もやもや病エッセイ『脳の細道』

もやもや病患者の体験記です。不定期更新ですが、どうぞ読んでやって下さい。

主治医っぽい人

2006年11月21日 15時52分50秒 | 入院
大学の学生寮で脳内出血を起こし、広州市内にある中山大学付属第三病院に運ばれて三日目、脳内血管の造影検査を受けた。この検査は大腿部の付け根にある血管からカテーテルを挿入し、検査したい患部に造影剤を流し込んで造影写真を撮るのだが手術同様に危険を伴う検査の為、造影剤に対してアレルギーがある人は1000人に1,2人の確立で死亡する危険性があると説明される。

検査室に運ばれると青い手術着を着た医師が三人ほど待機していた。顔は帽子とマスクで覆われて目だけだしていたが、真剣そうな目をしていたので自分でも病気の状態が重い事が感じ取れた。何しろ入院してから水の飲ませられず、絶食、右半身が麻痺する等の症状が有った事、何度か脳のMRIやCT、レントゲン撮影をされていた事などを考えると脳の病気ではないかとは薄々分かっていた。

実はこの時の脳血管造影検査で私の脳にもやもや病の血管があり、今回の脳内出血はその血管が破れた事による発作だと言う事が分かっていた。

しかし、病状が安定していない私の脳血管は緊張や動揺による血圧上昇で、また脳内出血が引き起こされるかもしれないので、医者は周囲の人に病気の事は教えない様にと口止めされていた為、自分では何の病気でどんな治療をされるのか知らないまま、余計不安に感じていた。確かにこの時の医者の配慮や周りの人達の行為は有りがたいとは思うが、インフォームドコンセントは非常に大切な事だと実感した。軽い病気や直ぐに治療が可能な病気の場合は医者も患者の家族も患者に対しては包み隠さずに治療の方針や病気の原因などを教えてくれるが、癌や難病で治療が困難だったり、不治の病等では、病気の事は患者に対してひた隠しにされる傾向がある。実際に私に対しても周囲からは何も語られなかったし、聞いても教えてはくれなかった。その為、逐一病気の事や薬、注射の事について尋ねる私は看護婦さんから非常にうざい日本人だと思われていたに違いない。

煩くすると看護婦さんに尻に注射されて眠らされるので、集中治療室で寝ているのは非常に暇で体中が痛くなるし、手や足をベッドの策に縛り付けられているので、とても苦しかった。私の体には心電図の装置、血圧の装置が取り付けられて、非常に気持ちが悪いし、蚊に食われても体一つ動かすことも出来なかった。

何か治療をするにしても、検査をするにしても私には一切の説明はされずに進められていたので、この頃の私は自分がどの様な治療を受けるのか、どんな病気なのかも知らないまま、ただ寝てばかり(寝せられて)いるしかない状態だった。

何回か検査を受けているうちに自分は脳の病気なのではないかと予測する様にはなっていたので、主治医らしき人がきたら何となく尋ねてみようとは思っていたので、じっと主治医っぽい人(自分では誰が主治医か知らないので)が来るのを待っていた。しかし、その前に看護婦さんに注射で眠らされないように、大人しくして看護婦さんのご機嫌を損なわぬ様にしていた。

チャンス到来!四日目の朝、集中治療室に主治医っぽい人がやって来たのだ。私はすかさず挨拶をした。意識はハッキリしているので、
「まだ右手が痺れている感じがします。ロレツが回りません。もしかして、脳の病気ですか?」等と聞いてみた。すると、医者は脳みその絵を書いて、出血部位を教えてくれた。しかし、中山大学付属第三病院では専門の医者がおらず、治療が出来ないので中山大学付属第一病院へ転院しなくてはならないと伝えられた。

この時、初めて自分が脳内出血で入院したのだと確信したのであった。