コウガさんを守るために盾となり爆炎と共に散ったゲンバーさんの機体をあとにして、ボクたちは開発棟に向かう。
皆口数が少ない。
それもそうだ。
ゲンバーさんは元キャリアのエースパイロットだ。いわばこの部隊の要の一つでもあった。
それがあんな形で……
「なにをそんなに気落ちしてるんですかぁ?」
愛らしい声音でTAMAは無神経に尋ねるけど、ボクは少しイラッとして、
「TAMAにはわからないよ。ボクたちの気持ちは」
「フェニックスさんもなんですかぁ?」
ボクの苛立ちになんの関心も示さず、サイトさんにも愛嬌たっぷりに尋ねるけど、
「………………」
沈黙だけが返ってくる。
サイトさんだって、TAMAがあの時全機倒しておけばこんなことにはならなかった。
そんなことを思ってるのかもしれない。
「そうですか。お二人はそう思われたんですね。ならば私も今後は沈黙を守ります」
さっきまでのTAMAとは違う、妙に機械的応答。
「おい、そりゃどういう意味だ」
「あとはあなた方の腕で切り抜けてください。期待はしておきます」
不審に思ったサイトさんの問いかけにTAMAはまたしても機械的応答をし、言葉を閉じる。
「おい、TAMA! 答えろよ!」
サイトさんが怒鳴ろうがTAMAは沈黙したままだ。
「マト、こいつのナビゲート機能、あと戦闘サポート機能は活きてるか?」
「あ、うん、ちょっと待って。 大丈夫、TAMAのサポートが活きてるのを確認」
「じゃあ本当に黙ったままってわけか」
ボクの報告を聞いてサイトさんが安堵した声を上げる。
「なにが気に入らなかったんでしょうね?」
「知るか! こいつが勝手に動いて暴れた結果がこの惨状なのに! 身勝手にも程がある!」
困惑するボクにサイトさんが苦り切った声を上げた。
開発棟での戦いは互いの長距離砲戦ではじまった。
開発棟や各工場の屋上や外に設置された長距離砲台を潰すため、こちらも長距離砲を所持した機体が互いに砲撃を撃ちあう。
もちろん敵は開発陣だけあって、こちらの兵器全ての性能を熟知しているから射程外からの砲撃を試みるけど、一度こちらの射程内に入れば、相手が固定砲台なのに対して動きながら撃てるこちらの方が分がある。
急場しのぎの防衛砲台は装甲も弱いためか、こちらの砲撃で一基一基撃破されていく。
「サイ……フェニックス、右手に敵防衛隊接近中!」
「任せろ!」
ボクの声にサイトさんが応え、乗機のソードガンナーは急加速で敵部隊上空に向け飛上り、眼下に捉えた敵部隊に向け急降下する!
敵部隊はそのことに慌てたのか無数の弾を撃ってくるけど、サイトさんは巧みにかわし、あるいはバレないように張った防御魔法により弾をそらし、敵部隊のただ中へと舞い降り、手にした双剣で敵機を切り刻む!
「クソッ! 上手くいかねェぇ!」
ソードガンナーを操り敵機を次々と斬り裂くサイトさんだけど、屈辱感のこもった罵声を吐く。
「ど、どうしたんですか?」
「アイツのように関節だけ確実に切り刻むことができねぇ! あのTAMA公、どういうバージョンアップすりゃあ、あんな神業連発できたっ!?」
ボクの問いに応えたサイトさんの声は、まるで才能の差を見せつけられた秀才の言葉にも聞こえる。
「あの……TAMAってそんなに凄いんですか?」
操縦系はほとんどサイトさんに預けているので、ボクは周囲を警戒したり機体各部の損傷や損耗のチェックなので少し余裕があるけど、
「どうしても腕や武器を叩き折るしかねぇ時もある! そうなりゃ最悪爆発や乗員に被害が出る危険もある! それを、アイツっ!!」
先ほどまで気味の悪いバケモノ扱いしていたTAMAが、とても自分にも及びもつかない超絶技術を披露していたことを理解したサイトさんの屈辱感がダダ漏れの声。
『でも……サイトさんだって十分凄いんですよ』
必死に戦うサイトさんにボクは心の中でエールを送る。
「フェニックス、これからコウガが開発棟に突入する。随伴として同行、援護してくれ! 奴らの機体に対処できるのはコウガのホワイトバレットだけだ。だからあくまで援護に徹してくれ」
隊長の冷静な、微かに悲痛さを感じさせる声。
隊長はゲンバーさんとは昔から知り合いだったようだから、その腕も為人も知っていたんだろう。
だから今の厳しさを人一倍感じているんだ。
「ああ、大丈夫だ。必ず俺も、コウガも生きて帰る。そしてこの事件の首謀者も必ず捕まえる」
サイトさんも事態の厳しさを踏まえ、でも幾つもの修羅場を潜り抜けてきた自信と実力から、落ち着いた声で応える。
「その声を聞いて安心した。だが決して無理をするなよ」
少し笑いをふくんだ隊長の声が返ってくる。
隊長だってこれ以上の犠牲者は出したくないんだ。
敵にも味方にも。
「じゃあ行くぜ!」
「はい!」
サイトさんの声にボクも力のこもった声で応えた。
開発棟は文字通り幾つかの試作工場と開発研究ビルが林立した区画だった。
建物は白基調の色で塗られ人の出入りや貨物の搬入がしやすいよう大小幾つかのハッチがあり、それらは今防衛部隊との交戦で勝利したボクたちのものとなっていた。
「俺達はいつでも突入できる。指示を待つ」
「わかった。今コウガが最終調整を済ませた。すぐそちらに行くと思う」
サイトさんの言葉に応える隊長。
その言葉通り、コウガさんの駆る機体、ホワイトバレットが噴射光を背負いながら現れ、脚先の推進装置をフル稼働し制動をかけ、待機していたボクたちの横に降り立った。
肩や足にトゲを思わせる鋭角な突起を二本ずつ持ち、頸のすぐ近くの胴体からも後方に向け鋭い突起が延びる。
細面でスリットのようなカメラアイと顎の場所に金色の突起を持つ容貌はスタイリッシュでコウガさんの風貌にも似ていた。
体は細いけど四肢は頑強な印象を与え、まさに攻撃のための獅子を思わせる。
「お待たせしました。これから真・魔王軍の拠点である開発棟に突入します。たぶん兄……首謀者ライン・ヨロイは特殊な試作機体で応戦すると思います」
「なんでそれがわかる」
コウガさんが通信機を使い事態の説明をする中、突撃に参加する別のパイロットから声が上がる。
「……ラインはいつもいってました。こいつは私が精魂こめて作った傑作機だって。だからオレ以外の誰にもテストパイロットはさせなかった」
「性能は?」
コウガさんの言葉にサイトさんが尋ねる。
「一言でいえば高火力機動兵器。ただ高機動というよりは重機動で、多数の高火力兵器を搭載しながら一般機並みに動けます」
「いわば動き回れる多連装砲台か?」
「防御力もあるのでよりタチが悪いです」
苦笑いしながら軽口を叩く隊員に本気かジョークがわからない口調でコウガさんが応えると、隊員たちの中から笑い声とも嘆息ともつかない声が流れる。
「だから無駄に数を出してもやられるだけです」
「そこで俺達も突撃隊に参加して開発棟に突入しろってわけか」
サイトさんの問いに隊長が、
「そういうわけだ。だから突入しない他のものはここや周囲を捜索し、残存部隊がいればこれを撃退、もしくは降伏勧告を試みろ」
「敵に投降を促すのか?」
隊長の言葉にサイトさんが疑問を口にするけど、
「こんな事態になったとはいえ、彼らも我が社の社員だ。無駄に戦い殲滅するより社内法規に則り処罰を受けさせるのが道理だろう。我々はあくまで事態鎮静化のために動いているのであり、殲滅が目的ではないからな」
隊長の静かな、でも厳しさを感じされる声が流れる。
『さっきの戦闘だって色々思うことはあるだろうに……凄いな』
私情を挟まない隊長の姿勢にボクは静かな賛辞を贈る。
「突撃隊に選ばれたものたちは陣形を組み突入開始!」
隊長の言葉と共に各機体が突入口へと向かう。
ここから先、たとえ敵が出てきても援軍は望めない。
文字通りの決死行だ!
