明日1月28日発売の週刊金曜日に拙稿を載せていただいた。
(『週刊金曜日』832号17ページ:
海と生き 原発を拒む祝島「上関原発なんていらない!」)
昨秋、友に誘われ祝島に初上陸したときには
祝島のことをわたしが書くことになるとは夢にも思わなかった。
28年ものあいだ原発計画にゆれた珠洲に育てていただいたわたしが、
珠洲原発の問題で熾烈をきわめた1993年市長選挙のとき
はるばる瀬戸内海の祝島から応援にかけつけてくれた人たちと、
計画浮上から28年の祝島で出会った、その縁を感じていた。
ところが、しばらくすると上関原発計画は劇症的に展開しはじめる。
ちょうど祝島でお世話になった方々へこちらから礼状を書いたころ。
やりとりも重なり、なんだか、島に呼ばれているような気がした。
そういった経緯をへて
いまのわたしが渾身のちからを注いだ(と敢えていいたい)3ページ。
お手にとってくださるとありがたい。
さらに願うなら
今度はあなたからも、お伝えくださると嬉しい。
(『週刊金曜日』832号17ページ:
海と生き 原発を拒む祝島「上関原発なんていらない!」)
昨秋、友に誘われ祝島に初上陸したときには
祝島のことをわたしが書くことになるとは夢にも思わなかった。
28年ものあいだ原発計画にゆれた珠洲に育てていただいたわたしが、
珠洲原発の問題で熾烈をきわめた1993年市長選挙のとき
はるばる瀬戸内海の祝島から応援にかけつけてくれた人たちと、
計画浮上から28年の祝島で出会った、その縁を感じていた。
ところが、しばらくすると上関原発計画は劇症的に展開しはじめる。
ちょうど祝島でお世話になった方々へこちらから礼状を書いたころ。
やりとりも重なり、なんだか、島に呼ばれているような気がした。
そういった経緯をへて
いまのわたしが渾身のちからを注いだ(と敢えていいたい)3ページ。
お手にとってくださるとありがたい。
さらに願うなら
今度はあなたからも、お伝えくださると嬉しい。