夢と希望のバックパッカー(キャスター付き)青年旅行日记

Love youth and backpacker
海外1,000日旅行記

 

5月31日船でレンバタ島レウォレバからフローレス島ララントゥカへ夜行船に乗りティモール島クパンへ

2013年05月31日 | 日記

早朝 チェックアウトをし 朝8時に船に乗りレンバタ島レウォレバから となりの島フローレスのララントゥカへ











ララントゥカ到着後 インドネシアのスマトラ出身の英語の上手な友人バユさんと別の船乗り場までバユさんの友人が送っててくれました。

午後3時頃 船に乗り込む すでにものすごい人が乗船してました。
ほとんど夜 寝れる場所などなかったのですが 僕らは運良くバユさんの友人がベット付きの部屋をキープしてくれてました。
物が散乱していたので おそらく 船員が使用していた部屋でしょう 運賃はたったの1000円でした。ちなみにこの船はガイドブックには載ってませんでした。





夜は船の屋上に登り星を観察 非常に綺麗でした。



5月30日レンバタ島レウォレバ荒れた山道をバイクで登り途中で引き返すインスタント麺たらふく食べる

2013年05月30日 | 日記
朝8時頃  朝食を探しに付近を散歩 レンバタ島で よく見かける教会
I Looking for breakfast go to outside at 8am






結局 朝食は見つからず インスタントラーメンを買ってホテルに戻る ホテルの人にラーメンを作ってもらいました。(一回目)
I eat Instant Noodles in Hotel(First time)


朝9時頃 近所のレストランで借りたバイクでどこかへ行くことになりました。
Go to somewhere to borrow the Motorbike with new friends in Indonesian












ひどく荒れた山道をバイクで登る
THe motorcycle go up the a mountain road rough




結局 道が悪すぎたため 途中で力尽き降参 何も見ずに引き返すことになった
After all We exhaustion on the way We Give up We turn back on the way




海辺でインスタントラーメンを作る 小さい鍋にインスタントラーメンがいっぱい入るように麺を割って鍋に入れる
put a lot of noodles in a small pot We Cooking instant noodles at the beach


インスタントラーメンを腹いっぱい食べた(二回目)
We eat lots of instant noodles(Second time)



湖のように静かな海辺に白色の海水
Seawater is white Berry quiet seaside as lake











5月29日①レンバタ島ラマレラでクジラ漁の もり打ち名人フェニクスさんに合う 漁の様子

2013年05月29日 | 日記
数年前 日本のテレビでやってた番組です。この資料は19年前に撮影されたそうです。

  

この人が番組の主人公でラマレラでは偉大なハンターチャンピオン この土地の言葉ではラマファと言う。長いラマレラの鯨漁の歴史の中でチャンピオンの称号ラマファが誕生したのはたったの18人だけだそうです。










この人がフェニックスさん妻 リマさん当時53歳 番組を見た印象では結構きつい性格です。


ラマレラの鯨漁は 小さな小舟に乗り 船の上から紐のついた長い棒のもりを海にいる数十メートルの巨大な鯨の心臓を狙って 飛び込む しかも 鯨の心臓は硬いろっ骨で覆われているため 鯨の心臓に命中するには 高い技術を必要とする。

しかも






13年前の漁の様子 見事に鯨に命中 と思ったら


小船は鯨に引張られ 遠くまで やがて 海の中に引きずり込まれ 小船は転覆し 何十人もなくなってしまったそうです。


物々交換の市場 土曜日のみ営業 山の村の人と海の村の人が出会う場所 鯨ひと切れでかなり多くの果物や野菜と交換できる










その後 番組では ある日 漁に出ていたフェニックスさんに鯨を捕まえる大きなチャンスがやって来る しかしフェニックスさんは鯨を目の前にしてもりを打つのを ためらってしまう 鯨は深海に逃げ 大きなチャンスを逃してしまった。

フェニックスさんは言う




鯨が取れない日々が続くと次第に機嫌が悪くなるフェニックスさんの妻 ある日フェニックスさんが妻に 耳かきを取ってくれないかと言う すると妻は機嫌悪そうに 自分で取りなさい 私は出かけるから 水汲みしといて下さいね と機嫌悪そうに言う

フェニックスさんも すっかり落ち込んだ様子

ある日 夫を元気つけようとリマさんは貴重な鯨の肉をお米に変えてくる








ある日 突然!


