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新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。
(主・ひつじ)

雨上がり

2024-07-09 14:35:07 | Short Short
きれいな街だな。
立ち止まって夜の通りに目を走らせる。
オレンジに並ぶ街灯の列と店舗の電飾、その先を抜けると明るいビルの照明が道の向こうに煌めいている。
街の光がすっと吹く風のように雨上がりの湿気をさらいながら通りを行くようだ。
頭の中の雑音がしんと鳴りやんだ。
角を曲がる車のライトが路傍に寄せた自転車を照らす。その金属光がいかにも繊細に車輪の骨の輪郭を描く。切りたてのグレープフルーツみたいにみずみずしい光が夜の街に浮かんで、そして消えた。
濡れた車道が街灯を鈍く映している。
ぼくはまたゆっくりと歩き出した。



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2024-07-08 07:48:00 | Short Short
背中に猫が乗った。その重みで目が覚めた。
目が覚める前、そろりとなにかが腰に触れるのを感じていた。
はじめての予感に、体を動かさないようにと緊張した。
少しばかり爪を立て背中に登りきると、ぐっと力を込めた四肢でバランスをとり、よさ気な足場を決めるとすぐにそれは背中一面の重みとなった。
ぐるぐると小さく喉を鳴らすのを背骨で聞いた。
いくぶん重いがうれしくて動けなかった。

季節が巡りある夏の午後、彼女は珍しく物言いたげにしばらくぼくをじっと見つめたあと、いつもの窓から出かけて行き、それきり戻らなかった。

ねえ、あのときの温もりが今でも時々ぼくをなぐさめてくれているのを、君は知っているのかなぁ。


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夜光虫

2024-07-07 22:45:02 | Short Short
「夜光虫ってきれいなんだよ」
あの夜、呆れた顔で彼女はそう言った。

私はその頃とてもふさいでいて、閉じこもった生活をしていた。
様子を見に来てくれた彼女に吐露するように私は訴えた。
「全然出かけたくない。誰にも会いたくない。だけどそればっかりだと自分が本当にこの世界にいるのか分かんなくなって、夜中にふらふら歩くことがあって、まるで私、夜行性の虫みたい。誰にも気づかれないところでただ息だけしてるの。むしろ虫の方が何万倍も健全だよ。だって彼らは彼らの法則で活動して子孫をちゃんと残してるんだもの」
そう言うと彼女は気遣うふうでもなく、いつもの調子で「夜の虫ねぇ」と私をじっと見つめて「夜光虫って知ってる? 光るヤツ」と言った。

「海の夜光虫ってとってもきれいなんだよ。私は別に彼らが子孫を残してることなんて考えないし、彼らも人間が自分たちをきれいだと思ってることなんて知らないし、そんなこと彼らにはどうでもいいことだよ。でもね、夜光虫を空から見たときに感じる気持ちは、どうでもいいことなんかじゃない。あんたが夜に徘徊しようが部屋にこもろうが、私はあんたの顔見て、当たり前みたいな気持ちになる。それは私にとって、すごく大切なことなんだよ」

空から海の夜光虫を見たことなんてない。
でも彼女の呆れたこの顔があれば、それでいいような気がした。


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