21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

35.硫黄島2部作

2006-12-17 | 映画
 私のような年代の者にとって,クリント=イーストウッドといえば「マディソン郡の橋」でも「ダーティハリー」でもなく,マカロニ=ウエスタンの「荒野の用心棒」や「夕日のガンマン」でした。制作費の安いイタリアで製作されたため,「マカロニ=ウエスタン」といわれたことなど,もう知らない人が多くなったのかもしれません。そのイーストウッドが監督した,第二次世界大戦末期の硫黄島の戦いをめぐる2本の映画「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」があいついで公開されました。「父親たち…」の方はアメリカ側から見た硫黄島で,「…手紙」の方は日本から見た硫黄島ですが,それぞれはまったく独立したエピソードです。  「父親…」は,硫黄島の摺鉢山の頂上に星条旗を掲げた3人の若者の苦悩を描いています。実は彼らが掲げたのは,最初の星条旗ではなく,高官が最初の旗を記念に欲しがったため,代わりに立てたにすぎないのです。しかし,その時の写真が発表されると,一躍ヒーローとなって本国に呼び返され,政府の戦時国債キャンペーンに利用されます。かれらは急に手に入れた名声にとまどい,死んでいった友人たちに対する後ろめたさなどに苦しみます。  「…手紙」は,出演者がほとんどすべて日本人で,言葉も日本語です。硫黄島で米軍を手こずらせて,少しでも本土への攻撃を遅らせるための,栗林中将を司令官とする日本軍の絶望的な戦いを描いています。ロサンゼルス=オリンピックの馬術競技で金メダルを取ったことのある西中佐が,捕虜となった米兵の遺体から母親の手紙を見つけます。翻訳して読み上げると,その内容は自分たちの母親からきた手紙と何ら変わるものではありませんでした。ここに両者の間にわずかですが接点が生まれます。鬼畜米英と教わってきたけれど,米兵もおれたちと同じ人間なんだ。タイトルは,硫黄島で日本の兵士たちが書いた手紙にちなみますが,この米兵の母親の手紙こそ,2つの映画を結びつけるキーだと思います。ただ,どうしても戦争映画は戦闘シーンをリアルに描き,その部分だけを取り出せば「見せ物」になってしまいます。脚本段階ではともかく,コッポラが監督した時点ではヴェトナム戦争を賛美したはずはない「地獄の黙示録」も,ジェットヘリでワーグナーを大音響でかけながら出撃するシーンに,多くの人が気分の高揚するのを感じたでしょう。「ジャーヘッド」では,湾岸戦争のキャンプでこのシーンを見て,海兵隊員たちが歓声を上げるシーンが出てきます。また,自分たちの時代と近い戦争の場合,戦争の悲惨さを描いても,先人たちはこんなつらい戦いでも勇敢に戦った,だからわれわれも,というヒロイズムも生み出しやすいのです。戦争映画は難しい。そう思います。
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34.王の男

2006-12-15 | 映画
 「王の男」は韓国で大ヒットし,韓国国内の映画賞を多く受賞した作品です。舞台は16世紀初頭の朝鮮王朝で,燕山君(ヨンサングン)の時代です。燕山君は,暴君として韓国では誰もが知っている人物だそうです。古代ローマ史におけるネロのような存在なのでしょう。かれは映画のラストにあるようにクーデタで失脚し,江華島に流されて死にました。そのため,普通は王におくられる廟号や諡号をもたず,たんに燕山君と呼ばれるのです。物語は大道芸人が王を風刺した出し物をやって捕らえられ,それを王の前で演じて王が笑わなかったら処刑されることになりました。緊張する芸人たちは何をやってもすべるばかり。ところが,笑ったことのないはずの王が大笑い。芸人たちは宮廷内に住むことを命じられ,宮廷内の抗争に巻き込まれていきます。最近,このような朝鮮史の映画が公開されるようになって,王朝時代の朝鮮の姿をかいま見ることができるようになりました。この映画でも,とくに宮廷における官僚たちのファッションには興味深いものがあります。朝鮮王朝時代は,前王朝の高麗時代に成立した官僚貴族両班(ヤンパン)が幅をきかせていた時代です。身分によって服装の規定があったはずで,中国の影響を受けながらも,着物,帽子やその顎ひもは独特です。芸人の一人が王に対する抗議文をハングルで書いたとして,告発されるシーンがでてきます。ハングルは15世紀中頃,燕山君の6代前の王である世宗が「訓民正音」として発布しました。しかし,官僚たちは公文書では漢文を相変わらず使っており,ハングルは卑しい文字の意味で「諺文(オンモン)」と呼ばれ,おもに庶民の文字として使われました。その後,20世紀になって「偉大な文字」を意味する「ハングル」と呼ばれるようになったのです。ハングルは新しい人工的な文字体系であるがゆえに合理的で,しかもこのハングルを使う朝鮮語は日本語と非常に近い関係にあります。わたしの本「忘れてしまった過去100年の歴史」は韓国版が出ましたが,残念ながらわたしは朝鮮語ができないので,自分ではまったく読めません。芸人たちに官僚の一人がシナリオを渡して,宮中で劇を演じさせます。それは王の母殺害の真相を明かす内容で,これで真相を知った王は,父王をして母に毒を飲ませるようにしむけた父の妃たちを殺し,祖母の太皇太后はショックのためその場で息を引き取ります。これは実際にあった事件を元にしたものですが,演じられた劇があきらかに京劇のスタイルになっています。京劇は中国の清朝時代に成立したもので,16世紀当時にはまだなかったはずなので,これはフィクションです。出演者の一人は,京劇の俳優が主人公となる映画「覇王別姫」を見たとインタヴューで言っていました。また,「宮廷女官チャングムの誓い」は,この燕山君の母殺害事件に関与したとされて殺された武官の娘が成長する物語です。この映画の時代よりさらに後の朝鮮王朝末期を舞台にしたのが,有名なヨン様,ペ=ヨンジュンの「スキャンダル」です。原作は18世紀のフランス小説「危険な関係」ですから完全にフィクションですが,やはりそのファッションはすばらしい。ヨン様といえば,「冬のソナタ」であれほど人気が出たのだから,当然映画もその路線で行くかと思っていたら,これが全然違う。ちょっと見直しました。

