつけていた。
「……そう言えば、返答をする場所を聞いていなかったわね」気分が晴れたジェシルは笑みを浮かべた。「聞いて来なくちゃ」
「いや、その必要はないんじゃないかな」
「どうして?」
「長たちが話し合っているだろう? あれは誰がジェシルのお供をするのかを決めているんだ」
「わたしは一人で良いって言ったわよ?」
「そうは言っていたけど、長たちの立場からすれば、はい左様ですかって言えないよ。それに……」ジャンセンの表情が曇る。「デスゴンは絶対一人では来ないだろうしさ」
「デスゴンって……」ジェシルは呆れた顔をする。「その女の人も、わたしたちと同じ目に遭ってここにいるのよ。わたしがアーロンテイシアじゃないってのと同じくらい、その人もデスゴンじゃないわ」
「でもさ、ぼくの様な伝達役がいるんなら、デスゴンってどんな神かを聞いていると思う。さらに、ダームフェリアの連中からデスゴンって崇められたら、イヤでもデスゴンにならなきゃならない」
「愚かだわ……」
「いやいや、君だって似たようなもんじゃないか。気分はすっかりアーロンテイシアだろ?」ジェシルはジャンセンを睨み付ける。しかし、ジャンセンは意に介さずに続ける。「それでさ……」
 突然、ジャンセンが何かに気がついたように黙ってしまった。腕組みをして目を閉じ、自分の中にある膨大な資料をあれこれと引き出して、考えをまとめている。しばらくして、かっと目を見開いた。
「ジェシルさ、どうだろう? 段々と自分がアーロンテイシアになって行くような気分にならないかい?」ジャンセンが唐突な事を訊く。しかし、真剣な表情だ。「ふざけないで、正直に答えてほしいんだ」
「何よ、いきなり?」
「いや、ぼくは今、ある仮説を立てたんだ。その検証をしようと思ってさ」
「こんな時なのに……」ジェシルは呆れたように言う。「……最低」
「何でも良いよ。どうだい?」
「そうねぇ……」あまりに真剣なジャンセンの様子に、ジェシルは圧倒された。「周りがアーロンテイシアって言うし、ジャン、あなたからアーロンテイシアってどんな神なのかを教えてもらっていたから、自分の中で、徐々にアーロンテイシアは広がっているわね。それに、この衣装も一役買っているって言えるわね。もちろん、本気なわけじゃないわよ」
「なるほど!」
 ジャンセンが大きな声を出した。長たちが振り返る。ジェシルは気にするなと言うように手で長たちを制した。長たちは再び話し合いを始めた。
「……ジャン、あなた、どうかしているわよ」ジェシルが口を尖らせて文句を言う。「今はそんな事はどうでも良い事じゃない?」
「いや、どうでも良くない」ジャンセンはジェシルを見つめる。「ぼくたちはこの時代に来てまだ少ししか時間が経っていない。でも、君はアーロンテイシアの気になりつつある」
「だから、本気じゃなくって、そんな気がするだけだって!」ジェシルはジャンセンの気迫に押されている。そして、そんな自分に腹が立った。「何なのよ、ジャン! どうしてもわたしをアーロンテイシアにしたいの?」
「そう言う事じゃなくってさ」ジャンセンは続ける。「デスゴンの女性も、君と同じ過程を辿っているんじゃないかって思ったんだ。しかも、彼女が現われたのは十日ほど前だ。十日も有れば、身も心もデスゴンになっちゃうんじゃないかな?」
「何を言い出すかと思ったら……」ジェシルは呆れて、大きなため息をつく。「普通に考えれば、そんな馬鹿な事があるわけないじゃない」
「衣装だ」ジャンセンは言う。「衣装が大きく係わっていると思うんだ」
「どう言う事?」
「君がアーロンテイシアの衣装を着てみようって思ったのは何故だ?」
「あなたが全く構ってくれなかったからよ。暇過ぎちゃって……」
「だからって、着てみなくっても良いだろう? わざわざ来ていた服を脱いでさ、そんな露出の高い恰好をさ…… まさかジェシルって露出癖でもあるのか?」
「馬鹿な事言わないでよう!」
 ジェシルの大声に、長たちが振り返った。今度はジャンセンが、気にしないようにと言うように手で制した。長たちは話し合いを続ける。
「それ以上ふざけた事を言うと……」ジェシルは腰に右手をやった。腰に熱線銃がある。「……撃ち殺すわよ」
「何を怒っているんだ? 確認をしただけだろう?」ジャンセンは首をかしげる。「露出癖が無いんなら、何故着たのかって事だよな。見ているだけで良かったはずだ」
「そうねぇ……」ジェシルは右手を腰から離す。それから、思い出そうと自分のこめかみを、その右手の中指でつつく。「……何となく、気になったのよねぇ。まるで、衣装の方から着てみないかって誘っているみたいで……」
「なるほど、やっぱりそうか……」
「何がやっぱりなのよ? 何がそうかなのよ?」
「古代の神は実在するんだ」ジャンセンは真顔で言う。「ぼくは確信したよ」
「神話でしょ?」
「いや、その衣装が神なんだよ」
「はあ?」
「だから、衣装そのものが神なんだ」
「神話を元にして作ってみただけじゃないの?」ジェシルは戸惑いながら答える。「そんなのって良くあるじゃない?」
「でも、これは違う」ジャンセンはきっぱりと言う。「衣装自体が衣装を着る者を選ぶんだ。つまりは憑依するって事かな?」
「うえぇ~っ……」ジェシルはうんざりした表情をする。「薄気味悪い事を言わないでよね」
 ジェシルは言うと、宝石の散りばめられた金色の宝冠に両手をかけた。外すつもりで持ち上げる。
「……あら、外れないわ……」ジェシルは慌てて、何度も持ち上げようとした。しかし、根が生えたように、びくともしない。「ジャン! これってどう言う事よ!」
「これで、ぼくの仮説が証明されたわけだね」ジャンセンは満足そうにうなずく。「君は女神アーロンテイシアに選ばれたんだよ。アーロンテイシアに相応しい女性としてね」
「何を言ってるのか分からないわよう!」ジェシルは右脚を強く振った。履いているサンダルを振り飛ばそうとしたのだが、やはり、びくともしない。「……どうなってんのよう……」
「だから、ぼくの言った通りだよ」ジャンセンはジェシルの慌て振りを見ながら言う。「諦めて受け入れるんだね。でもさ、ジェシル。これは貴重な体験だぜ」
「迷惑極まりないわよう!」ジェシルは左腕の腕輪を右手で剥がそうとする。やはり、びくともしない。「何なのよう……」


つづく

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