緊急時には誰がどの小船に乗ってもいいことになっている しかし 6人以上集まらないと 小船は出航できない。








鯨の大群が海に


フェニックスさんとは 別の小船が鯨に近づきすぎたため あぶない!
 

次の瞬間 鯨の尾びれで 小舟を一撃


小舟はバラバラに


そして フェニックスさんの出番がやってきた。










フェニックスさんのもりは見事に鯨に命中

その後 2時間も鯨との格闘が続く

陸へ戻る フェニックスさん 


フェニックスさんも村の人々も大喜び




鯨は残すところがなくすべて使われる 分配も細かく分かれている 赤いところが一番もりを打ったフェニックスさんの分 鯨の肉で一番美味しいところだそうです。








干し肉として 保存される






そして こちらが現在のフェニックスさん 77歳?


偉大なハンター フェニックスさんと記念撮影


フェニックスさんとフェニックスさんの息子と僕の3人で記念撮影


フェニックスさんの家の庭です フェニックスさんの妻のリマさん


庭には たくさんの鯨の肉が干されていました。




玄関のところには大きな鯨の骨がかざられていた。






番組でフェニックスさんが乗っていた小船クルクス号

5月29日②レンバタ島ラマレラ フェニクスさんの息子から頂いた鯨の解体の写真

2013年05月29日 | 日記

ウルトラハンター ラマファ(キングの称号)のフェニクスさんの息子に日本のテレビでやっていたフェニックスさんの番組のビデオをコピーしてあげたら 代わりに迫力ある鯨の解体の写真をもらいました。








巨大な鯨 後ろの尾っぽだけでこの大きさ この尾っぽで小舟をたたき壊されることがあるので鯨漁は非常に危険




鯨は 上あごには歯がついてなく穴だけ凹の形をしていて 下あごに歯がついている凸の形をしている













































5月29日③レンバタ島ラマレラ この日の漁は不調 5席の船が海に出て収穫はイルカ2匹だけ

2013年05月29日 | 日記

この日の漁は不調 5席の船が海に出て収穫はイルカ2匹だけ 1500円出して船に乗った観光客もがっかりして戻ってきました。でも あとから聞いた話で ロンボク島のスンギギで知り合った日本人の話では 翌日は大漁だったらしいです。

午後 海辺の船小屋 近くを散歩していると漁を終えた小船が数席 陸へ戻ってきました。




















これだけ大勢の人が海に出て収穫は たった2匹だけのイルカ


それでも子供たちは嬉しそう










カチカチに固まったイルカの遺体










手伝ってくれた子供たちに少し後ろのヒレの肉をおすそわけ


イルカの解体 腹を切り拓くとどっと綿のような腸が出てきた






















出来ればラマレラで もう一泊して 翌日の朝バスに乗ってレウォレバに戻りたかったのですが バスは一日2本しかなくしかも 午前中の便はなく夜中出発と午後の4時しかなかったので この日レウォレバに戻ることにしました。夕方4時頃 スンギギで知り合った日本人のヒロさんを乗せたバスがラマレラに到着 入れ替わるよううにして僕はそのバスに乗りレウォレバに戻りました。バスはガタガタ道を4時間 レウォレバには夜8時頃到着 安宿はインドネシア人観光客と一緒だったのですぐに見つかりました。

