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ジェシルと赤いゲート 26

2023年03月25日 | ジェシルと赤いゲート 
「……ジェシル、今の聞いたよな?」
「ええ、聞いたわ……」
 ジャンセンはドア枠に駈け寄った。ジェシルも続く。二人でドア枠を見る。ジャンセンは拳を軽く握ると、ドアをノックするようにドア枠を叩いた。
「う~ん…… 木製だったら、もっとこんこんと言った気持ちの良い音がするんだけどなぁ……」
「そうね、中に何かがありそうな音だわ……」
「そんな感じだね」
 ジャンセンは鞄に手を突っ込んだ。あちこちを探って、やっと目当てのものを見つけたようで、手の動きが止まる。鞄から手を引き抜いた。手にはカッターナイフがあった。
「どうするの?」
 ジェシルの問いにジャンセンがにやりと笑む。
「このカッターナイフで削ってみるのさ」ジャンセンは刃先をドア枠に押し当てた。「中に何かがあればすぐに分かるだろう?」
「でも、これは歴史的には貴重な物なんじゃないの?」
「ぼくの知る限り、金属を木枠で覆うなんて事をした話は聞いた事が無いよ」ジャンセンはナイフに力を込める。「と言う事は、これは歴史的なものでは無い。だから平気さ」
「ふ~ん……」ジェシルはふと疑問に思う。「じゃあさ、このドア枠ってどこから来たのよ?」
「え?」ジャンセンの手が止まる。「どこから……?」
「そうよ。過去からのものでなきゃ、現在か未来って事じゃないの?」
「そんな事!」ジャンセンは一瞬激昂したが、すぐに大人しくなった。「……そうか、そうかも知れないなぁ……」
「もし未来からだったら、それはそれで、すんごい価値があるんじゃない?」
「そうかもだけど、ぼくは歴史学者だから……」ジャンセンはカッターナイフを下ろした。「もしそうなら、ぼくの手に余る事だよ……」
「じゃあ、なに?」ジェシルはむっとする。「歴史学者って言うのは、昔々の事ばっかり見ていれば良いって事なの? これから先の事って言うのはどうでも良いってわけなの?」
「いや、そうじゃないよ」ジャンセンは言い返す。「ぼくの専門外だって事さ」
「な~にを言ってんのよ! 先の事なんて誰にも分からないじゃない? 専門外だなんて言ってちゃ、何にも出来ないわよ! わたしだって、初めて扱う任務だってあったし、それでもなんとかこなせたわよ」ジェシルはにこりと笑む。「だからさ、ジャンもやれるわよ」
「こう言う学会ってのは、色々としがらみがあってさ。勝手な事をすると干されちまうんだ。それでなくても、ぼくは干され気味だからなぁ……」
「そう……」
 ジェシルはつぶやくと、ジャンセンの手からカッターナイフを取り上げた。ジャンセンが抗議をする前に、ジェシルは木枠をごりごりと削り始めた。
「おい、ジェシル! 何やってんだよう!」
「わたし、歴史とか何とか、全然わからないわ。それに、ここはわたしの屋敷の中のものだから、わたしのものだわ。わたしのものをわたしがどうしようと文句は言わせないわ」ジェシルはにやりと笑む。「そう言う事だから、木枠削りは、歴史に全くの素人のわたしに任せて」
 言いながらジェシルの手は木枠を削る。その手が止まった。
「ジャン……」ジェシルは削った所を顎で示す。「見てよ」
 ジャンセンは虫眼鏡を手にして覗き込む。
 ジェシルが削った所から銀色に光る金属の表面が見えていた。
「ぼくは金属には全く疎いんだけど、金属の枠を木で覆うって言うのは、やっぱり知らないなぁ……」ジャンセンは虫眼鏡を顔に当てたままでジェシルに振り返る。真剣な表情をしているが、ほぼ目玉な様子にジェシルは笑いが込み上がってくる。「宇宙パトロール捜査官なら、ぼくよりも金属に関しては詳しいんじゃないか?」
 ジャンセンは言うと、虫眼鏡をジェシルに向けて差し出す。覗いて調べてほしいと言っているようだ。ジェシルは虫眼鏡を受け取ると、改めて調べ始めた。
