RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
今日も、一日お疲れさま。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.22

2008-12-25 02:22:26 | 連載小説
   

  §

 誕生日でもバレンタインデーでも、たった一日過ぎただけで、とたんに色あせてしまうのはどういうわけなんだろう。クリスマスもその手の記念日だ。クリスマスを過ぎると、世の中はいきなり年末年始を迎えるモードに早変わりする。日本ほどお祭り好きな国も珍しいのではないか。

 師走とはよく言ったもので、特に年末には次々とやることが出てくるものだ。大みそかのカウントダウン・ライヴを励みに、私は年明け最初に提出の、応用物理学実験のレポートを、いつもの落合駅そばのファミレスでやったり、年賀状をデザインして印刷したり、アルルにピアノの練習に行ったり、美容院に行ったり、形だけの大掃除をしたりして過ごした。ファミレスで、高村くんと初めて食事をした時の席に通されたときには、さすがに感傷的になった。

 この間に松崎が一回来てくれた。何も約束をしていなかったのに、だ。大掃除をしていた時で、

「トン・トン」
 とドアをノックする音がして一瞬緊張する。突然の訪問者が良い客だったためしはない。洗濯機を回していたから居ることはバレバレだっただろうが、そうっと覗き穴で碓認したら、何の事はない松崎だったのだ。

「なんだ大ちゃんかぁ。びっくりしたなぁ。今部屋すごいことになってるけど、どうぞ上がって」
 クリスマス以来誰とも会っていなかったので、私は急に元気になってそう言った。

 「なんかね、いきなり合鍵で開けるのもちょっとアレだったからさ」
 とは言いながらも合鍵で開けられなかったのを少し残念がっている様子。

 午後二時で、ちょうどひと呼吸入れたいところだった。部屋が散らかっていたが、とりあえずお湯を沸かして紅茶を淹れる。

「実は一昨日からルルが家出してさぁ。こんな寒いのにどこ行っちゃったんだろって心配してて。お母さんかなりナーバスになってるんだ。でね、犬じゃないからあり得ないとは思ったんだけど、もしかして理美ちゃんちの方に来てるかもしれないって、それもあって来てみたんだ。うちの家族、毎日近所を探してて…」

「それは大変!でも、猫は大抵家から半径一キロまでしか移動しないって何かで読んだことあるよ。だからこっちを探すより、近所を徹底的に探した方が早道だと思う。一昨日からってことは、今日が三日目ね?じゃあ私も今から用意して大ちゃんち行って探すの手伝う!」

 JR目黒駅を降りて、今日は一駅地下鉄を使い、白金台駅で降り松崎の実家へ直行し、作戦会議をした。お母さんとお父さんは外で探しているらしく、いなかった。松崎は住宅地図を取り出し、

「じゃあ、家はここだから、半径一キロ圏内って言うと…」
 コンパスで幅を合わせ、グルッと円を描く。

「これは昨日印刷屋で作ってもらったチラシなんだけど、通りすがりの人とかお店とかに置いてもらおう。千枚作ったからどんどん使って」
 ルルの大きなカラー写真と特徴や連絡先を載せたチラシだ。それを電話器の下の棚から持ってきて、ダイニングテーブルにドカッと置く。

「遠くから探すより近くから探した方がいいと思うんだ。理美ちゃんは一丁目から三丁目辺りをお願い。オレは四丁目五丁目と上大崎一丁目辺りを探してくる」

 暗くなるまでまだ二時間ぐらいある。とにかく今日中に探せるだけ探した方がいい。ちょっと広範囲だけど、

「了解!がんばろう」
 と言って家を出ようと玄関に行くと、

「あ、一応ルルの好きなキャットフード持ってたらどうかな?あと懐中電灯」

 と言って松崎はナイロン袋にキャットフードを小分けにして、懐中電灯を探し(靴箱の脇の棚にあった!)チラシを抱えて出動した。

「冬だから、日だまりとか、車の下とか特にチェックして。あと、ルルは植物が好きだから、木や草の生えてる所は居る碓率高いと思う。あれ?理美ちゃんケイタイ持ったよね?OK。それじゃ行こう」