5月28日ララントゥカから船とバスに乗りレンバタへ移動時間8時間半秘境ラマレラ村で大量の鯨の骨を発見

2013年05月28日 | 日記
ララントゥカのホテルで出た朝食 豪華な朝食と思ったら 魚の唐揚げはは一人 一匹だけ 野菜も小分け 量は少ないけど宿泊客は無料



朝8時ララントゥカの港から となりの島のレウォレバ島へ インドネシア人も肌が真っ黒な 黒人のような人種の人が増えてきました。








多分 こちらの人はウニを食べないのでしょう ララントゥカの海岸にはウニがいっぱい


周りに島が多く 海流が少ないせいか 湖のように静かな水面






昼 12時頃 となり島のレンバタ島のレウォレバ港に到着 そこから車で近くのバスターミナルへ




かなりひどいガタガタ道を小さいバスがひっくり返らないようにと乗客みんなでバスの壁を押さえながら バスは遅い速さで狭い山道走る






私生活に かなり木の枝が必要なのか 島の人々はうまくバランスをとりながら曲芸師のように枝の束を頭に乗せて運んでいた。






バスが出発してから約4時間半 レンバタ島の秘境村ラマレラに到着






ラマレラ村の道沿いには大量の鯨の骨が並べられていた。このあとこれらの鯨の骨は加工されて 観光地に運ばれていくそうです














建築素材にも鯨の骨が使われていた。


エイの肉の干物








海水のプールで塩作り  




一週間後 乾いた海水を鉄鍋でじっくり炊き込む


ときどき アクを取りながら さらに煮込んでいく


朝から煮込んで夕方やっとこの状態になる




乾季の雨の少ない季節に この作業は行われる 手作りの塩は海の獲物に変わる物々交換の大切な品となる




イヤリングのような耳に紐をつけられた豚










レンバタ島もキリスト教徒が多い島 お祈りには皆 熱心




どうか 鯨が捕れますようにと キリストの前に置かれたのは鯨の骨


今回泊まった宿 食事込みで一拍600円 電気や水道が使えないと聞いていたのですが 夜間のみ電気が使えるようになってました。携帯電話は電波がなく使えませんでした。




久しぶりに飲んだ ビール以外のお酒 やし酒のトゥアック 味はかなり酸っぱい アルコール度数は低い

5月27日クリムトゥ山の三色のカルデラ湖 モニからバスで島の一番東のララントゥカへ移動時間7時間

2013年05月27日 | 日記

前日に予約しておいたバイクの運転手が30分遅れて到着 早朝5時半にモニから三色のカルデラ湖があるクリムトゥ山へ出発


約20分後 クリムトゥ山へ到着 急いで朝日を見に行くが この日も あいにく雲が多く 日の出は見えませんでした。これでジャワ島のボロブドゥールとバリ島のタナロットの夕日とで雲が多くて太陽が見えないのはインドネシアに来て今回が3回目 残念






日本でも蔵王や中国の長白山 そして バンドンで見たタンクバン.プラフ山火山口と数多くのカルデラ湖を見てきたけど同じ場所に双子のように二つのカルデラ湖が並んでいるのは初めて見ました。








それぞれ違った色の二つのカルデラ湖 とても綺麗でした。







 








これが 展望台




展望台の後ろにあった もうひとつのカルデラ湖




航空写真から見た3色のカルデラ湖


クリムトゥ山の三色のカルデラ湖観光を追え 駐車場へ戻ると待っていてくれるはずのバイクの運転手に逃げられてしまいました。前日予約したときに宿の人に往復分の運賃を600円を払っていたので 片道分の300円 損してしまいました。

別のバイクの運転手を捕まえモニの町へ戻り 朝9時に 今回は 予定時刻どおりにララントゥカ行きのバスが到着













出発から約7時間後 バスはフローレス島 一番東の港町ララントゥカに到着

ララントゥカの町を2時間かけて700から800円くらいの安宿を探したけど見つかりませんでした。結局 あきらめて泊まったホテルは一泊1000円  ホテルは値段の割にはあまりよくなかった。


遅い 夕食 鶏肉入りのの塩味スープのそば ミエアヤム

5月26日フローレス島バジャワからモニへ 移動時間7時間 泊まっている所から歩いてすぐ近くの滝と温泉

2013年05月26日 | 日記
バスは早朝6時に出発と聞いていたので朝5時に起床 でも また1時間遅れて 7時に出発






ヤギをバスの上にくくりつけているところです。


午後2時か3時頃 山中の小さな村モニに到着 市場で見かけた変わった野菜 後でインドネシア人になんの野菜か聞いたところ この野菜はあまり美味しくないそうです。


宿から歩いて20から30分位のところにある高さ20メートルくらいの滝 見学は無料でした。












滝から歩いて40分くらいのところにある小さな温泉 ここも無料でした。湯は少しぬるめ








温泉から見えたライステラス




 

