子どもが善い事をした時、どう接する? 子どもが悪い事をした時、どう接する? 2007年10月08日 | 仏教的 『子育て』 『子どもが善い事をした時、どう接する?』これは答えが明白です。 思い切り褒めてあげましょう。 褒められたいから善い事をする、と言うのもなんだか違う気がいたしますが、善い事をする事を学んでいく上では大切なことです。 子どもは善悪の判断を人間関係によって学んでいきます。 中国唐代の禅僧・鳥窠道林はこのような言葉を残しています。 「良い事・悪い事は3歳の子どもでも知っている」 やはり人間は善い事も悪い事もある程度意識して行っているのではないでしょうか。 「分かっちゃいるけど止められない」という言葉が流行った時期もありましたが、悪い事はついついやってしまうものなのです。 特に気を付けたいのは子どもが悪い事をした時の関わりです。 子どもが悪い事をした時、怒るのは絶対にしてはいけない事です。 怒るという気持ちは、仏教では『瞋恚』といいます。 人であれ物であれ出来事であれ、その対象を遠ざけたいという心の状態です。 怒るという行為は、一見周りの人を怖がらせる、というイメージがあるかもしれませんが、実はその反対で、怒っている本人がその状況を怖がっていて、その状況から逃げたがっているのです。 それは、あたかもスカンクが危険を感じて、おならの毒をあたり構わずに撒き散らすようなものです。 怒るという事は自他を問わず、ろくな事がありません。 怒るのは絶対にしてはいけない、とすればどうすればいいのですか?と思われるかもしれませんが、簡単です。 叱るのです。 叱る時は常に冷静です。 子どもが行った悪い行為を見守りながらの関わりです。 基本は『どうやって情緒を育てるの?』で書かれている事と同じです。 まず『心を停める』 自分の気持ちに気付き、正直になること。 そして落ち着いて関わってください。 悪い行為を行う事は、仏教では、必ず自分に返ってくると教えています。 結局は自分が損をするのです。 子どもが不幸になる事を望む親はいないと思います。 いるとしたら、親自身が自分の気持ちに正直になれず、自分を大切にしていないからでしょうね。 子どもでも同じで、自分の気持ちに正直になれず、自分を大切にしていない人がいます。 それは悲しい事です。 自分の気持ちに正直になれること。 これは悪い行為を乗り越えて、善い行為を行うための出発点なのかもしれませんよ。
Q 仏教の世界では、天候に対してどのように考えるのですか? 2007年10月08日 | 悩み事・質問 仏教では、全てに対して『こだわり』を捨てなさい、と説きます 晴れにも、雨にも、曇りにも、雪にも、全てに意味があると考えます 暑かったり、寒かったり、雨が降ったり、雪が降ったり、それを嫌だと感じるのは自己中心的な意見にすぎません 自己の『こだわり』を捨て、全ての天候を受け入れる その様な考えを保つことで、世界の美しさ、人間の命の甘美さが感じられる様に思うのです
どうやって情緒を育てるの? 2007年10月08日 | 仏教的 『子育て』 子どもの心を安定させてあげる為の基本は、まずは親自身が自分の心を停めることです。 『心を停める』?なんだか変な事を言うなぁ、と思われるかもしれませんが、これは仏教の基本でもあるかと思います。 我々凡夫の心は仏さまと違い、停まる事なく常に動き続けています。 心は常に何かを考えているか、はたまたボーっとしているかでしょう。 『心を停める』とは、今の瞬間の心を見つめなさいという事なのです。 喜んでいる時には喜んでいる事に気付き、悲しんでいる時には悲しんでいる事に気付き、怒っている時には怒っている事に気付く。 自分の心に、その瞬間その瞬間に気付く事によって、冷静に物事に対処できるという事なのです。 例えば、あなたの子どもがお店で欲しい物を見つけた時はいつも買ってもらえるまで泣き暴れる子どもだとします。 そして今日も夕食の買い物の時におまけ付きのお菓子が欲しい、と泣き暴れています。 このような場面に直面したら、あなたならどうしますか? 「うるさい!いつもダメだって言ってるでしょ!ママもう1人で家に帰るからね!」 などと目の玉をむき出しそうな勢いで叱り付けていませんか。 『心を停める』というのは、その様な怒りの言葉が出る前に、怒っている自分に気付きなさいよ、そして心を落ち着けなさいよ、という事なのです。 「うるさい!いつもダメだって言ってるでしょ!ママもう1人で家に帰るからね!」 という様な言葉が出る前に、私は怒っている、と自分に言い聞かせる事で落ち着きを取り戻します。 そして子どもはおまけ付きのお菓子が欲しくてたまらないんだ、じゃあ子どもと同じ気持ちになってあげよう、と見守る気持ちで 「○○ちゃん、このお菓子欲しいねぇ。」と一息置いてから、 「ママね、○○ちゃんにこのお菓子買ってあげたいけど○○だから買ってあげられないの。ごめんねぇ。」 と言って子どもの悲しみを二人で分け合ったらどうですか。 そう言いながら、子どもに考える時間を与えてあげる事で、子どもは自分の悲しみやわがままな気持ちを和らげる事ができるんじゃないですか。 それはまさに、情緒の安定に繋がるのです。 例えば、あなたの子どもがテストの答案を持って来たとします。 前回のテストの点数は50点で今回は60点だったとします。 あなたなら子どもにどのような言葉を掛けますか。 「あんたはやっぱり私の子どもでバカねぇ」① 「何で60点しか取れないの!この次はもっと頑張りなさい!」② 「あんたのお姉ちゃんはもっといい点取ってるよ」③ このたぐいの言葉掛けは、あまり勧められるものではないですね。 ①は自信をなくすでしょうし、②はけなされ命令されているように感じるでしょうし、③は比べられ差別を感じるでしょう。 これらの言葉は子どもの感情を逆なでし、情緒を不安定にする言葉です。 ここでもやはり『心を停める』事をしてから関わるべきです。 この子はバカだ、と思っている自分に気づき、そしてこの子は前回より10点多く取ったんだ。 この子は頑張ったんだ、とその子の気持ちに共感して「頑張ったね」「良かったね」一言褒めてあげればいいんじゃないんですか。 子どもは自分を応援してくれている人がいる、と感じる。 それは情緒の安定に繋がりますね。 例えば、子どもがイライラしています。 理由も何もわかりません。 話をしようともしません。 「どうしたの?」と優しく話し掛けても「うるさい!放っておいて!」との返事。 人生は色々な事があります。 「お母さんあなたの事がとっても心配なんだけど。落ち着いて話したくなったら話してね」 子どもは、自分の拠り所が当たり前にあるだけで情緒の安定を保つ事ができます。 親が冷静に子どもに対処すれば、子どもの情緒は安定するものです。
親不孝者と親孝行者 2007年10月08日 | 詩 親不孝者がいる 無知な人は親不孝をしている事にも気付かず、親がいなくなってしまってから嘆き悲しむ 親孝行者がいる 親の有難さに気付き、できる限りの孝行をして、親がいなくなっても後悔することがない 親不孝者が当たり前に教えられていないことがある、真実の法、仏法である