コウガさんのホワイトバレットを中心に、上下左右を守るように隊長や突撃隊、そしてボクたちは突き進む。
途中敵の防衛部隊と交戦したけど、ボクタチは急速散開、四方に分かれ包囲陣を敷き攻撃をはじめると、敵は実戦経験豊富な突撃隊には及ばず、各自バラバラに散開したボクたちに反撃するけど、その間に急接近してきたホワイトバレットが敵の不意を突いた近距離戦で次々と撃破し、容易に撃退することができた。
「敵機のパイロット、生きてますかね?」
「見たところ致命的損傷は推進部や武装がほとんどだ。パイロットは無事だと思う」
サイトさん同様、コウガさんにかなり荒っぽい戦い方で傷つけられた敵機の残骸を見ながらボクたちは話す。
「こう見てみるとTAMAって……」
「アイツのことは忘れろ! アイツが本心から従っているかどうかも怪しいし、あんなのがもし敵に寝返ったらその時こそ本当に詰む」
以前ドラグさんに対しても見せたサイトさんの悔しそうな苦り切った声。
「それにアイツがいったんだ。期待はしてるって」
「ええ。今思えばはしゃいでたあの時のTAMAは、まだボクたちを信用していた」
「だからだよ! 今度はアイツの期待とやらに応えてやろうじゃねぇか!」
外部通信を閉ざしたボクたちだけの会話。
でも一番前の座席にはTAMAがいて、その機能はまだ僕たちをサポートしている。
「恥ずかしくない戦いをしないと」
ボクは小さな声で気持ちをこめる。
開発棟の搬出用の通路を進み敵本部があると思われる中央開発エリアの講堂に出るのがボクたちの作戦で、当然それは敵にも読まれていた。
白い塗装を青白いライトが照らす薄暗い通路を進んでいくと、防衛部隊とも呼べない数機の敵機との交戦は三度ほどあった。
でも屋内だけに射程に関してはほぼ意味がなくなったので、数で勝るボクたちの圧勝で終わり、また通路を先に進んだ。
『敵の抵抗が少ない?』
以前真駆の拠点を攻めた時のような感覚。
「まさか、通路には最低限の兵力を置くだけで本部に戦力を集中させているんじゃぁ」
「でもあくまで屋内だぞ。下手な戦力集中じゃぁ同士討ちすらありうるのにか?」
ボクの疑問にサイトさんが答える。
たしかに真駆の時はすべて真駆が操っていたからできた芸当で、各機体にパイロットたちが乗っている今の状況とは違う。
「それにコウガの説明だとラインの機体は高火力兵器をしこたま積んだ機体だそうだから、同じ場所にいたがる奴もいないだろ」
「じゃあ、本当に戦力が尽きたんですかね?」
「それは俺にもわからん。ただ俺だったら同士討ちの危険がある真似はしたくない」
真面目な口調がサイトさんが応えた。
その言葉には、以前サイトさんが鬼族を招来した時の光景とも重なり、同士討ちや無秩序な戦闘が繰り広げられることによる苦悩が汲みとれる。
「安心しろ! 俺だって元勇者だ。まずくなったら魔法でもなんでも使ってどうにかする!」
少し重い雰囲気になったのを察したのか、サイトさんが陽気な声を上げる。
「ですね、“元”勇者様」
「おお! その点は安心しろ!」
通路を突き進むと眼前が開け、広大な講堂の内部へと躍り出た。
白基調の壁に囲まれた高さ100m、幅200m、奥行は300m以上あろうかという大講堂。
床には幾つかのベンチや作業機械が散らばっていて、今さっきまで誰かが作業していたようにも見える。
「ここが敵の本拠地……」
「ええ、これが真・魔王軍の拠点、中央開発エリアです」
ボクの言葉にコウガさんが応える。
「開発機体の各部の試作、試験運用を行うためのエリアでもあり、そのため万が一に備えかなり頑丈な作りともなっています。そして」
コウガさんが言葉を切ると、ホワイトバレットがエリアの対面を指さし、
「あそこが観測司令室でそこにいるのが……」
「待っていたよ、コウガ!」
300m先の壁に突きだすように作られた観測室の窓と、その前に浮かぶように佇む白い影。
だけど壁や窓の大きさとの対比から考えると、その影は全高20mはありそうな巨大なものだ。
足と思しきものは先端が細くなった形で格闘用とはいえないけど、背中から上半身にかけては左右対称に砲身が幾つも生え、さらに両腕には日本の砲身に加えシールドのようなものまで装備している。
胴体はホワイトバレットに近いけど、より防御性が高い感じの逞しさがある。
「ホワイトキャノン……兄さん」
コウガさんの口から思わず漏れる言葉。
「まさかコウガが会社側につくとはね。開発予算削減といい私もつくづく運がない」
敵機体、ホワイトキャノンから流れる低く力強い男性的な声。
これがライン・ヨロイ……
「兄さん! 今からでも遅くない! 投降してよ!」
思わず叫ぶコウガさん。でも、
「なにを馬鹿なことを。ここまできたら勝てるとでも。残念ながら私にとっての敵は、コウガ、お前だけしかいない」
「なっ! たった一機のクセに、ふざけるな!」
「待てっ! 行くな!」
挑発的なラインの言葉にキレた突撃隊の一機が隊長の制止を無視して突進するけど、
「ふん!」
さもつまらなそうな声と共にホワイトキャノンから放たれる幾つもの砲弾!
「それしき!」
突撃した機体も巧みな操縦でかわしホワイトキャノンに急接近するが、
「避けろぉぉぉぉぉぉ!」
「え?」
絶叫にも近い隊長の叫びに突撃したパイロットが驚きの声を上げた刹那、かわしたはずの砲弾が機動を変えて突撃した機体の後部へと命中し、派手な爆発と共に激しい衝撃を発しながら機体を床に叩きつける!
「生きてるか! おい!」
「……う……うぅ……」
隊長の必死の呼び替えに大破した機体から微かな声が聞こえてくる。
「だからいっただろ? コウガ以外は敵ではない、と」
涼しい声でせせら笑うように言葉を奏でるライン。
「他のものをここから退避させたのは、私の戦いの邪魔になるからだ。彼らを巻きこむわけにもいかないのでね」
「大した自信だな」
「自信ではなく実証を元にした事実だ」
ラインの軽口にサイトさんが言葉を返すが、それをさもつまらなそうな声で否定するライン。
「兄さん、こんなことはもうやめてよ。オレは……」
震えた声で止めるコウガさんだけど、
「お前はここ一番で気が弱くなるのがいかんのだ。お前の力と私の技術があれば、ベーセッド社がなくて他社や、いっそ自分たちの陣営を旗揚げすることだってできるはずだ」
そんな思いも今のラインには届かない。
「私はもう会社の方針に右往左往させられるのには飽きたんだよ。開発費削減がそれに拍車をかけた」
下手に手を出せば完膚なきまでに叩き潰さる。
突撃隊全員に蔓延した恐怖にも似た感情を知ってか知らずか、ラインは一人語りを続ける。
「わかるかね? 開発費が削られ、下手をすれば今までの部署や仕事さえ失い去らなければならなくなったものたちの気持ちが。私はそれを嫌と見た。そしてあの夜の陳情のあと、それがまた無駄に終わり、一人の部下が自らこの世を去った時、私の中のなにかがキレた」
ラインの声は力を帯びてきた。
この言葉、確かドラグさんも近いようなことを……
「経営陣にとっては私達はただの数字、あるいはコマで、まずければ帳尻合わせに切ればいい存在なのだろうが、私達は生きている。そのためには糧が必要だし、そのための仕事も必要だ」
突如ホワイトキャノンの右腕から砲撃が壁を激しく撃ち轟音がほとばしる!
