日本キリスト教団 聖峰教会

苦しい心が少し楽になるために、聖書、詩、名言を紹介します。

7月 復活節

2013年07月10日 | 今月の御言葉・いのり・メッセージ
聖書のみ言葉


アブラハムは次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子どもを連れ去らせた。ハガルは立ち去り、ベエル・シェバの荒れ野をさまよった。
革袋の水がなくなると、彼女は子どもを一本の灌木の下に寝かせ、「わたしは子どもが死ぬのを見るのは忍びない」と言って、矢の届くほど離れ、子どもの方を向いて座り込んだ。彼女は子どもの方を向いて座ると、声を上げて泣いた。

神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を見たし、子どもに飲ませた。

旧約聖書 創世記 21章14節~19節



パスカルの言葉より


「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」

哲学者や科学者の神ではない。

確実、確実、直感、喜び、平安。

イエス・キリストという神。

「わたしの神、また、あなたの神」

この世も何もかも忘れる、神の他は。

…………

喜び、喜び、喜びの涙。


(1662年39歳で亡くなったブレーズ・パスカルの着用していた胴衣に、縫い込まれていた紙片に書かれていた言葉)
ブレーズ・パスカル著、森川甫訳「イエス・キリストの生涯の要約」より



例年より早く梅雨に入った今年は、梅雨明けも例年より早く、暑い暑い夏が訪れました。
早速、巷では熱中症で運ばれるというニュースが全国で聞かれるようになりました。ご注意いただきたいと思います。この晴天つづきで、水不足にならないことを願うばかりです。もちろん、日本住む幸いは何よりも、いつでも水を飲めるということ。飲み水から、生活すべてに無くてはならない水を不自由なく使う事が可能です。水汲みに行く必要もなく、水道水を飲んで体を壊す心配もありません。そんな水の豊かな日本で暮らす我々の体はさらに水分を必要としているというわけですが、ほんとうなの? 水、みず、ミズ… 暑い夏、私たちはまた水を求めてあえぐのです。
 聖書の水のはなしはたくさんあります。アブラハムの子どもを産んだ女奴隷ハガルは、正妻であるサラに疎まれつづけ、サラに夫アブラハムとの子どもができると追い出されてしまいます。最初はサラに子どもが生まれなかったため、サラ自身が夫とハガルの間に子どもを作らせたのですが、子どもが出来てみると、サラにとってそれは喜べないことだったわけです。そしてこの結末として、サラがアブラハムに頼んで、ハガルと子どもを追い出させたのです。
 そこで、ハガルは水とパンを持たせられて、追い出され、荒野をさまよい、ついに、水が尽きてしまったのです。水が尽きた時、ハガルはもう生きる望みを失い、そして、子どもを手放し、そこから離れて、泣くのです。その時、神の声に我に帰り、井戸をそこに見るのです。ハガルはその水を子どもに飲ませ、自分も飲み、生き延びることができたという話しです。

 水、そして、神の声。このどちらもなければ、ハガルと子どもは生き延びる事が出来なかったのです。
見えるものと、見えないもの。この両方によって、私たちは生きているのです。
科学者、数学者、哲学者としてのパスカルにとっての神の存在も同じです。
枯れることのない魂に必要な「水」を求める事を忘れてはならないのです。

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