帰り道に見かけた牛 




キリスト教住宅の安宿 一泊500円 宿の女性主人は英語が上手です。 5年前と2年前に主人と父親を亡くして少し落ち込んでる様子でした。


夕食にインドネシアン焼き飯のナシゴレンをつけってくれました。一杯100円


牧の火を使用した調理法 


おいしかったです


屋根は壊れたまま 

5月25日①フローレス島バジャワ 朝 建設中のモスクに登る

2013年05月25日 | 日記
朝 路上で朝食を探していたら 豆入り暖かスイーツを発見 美味しかった 日本人も真似したほうがいいと思う料理








教会


教会とモスクが隣り合わせ 


この建設中のモスクに登らさせてもらいました。


モスク内部








軽くて丈夫な細い竹だけで作られた足場














モスクの塔に登ります。


足場はギシギシ 結構恐怖 サーカスの演技に参加した気分でした。


気分が悪くなったのではありません ただタバコを吸ってるだけです。




どうだ 最高の気分だろ といった顔


この人はスマトラ出身
















15メートル位ある塔の上からの眺めは最高




塔の上からガイドブックに載ってなかった ここバジャワのスルタン(王様)の家があると聞いたのですが実際言ってみたけど見つかりませんでした。キリスト教徒の古い民家



5月25日②フローレス島バジャワ ベナ村  山の中腹に伝統家屋に囲まれた広場

2013年05月25日 | 日記
早朝 モスクに登った後 バイクに乗って伝統家屋のあるベナ村へ

バイクに乗って15分くらいで山の中腹に数多くの伝統家屋がありました。






































アーモンドを天日に干してました。


ひとつつまみ食いをしたら まだ出来上がってなかったせいが かぬとなかは紫色 苦くてまずかった。






インドネシアはどこの観光地に行ってもサロンを打ってました。








牛の頭の骨


















キリスト教徒のお墓






伝統家屋の丘を登った一番高いところにあった キリストの置物です。




兄弟のような よく見ると似ているこの二人 実は片方がカナダ人で もう片方がインドネシア人のバイク運転手








午後からは温泉へ

5月25日③フローレス島バジャワの市場 ソア村の渓流温泉 夜はスコールと停電

2013年05月25日 | 日記
午後はバジャワに戻り 市場で少し買い物をし小型バスに乗りソア村の渓流温泉へ行きました。

イカン(魚)バスターミナルの様子







モスクと教会の近くの果物や野菜や雑貨を売っている市場







市場で食べたチキンスープおじや ソト

こちらは苦い天然のチューイングガム



緑の葉っぱと実を生のままそのまま噛む インドネシア語でシリと言います。 



フィリピンのバタックで噛んだ 葉っぱと同じ味 苦くて噛むとすぐ唾液がいっぱい出て 口の中が真っ赤になります。結構まずいです。でも 健康にいいとか?

バジャワから 小型バスに乗って40分くらいのところにある ソア村の渓流温泉この日はあいにく土曜日で ものすごい人が来てました。









湯は少しぬるめ











帰りのバスの小型バスの中で



ここフローレスの人々は フィリピンの南の島の人ように 皆 陽気で明るい人たちが多かったです。







夕方からスコール

そして夜は停電 教会のようなホテルで夜ロウソクを使うと子供のときのクリスマス会を思い出しました。

5月24日フローレス島 早朝バスでラブハンバジョーからバジャワへ 移動時間12時間半

2013年05月24日 | 日記
早朝バスでラブハンバジョーからバジャワへ バスで12時間半かかりました。ここフローレスはキリスト教徒が多い島 教会が多く英語がはねせる人もほかのインドネシアの島より多いです。











バスはみかん売り場で停車

バスが停まってる時間は時間はわずか3分ほど 数分のあいだに出来るだけのみかんを売らなければならないので売り子たちは必死

バスの中で撮影 かわいい赤ちゃんとお母さん

夜ばジャワに到着 かなり冷え込み寒かったです。早速カバンから長袖のトレーナーを出し着ました。
安ホテルはすんなり見つかりました。中は清潔で教会のようなホテルでした。







一拍600円 狭い部屋の割に少し高め

昼食

夕食 (肉団子スープ)バクソとご飯

ホテルで飼ってたたくさんのひよこ

5月23日①フローレス島ラブハンバジョーへ船を操縦 移動時間合計10時間 夜は20匹以上のゴキブリ

2013年05月23日 | 日記
昨晩 スンバワ島ビマの路上で翌日の朝食用に購入したどら焼きのようなホットケーキ

早朝 バスの中から撮影 5時出発と聞いていたので朝4時に起き4時半過ぎにバスに乗ったのに出発は一時間遅れて6時に出発













ビマからサベの港に到着 ここから船に乗り6時間かけてフローレス ラブハンバジョーへ

外国人だけ特別に甲板の上の乗せてもらいました。

操縦席

船の上で働く人たちは皆 日本が大好きで 僕が日本人だから 特別に少しだけ船を運転させてもらいました。実はハンドルを少し触っただけ
でも 気分はもう船長



こちらが実際の船長 この船のキャプテン

操縦席のすぐ隣にあった大金が入ってるらしい金庫

荷物がいっぱいにならないと出発できないため また出発が遅れました。黒い軽トラックがひっかかって扉が締まりにくそう

荷物がいっぱいになりやっと出航









綺麗な海と綺麗な虹





船の上で一緒だったスイス人と記念撮影

船から降りるとロンボク島のスンギギの宿で一緒だった日本人のヒロさんが迎えに来てくれました。ヒロさんはコモドドラゴンを見に行くんだと意気込んでいたけど 残念ながらコモドドラゴンは睡眠中だったそうです。ヒロさんと一緒に記念撮影