「……そうねぇ…… 見た感じではゼライズ鉱みたいだわ。決して珍しい金属じゃないけど……」
 ジェシルも虫眼鏡を顔に当てたままでジャンセンに振り返った。ジャンセンは爆笑した。
「何が可笑しいのよう!」
「あはは! だってさ、目玉のお化けだよ!」
「あなただってそうなのよ!」
「えっ……?」
「考えれば分かる事でしょう!」ジェシルに叱られて、ジャンセンはふっと真顔になった。「全く、もう! わたしだって笑いたいのを堪えていたのよ!」
「……ごめん」ジャンセンは言うと頭をぽりぽりと掻いた。「……で、何か分かった?」
「言ったけど、これはゼライズ鉱製ね。珍しい金属じゃないけど、硬度はかなりのものがあるわ」
「じゃあ、中に何か装置が仕込まれているかもって事かな?」
「その可能性は大きいと思う。でも、何が仕込まれているのかは、分解してみなきゃ分からないわ」
「出来るかい?」
「無理ね。この金属は本当に硬いから、専用の道具が必要だわ」
「持っている熱線銃を使って表面だけを溶かすってのは出来ないかい?」
「そうねぇ……」ジェシルは、スカートの背中側に挟んでいた銃を取り出す。「これって、攻撃用だから、そんな器用な使い方は出来ないわねぇ……」
「そ、そうかい……」銃を持った途端に冷酷そうな表情に変わったジェシルを見て、ジャンセンが言う。「でも、それだけの事が分かっただけでも、収穫だ。疑問は残るけどね」
「そうね。地下の一階と二階は過去の文献やお宝で一杯だったわね」
「ああ、でも時代の流れがぐちゃぐちゃだった……」
「そして、地下三階には、いつの時代か分からないけど、少なくとも過去のものじゃないものがある……」
「そうだね……」
「ミステリーだわ」ジェシルは言う。と同時にうんざりした表情になる。「でも、調査するのは面倒ねぇ。このまま知らん顔しちゃおうかしら。ジャンも、文献とお宝があれば充分でしょ?」
「そうだけど……」ジャンセンは言いながら、未練がましそうにドア枠を見る。「でもさ、やっぱり興味関心が湧くよ」
「そもそも、これって何なのかしらね?」
「さあなぁ……」
 ジャンセンは言うと、ドア枠の中を潜ろうとした。ジェシルはジャンセンの腕をつかんで止めた。
「何だよ、ジェシル?」
「初めての時は慎重にやるものよ」ジェシルは真顔で言う。「ほら、ここまで来る間も、槍やら落とし穴やらがあったじゃない? だから、これを潜るのも慎重にやらなきゃダメよ」
「じゃあ、どうするんだい?」
 ジェシルは床の金貨を一枚拾い上げた。
「まずは、これを抛ってみるわ。何も無ければ、ドア枠の向こうの床に転がるはずよ」
「何かあったら……?」
「その時、考えるわ」
 ジェシルは言うと、金貨を抛った。ドア枠の中を金貨が通った。が、金貨は向こう側には行かず、ドア枠の中央で止まっていた。金貨を中心にして、ドア枠の中に黒い雲の様なものが現われ始めた。二人は顔を見合わせる。
「何だ、あれは?」
「わたしに訊かれても分かるわけないじゃない! わたしの方が訊きたいわよ!」
 身の危険を感じた二人は、咄嗟にドア枠に背を向けて駈け出した。
 突然、ドア枠から強い風が起こった。それも、ドア枠の中へと吸い込もうとする強い風だった。つかんで身を支えるものの無い二人は床に這いつくばって耐えた。しかし、じりじりと吸い込まれて行く。
「何だよ、これは!」
「分かんないわよう!」
 床に散らばっている金貨も浮き上がり、ドア枠の中の黒雲に吸い込まれて行く。二人の足が浮き上がる。両手の指先をレンガ造りの床に掛けて、必死にへばりついている。
「何かあったら考えるって言ったじゃないかあ!」
「考える暇なんかあると思うの?」
 ついに二人とも手が離れてしまった。ジャンセンが先に吸い込まれ、続いてジェシルが赤い下着をむき出しにしたままで吸い込まれた。
 吸い込みが終わると、ドア枠は何事も無かったかのようにそこに佇んでいる。


つづく

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