「あなたも御存知でしょ。わたし、この者には地下の酒蔵の鍵を預けておりませんのよ。エヴァリスト、ジュスティーヌを呼びなさい」
例のずうずうしい態度の小間使いが現れると、女主人は問題の地下の酒蔵の鍵がどこにあるかを伝えた。やがて十五分も経った頃、一本のワインが持って来られた。食料品屋や酒屋がごく並みのボトルを唖然とするほど立派に見せるための工夫を凝らしたもので、苔と埃を被り、パリの街を走り回っている悪童たちが採石場跡で集めて来る蜘蛛の巣に覆われていた。それらは『品質』によって一リーヴル(500g)七十五サンチームから二フランで売られている。
しかしこのボルドーもその場の空気を元の陽気さに戻すことはできなかった。『将軍』は一言も口を利かず、コーヒーが出されて妻がこう言ったときには嬉しそうな顔を隠すことができなかった。
「あなたはお付き合いの席があるのでしょ、行って下すって結構ですわよ。わたしはこの娘とお話がしたいんですの」
このようなぶっきらぼうな形で夫を厄介払いするとは、フォンデージ夫人にはよほどマルグリット嬢と二人きりにならねばならぬ理由があるのであろうか?
マダム・レオンはそのように受け取り、あるいはその振りをして、マルグリット嬢に言った。
「お嬢様、わたくし二時間ほどおいとまを頂かなくてはなりませんわ。どうしてもしなくちゃいけないことがありますの。親戚に住所が変わったことを知らせませんと、きっと恨まれますので……」
彼女がド・シャルース邸に来てからというもの、つまり何年もの間マダム・レオンが自分の親戚のことをこのようにはっきりと口にするのは初めてのことであった。しかもその親戚というのはパリに住んでいるというのだ。これまで彼女は自分の親戚たちについては口を濁し、不運のために高い身分から転落してしまった自分とは違い、彼らはまだその地位を保っていて自分に何くれとなく親切をしてくれようとするのを断り続けてきたのだ、と話していただけであった。
マルグリット嬢には、そんなことどうでもよかった。何事にも驚かないことを彼女は自分に命じていた。
「それなら、すぐに行ってお知らせするのがいいわね、レオン」と彼女は答え、揶揄など微塵も見せずに付け加えた。「私の世話のためにあなたに迷惑を掛けるのは心苦しいことですもの」
しかし心の中ではこう考えていた。
「この恐ろしい偽善者は今日起こったことをド・ヴァロルセイ侯爵に報告に行くつもりだわ。親戚というのは、これからの外出に使うための口実ね……」5.12
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