畳の目をつるつると滑るように小さなクモが明るい陽射しの方へ歩いていく。
その庭先で雪冠の椿が、ぽたり、と一輪落ちた。
雪がやっと止んで春が近づき、なのにまた雪が降りと繰り返し、もうさすがにいよいよ、と思った矢先にまた降った。
この雪が最後になればいいと、晴れた午後に積もる白へ眩しく思った。
まるでぼくのこれまでを辿るかの このふた月ほどの季節の行き戻りを、このまま晴れていて欲しいと願わずにはいられなかった。
途中、畳のヘリに脚が引っかかってうまく進めないでいるクモを指に掬い、縁側の明るく光が射す場所にそっと降ろしてやった。クモは慌てて逃げるように、ぴょんっ、ぴょんっ、と何度か跳ね、そのまま緩い風にひゅっと乗って、あっけなく行ってしまった。
ぼくと、白い庭に赤く眠る椿が、静止画のように残され、時の中に埋もれてしまった気がした。
___あのクモのように、風に乗れるだろうか。
尽きた椿の赤がぼくの目を釘付けにしたまま、眩い光になにもかもが吸い込まれてゆく。
また風が、今度はザッと強く吹き、木々の雪を散らす。ふと、陽射しにきらきらと降り落ちる視線の端で、縁側のふちをさっきのヤツらしきクモが、よいしょ、とこちらに這い上がってきた。
「なんだ、おまえ行かなかったのか」
ぴょんっ、ぴょんっ、と可愛らしく跳ねて板間を行くクモを、光が風を使ってチラチラと追う。
小さく跳ねる粒を見失わないよう、ぼくはこの景色を深く刻んだ。
きっと、このまま春になっていく。