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冬のコロナ大感染、わかりきっていた危機になぜ日本は対応できなかったか

2021-01-16 15:30:00 | 日記

下記の記事はダイヤモンドオンラインからの借用(コピー)です

なぜ、今ごろ?
民間病院の協力を政府が呼びかけ
 連日のように「医療崩壊」が叫ばれる中、政府が「民間病院の協力」を呼びかけている。
 今月10日のフジテレビの番組に出演した田村憲久厚生労働相は、補助金を拡充するなどして、民間の医療機関にコロナ患者の受け入れを促していく考えを示した。公立病院など一部の医療機関に患者を集中させてきた体制が、いよいよここにきて破綻しつつあるのだ。
 という話を聞くと、「そんなことになるのは、前からわかり切っていただろ」と呆れる方も多いのではないか。
 ご存じのように、「コロナが冬に大流行する可能性が高い」ということは、半年以上前から世界各国の研究者が警鐘を鳴らしていた。日本でも昨年7月、山形県衛生研究所が、従来のコロナウイルス4種類が冬に突出して流行をすることがわかっているので、新型コロナも同様の傾向を示す可能性がある、という論文をまとめている。
 というより、感染症が冬に大流行するのは、一般庶民でも知っている「常識」だ。厚生労働省によれば、2019年1月21から27日の1週間で、全国の医療機関を受診したインフルエンザの患者数は推計で約222万6000人に及び、1999年以降、最多となっている。ワクチンのあるインフルが年末年始後にこれだけ広がっていることに鑑みれば、新型コロナもこの時期にどんなに気をつけたところで数十万人レベルで感染爆発する、というのは素人でも予想できる。
 だから、半年以上前からメディアや専門家は「医療体制の見直し」を訴えてきた。たとえば、昨年の5月25日の「日本経済新聞」では、人口当たりの感染者数が少なかったにもかかわらず医療現場が逼迫したことを受け、脆弱な医療体制を見直すべきだと提言し、「感染のペースが落ち着いた今の『猶予』をいかに活用して態勢を再構築するかが問われる」と結んでいる。
しかし、年末に感染者が急増してから血相を変えて、「民間病院の協力」を呼びかけていることからもわかるように、日本はこの7カ月あまりの「猶予」を活かすことができなかった。今回の緊急事態宣言を受けて、元厚労省医系技官で医師の木村盛世氏も、政府と医師会にこんな苦言を呈している。
「昨年の春以降、国や医師会は国民の頑張りに応えて、医療を総力戦の体制にしておくべきだった。私は厚生労働省にいたし、医師でもあるので、非常に憤りを感じている」(ABEMA TIMES 1月6日)
 もちろん、政府も医師会もサボっていたわけではなく、昨年8月には前回の緊急事態宣言の教訓を生かし、医療資源を重症者に集約することを目的とした「新型コロナウイルス感染症対策の新パッケージ」を決定した。が、メディアから「内容は既定路線の寄せ集めにすぎない」(日本経済新聞9月10日)と酷評されたように、現状の医療体制の抜本的な見直しがなされたわけではなかった。
根本的な問題解決に着手しなかった
「現状維持バイアス」の可能性
 では、なぜ政府や医師会は、「現状維持」に流れてしまったのだろうか。
 多くの専門家が「感染症2類相当見直し」や特措法改正の必要性を唱え、一部の医療機関への負担集中を解消すべきだと訴えたのに、なぜ「医療体制の見直し」という根本的な問題解決に着手しなかったのか。
 まず考えられるのは、政府も医師会も、「みんなこれだけ頑張っているんだから、今の調子でいけばなんとなるんじゃないか」という「ふわっ」とした現状維持バイアスに支配されてしまっていた可能性だ。