ヒロさんと一緒に食べた夕食ラヲォン(牛の煮込みスープ)結構美味しかった

お土産物屋さんに置いてあった コモドドラゴンの作り物

バリ島マスの木彫り店で見かけたコモドドラゴンの彫刻です。

夜 明日の朝 乗るバスの確認のためバスターミナルへ このバスが明日 乗る予定のバスです。

ここは たぶん ラブハンバジョーで唯一の安宿 マタハリです。

一拍500円の狭い部屋です。

夕方チェックインした時にはいなかったゴキブリが 夜 部屋に戻ると 次から次へとゴキブリが出現 合計で20匹くらいいました。
安宿はいっぱい泊まってきたけど こんな部屋は初めてです。気持ち悪くて 怖いひと夜をこの狭い部屋で過ごしました。




5月23日②世界遺産コモド島人気テレビ番組イッテQから水牛やヤギを丸呑みする巨大トカゲコモドドラゴン

2013年05月23日 | 日記
コモドドラゴン観光はボートをチャターしないといけないらしくて元気に動いてるコモドドラゴンの姿を見たいならリンチャー島かコモド島で一泊して早朝コモドドラゴンの観察をしたほうがいいみたいです。参加費用は日帰りの場合 3人参加で一人あたり3000円くらい 2人の場合一人5000円くらい 宿泊すれば さらに2から3000円以上かかるそうです。参加費用が高かったのでコモド島へは行くのをやめました。

ここがコモド島 インターネットの情報ではコモドドラゴンはとなりの島のリンチャー島の方が多いそうです。

危険なコモドドラゴンが部屋に上がってこれないように住居は高床式

子供はコモドドラゴンに襲われやすい

そして さっそく

獲物を丸呑みする 骨はそのままの形で糞として排出される



子供の頃のコモドドラゴンは木の上で別の小さなトカゲを食べてながら生活している なぜなら 子供のコモドドラゴンが木から降りると大人のコモドドラゴンに食べられてしまうから そして大人になったコモドドラゴンは水牛やヤギ一頭そのまま丸呑みしてしまう ヤギを丸呑みしたばかりのコモドドラゴン

























つまり まず最初にコモドドラゴンが獲物に軽くひと噛み そこではまだ獲物を食べない。ひと噛みされた獲物は次第に毒がまわり体が弱っていくやがて力つき死に絶える そこでもまだまだ コモドドラゴンは獲物を食べようとしない。死に絶えた獲物に鳥などがその肉を求めてやってくる。やがて鳥たちにもコモドドラゴンの毒がまわり感染死する。そこでやっと コモドドラゴンは最初にひと噛みした獲物とその獲物の肉を食べ感染死した鳥たちをまるごとご馳走になる。ほとんど 努力をせずにたくさんの獲物に有り透けるなまけもののコモドドラゴン

インドネシア人レンジャーは言う(実は大嘘)

そして イモトアヤコとコモドドラゴンのかけっこ競争



イモトの楽勝 

コモドドラゴンの足はめちゃくちゃ遅かった


 

5月22日スンバワ島ビマ市内観光

2013年05月22日 | 日記
スンバワ島ビマはのどかなところで放し飼いのヤギや馬が多かったです。 特に目立った観光地などはなく ただ世界遺産コモドドラゴンのコモド島へ行く中継地として立ち寄りました。

















かつて ビマのスルタン(王様)が住んでいた。博物館 残念ながら閉まってました。









小麦粉をこねて一生懸命バナナパンを作る人々





そして バナナパンと焼きそばご飯 と温かいお茶

路上では刃物を売る人々

バスターミナルのすぐ隣の安ホテル

ビマバスターミナル



普通の乗用車にバスの車体を乗せたような車 不安定で重たそう



フローレス島へ行く船が出る港まで行くバスは一日一本のみだそうです。夜 やっとバスターミナルに明日の朝5時に出発するバスが到着 

翌日 バスと船に乗ってとなりの島フローレス島のラブハンバジョーまで行きます。