21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

27.カポーティ

2006-10-01 | 映画
 カポーティとは,アメリカの小説家トルーマン=カポーティのことです。映画「カポーティ」は,傑作とされる小説「冷血」を書いたときのカポーティの内面の葛藤を描いています。「冷血」は,実際に1959年にカンザス州ホルカムで起こった殺人事件を扱った小説です。カポーティは,この事件を現地に出向いて取材し,2人の犯人にも何度も会っています。カポーティ自身も,この事件の登場人物の一人なのです。しかし,かれは自分をこの小説に登場させていません。そこで,映画「カポーティ」は,小説では隠されているカポーティを描いています。カポーティは,取材を進めていくうちに,2人の犯人のうちの一人ペリー=スミスに自らを重ねていきました。小さな時から母親の愛情に飢えて育ったこことなど,その生い立ちに共通点が多かったからです。かれのことが好きかどうかたずねられて,答えられないといい,一緒に育ったが,かれは裏口から出て行き,自分は表玄関から出たようなものだといいます。そのため,死刑執行が近づいてくると,カポーティは自己の内面の分裂に苦しみます。死刑が行われないと,自分の傑作は完成しません。ところが,ペリーの死を考えると耐え難いのです。だから,現実から逃げようとしますが,逃げることもできません。そして,2人の死刑は執行され,出版された「冷血」はベストセラーになりました。カポーティは,ニューヨークで大規模な仮面舞踏会を開いたり,テレビのトーク番組に出演したり,俳優として映画にまで出ました。しかし,一方では酒と薬に溺れ,その後かれ自身が予告した大作「叶えられた祈り」は未完に終わり,1984年8月25日,わたしの30歳最後の日に,60歳直前で心臓麻痺によりこの世を去りました。
 わたしは「冷血」よりも,この未完に終わった「叶えられた祈り」にひかれます。それは,20世紀に生まれた底の浅いアメリカの上流階級のなかにはいりこんで,そのなかから描いた小説です。カポーティの生前,雑誌にその一部「モハーベ砂漠」「まだ汚れていない怪獣」「ケイト・マクロード」「ラ・コート・バスク」が発表されました。ただし,「モハーベ砂漠」は,短編集「カメレオンのための音楽」に収録されることになり,はずされました。「まだ汚れていない怪獣」をどこかの少女が書いた素朴な文章からはじめるあたり,可能性を感じます。しかし,とくに「ラ・コート・バスク」で上流階級の人々を実名で登場させたことから,かれらの怒りを買い,続きはついに発表されませんでした。それにしても,アカデミー賞主演男優賞を受賞したフィリップ=シーモア=ホフマンは,その風貌,独特の声など,カポーティになりきっています。それは,ペリーに自らを重ねて苦しんだカポーティのように,カポーティになりきってしまったホフマンのこれからがちょっと心配になるくらいです。
 私の心配は当たってしまいました。その後も,重要な作品に次々と出演していたホフマンは,2014年に薬物の過剰摂取で亡くなりました。まだ,46歳の若さでした。
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2 コメント

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今はカウンセリングの勉強をしており、相手を全て... (あっこ。)
2006-10-06 13:48:35
今はカウンセリングの勉強をしており、相手を全て受け入れつつも自分を保つ難しさをひしひしと感じてます。

俳優ってすごいですよね、他の人になりきるんですもん。
特に実在した人の場合。
時々自分の感情でさえコントロールできないのに、他の人の考え方や感情を真似るのではなく「なる」…気が狂いそうです。
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トルーマン・カポーティと言えば、The Smithsの「... (kiku)
2007-05-25 00:43:22
トルーマン・カポーティと言えば、The Smithsの「心に茨を持つ少年(The Boy With The Thorn In His Side)」のジャケット写真を思い浮かべます。
アンリ・カルティエ=ブレッソンの映画にもカポーティの若い頃のポートレートが出てきましたが、そのポートレートはちょっとディカプリオに似ていました。他のポートレートだと似てないのですが。
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