 医療専門サイト「m3.com」が昨年11月13日から18日までの間、医師会員2921人に対して、都道府県の体制整備についてこの冬を乗り切れるかについて質問をしたところ、「はい」と回答した医師は31.8%で、「いいえ」の20.1%を上回った。つまり医師会の中には、医療体制の見直しをせずに「現状維持」を続けても、なんとかコロナの流行を乗り切れるという淡い期待を抱いていた医師の方もかなりいたのである。
コロナ患者をみる病院とそれ以外
「役割分担」のシステムエラー
 では、なぜ医療崩壊の恐ろしさを誰よりも知っているはずの医師の皆さんが、こんなご都合主義的な楽観論に囚われてしまったのか。
 1つには、多くの医師会員の方たちが「今の医療体制は間違っていない」という現状維持の観点から、すべての物事を考えている傾向があることが大きい。
 それを象徴するのが、今年1月6日の記者会見で、日本医師会の中川俊男会長が「民間病院では新型コロナウイルス感染者の受け入れが少ない」との記者からの指摘に対して行った、以下の回答だ。
「コロナ患者をみる医療機関と通常の医療機関が役割分担をした結果だ。民間病院は面として地域医療を支えている」(読売新聞オンライン1月6日)
 客観的に見れば、他国と比べて圧倒的に少ない患者数で医療崩壊寸前になっているのだから、この「役割分担」に重大なシステムエラーがあるように感じてしまうのだが、医師会からすれば、そのような可能性はないというわけだ。
 このように「今の医療体制は間違っていない」という考えがビタッと固定されてしまっていれば、そこでどんなに議論を交わしても、どんなに知恵を絞っても、「今の医療体制」を微調整したようなコロナ対策しか出てこないのは言うまでもないだろう。今のやり方に大きな問題もないと考える人たちに、どんなに「改革せよ」「変われ」と説いたところで、まったくピンとこないのは当然なのだ。
 つまりこの半年間、「冬の感染爆発」の危機が叫ばれていた中でも、政府や医師会が「総力戦の体制」を構築することができなかったのは、日本医師会が現状の「コロナ患者をみる医療機関と通常の医療機関の役割分担」を見直す必要がないと信じていたであろうことが大きいのだ。
それに加えて、日本のコロナ医療が「現状維持」に流れがちなのは、もう1つ大きな構造的な要因があるのではないかと、個人的に考えている。それは、「小さな医院・クリニックの経営者」が多いということだ。
 医療危機が叫ばれるようになってから、約8000といわれる日本の病院数は世界一だという話がよく出るが、実は「小さな医院・クリニックの経営者」の多さも、先進国の中でトップレベルだ。厚生統計要覧令和元年度によれば、小さな医院やクリニックを示す「診療所」(病床が0〜19床以下の医療施設)は10万2105施設もある。
小さな医院・クリニックの経営者数が
世界トップレベルであることの影響
 それは言い換えれば、実はあまり語られることがないが、日本というのは「小さな医院・クリニックの経営者」が世界トップレベルに多い国であるということなのだ。
「それが医療体制の見直しという話にどう関係あるのだ」と首を傾げる方も多いだろうが、大いに関係している。実は「国民の生活インフラを担う小さな会社の経営者」は「現状維持」を好む傾向があることがわかっているからだ。
『2020年版 中小企業白書・小規模白書』では、企業を4つに分類している。グローバル展開をするグローバル型、サプライチェーンでの中核ポジションを確保するサプライチェーン型、地域資源を活用する地域資源型、そして、地域の生活コミニティを下支えする「生活インフラ型」である。
 小規模事業者に自社がどのような分類を目指しているのかと質問をしたところ、「生活インフラ型」と回答した割合が高かった業種は「電気・ガス・熱供給・水道業」(85.9%)、「金融業・保険業」(81%)、生活関連サービス(90%)などだが、その中でも最も多かったのは「医療・福祉」(92.3%)だった。