一気に緊張する突撃隊の面々。
「君たち経営陣の犬は私たちの攻撃で死者が出たことに大層お怒りのようだが、私達にだって君たちが奉仕する経営陣のせいで死者が出ているんだよ」
ラインの声は荒ぶることもなく凄く落ち着いている。
でもその声音にはどうしようもない哀しみと、失意とも怨みともつかない感情が感じられる。
そんなラインの言葉に皆が沈黙する中、
「……でも、だからって武力で解決するのは間違っていると思う」
通信機から小さな声でコウガさんの言葉が流れる。
「兄さんだってベーセッド社が自分に色々教えてくれたこと、その頑張りから今の地位についたことを楽しそうに話していた時もあったじゃないか!」
「それは……」
「だからオレはそんな兄さんの力になりたくてテストパイロットをやってたし、そしてベーセッド社にも入った」
「………………」
「だからオレは、今まで兄さんを助けて育ててくれたベーセッド社のために戦う」
「……そうか……」
コウガの言葉にラインはまるで感情が途切れたような短い言葉で応じる。
「だから、いくよ兄さん」
「ああ、異存はない」
その言葉と共に、二つの白い機体が高機動音をあげ動きはじめた!
急速に突撃するホワイトバレットに搭載した砲身から無数の砲弾を発射するキャノン!
その弾を巧みにバレットはかわすが、砲弾は急速の方向を変えバレットに追いすがる。
だがバレットは上半身だけを反転させ追いすがる砲弾を機銃で撃破し、さらにキャノンの上方からブースターを吹かして襲いかかる!
だがキャノンは両腕の盾でその攻撃を防ぎ、その間も無数の砲弾を砲身から吐き出し続ける!
四方から迫る砲弾を一部は避け、また一部は迎撃するけど、どうしても殺しきれない砲弾がホワイトバレットに直撃すると思われた刹那!
突如爆発する砲弾!
「俺がいることを忘れてもらっちゃぁ困る」
ボクの前から勝ち誇った声が聞こえる。
モニターを見ればソードガンナーは手持ちの銃を構え、銃口からは硝煙が拡散して四散する光景が。
「フェニックス……」
通信機からコウガさんの声が流れる。
「これはベーセッド社と真・魔王軍の戦いであり、コウガとラインの戦いだ。でも負けさせるにはいかない。だから助太刀するぜ」
サイトさんの力強い声。
珍しくかっこいいサイトさん!
これでこそ元勇者!
「安心しろ。俺がサポートに回る。だから思いっきりお前の兄貴をぶん殴って正気に戻せ!」
サイトさんの挑発的な言葉にキャノンが一瞬ピクリと動き、左腕の砲身がこちらへと向く。
「はい! 必ず!」
コウガさんの言葉と共にキャノンの砲身からボクたちに向け砲弾が発射される!
でも次の瞬間!
距離も半ばで砲弾は爆発四散した!
そこには右手の銃で砲弾を撃ち落すバレットの姿。
「兄さん。オレは必ず兄さんを止める」
「やれるものならやってみろ」
力強いコウガの声に対して、憎悪の感情がダダ漏れるラインの呻き。
その言葉と共にバレットとキャノンが急速に動きはじめた!
ひたすら動きながら砲弾を発射しまくるキャノンだが、どこから弾が飛んできてどう軌道が曲がるのかを理解しているコウガさんのバレットは巧みに動いては砲弾を避け、撃ち落し、仕損じたものでさえサイトさんのソードガンナーが叩き斬る!
その間にもバレットから放たれる銃弾はキャノンを捉え、シールド越しに顕わとなっている右腕の砲身を弾き飛ばす!
「!?」
微かなラインの緊張が一瞬止まるキャノンの挙動からみてとれる。
「なめるな! RCLキャノン、セパレート!!」
ラインの言葉と共に、背中に背負っていた砲身のたちがキャノンから離れ、二門の砲身を持つ三基の空中砲台となりバレットやボクたちを取り囲む!
キャノンからも含め一斉に発射される砲弾!
それをサイトさんが巧みにかわし、斬り、そしてコウガさんに左側の砲台への血路を開く!
開かれた道をコウガさんのバレットは跳び、突起のついた膝蹴りで砲台の一つを粉砕する!
思いもよらぬ展開にまた動きが止まるキャノン!
さらにコウガさんは右側の砲台へと急接近し、再びそこに一撃を見舞う!
だけど、それを予知していたのか砲台がひらりとかわし、その砲身がバレットへと定められ今しも砲弾が発射される刹那!
通常の速度では出せないスピードでソードガンナーが叩き斬る!
「なっ!?」
サイトさんの驚きの声。
ふと見ると最前席のTAMAがこちらに振り向き、
「まぁ、及第点というところかな」
愛らしい声でそういうと、
「期待しておいてよかったよ」
その言葉と共にまた沈黙する。
「なんだコイツ……」
明らかに怪現象を目の当たりにしたサイトさんの声。
「まだ右の砲台が!」
ボクが声を上げるが、言葉を返すよりも早くソードガンナーから放たれた銃弾が砲台を撃破する。
「兄さん! もうやめてよ! 勝てないんだから!」
「まだだ! まだ終わらんよ!」
コウガさんの叫びに往生際の悪いラインが叫ぶ!
ラインの声に応え中央の砲台が砲身をバレットに向けけど、それを予期していたバレットの銃弾が真正面から砲台を射抜き破壊した。
あとはほとんど砲身がなくなったキャノンだけが残された。
「兄さん。もう投降してよ」
今にも泣きそうなコウガさんの声。
だけど……
「ここまで事態が大きくなったのに、投降しろだと。私から部下や仕事を奪ったばかりか、誇りまで奪うつもりか?」
「そんなんじゃない……そんなんじゃないんだ」
悪態をつくラインにひたすら懇願の声を上げる。
「この機体は私が今までの技術を結集し作った機体だ。それをお前は打ち砕こうとしている! 弟とはいえ、テストパイロットのお前が、より劣った機体でこのホワイトキャノンを!」
「その機体をテストしたのはオレだ! だから機体の癖も特徴も知っている! 兄さんだけの機体じゃない!」
「!?」
コウガさん言葉を失うライン。
「だからパイロットじゃない兄さんでは、今のオレには敵わない。だから……」
「……なるほど、そうだな。確かにこの機体のテストをしたのはお前だし任せたのは私だ。なるほど、色々な仕掛けについては話しあったりもしたよな」
まるで憑き物が落ちたように穏やかなラインの声。
「うん、あの時は楽しかった。次はどんな機体に乗れるんだろう、どんな機体を兄さんが作るんだろうって」
「ああ、あの時が一番楽しかったな」
懐かしそうに話すコウガさんとライン。
「だから兄さん、今からでも遅くは……兄さん? 何かしてるの、兄さん!」
コウガさんが不審な声を上げる。
するとキャノンが一歩後ずさり、
「コウガ、この戦いが終わったら、お前は首謀者である私を討ち取ったと報告しろ。それだけでもお前の潔白には十分だ」
「なに言ってるの、兄さん?」
さらに後ずさるキャノンに、縋るようなコウガさんの声が続く。
「お前はいいテストパイロットだった。私が今の地位に昇りつめられたのも、いい機体を開発できたのもコウガ、お前がいたからだ」
「兄さん!」
「だから……」
「もしかして起爆装置を作動させたのか! 機密保持用の!」
起爆装置のことを思いだし絶叫するコウガさん!
