鬱蒼と茂る暗緑の木々、幽かな鈴の音色。
白鈴山麓のK市にその少女は住んでいた。
幸か不幸か、その少女を見付けたのは傷を負いし歪神。
深紅(こきくれない)の曼珠沙華。
黒い髪に黒い瞳、日光を浴びない白い肌。
外に出た少女は静かに唄を歌った……。
出逢いこそ万物の基本。出逢う以上別れもまた然り。
少年と少女の物語は、人知れず幕を開けた……
「如月、離してはいけないよ」
漆黒の髪を 風になびかせて
祈る孤独な少女(スゥル フィーユ) 明日のために…
小さな唇が 奏でるレクイエム
歌え孤独な少女(スゥル フィーユ) 空に響け……
時を喰う青亭(ブリュメゾン)
灼けた鎖の歌曲(アリア)
狂い咲いた曼珠沙華(リコリス)
還れない楽園(エリュシオン)
面影が消えれば 届かない歌がある
何もかも忘れて 終わらない虚空(そら)を抱く
「――歌え曼珠沙華(紅き華)」
…美しい祈りの協和音(ハーモニー)
「――踊れ青亭(青き羽)」
…契約の証を紡ぐ
儚い夢と知りながら、少女は外界に救いを求め、
見たこともない夏祭りの花火に焦がれた。
その願いを叶えし歪神、巨大な紅い曼珠沙華。
少女の奏でる歌は何度も繰り返され、
ただ、時間が過ぎ行くのみ……。
少女に興味を持つのは、一人の少年
深夜に訪れし彼、幽かに透ける男の名は……。
「智一、忘れてはいけないよ。青い蜻蛉は最強の歪神、青亭。力の代償として、記憶か命を奪っていく。……契約してはいけないよ。」
誰も居なくなって 唇を閉ざした
吹き抜ける風 寂しさ孤独と知った
檻から抜け出して 唇を開いた
音知る場所で 彼女は歌った
それは手と手が触れ合った 瞬間の魔法
彼女の願いを 彼に伝えようと
目と目見つめ合った 瞬間の魔法
契約の証 青亭(トンボ)は過去を攫った……
一つを得れば 声を忘れて
二つを得れば 姿を忘れる
その証は彼の記憶を 虚無に帰すまで消えはしない
「智一、忘れてはいけないよ」
悲しみを隠す孤独な少女(スゥル フィーユ)浮かぶのは儚い笑顔
別れを悟る孤独な少女(スゥル フィーユ)見守るのは花火だけ……
彼は手を繋ぎ、闇に咲き誇る夜空の華を眺め
少女の最期の願い それだけを胸に秘めた……
近付いてくる別れの時。
やがて少女は少年の目の前から消えてしまうだろう。
そして少年は少女のために、とある契約を望んだ。
嗚呼……もうすぐ彼は、彼は全てを忘れてしまう……
*案詞:遼、綺月桜
*元歌:『エルの絵本~魔女とラフレンツェ~』(Sound Horizon「Elysion ~楽園幻想物語組曲~」より)