 このような町の小さな医院やクリニックを含めた「生活インフラ型小規模事業者」には、他の分類には見られないある特徴的な傾向が浮かび上がっている。それは「現状維持」だ。
 4分類の小規模事業者に、今後5年間の事業方針を質問したところ、グローバル型やサプライチェーン型の小規模事業者は7割超から6割で「成長・拡大」と回答し、「現状維持」との回答は2~3割の水準にとどまっているのに対して、生活インフラ型はまったく逆の傾向となった。「成長・拡大」は29.5%にとどまり、「現状維持」が58.5%に上ったのだ。
 断っておくが、筆者は「現状維持」を望むことが悪いなどと言っているわけではない。地域の生活者のインフラを守るには、何をおいても事業の存続を目指すのは当然だ。「成長・拡大」などのリスクをとって、廃業などに追い込まれてしまうことは絶対に避けなくてはいけない。医療や福祉という公的サービスならばなおさらだ。
 ただ、現状維持というのは良いことばかりではなく、急激な「環境の変化」に対して迅速に対応できないという「負の側面」もある、と申し上げたいだけだ。
 リスクを取らない経営方針をずっと貫いてきた小さな医院やクリニックの経営者が、「コロナを受け入れている病院が医療崩壊寸前だから、皆さんも協力してほしい」と言われても、「了解!やりましょう」とフットワーク軽く動けるだろうか。
「存続」を第一に考える医療機関の
要望を代弁しがちな日本医師会
 前述のように、彼らが何よりも守るのは「存続」だ。施設も小さく、人員も少ない小さな医院やクリニックで院内感染が起きたり、「あそこの看護師がコロナになった」などという風評が流れたりしたら、すぐに経営危機に陥って通常医療が続けられなくなってしまう。「そんな危ない橋は渡れない」と考える小さな医院・クリニックの経営者は多いはずだ。
 そして、このような経営者側の要望をきっちりと政治に届けてくれるのが、他でもない日本医師会である。
 日本医師会会員数調査(令和元年12月1日現在)によれば、会員総数17万2763人のうち8万3368人は「病院・診療所の開設者」。今コロナで苦しむ公立病院などの勤務医の会員は少なく、発言力もないため、日本医師会は「病院経営者の団体」と呼ばれている。
 さらに、その内訳を見ればもっと興味深い。病院開設者が3985人なのに対して、診療所開設者が7万473人。つまり、「現状維持」を望む傾向の強い「小さな医院・クリニックの経営者」が大多数を占めているのだ。
 そんな「現状維持バイアス」が強く支配している日本医師会と、彼らに選挙で頭の上がらない菅政権が、いくら医療崩壊の危機が叫ばれているからといって、現状を大きく変えてしまう「医療体制の見直し」に着手できるだろうか。
 ぶっちゃけ、無理ではないか。
コロナ禍のブラック労働で疲弊する
最前線の医療従事者に目を向けよ
 医療に限らず、日本ではこういうことがよくある。迫り来る「危機」を前にして、「変わらなくては」「改革が必要だ」という声だけは上がるが、政治に影響力のある団体がそれを骨抜きにする。弱い立場の人間が苦しみボロボロになっても、「がんばれ、がんばれ」と精神論を唱えるだけで「現状維持」に流れるのだ。
 多くの人の犠牲でどうにか「危機」を乗り越えた後も、喉元過ぎればなんとやらで、構造的な問題にはなかなかメスが入らない。だから、またしばらくすると同じような「危機」が再発する。こんな「危機の先送り」を、戦後ずっと繰り返してきている。
 低い賃金、低い生産性などはその最たるのものだが、1億2000万人という先進国で2番目に多い人口を生かした「規模の経済」と過去の栄光によって、どうにかうまく誤魔化してきた。しかし、最前線の医療従事者が壮絶なブラック労働を強いられるコロナ禍で、それが通用するとは思えない。
 取り返しのつかない事態になる前に、いつまで経っても「改革」を先延ばしにしてしまう、という日本の目を背けたくなる現実に、きちんと向き合うべきではないのか。