「ああ、だからもうすぐでこの機体は吹き飛ぶ。だからお前は……お前たちは」
ラインの笑とも泣き声ともつかない声。
「馬鹿! なんでそこまで思いつめた!」
「せめてお前だけでもベーセッドには残ってもらいたいからだ。お前は優秀なテストパイロットだし、今後のベーセッドには必要な人材だからだ!」
「だからって!」
「この機体は私の傑作機だ。負けたとはいえ、その機体で逝けるなら……」
今にも消え入りそうなラインの声に、
「テストパイロットを舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如コウガさんが大声で咆哮を上げるとキャノンに向け突進するバレット。
キャノンはその勢いに負け仰向けに倒れこむ!
そこに馬乗りになったバレットがキャノンの腹部装甲に手をかける!
破壊音と共に剥がされる装甲と顕わになるコクピット!
さらにそこに手を突っこみ、ハッチをこじ開け中のラインを掴みだす!
一見どこにコクピットがあるのかわからない構造でもテストパイロットなら場所は知っている。
だからコウガさんは突進したんだ。
ラインを両手で保護すると急加速で離脱するバレット!
その後で激しい電流の奔流が迸り各部が連鎖爆発をはじめ最後は機体本体が大爆発するホワイトキャノン。
ホワイトバレットはその爆発から逃れ、悠然とボクたちの前に降り立った。
手の内にはすでに戦う気も失せたラインが。
「兄さん……いや、ライン・ヨロイ。ベーセッド社に対する業部妨害、器物損壊、過失傷害致死、不法占拠等の容疑で拘束します。いいですね」
バレットから響くコウガさんの静かな声。
バレットの面を無表情で見上げていたラインは少し俯き、軽く頭を振り、そしてまた俯くと、最後は顔を上げ、
「はい」
笑顔でそう答える。
そこにはもうなにもない、憑き物が落ちた落ち着いたラインの顔があった。
僕たちも倒した敵機からパイロットたちを救うべく救助隊の派遣や搬出係の手配をし、こうして開発棟の攻略は無事終了し、真・魔王軍は鎮圧された。
「いやぁ、お勤めご苦労様でしたぁ!」
「ゲ、ゲンバーさん?」
ベーセッド本社へと帰還したボクたちを出迎えたのは意外な人物だった。
「アンタ死んだはずじゃぁ……」
「はっはっはっ! 元キャリアのパイロットを見くびってもらっては困りますねぇ! あの刹那、私はベースガンナーの脱出装置に手をかけ、機体を捨てて脱出していたのですよ!」
ゲンバーさんの誇らしげな態度。
「でも、なんであの場にいなかったんですか?」
「はっはっは! 脱出装置の発射速度が凄すぎて、飛び過ぎちゃうってやつですか。いやぁ、ここに帰ってくるのも一苦労でしたよ!」
妙に明るいゲンバーさんの声にボクたちは、
「本当だと思いますか?」
「元がエースパイロットとはいえ、どうにも……」
するとゲンバーさんも周りの人目を気にしてかボクたちを手招きして、前に使った待合室へ連れこむと、
「やっぱり変ですかね、あの言分け?」
バツが悪そうな笑みを浮かべて聞いてくる。
「やっぱり違うんだ」
「いや、まぁ、あの時ね、私も死んだのかと思ったんですが、真影様が『メッセージャーのお前が勝手に死ぬな』とお怒りの言葉とともにこの近くに転送されてきちゃいまして」
「で、それを脱出装置が飛び過ぎたせいにした、と」
「ええ、まぁ、私昔はエースパイロットでしたし、こうやって撃墜されても脱出して帰ってきたこともあったので信じる人は信じてるんで」
ゲンバーさんは照れてるのか困っているのかわからない目を細めた表情を浮かべ、
「だから、ね! 口裏あわせてくださいよぉ。私が脱出装置を使ったお蔭だって。でないと真影様が助けてくれた甲斐がなくなっちゃいますしぃ」
愛らしい人懐っこい仕草で懇願するゲンバーさん。
サイトさんも思わず口元に笑みを浮かべ、
「いいよ、アンタには色々助けられたから」
「助かりますぅ」
サイトさんの言葉に笑顔満面のゲンバーさん。
「それはそうと、ここでの調べ物はどうでしたか?」
何気ないゲンバーさんの言葉に、ボクは表情を曇らせ、
「あ、残念なことにそこは火事で燃えちゃってて……」
「火事? なんですかそれ?」
ボクの言葉にゲンバーさんはキョトンとした表情を浮かべ、
「あんなに派手に燃えて部屋一つ丸焦げになったのに知らないのか?」
「知るも知らないも、ここは宇宙に浮かんでいるいわば巨大な宇宙船と同じですよ。火災があれば大小かまわず一大事ですので私たちが知らないということはないです」
「は?」
サイトさんの問いにゲンバーさんが答えるものの、どうもボクたちの見たものとは食い違う。
「だってそこを管理している婆さんが!」
「どこですって?」
「この区画」
サイトさんはゲンバーさんにミャーミャンがいた区画を教えるけど、
「ここの管理人は男ですよ」
どうにもボクたちが見聞きしたものとは違う答えが返ってくる。
「じゃ、じゃあ、今から見てくるよ!」
サイトさんが慌てた表情で駆け出そうとすると
「そういえばTAMAのバージョンアップの件、私も詳しくは聞いてなかったのでどんなものかと問い合わせたんですけど」
ゲンバーさんの言葉にサイトさんの足が止まる。
「どうにも私たちのTAMAとは仕様が異なり、もう少し演算能力が上がる程度のものだったようで……あの豊かな感情とか凄まじい戦闘能力はそもそもついていないとか」
その言葉にギギギと音を立てるようにゲンバーさんへと向きを変えるサイトさん。
「私たち何見たんでしょうかねぇ。近くにいたなら何かお気づきの点がありましたかね?」
朗らかな表情で尋ねるゲンバ―さんと不安げな表情を浮かべ嫌な汗が頭から流れ落ちるサイトさん。
今までとは違い愛嬌たっぷりのTAMA、暴走とも呼べる狂気を放つTAMA、上から目線のTAMA。
『あれはバージョンアップじゃなかったのか……』
あとボクの背筋にも冷たいものが走る。
怪現象じみたTAMAの挙動のあとにきた炎上などなかったという怪奇報告。
それを確かめるべくボクたちミャーミャンのいたとされる場所に再び訪れたけど……
「なにも起きてない」
「ええ、普通のお部屋ですね」
進入禁止のテープもなく、部屋はこの区画を管理している男性が見せてくれた。
最近まで家賃が払われていたのでそのままにしていたけど、最近契約解除の同意書が送られてきたので、今は借り主募集となっているらしい。
「……おい、どうなってんだよ、これ?」
どうにも釈然としないサイトさんが声を震わせ僕に尋ねるけど、
「ボクだってわかるはずないでしょ」
そう答えるしかない。
ミャーミャンのいた部屋はきれいに整理されている。
「俺達が見たのはなんだったんだ?」
「あのセンデスさんって誰なんですか?」
TAMAといい、ここにきてあまりにも不可思議すぎる事象に苛まれる。
「とりあえずここでの任務は無事終了したんだ」
「ええ、真士さんの所に戻りましょう」
「ああ、状況がどうにも不穏だし、こっちがおかしくなりそうだしな」
怪訝な表情を浮かべ、ただ普通の部屋を一瞥してあとにするサイトさん。
ボクにだってなにが起きが起きているのかはわからない。
でもミャーミャンについての情報は、残念ながらあまり得られなかったのが心残りだ。
そんな思いを胸に、ボクたちはメルクドールをあとにした。
皆口数が少ない。
それもそうだ。
ゲンバーさんは元キャリアのエースパイロットだ。いわばこの部隊の要の一つでもあった。
