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エアロ・コマンダー 1
マニラ空港の南側の第1ターミナルでフィリピンに入国した我々は、乗り換えのためL字型の空港の一番北側の第3ターミナル近くまで街の中をクルマで移動します。空港のすぐ近くまで下町化?しているため、道路は結構渋滞しており思ったより時間がかかりました。
自家用機のラウンジ?でキャプテン・スパイク・ネスミスを紹介され、そのまま歩いてエプロンに入り、一番先頭に駐機しているエアロ・コマンダーに向かいます。
キャプテン・スパイク・ネスミスは元米軍パイロットのアメリカ人で、ベトナム戦争当時はF4ファントムに乗っており、北ベトナム出撃中に彼のファントムが北ベトナム領土内に墜落。その後解放されるまで北ベトナム軍の捕虜となり収容所生活をおくったとの事です。
我々が搭乗することとなったこのエアロ・コマンダーは高翼双発エンジンのスマートな機体が自慢で、そのデザインは後に自家用ジェットで一世を風靡したガルフストリームに引き継がれて行きます。日本国内では、中日新聞社機「はやたか」や朝日新聞社などマスコミ関係で良く使われた機材で、中日新聞の記事の中の航空写真には、本社機はやたかより撮影なんて注釈が良く付いていました。
スリムなエアロ・コマンダーはキャプテン以外の客は6人しか乗れず、しかも日没が近づいていたため、スービック空港まで2往復出来ず、残念ながら丸山さんと奈良さんは陸路で長時間かけてスービック入りすることとなってしまいました。
小生は今までアメリカのコミュータ航空などで、ずいぶん小さな飛行機にも乗りましたが、エアロ・コマンダーの6人乗りはこれまでの最小新記録です。那覇空港から慶良間空港までのエア・タクシーのアイランダーでも9人乗りでしたし、ケニアのナイロビからマサイマラの草原空港まで乗ったツイン・オッターでも19人乗りでしたから、エアロ・コマンダーは随分小さく感じます。
その小さなエアロ・コマンダーが、混雑したニノイ・アキノ空港の国内線用の滑走路の手前で離陸待ちするのはなかなか壮観です。なにせ前も後もボーイング737などのジェット旅客機にはさまれて行列するのですから・・・普段は小さいって思う737も下から見上げると、とても大きく感じます。737が轟音とともに離陸した後、我らがエアロ・コマンダーはブ~ンと言う軽い音でちょこちょこっと滑走して、ヒョイと離陸してしまいます。南東に向かって離陸した後は、右旋回でマニラ湾の上空に出てUターンする形で北西のスービック空港を目指します。
このエアロ・コマンダーは副操縦席側にナビ画面が装備されているので、現在位置や飛行方向が一目瞭然です。マニラ湾を一直線に横切ってバターン半島に向かう我々の目的ポイントはスービック旧市街上空です。バターン半島や南シナ海に沈む美しい夕日に見とれていると、スービック港上空に達しスービック湾のグランデ島上空あたりから着陸体制に入ります。つまりスービック湾上空で左旋回のUターンして西側からスービック空港の滑走路に着陸する訳です。
ネスミス機長の確かな操縦技術でスムーズに着陸したエアロ・コマンダーは、滑走路東端から誘導路をUターンしてスービック国際空港の表示のあるターミナルへ向かうと思いきや、ターミナルと反対方向(つまり滑走路よりもっと先)へと向かいます。このまま行ったら、滑走路の土手から海へ転げ落ちるのでは?・・・と心配になった頃、滑走路より一段下のエプロンが見え始め、そこへ向かうための坂道の誘導路も見えて来ました。その坂道も緩やかではなく結構勾配があります。ジェット機でしたら逆噴射でエンジン・ブレーキをかけることも出来ますが、レシプロ・エンジンのプロペラ機では車輪に付いているディスク・ブレーキだけが頼りです。
ネスミス機長は前後左右のブレーキを上手にコントロールして、機体を安定させたまま、涼しい顔をして下って行きます。
飛行場の誘導路なんて世界中どこでも真っ平らなものと思ってましたが、坂道の誘導路も存在するんですね。坂の下のエプロンから滑走路へ上がる時には、ネスミス機長はどんなテクニックを使うか?帰りのマニラ行きが楽しみです。
このエアロ・コマンダーが、マニラのニノイ・アキノ空港を飛び立ってから、スービック国際空港の滑走路にランディングするまでの正味飛行時間は30分ちょうど。スービックに着いてしまうのがもったいないと思わせるくらいの絶景を楽しめる夕日のきれいなサンセット・フライトでした。