「新入社員が使えない」の愚痴が今も昔も続く訳

2021-01-16 13:30:00 | 日記

下記の記事は東洋経済オンラインからの借用(コピー)です

「ゆとり世代」は非常にざっくりした分類
「うちの部の新人、マジで使えねえんだよ」
「オレんとこもだよ。上司にタメ口きいたりすんだぜ」
「競争心に欠けるっていうか、努力とガマンができねえんだな」
「おとなしいと思ってミスを指摘したら、逆ギレ」
「ちょっとしかるとすぐ辞めるしな」
「まったく、ゆとり世代ってヤツは」
「最近は、もっとすごいさとり世代ってのが出てきたらしいぞ」
「上も下もバカばっかりだよなー」
今宵もサラリーマン諸氏は、こんなトークを繰り広げているのでしょう。ゆとり世代とは、いわゆるゆとり教育を受けて育った世代という非常にざっくりした分類でしかありません。学術的な用語ではありません。いま20代の人はほぼ当てはまります。
でも、みなさんお忘れになっているようですね。現在20代の若者たちがゆとり世代と呼ばれるようになったのは、彼らが大学生になった2005年くらいからのことでした。実はそれ以前にも「ゆとり世代」という言葉は存在し、まったく別の意味で用いられていたんです。
1990(平成2)年に発表された電通のレポートで、これからの消費は、高級品を買える金銭的ゆとりのある高齢者世代によって支えられることになるだろうと指摘されました。
これを受けて新聞雑誌は1990年代から2000年代前半まで、おもに金持ち高齢者のことをゆとり世代と呼んでいたのです。
2003年の朝日新聞(6・29埼玉)記事での使用例。埼玉の公民館に、新宿の歌声喫茶で活動している歌手が歌の出前をしているというネタで、歌声喫茶全盛期の若者が今60代のゆとり世代になって、仲間と何かやりたいと思っている、と参加者の1人がコメントしています。
こんな例はいかがでしょう。某銀行のおエラいさんが雑誌記者の取材に答え、新入社員を総括したコメント。「ことしはいってきた人たちを見ていますと、なにか、さとり切ったような人が多いんですよ。……未完成で荒けずり、失敗もするかもしれないが、なにかやってくれるのではないだろうか、というような楽しめる人間というのが少なくなりましたね」
これ、1972(昭和47)年の『サンデー毎日』(4・23)に掲載されたものなんですが、今年のコメントだとしても、じゅうぶん通用しますよね。驚くべきは40年以上も前に、さとり世代が登場していたこと。このときの新入社員は2017年現在60代半ばなので、すでに定年を迎えたか、あるいは企業のトップに君臨しているかもしれません。
彼らこそが、時代を先取りした元祖さとり世代だったとは!そしてなんの因果か、彼らの孫世代が、いままさに二代目さとり世代を襲名し、新入社員として企業に入りはじめているのです。
ややこしくなったので、ここまでの調査結果をまとめます。今の20代がゆとり世代で、20代前半がさとり世代。70代の人たちは10年前までゆとり世代と呼ばれてて、今60代の人たちが元祖さとり世代……。
戦後の新入社員は「ナマイキ」だった
ここからは戦後の新入社員について見ていきましよう。まずは終戦翌年に小学校に入学して新制教育で育った世代が1962年、新入社員となりました。有名人でいうと王貞治さん、篠山紀信さん、麻生太郎さんなどがこの世代。
新人入社を報じた『週刊読売』(1962・4・29)の記事タイトルが「ことしの新人はナマイキだ」。なにがナマイキって、大蔵省の新人歓迎会で事務次官のあいさつにヤジを飛ばす前代未聞の猛者があらわれ、先輩官僚は、ただただ、ぼう然
さて、戦前派による新人評をうかがいましょう。
しかればすぐ弁解、注意すれば口答え、仕事もせずにヘ理屈いう。先輩・上司を〇〇チャンとかあだ名で呼ぶヤツまでいる……いまの若いものは、なってない!
まだ25、26歳の先輩からも、「いまの若いのはまるっきり仕事をする気がないんだね。世の中そんなに甘くないよ」といわれる始末。
それに対する新人の弁。「なんにもわかっちゃいないんだから。人間としたら対等ですよ。うっかり甘い顔をしてたら、タバコの使い走りまでさせられちまう」