それがあんな形で……
「なにをそんなに気落ちしてるんですかぁ?」
愛らしい声音でTAMAは無神経に尋ねるけど、ボクは少しイラッとして、
「TAMAにはわからないよ。ボクたちの気持ちは」
「フェニックスさんもなんですかぁ?」
ボクの苛立ちになんの関心も示さず、サイトさんにも愛嬌たっぷりに尋ねるけど、
「………………」
沈黙だけが返ってくる。
サイトさんだって、TAMAがあの時全機倒しておけばこんなことにはならなかった。
そんなことを思ってるのかもしれない。
「そうですか。お二人はそう思われたんですね。ならば私も今後は沈黙を守ります」
さっきまでのTAMAとは違う、妙に機械的応答。
「おい、そりゃどういう意味だ」
「あとはあなた方の腕で切り抜けてください。期待はしておきます」
不審に思ったサイトさんの問いかけにTAMAはまたしても機械的応答をし、言葉を閉じる。
「おい、TAMA! 答えろよ!」
サイトさんが怒鳴ろうがTAMAは沈黙したままだ。
「マト、こいつのナビゲート機能、あと戦闘サポート機能は活きてるか?」
「あ、うん、ちょっと待って。 大丈夫、TAMAのサポートが活きてるのを確認」
「じゃあ本当に黙ったままってわけか」
ボクの報告を聞いてサイトさんが安堵した声を上げる。
「なにが気に入らなかったんでしょうね?」
「知るか! こいつが勝手に動いて暴れた結果がこの惨状なのに! 身勝手にも程がある!」
困惑するボクにサイトさんが苦り切った声を上げた。
開発棟での戦いは互いの長距離砲戦ではじまった。
開発棟や各工場の屋上や外に設置された長距離砲台を潰すため、こちらも長距離砲を所持した機体が互いに砲撃を撃ちあう。
もちろん敵は開発陣だけあって、こちらの兵器全ての性能を熟知しているから射程外からの砲撃を試みるけど、一度こちらの射程内に入れば、相手が固定砲台なのに対して動きながら撃てるこちらの方が分がある。
急場しのぎの防衛砲台は装甲も弱いためか、こちらの砲撃で一基一基撃破されていく。
「サイ……フェニックス、右手に敵防衛隊接近中!」
「任せろ!」
ボクの声にサイトさんが応え、乗機のソードガンナーは急加速で敵部隊上空に向け飛上り、眼下に捉えた敵部隊に向け急降下する!
敵部隊はそのことに慌てたのか無数の弾を撃ってくるけど、サイトさんは巧みにかわし、あるいはバレないように張った防御魔法により弾をそらし、敵部隊のただ中へと舞い降り、手にした双剣で敵機を切り刻む!
「クソッ! 上手くいかねェぇ!」
ソードガンナーを操り敵機を次々と斬り裂くサイトさんだけど、屈辱感のこもった罵声を吐く。
「ど、どうしたんですか?」
「アイツのように関節だけ確実に切り刻むことができねぇ! あのTAMA公、どういうバージョンアップすりゃあ、あんな神業連発できたっ!?」
ボクの問いに応えたサイトさんの声は、まるで才能の差を見せつけられた秀才の言葉にも聞こえる。
「あの……TAMAってそんなに凄いんですか?」
操縦系はほとんどサイトさんに預けているので、ボクは周囲を警戒したり機体各部の損傷や損耗のチェックなので少し余裕があるけど、
「どうしても腕や武器を叩き折るしかねぇ時もある! そうなりゃ最悪爆発や乗員に被害が出る危険もある! それを、アイツっ!!」
先ほどまで気味の悪いバケモノ扱いしていたTAMAが、とても自分にも及びもつかない超絶技術を披露していたことを理解したサイトさんの屈辱感がダダ漏れの声。
『でも……サイトさんだって十分凄いんですよ』
必死に戦うサイトさんにボクは心の中でエールを送る。
「フェニックス、これからコウガが開発棟に突入する。随伴として同行、援護してくれ! 奴らの機体に対処できるのはコウガのホワイトバレットだけだ。だからあくまで援護に徹してくれ」
隊長の冷静な、微かに悲痛さを感じさせる声。
隊長はゲンバーさんとは昔から知り合いだったようだから、その腕も為人も知っていたんだろう。
だから今の厳しさを人一倍感じているんだ。
「ああ、大丈夫だ。必ず俺も、コウガも生きて帰る。そしてこの事件の首謀者も必ず捕まえる」
サイトさんも事態の厳しさを踏まえ、でも幾つもの修羅場を潜り抜けてきた自信と実力から、落ち着いた声で応える。
「その声を聞いて安心した。だが決して無理をするなよ」
少し笑いをふくんだ隊長の声が返ってくる。
隊長だってこれ以上の犠牲者は出したくないんだ。
敵にも味方にも。
「じゃあ行くぜ!」
「はい!」
サイトさんの声にボクも力のこもった声で応えた。
開発棟は文字通り幾つかの試作工場と開発研究ビルが林立した区画だった。
建物は白基調の色で塗られ人の出入りや貨物の搬入がしやすいよう大小幾つかのハッチがあり、それらは今防衛部隊との交戦で勝利したボクたちのものとなっていた。
「俺達はいつでも突入できる。指示を待つ」
「わかった。今コウガが最終調整を済ませた。すぐそちらに行くと思う」
サイトさんの言葉に応える隊長。
その言葉通り、コウガさんの駆る機体、ホワイトバレットが噴射光を背負いながら現れ、脚先の推進装置をフル稼働し制動をかけ、待機していたボクたちの横に降り立った。
肩や足にトゲを思わせる鋭角な突起を二本ずつ持ち、頸のすぐ近くの胴体からも後方に向け鋭い突起が延びる。
細面でスリットのようなカメラアイと顎の場所に金色の突起を持つ容貌はスタイリッシュでコウガさんの風貌にも似ていた。
体は細いけど四肢は頑強な印象を与え、まさに攻撃のための獅子を思わせる。
「お待たせしました。これから真・魔王軍の拠点である開発棟に突入します。たぶん兄……首謀者ライン・ヨロイは特殊な試作機体で応戦すると思います」
「なんでそれがわかる」
コウガさんが通信機を使い事態の説明をする中、突撃に参加する別のパイロットから声が上がる。
「……ラインはいつもいってました。こいつは私が精魂こめて作った傑作機だって。だからオレ以外の誰にもテストパイロットはさせなかった」
「性能は?」
コウガさんの言葉にサイトさんが尋ねる。
「一言でいえば高火力機動兵器。ただ高機動というよりは重機動で、多数の高火力兵器を搭載しながら一般機並みに動けます」
「いわば動き回れる多連装砲台か?」
「防御力もあるのでよりタチが悪いです」
苦笑いしながら軽口を叩く隊員に本気かジョークがわからない口調でコウガさんが応えると、隊員たちの中から笑い声とも嘆息ともつかない声が流れる。
「だから無駄に数を出してもやられるだけです」
「そこで俺達も突撃隊に参加して開発棟に突入しろってわけか」
サイトさんの問いに隊長が、
「そういうわけだ。だから突入しない他のものはここや周囲を捜索し、残存部隊がいればこれを撃退、もしくは降伏勧告を試みろ」
「敵に投降を促すのか?」
隊長の言葉にサイトさんが疑問を口にするけど、
「こんな事態になったとはいえ、彼らも我が社の社員だ。無駄に戦い殲滅するより社内法規に則り処罰を受けさせるのが道理だろう。我々はあくまで事態鎮静化のために動いているのであり、殲滅が目的ではないからな」
隊長の静かな、でも厳しさを感じされる声が流れる。
『さっきの戦闘だって色々思うことはあるだろうに……凄いな』
私情を挟まない隊長の姿勢にボクは静かな賛辞を贈る。
「突撃隊に選ばれたものたちは陣形を組み突入開始!」
隊長の言葉と共に各機体が突入口へと向かう。
ここから先、たとえ敵が出てきても援軍は望めない。
文字通りの決死行だ!
