21世紀のデカメロン Decamerone del duemila

映画と世界史のあれこれ


植村 GIulio 光雄

48.シェエラザード

2007-08-30 | 映画
 浅田次郎の小説「シェエラザード」を読みました。浅田次郎の作品には,清朝末期を舞台とした「蒼穹の昴」や「珍妃の井戸」などがありますが,この作品は太平洋戦争末期に台湾沖で沈没した阿波丸事件に題材をとっています。阿波丸は,アメリカ政府の依頼で日本軍に捕らえられた連合国側捕虜への救援物資を輸送するため,攻撃や臨検を受けないことを認める安導券を与えられていました。しかし,輸送を終えたあと,いろいろな物資と日本に帰還する人々を満載して航行中,1945年4月1日,アメリカの潜水艦によって魚雷攻撃で沈められたのです。犠牲者は有名なタイタニック号を上回る2000人以上,生存者は1人だけだったそうです。アメリカ政府は責任をすぐに認めたものの,その賠償については戦後に延期するとしました。ところが日本は,戦後GHQの要請を受けて,国会の決議によって賠償請求権を放棄しています。また,阿波丸には,第二次世界大戦中に行方不明になった北京原人の骨が積まれていたという説があり,中国政府はサルベージを行ったそうです。小説では船の名前は弥勒丸となり,弥勒丸をサルベージしようとする現代の物語と,弥勒丸自体の過去の物語が同時に進行します。弥勒丸は安導券を利用して,中国の銀行が破綻して日本の中国支配が崩壊するのを防ぐため,シンガポールで集めた金塊を上海に運ぶ密命を受けました。しかし,そのために安全を保証されていた航路をはずれ,沈められたということになっています。小説のタイトル「シェエラザード」は,「アラビナン・ナイト」で王におもしろい話を毎夜聞かせ続けた妃の名で,ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフに同名の作品があり,アメリカ兵捕虜への慰問品のなかにそのレコードがあって,弥勒丸の船内でかけていたことに由来します。
 読んだあとで,これ映画化したらいいのにと思って,一応調べてみたら,すでに2004年7月にNHKがテレビドラマとして放送し,DVDも発売になっていました。そこで,さっそく手に入れて見ました。小説は登場人物が多いので,ドラマでは整理したのでしょう。現代の物語の主人公,町の金融業者軽部のパートナーで元自衛官の日比野がカットされ,軽部の元恋人,久光律子は新聞社の辣腕記者からふつうの編集者になっています。
 また,過去の方では,ただ一人の生き残りであるべーカー(パン職人)の中島がカットされ,弥勒丸に乗り込む海軍中尉正木とシンガポールで日銀から徴用された土屋が合体されて一人の正木となり,土屋が消えてしまったため,土屋の恋人百合子は,小説では正木と対立する陸軍参謀堀少佐の義理の妹で,実は恋人になっています。小説を読んだあとで見ると,ちょっと混乱します。金塊も,小説では軍票(軍の発行する紙幣)と交換にシンガポールの人々からだまし取るのですが,ドラマでは脅しながらですが,とにかく寄付として集めたことになっています。さらに小説では,シンガポールにいる日銀職員の土屋を,看護婦になって日本から追いかけてきた百合子が,ここに来たのはキリスト教信仰のためでもなければ,孤児たちのためでもなく,ただあなたに会いたかったから。恋愛は愛ではありません。私はずっと一匹の牝でした,と告白するシーンがあるのですが,土屋という人物が消えてしまったドラマには出てくるわけもありません。

NHKだけに,いろいろと配慮があるようです。

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コメント (2)
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