 松崎が慣れた手付きで番号を入れ、オートロックの玄関のドアを開けると、タイミングよくお母さんとお父さんが帰って来たところだった。午前中からずっと今まで探していたようで、疲れている様子だったけれど、私たちがこれから探しに行くと言うと、じゃあ一緒に行くと言って二手に別れて捜索を開始した。

 お母さんと歩き出す。

「ルル、ルル」
 名前を呼びながら、住宅街や路地裏の細道、駐車場の隅など、猫が好みそうな場所をくまなく探した。
 通りすがりの人は快くチラシをもらってくれたし、定食屋さんやブティック、美容院などのお店もほとんどのところが置いてくれた。

 一時間が経った。松崎から連絡はない。それでもまだ明るかったし、とくかく希望を持って探し続けた。

 五時になり暗くなって来た。八芳園に入り、懐中電灯をつけ庭を探す。

「ルル、ルル…」
 いそうな気がしたけれど、ここにもいなかった。

「この先に明治学院大学があるみたいですよね。そちらの方に回ってみましょうか?」
 お母さんは、そうしましょう、と言い八芳園を出る。

 地図では八芳園とすぐ隣り合っているのに、校門は反対側みたいで、ずっと通りを歩いて行く。途中でオシャレなカフェや、牛乳屋さん、印刷屋さん、お米屋さんなどにチラシをお願いする。
 校門を潜り、キャンパス内に入る。

「あんまり木はないですね…」
 コンクリートで整然としていて、ルルが好みそうな場所ではない。それでも諦めずに、一通り敷地内を見て回ろうと、奥の方へ行く。

 しばらく行くと、二号館と書かれた建物があって、そこの裏がちょうど八芳園の敷地との堺になっていて、まるで雑木林のようになっていた。ルルが好みそうな場所だ。

 「ルル、ルル」

 すると、

  「ニャー」
 聞き覚えのある声がする。

「ルル?」
 声のする方を懐中電灯で照らす。

「ルル!」
 お母さんが叫んだ。
 ルルだった。茂みの中で体を丸めてじっとしている。垣根があって手が届かない。

 「ほらおいで、どうしたの?お母さんよ」
 お母さんが必死で言うと、しばらく警戒していたが、ルルはようやくお母さんを察知してノコノコ出て来た。

「ニャー」
 お母さんは両手で抱き上げ、

「ルル駄目じゃない!心配したんだからねぇ」
 と言いながら、頭を何回も撫でた。
 すぐ松崎に電話した。

  「見つかったよ!」

  「マジで?」

  「明治学院大学のキャンパスの中だったの」

 「そっかぁ、結構近かったんじゃん。ああよかった~」

 家に帰ってすぐ、お母さんはお風呂場へ行って温かいタオルをしぼり、ルルの体じゅうを拭いてあげた。

「ルル痩せたわね、いまモンプチあげるからね」
 と言ってお母さんはキッチンへ行って、ルルの大好物のモンプチという猫缶を開け、ルルのお皿に入れて、

  「ほら」
 と言って床に置くと、ルルは相当お腹が減ってたと見えて、

「ッチャクッチャ…」
 と息もつかずに脇目も振らずに食べ続けた。

「目黒通りを横断したのかと思うとひやっとするわ。きっとね、最近大掃除しててうるさかったからなんじゃないかと思うの、嫌になって出て行っちゃったのね、前もそんなことがあったわ」

 ルルは自分の気に入らないことがあるとフラッと出て行くらしい。

 私はルルの最初の発見者ということで、ちょっと株が上がった感じだ。その日は皆連日の捜索で疲れきっている様子だったから、泊まっていってと言ってもらったけれど遠慮して東中野に帰った。  帰りの電車はぎゅうぎゅう詰めだったが、そんなことは全く気にならなかった。




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