コウガさんのホワイトバレットを中心に、上下左右を守るように隊長や突撃隊、そしてボクたちは突き進む。
途中敵の防衛部隊と交戦したけど、ボクタチは急速散開、四方に分かれ包囲陣を敷き攻撃をはじめると、敵は実戦経験豊富な突撃隊には及ばず、各自バラバラに散開したボクたちに反撃するけど、その間に急接近してきたホワイトバレットが敵の不意を突いた近距離戦で次々と撃破し、容易に撃退することができた。
「敵機のパイロット、生きてますかね?」
「見たところ致命的損傷は推進部や武装がほとんどだ。パイロットは無事だと思う」
サイトさん同様、コウガさんにかなり荒っぽい戦い方で傷つけられた敵機の残骸を見ながらボクたちは話す。
「こう見てみるとTAMAって……」
「アイツのことは忘れろ! アイツが本心から従っているかどうかも怪しいし、あんなのがもし敵に寝返ったらその時こそ本当に詰む」
以前ドラグさんに対しても見せたサイトさんの悔しそうな苦り切った声。
「それにアイツがいったんだ。期待はしてるって」
「ええ。今思えばはしゃいでたあの時のTAMAは、まだボクたちを信用していた」
「だからだよ! 今度はアイツの期待とやらに応えてやろうじゃねぇか!」
外部通信を閉ざしたボクたちだけの会話。
でも一番前の座席にはTAMAがいて、その機能はまだ僕たちをサポートしている。
「恥ずかしくない戦いをしないと」
ボクは小さな声で気持ちをこめる。
開発棟の搬出用の通路を進み敵本部があると思われる中央開発エリアの講堂に出るのがボクたちの作戦で、当然それは敵にも読まれていた。
白い塗装を青白いライトが照らす薄暗い通路を進んでいくと、防衛部隊とも呼べない数機の敵機との交戦は三度ほどあった。
でも屋内だけに射程に関してはほぼ意味がなくなったので、数で勝るボクたちの圧勝で終わり、また通路を先に進んだ。
『敵の抵抗が少ない?』
以前真駆の拠点を攻めた時のような感覚。
「まさか、通路には最低限の兵力を置くだけで本部に戦力を集中させているんじゃぁ」
「でもあくまで屋内だぞ。下手な戦力集中じゃぁ同士討ちすらありうるのにか?」
ボクの疑問にサイトさんが答える。
たしかに真駆の時はすべて真駆が操っていたからできた芸当で、各機体にパイロットたちが乗っている今の状況とは違う。
「それにコウガの説明だとラインの機体は高火力兵器をしこたま積んだ機体だそうだから、同じ場所にいたがる奴もいないだろ」
「じゃあ、本当に戦力が尽きたんですかね?」
「それは俺にもわからん。ただ俺だったら同士討ちの危険がある真似はしたくない」
真面目な口調がサイトさんが応えた。
その言葉には、以前サイトさんが鬼族を招来した時の光景とも重なり、同士討ちや無秩序な戦闘が繰り広げられることによる苦悩が汲みとれる。
「安心しろ! 俺だって元勇者だ。まずくなったら魔法でもなんでも使ってどうにかする!」
少し重い雰囲気になったのを察したのか、サイトさんが陽気な声を上げる。
「ですね、“元”勇者様」
「おお! その点は安心しろ!」
通路を突き進むと眼前が開け、広大な講堂の内部へと躍り出た。
白基調の壁に囲まれた高さ100m、幅200m、奥行は300m以上あろうかという大講堂。
床には幾つかのベンチや作業機械が散らばっていて、今さっきまで誰かが作業していたようにも見える。
「ここが敵の本拠地……」
「ええ、これが真・魔王軍の拠点、中央開発エリアです」
ボクの言葉にコウガさんが応える。
「開発機体の各部の試作、試験運用を行うためのエリアでもあり、そのため万が一に備えかなり頑丈な作りともなっています。そして」
コウガさんが言葉を切ると、ホワイトバレットがエリアの対面を指さし、
「あそこが観測司令室でそこにいるのが……」
「待っていたよ、コウガ!」
300m先の壁に突きだすように作られた観測室の窓と、その前に浮かぶように佇む白い影。
だけど壁や窓の大きさとの対比から考えると、その影は全高20mはありそうな巨大なものだ。
足と思しきものは先端が細くなった形で格闘用とはいえないけど、背中から上半身にかけては左右対称に砲身が幾つも生え、さらに両腕には日本の砲身に加えシールドのようなものまで装備している。
胴体はホワイトバレットに近いけど、より防御性が高い感じの逞しさがある。
「ホワイトキャノン……兄さん」
コウガさんの口から思わず漏れる言葉。
「まさかコウガが会社側につくとはね。開発予算削減といい私もつくづく運がない」
敵機体、ホワイトキャノンから流れる低く力強い男性的な声。
これがライン・ヨロイ……
「兄さん! 今からでも遅くない! 投降してよ!」
思わず叫ぶコウガさん。でも、
「なにを馬鹿なことを。ここまできたら勝てるとでも。残念ながら私にとっての敵は、コウガ、お前だけしかいない」
「なっ! たった一機のクセに、ふざけるな!」
「待てっ! 行くな!」
挑発的なラインの言葉にキレた突撃隊の一機が隊長の制止を無視して突進するけど、
「ふん!」
さもつまらなそうな声と共にホワイトキャノンから放たれる幾つもの砲弾!
「それしき!」
突撃した機体も巧みな操縦でかわしホワイトキャノンに急接近するが、
「避けろぉぉぉぉぉぉ!」
「え?」
絶叫にも近い隊長の叫びに突撃したパイロットが驚きの声を上げた刹那、かわしたはずの砲弾が機動を変えて突撃した機体の後部へと命中し、派手な爆発と共に激しい衝撃を発しながら機体を床に叩きつける!
「生きてるか! おい!」
「……う……うぅ……」
隊長の必死の呼び替えに大破した機体から微かな声が聞こえてくる。
「だからいっただろ? コウガ以外は敵ではない、と」
涼しい声でせせら笑うように言葉を奏でるライン。
「他のものをここから退避させたのは、私の戦いの邪魔になるからだ。彼らを巻きこむわけにもいかないのでね」
「大した自信だな」
「自信ではなく実証を元にした事実だ」
ラインの軽口にサイトさんが言葉を返すが、それをさもつまらなそうな声で否定するライン。
「兄さん、こんなことはもうやめてよ。オレは……」
震えた声で止めるコウガさんだけど、
「お前はここ一番で気が弱くなるのがいかんのだ。お前の力と私の技術があれば、ベーセッド社がなくて他社や、いっそ自分たちの陣営を旗揚げすることだってできるはずだ」
そんな思いも今のラインには届かない。
「私はもう会社の方針に右往左往させられるのには飽きたんだよ。開発費削減がそれに拍車をかけた」
下手に手を出せば完膚なきまでに叩き潰さる。
突撃隊全員に蔓延した恐怖にも似た感情を知ってか知らずか、ラインは一人語りを続ける。
「わかるかね? 開発費が削られ、下手をすれば今までの部署や仕事さえ失い去らなければならなくなったものたちの気持ちが。私はそれを嫌と見た。そしてあの夜の陳情のあと、それがまた無駄に終わり、一人の部下が自らこの世を去った時、私の中のなにかがキレた」
ラインの声は力を帯びてきた。
この言葉、確かドラグさんも近いようなことを……
「経営陣にとっては私達はただの数字、あるいはコマで、まずければ帳尻合わせに切ればいい存在なのだろうが、私達は生きている。そのためには糧が必要だし、そのための仕事も必要だ」
突如ホワイトキャノンの右腕から砲撃が壁を激しく撃ち轟音がほとばしる!
