マンションの共有ドアを押し開けると、雨の音が急に迫った。
ちょうど前の道路を車が一台横切り、ヘッドライトが雨の筋を照らしながら抜けていく。
ぼくは無造作に車を目で追い、ずっと向こうへ小さくなっていく光を見送りながら、耳に大きく鳴る雨がそのうち街全体にザーッと地鳴りするほど激しく打ち付けてくる様を、なぜか目を凝らし見ていた。
合わない度数の眼鏡の角度をどうやっても焦点が定まらないみたいに、なにをどうやっても何ひとつ噛み合わなかったものの答えが、雨筋のどこかに隠されているのではと思いたかったのかもしれない。
目の端で、雨宿りしていたのか黒い尻尾のブチ猫が、しなり走って軒下をつたって行くのが見えた。
ぼくはまた夜の雨に目を向け、おもむろに手を伸ばし一粒を手の平に握る。ぼくの手の中で雨粒は小さな硝子の地図になった。
それは、見覚えがあった。
昔いつの頃からか、ぼくの手の中には小さく折りたたんだ硝子の地図が握られていて、気づくとぼくはその地図の場所に立っていた。道筋がわからなくても、それが手の中にあるだけで、それだけでよかった。
あの地図はどこへ行ってしまったんだろう。
そう思いながら雨粒に戻った手の中の消えそうなあの感触を、記憶の淵に取り戻そうとしていた。
そうだ。とうに忘れていたあの澄み切った硝子の地図を、ぼくは探していたんだ。
目の前がチカッと光った。
雨どいを流れる水音が、ドアの取手の分厚さが、道端にうなだれる雑草が、逃げた猫の毛並みさえ、失われた地図に書き込まれていく。
目を閉じ息を大きく吸い込む。夜が、ぼくの景色に触れた。
ちょうど前の道路を車が一台横切り、ヘッドライトが雨の筋を照らしながら抜けていく。
ぼくは無造作に車を目で追い、ずっと向こうへ小さくなっていく光を見送りながら、耳に大きく鳴る雨がそのうち街全体にザーッと地鳴りするほど激しく打ち付けてくる様を、なぜか目を凝らし見ていた。
合わない度数の眼鏡の角度をどうやっても焦点が定まらないみたいに、なにをどうやっても何ひとつ噛み合わなかったものの答えが、雨筋のどこかに隠されているのではと思いたかったのかもしれない。
目の端で、雨宿りしていたのか黒い尻尾のブチ猫が、しなり走って軒下をつたって行くのが見えた。
ぼくはまた夜の雨に目を向け、おもむろに手を伸ばし一粒を手の平に握る。ぼくの手の中で雨粒は小さな硝子の地図になった。
それは、見覚えがあった。
昔いつの頃からか、ぼくの手の中には小さく折りたたんだ硝子の地図が握られていて、気づくとぼくはその地図の場所に立っていた。道筋がわからなくても、それが手の中にあるだけで、それだけでよかった。
あの地図はどこへ行ってしまったんだろう。
そう思いながら雨粒に戻った手の中の消えそうなあの感触を、記憶の淵に取り戻そうとしていた。
そうだ。とうに忘れていたあの澄み切った硝子の地図を、ぼくは探していたんだ。
目の前がチカッと光った。
雨どいを流れる水音が、ドアの取手の分厚さが、道端にうなだれる雑草が、逃げた猫の毛並みさえ、失われた地図に書き込まれていく。
目を閉じ息を大きく吸い込む。夜が、ぼくの景色に触れた。