1965年の『週刊サンケイ』(8・2)でも、先輩OLが今年の新人はナマイキとおかんむり。先輩に敬語を使わず、ねえちゃんなどと呼ぶ。バアサンと呼ばれたのでさすがにアタマに来て、「なんだよ、ぼうや」と返事したら、たじろいでおとなしくなったとか。
ナマイキだけど漢字が書けず、常識知らない、上司からちょっとシゴかれただけでさっさと辞める。3カ月でくしの歯が欠けたように何人もいなくなった。
1967年の『週刊現代』(3・16)は、昭和フタ桁生まれ20代社員というくくりで特徴をまとめています。権利意識は高いが義務感が希薄。理解力はあるが創造性がない。身体は大きいが体力がない。与えられた仕事しかやらない。しかると女の子みたいにふくれる。おそろしく教養が浅い。
一流企業の入社式に親がついてくる
1968年には、いよいよ昭和20年生まれ、純粋戦後派が入社します。有名人では長塚京三さん、タモリさん。
彼らに貼られたレッテルは、「過保護」「甘ったれママゴン息子」(『週刊サンケイ』1968・4・22)。一流企業の入社式に、呼んでもいないのに親(大半は母親)がついてきます。幼稚園・小学校から入学・卒業式に参加するのがあたりまえだったから、入社式もその延長と考えるママが増えたのだとか。
国家公務員の合同研修会でも、泊まり込みだと母にいってこなかったから帰らせてください、ママがカゼをひいているので家に帰りたい、などというのがいて、総理府や人事院のスタッフも呆れ顔。
東大・一橋・早稲田と名だたる一流校から採用した三菱商事の人事担当も「昔は大学出ればりっぱなおとなと思ってきたが、これからは小学生の集団と思ってやる」と腹をくくったご様子。このときの甘ったれ新入社員もいまや、71歳になってらっしゃる。
というわけで、戦前から新入社員の歴史を長々と振り返ってきましたが、ここでようやく、元祖さとり世代の1972年組へとつながります(有名人では風間杜夫さん、武田鉄矢さん)。
甘ったれ、幼児化、未熟児、外国人などの悪評がかまびすしいなか、「さとってる」という声もありました。これは大人びて落ち着いているという評価なので、幼児化という評価とは対極にあります。矛盾していますけど、世代論なんてのは、大勢の人間をひとくくりにするのだから、そんなもんです。
このあと1978年に昭和30年生まれの社員が入ってくると、「無気力・無関心・無責任の三無主義」「いやいや、それに無感動・無教養・無学力・無行動・無協力を加えて八無世代だ」と、若者劣化論はとめどなくエスカレート(有名人では内藤剛志さん、明石家さんまさん)。1980年代に「新人類」という呼称が生まれたところで、昭和という時代が幕を下ろしたのでした。
世代論はいかがわしい演繹法の見本
いま、ゆとり世代に向けられている、タメ口、ガマンできない、すぐ辞めるなどといった悪口は、戦前にサラリーマンが登場して以来、新人がずっといわれ続けてきたことでした。考えればあたりまえのことなんですが、いつの時代も、新人はナマイキで仕事ができないんですよ。それがだんだんできるようになる人もいて、できない人もいる。
『サラリーマン生態100年史』(KADOKAWA)書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします
世代論を論じる人は、自身の世代をなんの根拠もなく基準として設定し、自分より下の世代と上の世代がいかに自分と違うかを列挙して、自分の世代が「まとも」で「正しい」ことを証明したつもりになっているだけ。いつの時代にもいろんなタイプの若者がいるのだから、どんな指摘もつねにだれかに当てはまります。世代論はいかがわしい演繹法の見本です。
1967年に刊行された尾崎盛光の『日本就職史』は明治・大正・昭和の大卒就職事情をまとめていて、非常に史料的価値の高い本です。ここでも大正時代から若者劣化論が唱えられていたことが暴露されていまして、尾崎が皮肉屋の本領を発揮しています。最後にこれを引用して、新人サラリーマンたちへのエールといたしましょう。
識者にいわせると、人間というやつはだんだんぜいたくになり、かつ小型になっていくものらしい。…………ちかごろの若い者はぜいたくになった、軟弱になった、……小型になった、とおっしゃる先輩方は、そうおっしゃることによって、おれは質実剛健で男性的で、大型、大物であった、ということをおっしゃりたいのが腹のうち、と思えばよろしい。