一気に緊張する突撃隊の面々。
「君たち経営陣の犬は私たちの攻撃で死者が出たことに大層お怒りのようだが、私達にだって君たちが奉仕する経営陣のせいで死者が出ているんだよ」
ラインの声は荒ぶることもなく凄く落ち着いている。
でもその声音にはどうしようもない哀しみと、失意とも怨みともつかない感情が感じられる。
そんなラインの言葉に皆が沈黙する中、
「……でも、だからって武力で解決するのは間違っていると思う」
通信機から小さな声でコウガさんの言葉が流れる。
「兄さんだってベーセッド社が自分に色々教えてくれたこと、その頑張りから今の地位についたことを楽しそうに話していた時もあったじゃないか!」
「それは……」
「だからオレはそんな兄さんの力になりたくてテストパイロットをやってたし、そしてベーセッド社にも入った」
「………………」
「だからオレは、今まで兄さんを助けて育ててくれたベーセッド社のために戦う」
「……そうか……」
コウガの言葉にラインはまるで感情が途切れたような短い言葉で応じる。
「だから、いくよ兄さん」
「ああ、異存はない」
その言葉と共に、二つの白い機体が高機動音をあげ動きはじめた!
急速に突撃するホワイトバレットに搭載した砲身から無数の砲弾を発射するキャノン!
その弾を巧みにバレットはかわすが、砲弾は急速の方向を変えバレットに追いすがる。
だがバレットは上半身だけを反転させ追いすがる砲弾を機銃で撃破し、さらにキャノンの上方からブースターを吹かして襲いかかる!
だがキャノンは両腕の盾でその攻撃を防ぎ、その間も無数の砲弾を砲身から吐き出し続ける!
四方から迫る砲弾を一部は避け、また一部は迎撃するけど、どうしても殺しきれない砲弾がホワイトバレットに直撃すると思われた刹那!
突如爆発する砲弾!
「俺がいることを忘れてもらっちゃぁ困る」
ボクの前から勝ち誇った声が聞こえる。
モニターを見ればソードガンナーは手持ちの銃を構え、銃口からは硝煙が拡散して四散する光景が。
「フェニックス……」
通信機からコウガさんの声が流れる。
「これはベーセッド社と真・魔王軍の戦いであり、コウガとラインの戦いだ。でも負けさせるにはいかない。だから助太刀するぜ」
サイトさんの力強い声。
珍しくかっこいいサイトさん!
これでこそ元勇者!
「安心しろ。俺がサポートに回る。だから思いっきりお前の兄貴をぶん殴って正気に戻せ!」
サイトさんの挑発的な言葉にキャノンが一瞬ピクリと動き、左腕の砲身がこちらへと向く。
「はい! 必ず!」
コウガさんの言葉と共にキャノンの砲身からボクたちに向け砲弾が発射される!
でも次の瞬間!
距離も半ばで砲弾は爆発四散した!
そこには右手の銃で砲弾を撃ち落すバレットの姿。
「兄さん。オレは必ず兄さんを止める」
「やれるものならやってみろ」
力強いコウガの声に対して、憎悪の感情がダダ漏れるラインの呻き。
その言葉と共にバレットとキャノンが急速に動きはじめた!
ひたすら動きながら砲弾を発射しまくるキャノンだが、どこから弾が飛んできてどう軌道が曲がるのかを理解しているコウガさんのバレットは巧みに動いては砲弾を避け、撃ち落し、仕損じたものでさえサイトさんのソードガンナーが叩き斬る!
その間にもバレットから放たれる銃弾はキャノンを捉え、シールド越しに顕わとなっている右腕の砲身を弾き飛ばす!
「!?」
微かなラインの緊張が一瞬止まるキャノンの挙動からみてとれる。
「なめるな! RCLキャノン、セパレート!!」
ラインの言葉と共に、背中に背負っていた砲身のたちがキャノンから離れ、二門の砲身を持つ三基の空中砲台となりバレットやボクたちを取り囲む!
キャノンからも含め一斉に発射される砲弾!
それをサイトさんが巧みにかわし、斬り、そしてコウガさんに左側の砲台への血路を開く!
開かれた道をコウガさんのバレットは跳び、突起のついた膝蹴りで砲台の一つを粉砕する!
思いもよらぬ展開にまた動きが止まるキャノン!
さらにコウガさんは右側の砲台へと急接近し、再びそこに一撃を見舞う!
だけど、それを予知していたのか砲台がひらりとかわし、その砲身がバレットへと定められ今しも砲弾が発射される刹那!
通常の速度では出せないスピードでソードガンナーが叩き斬る!
「なっ!?」
サイトさんの驚きの声。
ふと見ると最前席のTAMAがこちらに振り向き、
「まぁ、及第点というところかな」
愛らしい声でそういうと、
「期待しておいてよかったよ」
その言葉と共にまた沈黙する。
「なんだコイツ……」
明らかに怪現象を目の当たりにしたサイトさんの声。
「まだ右の砲台が!」
ボクが声を上げるが、言葉を返すよりも早くソードガンナーから放たれた銃弾が砲台を撃破する。
「兄さん! もうやめてよ! 勝てないんだから!」
「まだだ! まだ終わらんよ!」
コウガさんの叫びに往生際の悪いラインが叫ぶ!
ラインの声に応え中央の砲台が砲身をバレットに向けけど、それを予期していたバレットの銃弾が真正面から砲台を射抜き破壊した。
あとはほとんど砲身がなくなったキャノンだけが残された。
「兄さん。もう投降してよ」
今にも泣きそうなコウガさんの声。
だけど……
「ここまで事態が大きくなったのに、投降しろだと。私から部下や仕事を奪ったばかりか、誇りまで奪うつもりか?」
「そんなんじゃない……そんなんじゃないんだ」
悪態をつくラインにひたすら懇願の声を上げる。
「この機体は私が今までの技術を結集し作った機体だ。それをお前は打ち砕こうとしている! 弟とはいえ、テストパイロットのお前が、より劣った機体でこのホワイトキャノンを!」
「その機体をテストしたのはオレだ! だから機体の癖も特徴も知っている! 兄さんだけの機体じゃない!」
「!?」
コウガさん言葉を失うライン。
「だからパイロットじゃない兄さんでは、今のオレには敵わない。だから……」
「……なるほど、そうだな。確かにこの機体のテストをしたのはお前だし任せたのは私だ。なるほど、色々な仕掛けについては話しあったりもしたよな」
まるで憑き物が落ちたように穏やかなラインの声。
「うん、あの時は楽しかった。次はどんな機体に乗れるんだろう、どんな機体を兄さんが作るんだろうって」
「ああ、あの時が一番楽しかったな」
懐かしそうに話すコウガさんとライン。
「だから兄さん、今からでも遅くは……兄さん? 何かしてるの、兄さん!」
コウガさんが不審な声を上げる。
するとキャノンが一歩後ずさり、
「コウガ、この戦いが終わったら、お前は首謀者である私を討ち取ったと報告しろ。それだけでもお前の潔白には十分だ」
「なに言ってるの、兄さん?」
さらに後ずさるキャノンに、縋るようなコウガさんの声が続く。
「お前はいいテストパイロットだった。私が今の地位に昇りつめられたのも、いい機体を開発できたのもコウガ、お前がいたからだ」
「兄さん!」
「だから……」
「もしかして起爆装置を作動させたのか! 機密保持用の!」
起爆装置のことを思いだし絶叫するコウガさん!
