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千月板ブログ

ゆっくりゆっくり更新

スービックと香港 その8 千月板 Mar. 4th-7th, 2010

2010-05-06 15:11:34 | 旅行記


エアロ・コマンダー 1

 マニラ空港の南側の第1ターミナルでフィリピンに入国した我々は、乗り換えのためL字型の空港の一番北側の第3ターミナル近くまで街の中をクルマで移動します。空港のすぐ近くまで下町化?しているため、道路は結構渋滞しており思ったより時間がかかりました。

 自家用機のラウンジ?でキャプテン・スパイク・ネスミスを紹介され、そのまま歩いてエプロンに入り、一番先頭に駐機しているエアロ・コマンダーに向かいます。
 キャプテン・スパイク・ネスミスは元米軍パイロットのアメリカ人で、ベトナム戦争当時はF4ファントムに乗っており、北ベトナム出撃中に彼のファントムが北ベトナム領土内に墜落。その後解放されるまで北ベトナム軍の捕虜となり収容所生活をおくったとの事です。

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 我々が搭乗することとなったこのエアロ・コマンダーは高翼双発エンジンのスマートな機体が自慢で、そのデザインは後に自家用ジェットで一世を風靡したガルフストリームに引き継がれて行きます。日本国内では、中日新聞社機「はやたか」や朝日新聞社などマスコミ関係で良く使われた機材で、中日新聞の記事の中の航空写真には、本社機はやたかより撮影なんて注釈が良く付いていました。
 スリムなエアロ・コマンダーはキャプテン以外の客は6人しか乗れず、しかも日没が近づいていたため、スービック空港まで2往復出来ず、残念ながら丸山さんと奈良さんは陸路で長時間かけてスービック入りすることとなってしまいました。

 小生は今までアメリカのコミュータ航空などで、ずいぶん小さな飛行機にも乗りましたが、エアロ・コマンダーの6人乗りはこれまでの最小新記録です。那覇空港から慶良間空港までのエア・タクシーのアイランダーでも9人乗りでしたし、ケニアのナイロビからマサイマラの草原空港まで乗ったツイン・オッターでも19人乗りでしたから、エアロ・コマンダーは随分小さく感じます。

 その小さなエアロ・コマンダーが、混雑したニノイ・アキノ空港の国内線用の滑走路の手前で離陸待ちするのはなかなか壮観です。なにせ前も後もボーイング737などのジェット旅客機にはさまれて行列するのですから・・・普段は小さいって思う737も下から見上げると、とても大きく感じます。737が轟音とともに離陸した後、我らがエアロ・コマンダーはブ~ンと言う軽い音でちょこちょこっと滑走して、ヒョイと離陸してしまいます。南東に向かって離陸した後は、右旋回でマニラ湾の上空に出てUターンする形で北西のスービック空港を目指します。

 このエアロ・コマンダーは副操縦席側にナビ画面が装備されているので、現在位置や飛行方向が一目瞭然です。マニラ湾を一直線に横切ってバターン半島に向かう我々の目的ポイントはスービック旧市街上空です。バターン半島や南シナ海に沈む美しい夕日に見とれていると、スービック港上空に達しスービック湾のグランデ島上空あたりから着陸体制に入ります。つまりスービック湾上空で左旋回のUターンして西側からスービック空港の滑走路に着陸する訳です。

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 ネスミス機長の確かな操縦技術でスムーズに着陸したエアロ・コマンダーは、滑走路東端から誘導路をUターンしてスービック国際空港の表示のあるターミナルへ向かうと思いきや、ターミナルと反対方向(つまり滑走路よりもっと先)へと向かいます。このまま行ったら、滑走路の土手から海へ転げ落ちるのでは?・・・と心配になった頃、滑走路より一段下のエプロンが見え始め、そこへ向かうための坂道の誘導路も見えて来ました。その坂道も緩やかではなく結構勾配があります。ジェット機でしたら逆噴射でエンジン・ブレーキをかけることも出来ますが、レシプロ・エンジンのプロペラ機では車輪に付いているディスク・ブレーキだけが頼りです。
 ネスミス機長は前後左右のブレーキを上手にコントロールして、機体を安定させたまま、涼しい顔をして下って行きます。

 飛行場の誘導路なんて世界中どこでも真っ平らなものと思ってましたが、坂道の誘導路も存在するんですね。坂の下のエプロンから滑走路へ上がる時には、ネスミス機長はどんなテクニックを使うか?帰りのマニラ行きが楽しみです。

 このエアロ・コマンダーが、マニラのニノイ・アキノ空港を飛び立ってから、スービック国際空港の滑走路にランディングするまでの正味飛行時間は30分ちょうど。スービックに着いてしまうのがもったいないと思わせるくらいの絶景を楽しめる夕日のきれいなサンセット・フライトでした。


