そもそもがおかしい。
そもそも大学が無くなるという発想自体がどうなのか?と。アメリカのミネルバ大学みたいに校舎を持たずに移動しながら学ぶ、というような大学がある時代に校舎を置いてそこに通うという発想が前提の教育システム自体が古くなっていくんじゃなかろうか。そもそも地方の大学だって必ずしも高校を出たばかりの学生を教育する機関じゃなくてもいいはずだ。社会人教育に力を入れて放送大学じゃないが1科目から単位を取得できるシステムにして、それこそ一般教養なんか放送大学と単位を連携したりして場合によってはスクーリングだけ放送大学に行ったり、あるいは放送大学の先生が地方の大学に来たりするようなシステムがあってもいいのではないか。もっといえば放送大学に限らず早慶のような有名大学と単位を連携させてもらって教授が来るとか、どうかすると他大学の卒業資格が地方の大学で取れる、みたいな事をやってもいいんじゃなかろうか。それこそカルチャーセンターの延長から本格的な大学教育まで幅広い教育を担う大学が出てきて、大学本体は極端な話、場所貸し業、って時代が来てもいい。そうやれば大学の在り方も変わるし「教育のコンビニ」として大学が利用されると日本も変わると思うのだが。