「ああ、だからもうすぐでこの機体は吹き飛ぶ。だからお前は……お前たちは」
ラインの笑とも泣き声ともつかない声。
「馬鹿! なんでそこまで思いつめた!」
「せめてお前だけでもベーセッドには残ってもらいたいからだ。お前は優秀なテストパイロットだし、今後のベーセッドには必要な人材だからだ!」
「だからって!」
「この機体は私の傑作機だ。負けたとはいえ、その機体で逝けるなら……」
今にも消え入りそうなラインの声に、
「テストパイロットを舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如コウガさんが大声で咆哮を上げるとキャノンに向け突進するバレット。
キャノンはその勢いに負け仰向けに倒れこむ!
そこに馬乗りになったバレットがキャノンの腹部装甲に手をかける!
破壊音と共に剥がされる装甲と顕わになるコクピット!
さらにそこに手を突っこみ、ハッチをこじ開け中のラインを掴みだす!
一見どこにコクピットがあるのかわからない構造でもテストパイロットなら場所は知っている。
だからコウガさんは突進したんだ。
ラインを両手で保護すると急加速で離脱するバレット!
その後で激しい電流の奔流が迸り各部が連鎖爆発をはじめ最後は機体本体が大爆発するホワイトキャノン。
ホワイトバレットはその爆発から逃れ、悠然とボクたちの前に降り立った。
手の内にはすでに戦う気も失せたラインが。
「兄さん……いや、ライン・ヨロイ。ベーセッド社に対する業部妨害、器物損壊、過失傷害致死、不法占拠等の容疑で拘束します。いいですね」
バレットから響くコウガさんの静かな声。
バレットの面を無表情で見上げていたラインは少し俯き、軽く頭を振り、そしてまた俯くと、最後は顔を上げ、
「はい」
笑顔でそう答える。
そこにはもうなにもない、憑き物が落ちた落ち着いたラインの顔があった。
僕たちも倒した敵機からパイロットたちを救うべく救助隊の派遣や搬出係の手配をし、こうして開発棟の攻略は無事終了し、真・魔王軍は鎮圧された。
「いやぁ、お勤めご苦労様でしたぁ!」
「ゲ、ゲンバーさん?」
ベーセッド本社へと帰還したボクたちを出迎えたのは意外な人物だった。
「アンタ死んだはずじゃぁ……」
「はっはっはっ! 元キャリアのパイロットを見くびってもらっては困りますねぇ! あの刹那、私はベースガンナーの脱出装置に手をかけ、機体を捨てて脱出していたのですよ!」
ゲンバーさんの誇らしげな態度。
「でも、なんであの場にいなかったんですか?」
「はっはっは! 脱出装置の発射速度が凄すぎて、飛び過ぎちゃうってやつですか。いやぁ、ここに帰ってくるのも一苦労でしたよ!」
妙に明るいゲンバーさんの声にボクたちは、
「本当だと思いますか?」
「元がエースパイロットとはいえ、どうにも……」
するとゲンバーさんも周りの人目を気にしてかボクたちを手招きして、前に使った待合室へ連れこむと、
「やっぱり変ですかね、あの言分け?」
バツが悪そうな笑みを浮かべて聞いてくる。
「やっぱり違うんだ」
「いや、まぁ、あの時ね、私も死んだのかと思ったんですが、真影様が『メッセージャーのお前が勝手に死ぬな』とお怒りの言葉とともにこの近くに転送されてきちゃいまして」
「で、それを脱出装置が飛び過ぎたせいにした、と」
「ええ、まぁ、私昔はエースパイロットでしたし、こうやって撃墜されても脱出して帰ってきたこともあったので信じる人は信じてるんで」
ゲンバーさんは照れてるのか困っているのかわからない目を細めた表情を浮かべ、
「だから、ね! 口裏あわせてくださいよぉ。私が脱出装置を使ったお蔭だって。でないと真影様が助けてくれた甲斐がなくなっちゃいますしぃ」
愛らしい人懐っこい仕草で懇願するゲンバーさん。
サイトさんも思わず口元に笑みを浮かべ、
「いいよ、アンタには色々助けられたから」
「助かりますぅ」
サイトさんの言葉に笑顔満面のゲンバーさん。
「それはそうと、ここでの調べ物はどうでしたか?」
何気ないゲンバーさんの言葉に、ボクは表情を曇らせ、
「あ、残念なことにそこは火事で燃えちゃってて……」
「火事? なんですかそれ?」
ボクの言葉にゲンバーさんはキョトンとした表情を浮かべ、
「あんなに派手に燃えて部屋一つ丸焦げになったのに知らないのか?」
「知るも知らないも、ここは宇宙に浮かんでいるいわば巨大な宇宙船と同じですよ。火災があれば大小かまわず一大事ですので私たちが知らないということはないです」
「は?」
サイトさんの問いにゲンバーさんが答えるものの、どうもボクたちの見たものとは食い違う。
「だってそこを管理している婆さんが!」
「どこですって?」
「この区画」
サイトさんはゲンバーさんにミャーミャンがいた区画を教えるけど、
「ここの管理人は男ですよ」
どうにもボクたちが見聞きしたものとは違う答えが返ってくる。
「じゃ、じゃあ、今から見てくるよ!」
サイトさんが慌てた表情で駆け出そうとすると
「そういえばTAMAのバージョンアップの件、私も詳しくは聞いてなかったのでどんなものかと問い合わせたんですけど」
ゲンバーさんの言葉にサイトさんの足が止まる。
「どうにも私たちのTAMAとは仕様が異なり、もう少し演算能力が上がる程度のものだったようで……あの豊かな感情とか凄まじい戦闘能力はそもそもついていないとか」
その言葉にギギギと音を立てるようにゲンバーさんへと向きを変えるサイトさん。
「私たち何見たんでしょうかねぇ。近くにいたなら何かお気づきの点がありましたかね?」
朗らかな表情で尋ねるゲンバ―さんと不安げな表情を浮かべ嫌な汗が頭から流れ落ちるサイトさん。
今までとは違い愛嬌たっぷりのTAMA、暴走とも呼べる狂気を放つTAMA、上から目線のTAMA。
『あれはバージョンアップじゃなかったのか……』
あとボクの背筋にも冷たいものが走る。
怪現象じみたTAMAの挙動のあとにきた炎上などなかったという怪奇報告。
それを確かめるべくボクたちミャーミャンのいたとされる場所に再び訪れたけど……
「なにも起きてない」
「ええ、普通のお部屋ですね」
進入禁止のテープもなく、部屋はこの区画を管理している男性が見せてくれた。
最近まで家賃が払われていたのでそのままにしていたけど、最近契約解除の同意書が送られてきたので、今は借り主募集となっているらしい。
「……おい、どうなってんだよ、これ?」
どうにも釈然としないサイトさんが声を震わせ僕に尋ねるけど、
「ボクだってわかるはずないでしょ」
そう答えるしかない。
ミャーミャンのいた部屋はきれいに整理されている。
「俺達が見たのはなんだったんだ?」
「あのセンデスさんって誰なんですか?」
TAMAといい、ここにきてあまりにも不可思議すぎる事象に苛まれる。
「とりあえずここでの任務は無事終了したんだ」
「ええ、真士さんの所に戻りましょう」
「ああ、状況がどうにも不穏だし、こっちがおかしくなりそうだしな」
怪訝な表情を浮かべ、ただ普通の部屋を一瞥してあとにするサイトさん。
ボクにだってなにが起きが起きているのかはわからない。
でもミャーミャンについての情報は、残念ながらあまり得られなかったのが心残りだ。
そんな思いを胸に、ボクたちはメルクドールをあとにした。