21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

53.紀元前1万年

2008-04-27 | 映画
 巨大な円盤が地球を襲う「インデペンデンス・ディ」や,突然地球が寒冷化してしまう「ディ・アフター・トゥモロー」など近未来映画で知られるローランド=エメリッヒ監督が,今度は先史時代に題材をとったのが「紀元前1万年」です。 紀元前1万年というと,人類は世界史の教科書で最初に出てくる化石人類のうち,現生人類に直接つながる新人の段階で,旧石器時代末期にあたり,農耕・牧畜がそろそろ始まる直前くらいです。映画ではすでに農耕が始まり,騎馬技術が開発され,階級分化が進んで一部では鉄器が使われています。巨大石造建築もつくられていることになっていますから,数千年の人類の歴史を一挙に短縮しています。紀元前一万年の人類が英語を使っているのは,一種の「吹き替え」と考えてあげることにしましょう。ただし,何となく単純でわかりやすい英語を使っているような気がしました。史実から逸脱していることは,もちろん監督も自覚していて,「これは歴史のレッスンではない。叙事詩的かつ神話的なスペクタクル・エンタテインメント作品だ」とインタビューで言っています(なんだか,ごまかされたような気がしますが)。
  そう言えば昔,「恐竜100万年」という映画がありましたが,恐竜は人類が登場するずっと以前の6500万年前に絶滅しており,人類と恐竜が共存したことはありません。人類の登場は,500万年前ころです。この「紀元前一万年」に出てくるマンモスやサーベルタイガー(スミドロン[剣歯虎])は,たしかに人類と時代が重なっています。でも,人類が映画のように集団でマンモスを狩ることは,おそらく少なかったでしょう。たまたま動けなくなったマンモスを捕らえたり,死んだマンモスの骨を住居をつくるさいに利用したに過ぎないと思われます。サーベルタイガーは,もちろん恩返しはしないはずです。
  また,この映画には「四本足の怪物」と呼ばれる騎馬民族が登場します。騎馬技術が開発されたのは,詳しくわかってはいませんが,それでも紀元前一万年にさかのぼるのは無理で,せいぜい前1000年くらいでしょうか。ちなみに,古代アメリカ文明のアステカ文明などには馬や牛などの大型家畜がなく,馬に乗ったスペイン人を見て怪物だと思ったそうですから,ここにはそのエピソードが反映されているのかもしれません。
 ピラミッドや,神殿または宮殿は,あきらかに古代エジプトのイメージです。監督はインタビューで,インターネットで調べたらピラミッドがこのころにできたという説があったと言っていますが,普通は前3000年より古くはありません。マンモスを飼い慣らして石を運ばせるのに使ったり,複数のピラミッドを一度につくっているのには驚かされます。
 ピラミッドがファラオの墓なら,一度に巨大ピラミッドを複数つくることはありませんが,最近はファラオの墓ではないと考えられています。ピラミッドは夜空の星の位置を地上に再現したものとする説もあります。その建設も農民の奴隷労働によったのではなく,ナイル川の洪水期間中に衣食住を保障して農民を動員した公共事業のようなものと考えられるようになりました。もし,星を地上に再現したのなら,一度に複数のピラミッドを建設した可能性もあるかもしれませんね。
  最後の方で,農耕民族ナク族から狩猟民族ヤガル族は穀物の種をもらい,それをもとに農耕を始めることになっていますが,その穀物の種はどうもトウモロコシだったように思います。トウモロコシが栽培されるようになるのは,ムギやイネよりずっとあとで,アメリカ大陸でのことです。この辺にも,アステカ文明とかインカ文明のイメージが投影されているようです。
  それにしても,この映画のハッピーエンドはいかにもアメリカ映画ですね。アメリカでは,映画はハッピーエンドでなくては支持されないので,映画会社は公開前にエンディングの作り直しを要求することも多いようです。SFの古典的傑作「ブレードランナー」はその複数のバージョンがボックスセットで出ていますし,「ナショナル・トレジャー」も以前に取り上げたように,DVDで出たとき異なるエンディングが収録されていました。 この「紀元前一万年」も,別のエンディングがあるのでしょうか。私は,主人公デレーの父親で部族を救うためにあえて汚名をきて出て行った人物が,その後ピラミッドを建設しようとしている「神」ではないか,と思っていました。でも,そうするとデレーは父親を殺したことになってしまい,あまりに悲惨なので…。考えすぎですか。

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