21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

71.サルトルとボーヴォワール

2012-01-19 | 映画

 日本では「サルトルとボーヴォワール 哲学と愛」というタイトルで公開されましたが,原題は“Les Amants du Flore”,「フロールの恋人」です。
フロールとは,サルトルやボーヴォワールたちが通った,パリのカフェ「カフェ・ド・フロール」のことです。大阪の心斎橋の地下街に,一時支店が開いていたことがありましたが,今はもうやっていません。
 ジャン=ポール=サルトルは小説「嘔吐」や哲学書「存在と無」などを著した作家・哲学者,シモーヌ=ド=ボーヴォワールも「第二の性」や多くの小説を書いた作家・哲学者で,2人は2年間の契約結婚の約束を交わしましたが,結局1980年のサルトルの死までその間系は続きました。
 「シャネル&ストラビンスキー」でココ=シャネルを演じたアナ=ムグラリスは,ボーヴォワールになりきっています。それに比べて,サルトル役のロラン=ドイチェは,なんだかサルトルのパロディのような感じがしました。監督イラン=デュラン=コーエンのインタビューによると,ロランはフランスではコメディ俳優だそうです。
 原題からもわかるとおり,映画はボーヴォワールの視点から描かれています。娘には自立を求めながら,妻には従順を強いる父や,それに従っている母に反発したボーヴォワールは大学に進学し,そこで風采はまったく上がらないが,優秀なサルトルに出会います。彼らは猛勉強の末,教授資格試験にサルトルが1位,ボーヴォワールが2位の成績で合格します。そして,サルトルの契約結婚の申し出をボーヴォワールは受け入れます。それぞれ教師となった2人は,サルトルは女生徒と関係を持ち,ボーヴォワールも女生徒との同性愛を経験します。
 やがてサルトルは実存主義の旗手となり,ボーヴォワールも著作を発表するようになります。ボーヴォワールはアメリカ講演旅行中に,小説家ネルソン=オルグレンと恋に落ち,初めて女としての喜びを知ります。パリに戻って有名な「第二の性」を発表した頃,アメリカからオルグレンがやってきて結婚を申し込みます。ボーヴォワールも,初めて結婚して妻になりたいと思います。しかし,せっかくつかみかけた名声を捨てることはできず,サルトルとともに記者たちの取材を受けるのでした。
 2人は猛勉強したと書きましたが,画面にはそれほど出てきません。あっさり優秀な成績で教授資格試験に合格します。また,サルトルの思想形成に決定的な影響を与えたベルリンでのフッサールの現象学との出会いも,ベルリンで愛人ができたということの関連でしか出てきません。1945年パリのクラブ,マントナンで行い,翌年「実存主義はヒューマニズムである」として出版された有名な講演の場面は出てきますが,それだけです。この映画,哲学は,いわば飾りでしかありません。ちょうど,日本のテレビドラマに,満足に仕事もせずに恋愛のことばかり考える美男美女が登場するのと似ています。とくに最後の,男との愛に目覚めたボーヴォワールが,つかみかけた名声を犠牲にできず,愛をあきらめるというのはあまりに陳腐です。
  この映画の制作は2006年です。日本での公開が遅れたのもその辺が影響しているかもしれませんね。

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