家庭教師・塾講師においては、基本的に三角形のような契約形態によってその業務が行われる。
すなわち、消費者(家庭)と雇用者(中間業者ならびに塾運営者および塾長)間での契約、そして雇用者と被雇用者(講師)間での契約、最後に消費者と被雇用者間での契約である。
(正確には、雇用者と被雇用者ではなく委託業務にあたる場合もあるがここでは便宜上割愛する。)
以下、消費者を家庭(生徒)、雇用者を業者、被雇用者を講師とする。
家庭と業者、業者と講師の間でそれぞれ交わされた契約に基づいて、講師は直接家庭を相手に業務すなわち教育的指導を行なう。
この時、両者の契約時に条件が付与されており、基本的には両者の提示する条件がある程度以上で合致したとき、契約内容は実行される。
具体的な条件としては、学年、性別、成績、目標、業務時間、時給などが挙げられる。そして家庭教師ならば家庭の立地もこれに加えられる。
この時、学年や成績といった情報は講師の側からすれば非常に重要なファクターとなる。
なぜならば、講師という仕事は若干の専門性をはらんでいるからである。
これは文系の学生が球の自由落下速度(ただし空気抵抗は考えないものとする)を求められなかったり、メンデルによる遺伝の法則を知らなかったり、理系の学生が伊勢物語を現代語訳出来なかったり、宇垣一成流産内閣を知らなかったりするところにも見られる。
つまり、自分の能力に見合った生徒でなければ指導を行なう事が出来ないということである。
ところで、ここで家庭から提示された条件および情報が違った場合はどうなるだろう?
これは立派な契約違反である。
これが意思の欠缺であるか、瑕疵ある意思表示であるかによって事態は変わってくるだろう。
補足すると、意思の欠缺とは具体的には心裡留保・虚偽表示・錯誤を指し、瑕疵ある意思表示とは詐欺・脅迫を指す。
この時、例えば親が不真面目な人間で、子供に関する情報をいい加減に冗談のつもりで実際とは異なる事実を記した場合、これは心裡留保(民93条)にあたる。
また、子供の能力が、指導を依頼するにあたっての基準を満たしていないため、表向きにのみ水増しした情報を記した場合は虚偽表示(民94条)にあたる。
あるいは、親が子供の能力を勘違いし、その情報を提示した場合は錯誤(民95条)にあたる。
また、ハイレベルな講師を要求したいがために子供の成績を良いと偽った情報を提示した場合は詐欺(96条)にあたる。
脅迫については例を省略する。
さて、民法では、契約上意思の欠缺が見られたと判断された場合、当事者は契約の無効を主張する事ができる。瑕疵ある意思表示についても同様だが、こちらは契約の取り消しを主張する事が可能である。
さて、具体的な話に戻そう。
講師が生徒の情報を得る事ができるのは書類の上でしかない。
だから、そこに偽りの情報があったとしても講師は真偽を判断する手段を有しない。
確かめるには実際に指導にあたらないと分からないわけである。
ここで先に挙げた、"自分の能力に見合った生徒でなければ指導を行なう事が出来ない"という基本的構造が絡んでくる。
講師が書類上の情報を信じて指導にあたったところ、与えられた情報と事実が異なると気付いた場合はどうなるか?
指導不可能になる場合もあろうが、これは立派な契約違反である。
例えば、ある講師が中学一年生の生徒を指導するよう業者に提案された場合。
講師は書類を読んで、時には質問をした上で委託を受諾するかしないかを選択する。
この時、中学一年生の指導をしろと言われたのだから、講師は中学一年生の勉強を教えに行こうとしているわけである。
ところが実際に指導にあたってみると、小学六年生レベルどころか小学三年生レベルの問題が解けない、中学一年生だった事に気付いたとしよう。
これは提示された情報に偽りがあると判断しても差し支えない。
このケースでは契約時のプロセスの中に意思の欠缺があったと考えられる。
このため講師は契約の無効を主張する事ができる。
中学一年生相当レベルの学力を有しない者に中学一年生を名乗る資格はなく、そんなクソ野郎のために貴重な時間を割いて中学生レベルの指導を必死に分かりやすく親切丁寧に行なう必要もない。
そもそも小学三年生レベルの内容が理解出来ないのだからいくら教えたところで無駄なのだ。
中間期末学年最下位、成績表の9割が"1"、学習意欲なし、小学生レベルのテストが得点率3割以下。
これで辞めない方がどうかしてる。
この苦行もきっともう11月いっぱいで終わりさ。
今回からは小学校低学年レベルのテストを解かせることにした。
これがトドメの一撃になるはずだ。
これが辞めるための決めの一手になるはずだ。
というわけで行って来ます。