スービックと香港 その7 千月板 Mar. 4th-7th, 2010

2010-05-06 15:06:20 | 旅行記


福臨門本店 2

 人数も一致するので予約の確認が出来て、無事ダイニング・ルーム行きのエレベータに乗ることが出来た訳ですが、まあたいていの客が高級車(SP付きも多い)で乗り付けるので、徒歩で到着した我々は予約のない飛び込みの日本人観光客に間違われたのかも知れません。(笑)しかしエレベータを降りて案内された席は、なんと一番奥の一番いい席!
 一番奥のテーブルは2卓あるのですが、その内のひとつを我々が使い、もう一卓には見るからに品の良さそうな広東人の三世代家族が着席。前回はJTB香港に予約してもらい、入り口やトイレに近い席だったのですが、やはり個人で直接予約すると対応が違う様です。

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 ちなみに前回も今回も日本人客は我々だけでしたが、西欧系はもちろん、普通話(北京語)を話す人もほとんどいませんでした。と言うことは地元香港の洗練された人たちばかりが静かに食事や会話を楽しむ場で、逆に彼らから見たら、日本人のグループには本店にはあまり来て欲しくないのかも知れませんね?我々も上品にふるまってはいましたが・・・(笑)

 今回、店の前に駐まっていたクルマで目立っていたのは、メルセデスのSクラスでしたが、これがただのSクラスではありません。なんとナンバーがただの「48」なんです。香港ではどれだけクルマを買い換えても、最初のナンバーを永久的に使い続けますから、このSクラスのオーナーの祖先は香港で48番目のクルマ所有者だったのか、もしくは巨額の出費(億単位?)をして前のオーナーからナンバー48を買い取ったのか? どちらかだと思われます。

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 話が横道にそれてしまいましたが、サンミゲルとともに味わった福臨門の料理はどれも最高で本当に満足しました。今回はコース料理ではなく、食べたいものをアラカルトで贅沢目にオーダーしましたが、8人のグループでは思った以上にリーズナブルな支払い金額で済みました。一人前が1万数千円するフカヒレは今回はパスして次回のお楽しみとしましたが・・・


スービックと香港 その6 千月板 Mar. 4th-7th, 2010

2010-05-06 15:00:10 | 旅行記


福臨門本店 1

 香港の福臨門はワンチャイの本店の他、カオルーン側にも支店が一軒ありますが、せっかく香港まで来たのなら本店に行かなくては!・・・と言う訳で本店へ行って来ました。

 日本にある四支店は、すべてネット上の福臨門のサイトから予約出来るのですが、本店はそういう便利なシステムになっていません。面倒なので弊社の香港支店から予約を入れてもらおうかと思ったのですが、今回の視察の企画を立案している時に、「本店もネット予約できるのでは?」と、つい口を滑らせてしまったので、意地でも自力で予約しないとかっこうが着きません。(笑)

 本店のサイトには、「予約は電話かメールで」と書いてありますので、国際電話代のかからないメールで自宅から土曜の朝、テレサ・ウォンさんに英文メールで予約を入れました。(広東語でメールする様な語学力は残念ながら持ち合わせておりません)
 レストランだから週末でもコンファメーション・メールが帰って来るものと思いましたが、土日は何のレスもありませんでしたので、心配になって月曜日に催促したら、すぐにコンファメーション・メールが帰って来ました。その場でリコンファームのメールを打って一件落着。

 当日はカオルーンからワンチャイ行きのスターフェリーで香港島に渡り、フェリー乗り場からワンチャイの地下鉄の駅まではいくつかのビルの中や連絡橋をスルーして行きます。駅から目と鼻の先なので大変便利です。

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 福臨門一階のレセプション・カウンタでは、予約がしてあるむねを告げて予約リストをチェックしてもらいますが、きれいな少姐は、なんと我々の予約が見つからないと言います。ちょっとだけあせって予約リストを見せてもらうと、そのリストは手書きで、グループ名の中にCHUBA?....と言う読みにくい綴りを発見。パソコンの画面からリストに転記する時にCHUBUをCHUBAと書き間違えた様です。


スービックと香港 その5 千月板 Mar. 4th-7th, 2010

2010-05-06 14:57:25 | 旅行記


ザ・ペニンシュラ・ホンコン の、 ザ・バー

 われわれアフタヌーン・ティー同好会の一同は、第4回例会を香港のペニンシュラで開催しました。
 記念すべき第1回は2005年にペナンのイースタン&オリエンタル・ホテルで開催。一昨年の第2回はハノイのメトロポール。昨年の第3回はヤンゴンのザ・ストランド。
 四ヶ所ともいずれも世界指折りのホテルの、いわばあこがれのアフタヌーン・ティーです。

 今回ペニンシュラに到着したのは夕方だったのですが、土曜日の午後ということもあって、ウエスト・ウイング側の一般客スペースは長い行列が出来ており約1時間待ち。イースト・ウイング側の宿泊客用スペースは、当然のことながら空席もちらほらのゆったり・まったり状態。