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33.敬愛なるベートーヴェン

2006-12-13 | 映画
 「敬愛なるベートーヴェン」の原題は「Copying Beethoven」で,ベートーヴェンとその写譜師(コピスト)で弟子の女性アンナとの物語です。写譜師とは,作曲家が書いた譜面を,出版のために清書する職業です。中学校や高校の音楽教室に,音楽家たちの肖像画が飾られていたことを覚えている人も多いでしょう。バッハは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていました。ハイドンは人の良さそうなおじさんでした。モーツァルトはいかにも優雅な天才という顔でした。ベートーヴェンはというと,ざんばらの長髪で,こちらを見据えてきりっと口を結んでいました。エド=ハリスは,いかにもアメリカ人画家というポロックを演じたときは地のままだったように思いますが,ヨーロッパの音楽,いやヨーロッパの文化そのものを体現したようなベートーヴェンを演じる今回は,薄い頭髪を長髪にし,スリムな体を下腹の出た体に作り変えています。物語は,ベートーヴェンが有名な第九交響曲,いわゆる「第九」を作曲した時期に設定されており,架空の若い女性の写譜師を,「トロイ」で絶世の美女ヘレンを演じ,「ナショナル・トレジャー」ではニコラス=ケイジと共演したダイアン=クルーガーが演じています。彼女の名前はアンナ=ホルツとなっていますが,実在の写譜師にカール=ホルツという人がおり,さらにベートーヴェンと親しかったアンナという女性がいたので,その2人からとられた名前のようです。この映画では,第九の初演を難聴のベートーヴェンのために,アンナがオーケストラの中に隠れて,数メートルの距離を置きながら指揮の指示を送るのですが,このときの二人はまるで抱擁し合うようで,アンナの表情も恍惚としています。第九は日本ではご存じの通りとても人気があり,年末には各地で演奏されます。1918年ドイツ軍の捕虜が徳島県鳴門市の収容所で演奏したのが,日本での第九の初演だそうで,このエピソードは「バルトの楽園」という映画になりました。また,CDの規格が74分なのは,この第九が収まるように決められたそうです。ヨーロッパでは,オーケストラに独唱者・合唱者も必要とするこの曲は日本ほど演奏されないそうですが,1985年にEC(現在EU)の歌に,この第九の第4楽章の有名な「歓喜」のテーマが定められています。第九は当時としてはきわめて斬新な作品です。ベートーヴェンの生きた時代は18世紀末から19世紀初め,ちょうどヨーロッパの社会が大きく変わる時期でした。フランス革命が起こり,イギリスでは産業革命が起こりました。音楽家は,それまで王侯貴族の保護を受け,かれらの注文で演奏したり作曲していたため,どうしても注文主のご機嫌をとらなくてはいけませんでした。時代は変わり,もちろんベートーヴェンにもひいきの貴族はいましたが,その生活基盤は,この映画でも出てくる自作の出版にあったため,それ以前の音楽家と比べてずっと自由な創作活動ができたのです。ところでこの映画,言葉が英語なのです。ウィーンの街角で馬車を捕まえるのに「Driver!」は,やっぱり少しヘンですね。
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