長のドルウィンを先頭に、メギドベレンカが続き、その後にジェシルとジャンセン、殿(しんがり)は二人のまじない師の老婆と言った並びで、ぞろぞろと歩いていた。ドルウィンの村へと向かっているのだ。老婆たちはひたすら祈りの言葉を唱えている。メギドベレンカはドルウィンと話をしている。時折、ジャンセンに振り返り何かを話している。ジャンセンはそれに答えるとジェシルの顔を見て、かわいらしくにこりと笑んでみせる。
「……ねえ、ジャン」ジェシルはジャンセンに話しかける。「さっきから何を話しているのよ? それと、あの娘(「メギドベレンカだよ」ジャンセンが言う。名前を呼ばれたメギドベレンカはジェシルの方に顔を向け、再び笑む)…… 今もそうだったけど、どうしてわたしに笑顔を見せるのかしら?」
「そりゃ、女神アーロンテイシアの覚えめでたきまじない師になるのだから、嬉しいだろうさ」ジャンセンは冗談とも本気とも取れる言い方をする。「それとね、食事の後にお願い事があるそうなんだよ」
「何よ、それ!」ジェシルは大きな声を上げた。「言っておくけど、わたしは神様じゃないのよ! 雨を降らせろとか作物を豊かに実らせろとか言われても、無理だわよ!」
「おい、そんな大きな声を出すなよ」ジャンセンはあわてる。「みんな困っているぞ……」
「えっ……」
ジェシルは皆の不安そうな視線を一身に受けていた。さすがのジェシルも口籠る。
「神の怒りは命と直結しているんだよ」ジャンセンは厳かな口調で言う。「君が怒っていると、彼らの命が消し飛ぶことになる」
「だから、わたしはアーロンテイシアじゃないってば」
「もう、その言い訳は通じない。彼らには君がアーロンテイシアなんだから」
「じゃあ、違うって言ってよ。たまたま未来からやって来てしまっただけの一般人だってさ」
「さっきも言っただろう? それは解決策にはならないんだよ」ジャンセンが諭すように言う。「それにさ、君がその衣装を着た事が切っ掛けなんだ。……ぼくは思うんだけどさ、その衣装に着替えたのは、本物のアーロンテイシアの導き、ご神託かも知れないぞ。だから、村の人たちのお願いを聞くべきだ」
「はあ? ジャン、本気で言ってるのぉ?」ジェシルは呆れたような顔をする。「この環境に毒されたんじゃないの?」
「いや、そんな事はないよ」ジャンセンは胸を張る。「それにね、雨を降らせろとか作物を豊かに実らせろみたいな、奇跡的な事を頼んではいないよ。確認したからさ」
「何よ、先に言ってよね!」
ジェシルは不満そうにぷっと頬を膨らませる。その顔を見て、ジャンセンが笑い出した。
「ははは、その顔、久し振りに見たな! 子供の頃より膨らむじゃないか!」
「大きなお世話だわ!」
ジェシルは答えると、さらに頬を膨らませた。ジャンセンがからかう様に真似して頬を膨らませた。二人が頬を膨らませているのを見たドルウィンとメギドベレンカも頬を膨らませた。女神とメッセンジャーが行っているのだから、きっと神聖な事に違いないと思ったからだ。まじない師の老婆二人も、ぷっぷっぷっと幾度も頬に力を入れてみるものの、肉が落ち硬くなった頬は思いの外膨らまなかった。その必死な様子に、ジェシルは笑い出した。女神が笑ったので、皆も安心して笑顔に戻った。
「やっぱり、女神様には笑顔が似合うんだよ」
ジャンセンも笑いながら言った。
それからは和やかな雰囲気となって進んだ。長のドルウィンが前方を指差しながら声を上げた。村が近い事を示しているようだ。煮炊きをしているのか、緩やかに煙が上がっているのが見えた。
「この一帯はベランデューヌって呼ばれている」ジャンセンが話し始めた。「肥沃な土地で、とても潤っている。他にも幾つも村があって、皆穏やかで平穏に暮らしている。信仰心も篤い敬虔な人々ばかりだ」
「それって、文献の資料にあるの?」ジェシルは感心したように言う。「ジャン、あなたって勉強家なのねぇ……」
「いや、これは長のドルウィン氏から聞いたんだよ……」
「何よ、感心して損したわ」ジェシルは頬を膨らましかけて、止めた。「最低……」
「でもさ、当時の人から直接話が聞けるなんてさ、普通じゃあり得ないんだぜ」ジャンセンがむきになって言うと、ふと夢見るような表情になった。「本当、学者冥利だよ……」
「わたしとしては、その普通じゃあり得ないこの出来事の背景を知りたいわね」
……わたしたちがここへ来たのは偶然なのか故意なのか、あの赤いゲートが地下室に置かれていたのも偶然なのか故意なのか。もし、故意だとしたら誰が何のために? ジャンが言うように、本当にご神託なのかしら? でも、この時代ならともかく、わたしの生きている時代じゃ、考えられないわ…… ジェシルは思い悩んでいた。
と、前方からケルパムが走って来た。ジェシルの前まで来ると、にっこりと笑み、両の手の平を上に向け頭を下げた。それから長に話しかけた。長はうなずきながら話を聞き、ジャンセンにその内容を話した。
「食事の準備は滞りなく出来たそうだよ」ジャンセンがジェシルに言う。「ジェシルの好きなベルザの実もてんこ盛りだそうだ」
「本当にぃ!」
