土曜日にAさんと阪神尼崎で開催されていた工場写真展を見てきた。
阪神電車からの車窓風景としておなじみのレンガ倉庫が会場ということもあり、大賑わい。
残念ながら内部は写真撮影禁止だったが、分厚い壁や木造屋根を内部から見れてよかったし
趣ある建物は工場写真展の会場としてぴったりだった。後方からのライティングは人の影が
写真にかかってイマイチだったけど、配線や器具取付の都合もあるだろうから仕方ないか。。。
さてその後、東高洲橋へ行こうと歩き出す。国道43号を渡り五合橋の手前で古い民家を見に脇道へ入り、
ぐるっと回って歩いていると、ん、何か妙な感じ。
Aさんも「この道川跡かな?」と。ん~、しかしすぐ横に並行して運河があるからなぁ。

さっきの五合橋の手前に戻ってきた。
あっ、この妙な道の続きが、道路を超えた先ずっと奥まで続いている。・・・廃線跡だ!
尼崎港線の尼崎港駅から先、旭硝子への続いていた引込み線が、これか!
帰りに見に行くとしよう。

五合橋を渡った彼岸は工場地帯の始まり。こちら側とは雰囲気がガラッと変わる。
・・・と、川の中で何かやっている。浚渫作業か。
橋の上で見ていて目の端に入ったのが、黄色い遮断機。これは浚渫作業とは全然関係なく
駐車場の入口ゲートとして設置されているものだが、確実に鉄道の遮断機である。

よく見ようと近づいていったら、川での作業についての表示板などがあったので、その地図を
見てみると、、、おお、さっきの旭硝子引込線から分岐した線が運河を渡っており、その横に
「住友金属工業引込線」の文字が!

あっ!じゃああの遮断機は元々引込み線用としてそこにあったものでは!?
道路を遮断するためのものをくるっと90度動かして、線路跡を含む駐車場の入口ゲートに
転用したのではないのか?いや、そうだったら楽しいなぁ!

駐車場の奥の工場敷地内にはカーブした擁壁がちらっと見えた。
工場に沿って歩きながら植栽の間からちらちら覗くと、鉄道っぽい石積みが見えたが、
その先はよくわからなかった。

外部からの引込線はすでになくなったが、工場内の専用線は今も稼動しているようであり、
道路を横断している線路もある。Aさんが、貨車が走っている動画を見たことがあると言うので
工場の守衛さんにちょろっと聞いてみた。

平日はちょいちょい走るが土日はめったに走らないらしい。しかも時刻表があるわけでなく
不定時とのことなので、1日張り込む覚悟でないと貨車が走る光景を見るのは難しそうだ。
東高洲橋に到着。ここに来るのは5度目ぐらいだろうか。まだ一度も開くのを見ていない。

付属の小屋におっちゃんがいたので聞いてみたのだが、時刻は書いていてもその時間帯に
船が来ないと開かず、予約制でもないらしい。昨日までは運河で作業をしていた関係で
何度か開閉していたけどもう終わったからねぇ、、、と。ん~、こちらもダメか。
戻ってさっきの廃線跡をたどってみよう。
細長い空地はいかにも線路だ。この引込み線も昭和59年以前に廃止されたのは間違いないが、
それからずっと空地のままなのか。

定番のレール柵。

この先はトラックの駐車場になっていたり建物が建っていたり、ちょっと使われている。
そしてフェンス扉があり、旭硝子の工場の中へ。ここで廃線跡めぐりは終了~

これまでちょっとずつ部分的に見てきた尼崎港線の廃線跡はこれで全部行ったかな!?
・・・あ、塚口のあたりがまだか!また見に行かねば。
<これまでの尼崎港線の記事>
・廃線跡、ときどき廃川跡
・廃線跡、のちお風呂屋
・廃線跡、所により衝動買い(?)
・尼崎港線は続く
・尼崎港線のレンガ
阪神電車からの車窓風景としておなじみのレンガ倉庫が会場ということもあり、大賑わい。
残念ながら内部は写真撮影禁止だったが、分厚い壁や木造屋根を内部から見れてよかったし
趣ある建物は工場写真展の会場としてぴったりだった。後方からのライティングは人の影が
写真にかかってイマイチだったけど、配線や器具取付の都合もあるだろうから仕方ないか。。。
さてその後、東高洲橋へ行こうと歩き出す。国道43号を渡り五合橋の手前で古い民家を見に脇道へ入り、
ぐるっと回って歩いていると、ん、何か妙な感じ。
Aさんも「この道川跡かな?」と。ん~、しかしすぐ横に並行して運河があるからなぁ。