雅子さまは「つらい」と内面を吐露されて…「令和の皇后像」と「新年ビデオメッセージ」の“秘密”

2021-01-16 11:00:00 | 日記

下記の記事は文春オンラインからの借用(コピー)です

「新年ビデオメッセージ」のこれまでにない画面構成
「新年ビデオメッセージ」は、天皇と皇后が同じ画面に並んで、話すスタイルが採られている。これは、これまでの天皇のビデオメッセージにはない画面の構成である。平成の天皇は、2011年3月の東日本大震災にともなうビデオメッセージ、2016年8月の退位の意思をにじませたビデオメッセージを2回公表したが、いずれも天皇一人が画面に映し出され、そして一人で話すスタイルであった。2016年のビデオメッセージでは、カメラの向こう側に皇后がおり、天皇が話しているのを見守っていたと言われる。しかし、あくまで皇后は画面上では出てこず、その意味では、その映像空間は天皇一人のものであった。ところが、今回は異なった。天皇皇后が並び立っていたのである。2016年8月8日、「象徴としてのお務め」についておことばを述べられた 宮内庁提供
令和は「並んで座る」スタイルで新しさを示された
 2019年2月24日、政府主催の「天皇陛下御在位三十年記念式典」において、平成の天皇は「おことば」を述べたが、この時、皇后は一歩引いて天皇の話を聞いており、天皇がページを間違えて読み始めた際には、サッと助けを出した。おそらく、天皇の「おことば」を暗記していたのだろう。天皇は「ありがとう」という言葉をその場で皇后にかけたが、この場面こそ、平成の天皇と皇后の関係性をよく示している。皇后が天皇を支える形なのである。2020年4月10日、マスクを着用され、尾身茂氏からご進講を受けられる天皇皇后両陛下 宮内庁提供
 一方、今回のビデオメッセージはこれとは異なり、天皇と皇后が並んで座っている。このスタイルは、昨年4月に尾身茂新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長(当時)の「ご進講」を受けたときから継続しているものである。この時も天皇と皇后は並んで座り、尾身氏と机を挟んで会話をしている写真が公表された。そうした姿も平成までとは異なるスタイルであり、新しさを示しているが、今回のビデオメッセージもまさにその延長線上であった。
 さて、ビデオメッセージでは天皇と皇后のあいさつの後、天皇は2020年7月豪雨の被害に触れ、そして新型コロナウイルスの問題に言及していく。医師・看護師をはじめとする医療に携わる人々への敬意と感謝の言葉、「感染拡大の影響を受けて、仕事や住まいを失うなど困窮し、あるいは、孤独に陥るなど、様々な理由により困難な状況に置かれている人々」などへの言及である。こうした「おことば」の構成は、実は平成のあり方にかなり類似している。今回はプロンプター(原稿映写機)を使って終始前を向かれ、新年のあいさつを述べられた 宮内庁提供
 東日本大震災などについて言及した平成の天皇や皇后は、必ず、被災者の身を心配するとともに、彼らに寄り添うボランティアの存在に言及し、その重要性を説いていた。被害にあった人々への見舞のことばとともに、そうした被災者を支える人々の存在を、世に知らせることを意識していた。今回のビデオメッセージでも、感染した人々やその家族への見舞のことばとともに、「困難に直面している人々に寄り添い、支えようと活動されている方々」に対して私たちが注目すべきことを示唆しているようにも感じられる。その意味で、今回の天皇の「おことば」は、平成流からの継続とも言えるものであった。
雅子さまが「人々に直接語りかけられる肉声」を聞く機会に