 行列して一時間待つのもいやなので、いつものバーに行くことにしました。バーはロビー正面の階段を上がった一階(中二階)にあり、午後の時間はバーでもアフタヌーン・ティーを楽しむことができます。ただこの宝塚劇場の様な階段を、ボーイさん達が三階建てのお皿をかついで昇って来なければならないので、1階よりはちょっと高めの値段設定になっています。ただ、我が同好会恒例?のシャンパン・アフタヌーン・ティーの場合は、バーでのアフタヌーン・ティーの方が好都合かも知れません。チョイスしたシャンパンは当然?「ペニンシュラ」です。

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 1階ロビーの雑踏を離れた静かなバーでシャンパンやお茶を楽しんでいると眼下のネーザン・ロードのにぎわいがうその様です。こんな繁華街にありながら気分はまるで離雑踏(リゾート)ホテルのバーです。

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 ペニンシュラのバーでまったりした後は、香港の夜景を楽しんだり、美味しい潮洲料理を食べ、買い物をしたり・・・まさに香港の夜を満喫!そしてちょっと疲れた頃には、またペニンシュラのバーに舞い戻り、第2ラウンドの正統派バー・ライフの開始です。今までペニンシュラのバーは何度も行ってますが、一日に二度訪れたのは今回が初めての経験です。(笑)

 香港のバーの中でペニンシュラが一番好きな理由は、日本人客がほとんどいないからです。また地元の広東人や中国人などのアジア系もいなくて、いつもほとんどが西欧系の客ばかりです。ただ、幸か不幸か?その土曜の夜は西欧系の客もいなくて、我々大和撫子2人+ちょっと小さめ大和禿子1人の日本人三人組の貸し切り状態でした。ドライ・マティーニ、ドライ・シェリー、マッカランなどをゆっくりと楽しんでいると、ピアニストが登場。そして最初の曲はもちろん映画「慕情」のテーマ。まさにこのペニンシュラのバーのために作曲されたと言っても過言ではないと思います。

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 そういえば慕情のテーマは何度も聴いてるけど、肝腎の映画は一度も見たことがありません。ヴィクトリア・ピークや、スター・フェリーが登場するとは聞いていますが・・・一度見てみなくては。

 慕情とかスージー・ウォンとかムーディな曲が続いている内は夢見心地でしたが、ピアニストが気を利かせて、日本の曲(けして北国の春ではない)なども数曲演奏した後、シャネルズの「ランナウェイ」を演奏したので、我々もピアニストにチップをはずみ、曲の通りランナウェイしました。


スービックと香港 その4 千月板 Mar. 4th-7th, 2010

2010-05-06 14:52:59 | 旅行記


サンミゲル 2

 名残惜しいフィリピンを後にして、香港行きのキャセイ航空に乗ってからもしつこくサンミゲルをオーダーします。でも機内で出てきたサンミゲルの缶がちょっと変? なんか懐かしい形なんです。今の日本では見ることの出来なくなってしまったプルトップ缶で、プルトップのリングを引っ張ると完全に缶本体からプルトップが分離してしまう旧式(プル・タブ)のものです。環境にやさしい現行のステイ・オン・タブ形式のものではありません。

 どこで製造されたサンミゲルだろうと思って缶の印刷を見ると、まぎれもなく香港の工場製です。フィリピンで製造されたサンミゲルはすべてステイ・オン・タブ形式だったのに、なぜ香港製はプル・タブ?1980年代にステイ・オン・タブが採用され始め、90年代にはすべてステイ・オン・タブになってしまったと思っていたので、いまさら化石の様なプル・タブ缶に出会うとは驚きです。

 そこで初めて、セントレア--香港間のフライトで飲んだサンミゲルのプルトップがどちらの形式だったのか気になって・・・デジカメの画像を再確認すると、確かに同じプル・タブ形式です。気の利く香港人CAがあらかじめプル・タブを取って手渡ししてくれたので、当方は旧式のプル・タブ形式と気がつかなかった様です。

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 でも不思議なのは、中国奥地のビール工場製でもステイ・オン・タブ形式になっているのに、都会の香港工場製のサンミゲルがなぜ旧式のプル・タブなのか?と言う点です。そもそもサンミゲル香港工場って、かなり以前にビール生産を止めて、す
べて中国本土に生産を移管したハズなのに、本当に香港製かしら? でもサンミゲルの缶の生産地表示は確かに香港になっているし・・・

 疑問点がいろいろ出てきたので、帰国してからネット検索してみましたが答えは見つかりません。ま、サンミゲルのプルトップの形式にこだわり、それをネタにしてブログ等に書こうなんて変人は、小生以外にはいないと思いますから仕方ないの
ですが?・・・

 で最近になって見つけたのが、日通香港さんのブログの中に引用の形で掲載されたサンミゲル香港工場生産再開のニュースす。2009年の4月に生産が再開された様ですが、古い生産ラインがそのまま残っていたのを再稼働させて生産しているのでしょうか?・・・
謎はますます深まります。