RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
今日も、一日お疲れさま。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.30

2009-02-15 22:18:05 | 連載小説


     §


  2月の最後の週末に、母が半日だけ外出を許可され久しぶりに実家に帰って来た。母の希望もあったのだろうけれど、薦めたのは父だったらしい。

 その日はちょうど早苗の結婚式の日のように穏やかな天気で、どことなく春を感じさせるやさしい風が吹いていた。

 母は、骨への転移が進んでいて、辛うじて歩けるぐらいだった。無理をしない方がいいと言うことで車椅子を使ってきた。

 実家に着くなり、母は庭を見たいと言って、家に上がる前に庭を散歩した。膝掛けをしてあげて、車椅子をゆっくりと押す。

 庭に一本だけある梅の木も満開で、クロッカスや水仙のつぼみも膨らんで今にも咲きそうだ。沈丁花もいつの間にか濃いピンクの花芽を付け、畑にはハコベなどの雑草が生え始まっていている。

「もう、春ねぇ」
 母は、そんな庭の一つ一つの変化をとても愛おしそうに眺めて、ゆっくりとそう呟いた。

 家の前の電柱にはカッコウが停まって、声高らかに鳴いている。

 それから家に入り、お茶を淹れて飲んだ。お茶菓子はあまり体に良くないと思って、母が去年作って冷蔵庫に保存していたという梅の黒砂糖漬けをお茶菓子代わりに食べた。

 しばらくして父が、

「あの梅の木の前で、みんなで写真を撮らないか?」
 と言って、愛用の一眼レフカメラと三脚を取り出してきた。

「えー、そんなの何年ぶり?いいじゃん撮ろうよ」

(またいつ帰って来れるかわからないし…)

 という言葉は飲み込んで、私は明るくそう言った。

 またお庭へ行き、梅の木をバックに、母を真ん中にして立ち、父が画面を調節しタイマーをセットして、 「カシャリ」  いい音がして見事な写真が撮れた。母はとても穏やかな表情をしていた。

 その後父は、スナップ写真も何枚か撮ってくれた。母だけの写真を撮ったのも、見逃さなかった。




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