ジェシルは悦びの声を上げる。先程までの思い悩みは消し飛んだ。それから、ケルパムの手をぎゅっと握った。ケルパムは戸惑いながらも顔を赤くする。
「さあ、急ぎましょう! ケルパム、さあ、早くぅ!」
つづく
「……ねえ、ジャン」ジェシルはジャンセンに話しかける。「さっきから何を話しているのよ? それと、あの娘(「メギドベレンカだよ」ジャンセンが言う。名前を呼ばれたメギドベレンカはジェシルの方に顔を向け、再び笑む)…… 今もそうだったけど、どうしてわたしに笑顔を見せるのかしら?」
「そりゃ、女神アーロンテイシアの覚えめでたきまじない師になるのだから、嬉しいだろうさ」ジャンセンは冗談とも本気とも取れる言い方をする。「それとね、食事の後にお願い事があるそうなんだよ」
「何よ、それ!」ジェシルは大きな声を上げた。「言っておくけど、わたしは神様じゃないのよ! 雨を降らせろとか作物を豊かに実らせろとか言われても、無理だわよ!」
「おい、そんな大きな声を出すなよ」ジャンセンはあわてる。「みんな困っているぞ……」
「えっ……」
ジェシルは皆の不安そうな視線を一身に受けていた。さすがのジェシルも口籠る。
「神の怒りは命と直結しているんだよ」ジャンセンは厳かな口調で言う。「君が怒っていると、彼らの命が消し飛ぶことになる」
「だから、わたしはアーロンテイシアじゃないってば」
「もう、その言い訳は通じない。彼らには君がアーロンテイシアなんだから」
「じゃあ、違うって言ってよ。たまたま未来からやって来てしまっただけの一般人だってさ」
「さっきも言っただろう? それは解決策にはならないんだよ」ジャンセンが諭すように言う。「それにさ、君がその衣装を着た事が切っ掛けなんだ。……ぼくは思うんだけどさ、その衣装に着替えたのは、本物のアーロンテイシアの導き、ご神託かも知れないぞ。だから、村の人たちのお願いを聞くべきだ」
「はあ? ジャン、本気で言ってるのぉ?」ジェシルは呆れたような顔をする。「この環境に毒されたんじゃないの?」
「いや、そんな事はないよ」ジャンセンは胸を張る。「それにね、雨を降らせろとか作物を豊かに実らせろみたいな、奇跡的な事を頼んではいないよ。確認したからさ」
「何よ、先に言ってよね!」
ジェシルは不満そうにぷっと頬を膨らませる。その顔を見て、ジャンセンが笑い出した。
「ははは、その顔、久し振りに見たな! 子供の頃より膨らむじゃないか!」
「大きなお世話だわ!」
ジェシルは答えると、さらに頬を膨らませた。ジャンセンがからかう様に真似して頬を膨らませた。二人が頬を膨らませているのを見たドルウィンとメギドベレンカも頬を膨らませた。女神とメッセンジャーが行っているのだから、きっと神聖な事に違いないと思ったからだ。まじない師の老婆二人も、ぷっぷっぷっと幾度も頬に力を入れてみるものの、肉が落ち硬くなった頬は思いの外膨らまなかった。その必死な様子に、ジェシルは笑い出した。女神が笑ったので、皆も安心して笑顔に戻った。
「やっぱり、女神様には笑顔が似合うんだよ」
ジャンセンも笑いながら言った。
それからは和やかな雰囲気となって進んだ。長のドルウィンが前方を指差しながら声を上げた。村が近い事を示しているようだ。煮炊きをしているのか、緩やかに煙が上がっているのが見えた。
「この一帯はベランデューヌって呼ばれている」ジャンセンが話し始めた。「肥沃な土地で、とても潤っている。他にも幾つも村があって、皆穏やかで平穏に暮らしている。信仰心も篤い敬虔な人々ばかりだ」
「それって、文献の資料にあるの?」ジェシルは感心したように言う。「ジャン、あなたって勉強家なのねぇ……」
「いや、これは長のドルウィン氏から聞いたんだよ……」
「何よ、感心して損したわ」ジェシルは頬を膨らましかけて、止めた。「最低……」
「でもさ、当時の人から直接話が聞けるなんてさ、普通じゃあり得ないんだぜ」ジャンセンがむきになって言うと、ふと夢見るような表情になった。「本当、学者冥利だよ……」
「わたしとしては、その普通じゃあり得ないこの出来事の背景を知りたいわね」
……わたしたちがここへ来たのは偶然なのか故意なのか、あの赤いゲートが地下室に置かれていたのも偶然なのか故意なのか。もし、故意だとしたら誰が何のために? ジャンが言うように、本当にご神託なのかしら? でも、この時代ならともかく、わたしの生きている時代じゃ、考えられないわ…… ジェシルは思い悩んでいた。
と、前方からケルパムが走って来た。ジェシルの前まで来ると、にっこりと笑み、両の手の平を上に向け頭を下げた。それから長に話しかけた。長はうなずきながら話を聞き、ジャンセンにその内容を話した。
「食事の準備は滞りなく出来たそうだよ」ジャンセンがジェシルに言う。「ジェシルの好きなベルザの実もてんこ盛りだそうだ」
「本当にぃ!」
ジェシルは悦びの声を上げる。先程までの思い悩みは消し飛んだ。それから、ケルパムの手をぎゅっと握った。ケルパムは戸惑いながらも顔を赤くする。
「さあ、急ぎましょう! ケルパム、さあ、早くぅ!」
つづく
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