九電側、担当記者に便宜供与
マンション別室で酒食提供
~問われる報道の信頼性~
電力会社によるメディア懐柔の一端をうかがわせる事実が明らかとなった。
原発で揺れる九州電力側が、社長宅のあるマンションに来客用として別の一戸を用意し、取材に訪れた記者らに飲食を提供していた。
通常の取材への対応とは明らかに異なるもので、一部の担当記者への便宜供与と見られる。
九電側のカネにあかせたメディア対策の結果、記事の内容が九電側の意向を反映したものになったとすれば、読者を裏切る背信行為となる。
一部記者の秘密事項、部屋は「フリードリンク」
問題の部屋は、九電と関係の深い九電工のグループ企業が糟屋郡内に開発したマンション群のうちの1棟にあり、九電社長宅と同じフロアだった。
この部屋では主として夜間、担当記者が取材対象の自宅を訪ねて話を聞く、いわゆる"夜回り"などに対し、酒や肴が提供されていた。
関係者の話を総合すると、社長宅を訪問した記者を社長の家人が別の部屋に案内。鍵を開け部屋に招き入れ、あらかじめ用意されていた飲食物を勧めていたとされる。
冷蔵庫のビールなどは自由に取り出せ、「フリードリンク」の状態だったとの複数の証言もある。
部屋の存在や酒食の提供といった事実については、それぞれの新聞社内において一部の九電担当記者だけが知る「秘密事項」のようになっていた。
通常の九電に対する取材は、「広報を通せ」と指示される場合が大半で、特別待遇が担当記者を懐柔する手段だった可能性は否定できない。
問題の部屋があったマンションは、平成19年6月に現在の九電社長が就任した直前に完成しており、その頃から最近まで記者への便宜供与が続いていたと見られる。現在は使用されていない。
口つぐむ関係者たち
この件について取材に応じた関係者の口は一様に重く、極端な拒絶反応を示すケースもあった。暗黙のうちに緘口令が敷かれていた形だ。
九電社長の自宅があるマンションを開発・分譲した「九州電工ホーム」(福岡市中央区)の担当者に、問題の来客用の部屋について契約状況を確認したところ、当初は「うちは九州電力に(問題の部屋を)お貸ししてますね。たしかそうだった」と明言。「もう解約したのではないか。そんな話が来てますね」としながら、記者が九電との契約を再確認したとたん「何かあるんですか。(九電に)貸したら悪いんですか」と態度を硬化させた。
取材の目的を教えなければ話さないというので、九州電工ホームが所有する部屋の鍵を九電社長側が使い、部屋に人を通しているという事実は、九電側との間に賃貸借契約が存在するということでいいのかということ、つまり部屋の使用状況の確認だと説明したところ「どこに貸したかわかりません」と方向転換。
前言を翻すということか、という問いには平然と「そう、そう、そう、そう」。問題の部屋に経済記者が訪れている事実まで説明したが、最終的には「ノーコメント」ということになった。
九州電工ホームのホームページには、当該マンションについて「おかげさまで完売いたしました」と御礼が出ているが、登記簿上、取材を終えた3日の時点では問題の部屋は同社所有のまま。取材に対応した同社の社員も「所有はうち(九州電工ホーム)」と認めている。
九州電工ホーム所有の部屋を九電社長側が使っていたということは、"貸した"、"借りた"ということにほかならない。
マンションの管理人にも話を聞いたが、「○号館の△△△号室について」と聞き始めるやいなや「入居者が決まってからのことしかわからない。あそこは決まってない!」と取り付く島もない。鍵は九電社長側が持っているのではと尋ねるが、「知らない」として引っ込んでしまった。
九州電力広報に、問題の部屋について、賃貸借の事実と、社長がマスコミ等の対応に使用していたことに間違いがないか確認を求めたが、「個別の契約に関する質問についてはお答えしておりません」との回答だった。
賃貸借関係がなければ"借りていない"で済む話だが、「個別の契約」というところをみると、九州電工ホームが当初漏らしたように何らかの契約関係があると考えるのが普通だろう。
いずれにしても、取材した関係者のすべてが、部屋の存在や使用実態が知られることを恐れているとしか思えない対応だ。
苦境の九電、助ける経済記者
関係者の態度を硬化させる背景には、原発をめぐって九電の置かれた微妙な状況が存在する。
福島第一原子力発電所の事故によって、原発の「安全神話」が崩壊。九電が事業者である玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)と川内原子力発電所(鹿児島県薩摩川内市)の運転継続に疑問符がつく事態に陥っている。
玄海原発で定期点検のため休止中の2号機、3号機の運転再開に関しては、公表された「安全性は大丈夫」だとする九電側の言い分に根拠が乏しく、地元佐賀県をはじめ一般社会からも信用されてはいない。川内原発3号機の増設問題も進展が見込めていない。
こうしたなか、玄海原発の運展再開をめぐって地元紙が、「原発は安全」とする九電独自の耐震性試算や、運転再開がなければ電力不足で深刻な影響が出るとする報道を連発。
一連の記事は、まるで九電広報とみまがう内容で、九電と経済記者の関係に疑問を呈する声も上がっていた。
HUNTERは今月2日、「西日本新聞への警鐘~九電広報となるなかれ~」と題する論評記事を掲載している。
取材のルール
記者が取材対象と飲食をともにする場合、一方的な酒食の提供は断るのがルール。取材対象からの便宜供与を極力避けるのは常識で、取材を受ける側もそうしたことに配慮する。
加えて、九電が地域独占の公益企業である以上、会社側も記者側も一定の節度を守る必要があったはずだ。
しかし、今回明らかになった九電側による担当記者への対応は、一線を越えているうえ、報道への信頼を失わせる可能性さえはらんでいる。
もちろん、読者の知る権利とは無縁の行いである。
メディア懐柔
こうしたケースでは、たいてい提供された酒食に見合う"お返し"をした、とする主張が出てくるのだが、これは詭弁に過ぎない。
自宅とは違う別の1室に案内された瞬間に、部屋の所有者や借主について確認するべきだったし、なにより酒や肴を提供する相手が、自身(自社)にとって都合の悪い話などするわけがない。取材対象との向き合い方としては、不適切だったと言うしかない。
百歩譲って"ネタ落ち"を避けたい、何か聞き出したいという心理をつかれ、拒否できなかった記者たちの立場も斟酌できなくもない。だが、そこで踏みとどまるかどうかで記者としての真価が問われるのではないだろうか。
一方、記者側の弱みをついた九電側の便宜供与は、狡猾なメディア懐柔策の一環だったとしか思えない。
報道に与えた影響は?
問題は、こうした関係が報道内容に影響を与え、間違った方向へ世論を導くことがなかったかという点だ。
取材対象との距離、接待の有無を含めて、新聞各紙による検証が必要となることは言うまでもない。
九電擁護ともとれる記事を書いてきた地元紙記者が、問題の部屋を知らなかったはずはないが・・・。
ハンターより