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一乗谷城 (福井県福井市)

2016-06-23 21:20:03 | 日本100名城めぐり

 一乗谷城・・ 戦国時代に越前を支配した朝倉氏が一乗谷川沿いの細長い谷筋に
 山城や山麓の館 1万人余の城下町を築き100年の繁栄を誇ったところです


天正元年(1573)織田信長の大軍に攻められ朝倉軍は敗北し一乗谷は焼け野原に
その後 田畑や土砂の下に埋もれていたところ 昭和42年に発掘が開始され
平成7年 発掘遺構上に中級武家屋敷や町屋などの城下町を復元されました



 「城内全景の図」です クリックすると大きな写真が出てきます
 出てきた写真をもう一度クリックすると 更に大きな写真が出てきます
これからこの一乗谷を見てまわります~



「下城戸口の石垣」です 一乗谷は東・西・南側を山に囲まれていますが
 城下町を防衛するために 谷が狭くなる北と南それぞれに城門を築きました
これを城戸(きど)というそうですが 下城戸口には巨石を積んだ桝形の城戸口があります



 一乗谷朝倉氏遺跡 復原町並の入口です
 開館時間 9:00~17:00(入場は16:30まで) 入場料 大人210円





「町並み立体復元地区」です
 発掘調査の結果に基づいて 当時の町並を復元しています



 復原町並 有力者の家です この屋敷は通常の1.5 倍の大きさを持っているそうで
 床を持つ二つの部屋と大きな井戸のある土間を持っています
土間は台所となっており 炊事の道具が置いてあります




広い裏庭にはぐるっと囲いがまわされ 有力者の家といった感じです



谷に沿ってのびる道に 武家屋敷や寺院 町屋などが並んでいます
施設内の各建物は それぞれ内部も見学可能になっています



刃・刃・刃・・



鍛冶屋さんのようです




隣との境として溝が設けられ 裏庭に井戸と便所が配置されています
一乗谷の小規模屋敷の典型例といえるものだそうです



こちらの建物は



甲冑の着付け体験ができるところでした



往時の生活ぶりが人形によって再現展示されている建物も



こちらの方々は人形ではありません キャストさんたちです



道は防御のためT字路・行止りなどの工夫がされています



 武家屋敷が並ぶ地区です 大規模な屋敷が整然と配置されていたそうです
 それぞれの屋敷は 石垣の基礎の上に土塀が築かれていたと考えられています



西側の山裾の屋敷では 四本柱の薬医門の形式をとっています



東側の川側の屋敷では2本柱の棟門形式であり 格式の差が見られます



 復元武家屋敷の説明です



 「復原武家屋敷主殿の概要」です クリックすると大きな写真が出てきます
 出てきた写真をもう一度クリックすると 更に大きな写真が出てきます



二人の武士が将棋を打っています それにしても見事な甲冑ですね~



 東西30m 南北30mの敷地をもつ中規模の武家屋敷が復原されています
 発掘で2か所に門があり中央に主屋 その他にも茶室・庭園などが発見されたとか
なお蔵や井戸・便所なども復原されています



復元 城下町の最後は・・



休憩所と北出口がある施設です



動画やパネルで一乗谷城の説明をしています



発掘遺構上に立体再現された城下町・・ 内部の展示もとても充実しています
おなかいっぱいです もうここは戦国時代のテーマパークですね~



 「雲正寺地区の概要」です クリックすると大きな写真が出てきます
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平面復原地区です



この小さな川は 石積(いしづみ)で護岸されていたと考えられています



東西・南北を結ぶ幹線道路の跡や 寺院跡が多数見つかっているそうです



 谷の奥まで商工各種の店や 屋敷跡が発見されていることから
 平面復原地区は一乗谷の中でも最も活気あふれるところだったそうです




この景色・・ 散歩コースとしても素晴らしいのでは~



次の散策目的の瓜割清水へ~



 「瓜割清水の概要」です クリックすると大きな写真が出てきます
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「瓜割清水」です 古くから朝倉氏の御膳水に供したと伝えられているそうです
 往時からどんな干ばつでも枯れたことがないといわれており
今でもこんこんと湧き出て 地元の方が生活用水として利用されているとか



さて・・ 次の南陽寺跡庭園なのですが ここって人の家の敷地



ほんとにこの道でいいのか迷いましたが



広いところに出ました・・



「南陽寺跡」です 朝倉氏の子女が入る尼寺で
 永禄11年(1568) 後の15代将軍足利義昭をもてなした所とか



 南陽寺跡の説明です



「南陽寺跡庭園(特別名勝)」です 現存しているとはいえ枯れています



南陽寺跡(写真中央左)を  ふもとからみています



「朝倉義景館跡」です 水堀で囲われ 中央に門が見えています



「唐門」です 朝倉館の西正門跡に建っています
 後に義景の菩提を弔うために建てられた 松雲院の山門を移築したものとか



水堀の鯉さん~ エサになるようなもの持ってませんよ~



 この館跡は第5代義景が住まいとしていた所です




朝倉義景館跡の中です 10数棟の建築物があったそうです




 朝倉義景公の墓所です



 朝倉館跡庭園(特別名勝)です
 この庭園は土中に埋もれていたものを 発掘調査により約450年ぶりに発見されたとか
池の底は平らな石が敷き詰められるなど とても手の込んだ造りをしています



 「一乗谷朝倉氏庭園の概要」です クリックすると大きな写真が出てきます
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 一乗谷城は朝倉館の後方にある 海抜473mの一乗谷山の頂上付近に築かれています
 一の丸・二の丸・三の丸・千畳敷などの遺構が尾根伝いに現存しているそうですが
この山城を見学するには往復2時間かかるという情報・・
しかも山道・・ 残念ながら見学をあきらめました



次の見学スポットへ~



 諏訪館跡庭園(特別名勝)です
 諏訪館は5代義景が愛妻のためにつくったと伝えられています



 諏訪館跡庭園の説明です



諏訪館跡庭園は一乗谷4つの庭園の中で最も大きいそうです
低く丸みを帯びた石が多く 女性らしい雰囲気が感じられます



諏訪館跡庭園からみた 町並み立体復元地区です



この素晴らしい景色 そして雰囲気・・
一乗谷が某携帯会社のテレビCMで使われた理由がわかるような気がしました



一乗谷川を悠々と泳ぐ川魚たち・・ とてもきれいな流れです



ここは往時 全国の武将が羨むような 理想的な本拠地であったのではないでしょうか



「上城戸跡」です 城下町の南端に位置し南側の守りを固めていました
 1.7 ㎞北にある下城戸跡と対の施設で 一乗谷でも最も幅が狭い所でに築かれました
往時 土塁の外側には堀が設けられていたそうです



 「城内全景の図(再掲)」です クリックすると大きな写真が出てきます
 出てきた写真をもう一度クリックすると 更に大きな写真が出てきます

最後に一乗谷朝倉氏遺跡は 国の三重指定(特別史跡・特別名勝・重要文化財)を受けています
 一乗谷城を含む一乗谷遺跡278ヘクタールが「特別史跡」に
 諏訪館跡庭園・湯殿跡庭園・館跡庭園・南陽寺跡庭園の4つが「特別名勝」に
 朝倉氏遺跡の出土品のうち 2343点が「重要文化財」の指定を受けているそうです 
三重指定は「金閣寺」「銀閣寺」「醍醐寺三宝院」「厳島神社」についで全国で5例目です

次回は 「 越前大野城(福井県大野市) 」 をUPします