 最初を除いて新型コロナウイルスの問題に集中した天皇とは異なり、皇后は直接的にはその問題には触れない「おことば」を述べている。皇后の声が画面上で聞けたのは、昨年11月8日の立皇嗣の礼における朝見の儀の時以来であるが、それも「お健やかにお務めを果たされますように」というごく短いあいさつであり、今回のように人々に直接語りかけるのは、2002年12月5日に行われた誕生日、ニュージーランド・オーストラリア訪問に際しての会見以来だと思われる。その後、病気となって会見する機会が無くなり、その声を私たちが直接的に聞くことはなかった。その意味でも、今回のビデオメッセージは皇后の肉声を聞く機会となり、驚きであった。2002年12月5日、記者会見に臨まれた雅子さま 宮内庁提供
 皇后は「この1年、多くの方が本当に大変な思いをされてきたことと思います」とまず述べ、新型コロナウイルスには直接的には言及しないものの、天皇の「おことば」を受けた形で話を始める。そして、「この冬は、早くから各地で厳しい寒さや大雪に見舞われています」と言及し、天候で大変な思いをしている人々の存在にも触れて話を終えている。皇后の「おことば」によって、この新年ビデオメッセージは新型コロナウイルスの問題に終始しないような構成となり、今現在、困難な状況にいる人々に対して天皇と皇后が見舞の気持ちを述べ、ともに励ますような意味合いを持つこととなった。
雅子さまが話される時、天皇陛下の口までもがかすかに…
 今回のビデオメッセージの皇后の部分で興味深いのは、皇后が話している時、天皇の口までもがかすかに動いていることである。明らかに天皇は、画面の向こう側にあるプロンプターに映し出されている文章を一緒に読んでいる。
新年ビデオメッセージの映像で、雅子さまを励まされるように陛下も文章を一緒に読まれていることがうかがえる(SankeiNews)
 それは、病気療養中の皇后を支える天皇の姿とも言えるだろうか。先に述べた、天皇を支える皇后という平成のあり方とは異なり、天皇が皇后とともにある、もしくは天皇が皇后を支える姿である。私たちは、これまで病気療養で苦しんできた皇后の物語をよく知っている。そして、その皇后が人々のために出て、励ましている姿を目の当たりにしているのである。雅子さまが話される時、笑みを浮かべられていた天皇陛下 宮内庁提供
雅子さまが「つらい」という内面を吐露された「ご感想」
 皇后が今回、このようにビデオメッセージの場に出、自ら「おことば」を発したのは、新型コロナウイルスが流行していることで苦しんでいる人々に対して、強い思いがあったからではないか。昨年12月9日、「皇后陛下お誕生日に際してのご感想」として発表された文章は、皇太子妃時代にもないほどの4000字を超える長文で、「世界の各地で、あるいは日本国内で、多くの方がこの感染症に苦しみ、懸命の治療にもかかわらず亡くなっていく現実は、本当につらいものです」と述べ、「つらい」という内面を吐露している。自らも病気で苦しんできたことが重ね合わされたのではないだろうか。2020年、雅子さまお誕生日に際してのご近影 宮内庁提供
 しかし、「同時に、現在のこの状況の中で自分たちに何ができるかを考え、行動しようとする、若い人たちも含む多くの方の新しい試みや取組を目にするとき、勇気付けられ、心温まるとともに、人と人との絆の大切さを強く感じます」と強調し、その中での希望の光を見出してもいる。
 昨年1月、令和初めての歌会始で、「災ひより立ち上がらむとする人に若きらの力希望もたらす」との皇后の歌が詠まれた。これは、災害から復興に向けて立ち上がろうとする人々の様子を歌ったものである。新型コロナウイルスの状況のなかからも、皇后は希望を見出そうとしているのではないだろうか。そこに、新しい令和の皇后像が見えてくる。


