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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 60

2020年06月08日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 アツコはぼうっと外の景色を眺めている。木々の緑がまぶしい。また、どこからか運ばれてくる花の香りが甘やかで優しい。アツコは大きく深呼吸をする。コーイチが下りて行った階段の方を振り返る。そして、下の階にいるコーイチに思いを向ける。
 下の階は殿が配下の武将たちと軍議をしたり謁見したりする場所の様で、殺風景な板張りの大広間だった。
 その広い部屋の真ん中に、いつものように、ちょこんと正座しているだろうコーイチの姿を思い浮かべ、アツコの口元が思わず緩む。
 あの時…… アツコは回想する。……タイムパトロールの裏をかいてコーイチを連れ去った時は、本当に勝ったって思ったわ。タイムマシン製作の大きなヒントを与えた、過去の偉大な人物であるコーイチを我が物にできたと言う満足感もあったし。あの生意気な逸子も出し抜けたしね。それよりなにより、あのタイムパトロールの女の悔しそうな顔ったらなかったわ。アツコは不敵な笑みを浮かべる。
「何がタイムパトロールよ!」アツコはわざと口に出す。「未来の組織だかなんだか知らないけど、偉そうにしてさ! 正しいタイムマシンの使い方だなんて、こっちを馬鹿にするのも好い加減にして欲しいわ! タイムマシンを使ったのはこっちがずっと先なのよ! 後から出て来たくせにうるさいのよね!」
 言っているうちに怒りが湧いてきた。アツコの全身から赤いオーラが、うっすらと揺らめき立った。
 ところが…… そう思ったとたん、アツコのオーラがすっと消えた。怒りの表情から困惑へ、さらには悲しいものへと変わって行く。
 コーイチは、あの伝説のコーイチではなかったのだ。コーイチを連れ去ってここまで来て、一対一で話をした時だった。アツコはその時のコーイチとのやり取りを思い出していた。
「……あの、あのですね、ボクはコーイチです。いや、コーイチなんですけど、コーイチじゃないんです。……と言うか、本当はボクじゃないんです。ボクには兄がいるんですよ。ケーイチって言うね。科学者って言うんでしょうか、とにかく色々と作ったり設計したりするのが好きで、そんな兄さんがタイムマシンに詳しいんです。ボクの時代ではうまく作れないらしいんですけど、とにかく、タイムマシンに詳しいんです。それで、どこでどう混線したのか分からないんですけれど、トキタニって人からボクの電話に着信があって。それで、ボクの代わりに兄さんが出て。それで話をしたんですよ。どう思います? 人の電話に勝手に出て、話し込むなんて。でもね、話をしていると、そのトキタニって人もタイムマシンを作っている未来の人のようで。それでね、兄さんが問題点を解決したようなんですね。それで良かった良かったってなったんですよ。あの、ボクの言いたい事、分かります? たまたまボクの携帯電話にトキタニって未来の人から電話があって、たまたま兄さんが出て、たまたまタイムマシンの話になって、たまたま問題点が解決したんです。ですから、ボクは名前だけ使われちゃっただけなんです。ボク自身、タイムマシンの事なんて全く分かりませんし。でも、ボクの電話が使われちゃったから、タイムマシンのヒントを出したのはボクって事になっちゃったんですよ。兄さんが言うには、歴史の事実なんて案外そんな勘違いが多いものだと言うんです。そう思いませんか?」
 一気にしゃべったコーイチは、はあはあと息を切らせた。
「じゃあ、あなたは伝説のコーイチじゃないのね?」
 アツコがうんざりした顔でそう言うと、コーイチはまたしゃべり出した。
「そう、そうなんです! 分かってくれましたか! ボクは単にコーイチなんです。伝説になんて為り得ない、平々凡々なサラリーマンです。全く面白くもない男ですよ。……ただ、ボクの周りの人たちは面白いですけどね。手品師の印旛沼さん、メカ大好きな林谷さん、黒魔術の清水さん ……清水さんはいっつもボクに黒魔術をかけるんですよね。困ったものです。そして、極度の完全主義の西川課長。それよりもなによりも、ボクの大好きな逸子さん…… あ、この人は手品師の印旛沼さんの娘さんなんだけど、このまま行けば、ボクの義理のお父さんになるのかな? ……って、何を話しているんだ、ボクは!」
「逸子……? わたしが戦った、あの女?」
「そうそう、そうです。強いでしょう? それもね、強いってだけじゃないんですよ。優しくて、美人で、それでモデルもやっていて。料理も上手ですしね。どうして、そんな素敵な女性がぼくと仲良くしてくれているのかは謎なんですけど(作者註:コーイチ物語1 秘密のノート参照)、でもね、ぼく個人としては、とっても嬉しいんです。うんと大切にしたいって思ているんですよ…… あっ、のろけちゃったでしょうか? そのつもりはなかったんですが…… そんな怖い顔をしなくても……」
 アツコは手強くて生意気そうで「烈風庵空手」の免許皆伝を邪道扱いした「真風会館空手」の免許皆伝の逸子の姿を思い浮かべていた。そして、腹を立てていた。赤いオーラがうっすらと立ち昇る。
「まあ、とにかくですね、ボクは単なるコーイチです。伝説も何も無い、普通のコーイチなんですよ。すべては勘違いから起こった事なんですよ」
 コーイチはしゃべり終わると、額の汗をぬぐった。


つづく


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