RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
今日も、一日お疲れさま。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.28後半

2009-01-25 00:25:28 | 連載小説
    
  次の日から私は毎日のように母の病室へ通った。春休みはフットサルもデンマーク体操も活動はお休みだし、松崎と離れているのは少し淋しいけれど、今は母との時間を何よりも大切にしたかったからしばらく滞在することにしたのだ。

 病気には美味しい空気も大切だと思い、晴れている日は先生に許可をとって、母と一緒に近くの『花見山』に散歩に行ったりもした。花見山は、春になると、ピンクや黄色のベールで包まれる素敵な場所だが、今はまだ全然咲いていない。  

 病室で母とさまざまな会話をした。

「…へぇー、インテリアコーディネーターの資格取ったのってお姉ちゃんが生まれた後だったんだ。どうしてインテリアコーディネーターになりたいと思ったの?」

 すると母は目を細めて、窓の外を見ながら、こんな話を始めた。

「そうねえ、理美ももう大人だし…。お母さんね、仙台の女子大だったでしょ。大学四年間はテニスサークルに入っていたの。お父さんに出会う前よ。理美と同じように一年に入って間もなく恋人が出来てね。東北大学で建築を学んでいた人よ。彼はただものではなかったわ。すごく深い知識があって、建築の歴史とか構造や設計のね…。ありとあらゆる話をしてくれて、将来の夢も語ってくれた。とにかく刺激的でね。インテリアコーディネーターを目指したのは彼の影響だったの。お父さんにはもちろんこんな話したことないけれど。大学四年間は彼一色、ずっと一緒だった、何をするにしてもどこへ行くにしてもね。でもね、彼は卒業と同時にスペインに留学してしまったの。お母さんは彼の探究心には勝てなかったのね。遠距離恋愛って今はメールとかあったりするけれど、当時はお手紙だけで。お母さんは沢山書いたけれど、返事はだんだん少なくなっていってね…。結局自然消滅っていう感じで終わってしまったの。そんな寂しい毎日を送っている時にあなたのお父さんに出会ったの。当時お母さんは東北大学の学生課で事務のお仕事をしていたんだけど、お父さんは大学院生だった。ある日仕事が終わって帰ろうと校門を出ようとしたらお父さんが待ち伏せしていて、それが知り合った始まりでね。お父さんはとても優しくてね。お父さんとの出会いで、彼との惜別の寂しさはだんだん薄れていった。お父さんは仙台郊外の温泉とか山とかいろんな所に私を連れて行ってくれたわ。そうしてお父さんと一緒になってあんたたちが生まれて…。こんな風になってから一人でいろんなこと考えちゃってね。死ぬ前に、もしも彼に会えたら…なんて、ね」

 私はその話を聞いて目を見開いた。高村くんは前にお父さんは建築をやっていて、東北大だって言ってなかったか?グレン・グールドのことにしてもおばあちゃんちが福島の双葉って言ってたのも偶然過ぎる気がした。

「お母さん、昔の恋人って何て言う人?」
 と私は真剣に聞く。

 すると母は、そんなこと言ってどうするの?的な笑いを浮かべながら、

「須藤さんって言う福島の双葉出身の人だったんだけどね」  と言う。

  「!?」

  須藤…?

 「今はどこで何をしているのかしらね。きっと腕のいい設計士として働いているんじゃないかしら」

 「……。」

  売店に行ってくるとうそをついて病室を抜け出し、即座にケイタイを取り出し、ためらわずに高村くんにメールを打つ。

  「ちょっと変なこと聞くけど、高村くんのお父さんって福島出身?双葉におばあちゃんいるって言ってたよね?」

 今まで高村くんにメールを打つ時はいつも考えて出していたけれど、あまりにも急いでいたし、興奮していたので、文面を整理したりなどする暇はなかった。  

 二~三分して返事が来た。思いきって受信箱を開く。

「夏木さんお久しぶりです。そうですよ。オレの母が高村建設の一人娘で、父が婿養子として入ったんです。どうしてですか?」

「お父さんの旧姓のお名前は?」

  「須藤といいます」 

 頭を一発ガーンと殴られたようなすごい衝撃だった。

「それじゃもしかして高村くんの親戚に須藤裕昭っていない?」

「あれ?どうして裕昭のことをご存知?いとこですよ。福島のおばあちゃんちで小さい頃よく遊んでました。夏木さんもしかして同級生?」

 私は、偶然が立て続けに起こって頭がグラグラする。お母さんの昔の恋人が高村くんのお父さんで、高村くんと須藤がいとこ同士…。


 その日は床に入っても眠れなかった。ずっとずっとその事実を考えていた。被爆したおじいちゃんっていうのは母方のおじいちゃんだったのか…。須藤と似ていたのは他人の空似ではなかったのか。 高村くんと私が出会ったことは、もしかしたら必然だったのではないか。母が高村くんのお父さんと会えるように、神様がお膳立てをしてくれたんじゃないか。

 
 あてどもなく考えていたら、いつのまにか空が白んできた。牛乳配達のバイクの音が小さく聞こえた。


 翌日は土曜日だったので私は父を映画に誘った。母の話を聞いて、なんとなく父が可哀想になったのだ。

 観た映画は話題作の『たそがれ清兵衛』だった。福島フォーラムではなかなかいい映画を上映する。父と映画を観に行くなんて本当に久しぶりだったから、隣の席に座るだけで、なんだか妙な気分になった。

 幕末に生きた名もない下級武士とその家族の物語。しんみりする映画だった。


 映画館を出て、須藤との最後のデート場所だった喫茶店に父を連れて行くと、喫茶店は美容院に変わっていた。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