さっきの五合橋の手前に戻ってきた。
あっ、この妙な道の続きが、道路を超えた先ずっと奥まで続いている。・・・廃線跡だ!
尼崎港線の尼崎港駅から先、旭硝子への続いていた引込み線が、これか!
帰りに見に行くとしよう。

五合橋を渡った彼岸は工場地帯の始まり。こちら側とは雰囲気がガラッと変わる。
・・・と、川の中で何かやっている。浚渫作業か。
橋の上で見ていて目の端に入ったのが、黄色い遮断機。これは浚渫作業とは全然関係なく
駐車場の入口ゲートとして設置されているものだが、確実に鉄道の遮断機である。

よく見ようと近づいていったら、川での作業についての表示板などがあったので、その地図を
見てみると、、、おお、さっきの旭硝子引込線から分岐した線が運河を渡っており、その横に
「住友金属工業引込線」の文字が!

あっ!じゃああの遮断機は元々引込み線用としてそこにあったものでは!?
道路を遮断するためのものをくるっと90度動かして、線路跡を含む駐車場の入口ゲートに
転用したのではないのか?いや、そうだったら楽しいなぁ!

駐車場の奥の工場敷地内にはカーブした擁壁がちらっと見えた。
工場に沿って歩きながら植栽の間からちらちら覗くと、鉄道っぽい石積みが見えたが、
その先はよくわからなかった。

外部からの引込線はすでになくなったが、工場内の専用線は今も稼動しているようであり、
道路を横断している線路もある。Aさんが、貨車が走っている動画を見たことがあると言うので
工場の守衛さんにちょろっと聞いてみた。

平日はちょいちょい走るが土日はめったに走らないらしい。しかも時刻表があるわけでなく
不定時とのことなので、1日張り込む覚悟でないと貨車が走る光景を見るのは難しそうだ。
東高洲橋に到着。ここに来るのは5度目ぐらいだろうか。まだ一度も開くのを見ていない。

付属の小屋におっちゃんがいたので聞いてみたのだが、時刻は書いていてもその時間帯に
船が来ないと開かず、予約制でもないらしい。昨日までは運河で作業をしていた関係で
何度か開閉していたけどもう終わったからねぇ、、、と。ん~、こちらもダメか。
戻ってさっきの廃線跡をたどってみよう。
細長い空地はいかにも線路だ。この引込み線も昭和59年以前に廃止されたのは間違いないが、
それからずっと空地のままなのか。

定番のレール柵。

この先はトラックの駐車場になっていたり建物が建っていたり、ちょっと使われている。
そしてフェンス扉があり、旭硝子の工場の中へ。ここで廃線跡めぐりは終了~

これまでちょっとずつ部分的に見てきた尼崎港線の廃線跡はこれで全部行ったかな!?
・・・あ、塚口のあたりがまだか!また見に行かねば。
<これまでの尼崎港線の記事>
・廃線跡、ときどき廃川跡
・廃線跡、のちお風呂屋
・廃線跡、所により衝動買い(?)
・尼崎港線は続く
・尼崎港線のレンガ
偶然にも、「尼崎港線」の痕跡に出くわしたり、
また、専用線と遭遇したり、
さらに、商店街の喫茶店での休憩の一時なども含めて、
大変内容の濃い楽しい1日でした。
先日はお疲れ様でした!楽しかったですね。
尼崎の商店街もおもしろかった!
活気ある商店街を歩くと元気になりますよね!
またいろいろ行きましょ~