それならば農薬を使わない植物工場の野菜は健康的なのか?

2021-01-16 08:30:00 | 日記

下記の記事は日刊ゲンダイデジタルからの借用(コピー)です

農薬の危険性を指摘したところ、「じゃ、植物工場の野菜のように、農薬さえ使わなければ問題ないのでは?」と言われたことがある。確かにそうだが、前回でも書いたように、私たちがなぜ野菜を食べるかを考えると、それほど単純ではないだろう。
 ずいぶん前だが、ある研究者から「これからは植物工場の時代です」と言われたことがある。太陽光の代わりに光源をLEDに、土の代わりに培養液を循環させ、温度や湿度をすべて管理した中で野菜を育てる。つまり車を造るように、野菜を水耕栽培で大量生産すれば農薬の心配がなくなるというわけだ。
■香りも味も人工的

 なぜ野菜を工場で生産するかというと、天候に左右されずに、青臭いにおいのない野菜も作れるそうだ。それを聞いて、思わず叫びそうになった。
野菜からにおいがなくなったら、野菜じゃないだろう? それにレタスをLEDで育てて本当においしいのだろうか。
 すると彼は笑いながらこう言った。「においも味も人工的に作ればいいんです」と。慣行栽培の野菜は工業製品のようなものだと書いたが、これでは本当の工業製品だ。そんな野菜を誰が欲しがるのだろう。
 ところが、ニーズはあるのだという。例えば、ハンバーガーやサンドイッチを全国展開している企業があるとする。東京で買っても埼玉で買っても同じブランドだ。同じブランドなら、全国どこで買っても同じ味がいい。そんなニーズを満たすには、味もにおいも淡泊にし、あとは合成した味や香りを加えればいい。作れない味はないのだそうだ。
 当時はそんな野菜が売れるはずがないと思ったのに、今では大企業が競って植物工場に参入し始めた。食べても、それが植物工場で作られたなんて誰も疑わない。すごい技術だ。人間の味覚はかなりいい加減で、食生活など外的要因に左右されることが多いので、おいしく味付けするのは難しくないそうだ。子供の頃から人工的な味覚に慣れたら、おいしいはずの有機野菜を食べても、逆に苦くてまずいと感じるそうである。有機野菜が広がらないのは、もしかすると日本人の味覚が変わってしまったのかもしれない。
ちなみに、半世紀前の野菜と現在の野菜の成分を比較すると、微量栄養素が激減している。例えば、ビタミンCやβカロテンなどはほぼ3分の1だ。太陽をLEDにし、気温も湿度も一定のぬるま湯で育てた工場野菜が、果たして露地で育った野菜よりも健康的だろうか。
 これでは食べ物ではなく、ただ腹を満たすためのエサに過ぎない。

残留農薬が少ない野菜はアスパラ、サツマイモ、タマネギ

急性中毒を除けば、食べ物は長い時間をかけて病気をつくり出す。病気の原因は栄養の過不足などさまざまだが、現代社会で影響が大きいのは合成化学物質である。近代化学工業が誕生して、人類がつくった化学物質は約1億4000万種類といわれ、生活の中で使われているのが約10万種類。その中で、健康にもっとも影響があるのは農薬だろう。
 農薬を避けたければ、農薬を使わずに育てた有機農作物を食べるしかないが、日本ではなかなか手に入らないことや、値段も高いとなると躊躇する人もいるはずだ。そこで「残留農薬の少ない食品」を紹介したい。
 残留農薬が少ない野菜は、ハウス栽培ではなく、露地栽培のように、季節に逆らわずに育てられた作物に多い。いわゆる旬の野菜である。それに加え、なんといっても旬の野菜は栄養価も高い。

アスパラガス拡大する
 アメリカの消費者団体がFDA(食品医薬品局)のデータを基に、残留農薬の量が少ない作物を紹介しているが、そこから日本人にもなじみのある野菜をリストアップすると次のようになる。
タマネギ、アスパラガス、豆、ナス、キャベツ、サツマイモ、マッシュルーム
 日本の自治体でも検査しているが、検体の種類が少ないので一概にいえないことを承知で述べると、例えば東京都の調査では、
アスパラガス、ブロッコリー、ニンジン、レンコン、キャベツ、サツマイモ、タマネギ
 などが検出されなかった。

 土の中で育つ野菜は、比較的残留する農薬も少ないようだ。

 慣行栽培という農薬を使う栽培では、農薬の使用回数が自治体ごとに決められているが、トマトやキュウリのように農薬使用回数が年間に50回を超える野菜がある中で、根菜類はほとんどひと桁だ。農薬の使用回数が少なければ、当然残留する農薬も少なくなるだろう。
■ダイコンやカブは、葉があぶない
 また農薬の残留基準値が高ければ、農家も安心して農薬をまくから残留しやすい。しかし逆に、低ければ残留値も低くなる。実際、ネオニコの残留基準値を見てみると、
ダイコン、カブ(根)、ニンジン、アスパラガス、ブロッコリー
 これらが低い。それは自治体の調査にもあらわれている。もっとも、最近はダイコンやカブの葉をおひたしにして食べる人が多いが、残留値は根の部分に少なくても、実は葉の部分は高いのである。例えばクロチアニジンというネオニコは、カブの根が0・5ppmなのに、葉はなんと40ppmと80倍も高いのだ。あぶない、あぶない。