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私の日記帳

小さな幸せ探しの毎日です。
日々の出来事を大公開します!

malta旅行 -4-

2012年01月09日 | 旅のこと

12月21日(水) 午前

強風と雨の為にイムナイドラ神殿の見学は中止

代わりに首都ヴァレッタの中の世界遺産タルシーン神殿を見学しました。

紀元前3000年~2500年に建設される。

タルシーンの語源はマルタ語で巨石を意味するティルシャTirxa。

 

正門

正門前の生贄の血を入れる穴

地母神の巨大像(本物は国立考古学博物館)

スカートの下の太い足、太い胴回りは、豊穣を願った人々の願いが現れているそう。

渦巻き模様はヨーロッパの様々な遺跡から発見されたものとの関連性は無く、

独自に発生したもの。

火鉢

巫女が神託した穴

 

元は6つの神殿が組み合わさっています。

 

動物の行進のレリーフ

他に雄豚と雌豚それに子豚のレリーフもありました。

これも豊穣のシンボルです。

紀元前1800年頃、神殿は200年ほど放置されましたが、、

青銅器時代に入ってから、死者の火葬と埋葬場所に利用されます。

石が赤くなっているのが火葬に使ったことを裏付けています。

 

 

マルタの女神は総じて、太っています。

太っていることが美しかったのかもしれません。

マルタにいる間は太っていても良さそうです。

現地にいる間は、主人よ私を崇めなさい な~んて思っちゃいました。

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -3-

2012年01月08日 | 旅のこと

12月21日(水) 午前

青の洞門後の観光、世界遺産ハイジャー・イム神殿

紀元前2800~2400年に建設。

現在は保存状態を良くする為に、全体にテントが掛けられています。

 

マルタに人は新石器時代に入ってシチリアから渡来したと言われています。

マルタは全島が石灰石でできていて、洞窟が多いので彼らは洞窟を住みかとして、

原始的な農耕牧畜を行っていたと思われます。

そして、独自の驚愕すべき巨石文化を創り出します。

こんな小さな島で、人口も少なく、生産力も決して豊かでなかったはずのこの国で、

莫大な労働力を必要とする巨石文化が何故生まれたのか?

とても神秘的なことです

1個の重さが最高で60トンにも及ぶ巨石を多く集積して作られた神殿が、

(この60トンの巨石はハイジャー・イム神殿の右に回りこんだところにあります)

マルタでは約40も発見されています。。

「ハイジャー・イム」とは祈りの石という意味です。

 

入り口横には生贄の血を入れておく為の穴が掘られています。

生贄と聞くと恐いのですが、(「生贄」というので私はもしかして人と思ったのですが動物のようです)

この後行くどの神殿にも生贄の血を入れる穴は入り口に必ずありました。

右の写真は生贄を捧げものとするためのテーブル、「聖なるテーブル」と呼ばれています。

 

神殿の中はいくつもの通路や部屋に分かれていました。

 

巨石にぽっかり穴の開いた「神託の間」

植物が萌え出ている有様を掘り込んだ祭壇「生命の木」 

ハイジャー・イム神殿からは「マルタヴィーナス」と呼ばれる石の女神像がたくさん出土しています。

(現在は国立考古学博物館にて保存)

殆どの女神は首の無い状態で発見されたので、

催し毎に付け替えられたのではないかとか諸説がありますが明らかではありません。

神殿外側に立つ一本石のファルス

(自然界の生成力を象徴する男根の形象)

 

ハイジャー・イム神殿の模型

面にブツブツと穴が開けられていて、

門がすべて夏至、冬至、春分、秋分の日の太陽の光が差し込むように置かれています。

 

こちらは、すぐ傍にイムラナイドラ神殿の模型

この後見学予定でしたが、周囲に何も無い一本道を歩いて行かなければならず、

強風と雨の為に危険だということで中止。

代わりに首都ヴァレッタにあるタルシーン神殿へ行くことになりました。

 

神殿を見学中は見て触って、歴史を垣間見て、タイムスリップするような貴重な体験をしました。

 

次回にのんびりんこ続きます。。。


malta旅行 -2-  

2012年01月07日 | 旅のこと
12月21日(水) 午前

2日目の最初の観光は青の洞門(Blue Grotto)

青の洞窟といえばイタリアだけれど、マルタは青の洞門といいます。

 

長い年月をかけ岩礁が侵食されてできた洞窟。

水中海藻が光を反射して輝くさまが美しく、エメラルドグリーン、ディープブルー、ターコイズブルーを見ることができ、

洞窟内をめぐる遊覧船からは大自然が織り成す造形美が楽しめます。

私たちもその筈だったのですが、朝からの雨は一時小康状態になったのですが、

強風の為に遊覧船観光が中止になりました。

ここに来て、こんな天気は現地ガイドさんでも初めてみたい。

波も凄い。船着場になど近寄れません

でも、雨が降っても強風でもマルタの海は青くて美しかったし、

これほどの1人で立っていられない程、歩けない程の強風体験は、

私の人生の中では一番で、ある意味いい思い出になりました。

 

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -1-

2012年01月06日 | 旅のこと

少しずつ、時間の経過順にmalta旅行を更新します

12月20日(火)午後

関西国際空港から乗り継ぎを含めて22時間ほどの時間をかけてマルタ島到着しました

搭乗したサービスで名高いエミレーツ航空のお話は後ほどにして、

(酒好きの人にはワインから日本のビールまで飲み放題だからたまらないかも

到着1日目のお話から

到着後は早めにインターコンチネンタルホテルにチェックイン 

マルタの中ではセントジュリアンという都市に位置して、

海に近いこともありプライベートビーチも所有しています。

夜から営業の飲食店やバーも多くて、夜ご飯には事欠かない立地です。

(近くにカジノもあるので主人を誘いましたが、却下されました。

 主人は賭け事などは一切しないタイプです

 

クリスマスという事でフロントにはキリスト誕生のオブジェ。

クリスマスツリー

 

バタークリーム(白)とチョコレート(奥の茶色)で作られた甘い香りのオブジェ

 

お部屋はシンプル。

そして、中庭を望む部屋だったので、夜騒がしい町中にあってもよく眠れました。

ネットも使えるようだし、アイロンやアイロン台もクローゼットの中に置いてありました。

 

浴室はシャワーブース、トイレ、バスタブ、洗面所は一緒になっていました。

私は毎晩、日本から持って行った温泉の素を入れて無理やりバスタブに使っていました。

(疲れをとる為とお肌の乾燥防止です)

マルタは石灰石が隆起してできた国なので、水資源が少なく水の出が悪いと聞いていましたが、

旅行中は節水の為にトイレの2度流しなどはしませんでしたが、水に不自由することはありませんでした。

アメニュティは品数が多くてボディークリームまで2人分揃っていて、

後、バスローブ、スリッパもあったし、もしかして!と思って持って行ってしまったのですが、

(歯ブラシもエミレーツ航空のアメニュティの中に入っていました)

もっと荷物が少なくて済んだんですよね。

(旅行会社に問い合わせましたが、分からなかったから仕方ないのですが)

一息ついて、近くのスーパーマーケットに買出しに

変ったお豆を幾種類かと、現地のお塩などを買いました。

TAX18%と聞いていましたが食料品は安いようです。

同じツアーの親子連れの方に遭遇したら、夜ご飯を誘われました。

(旦那さんが下調べしたお店があるそう)

即、快諾して同行させて頂きました

 

沿岸に位置した「ビアンコ」というイタリアンのお店

ビアンコスペシャル(ピザ)という甘い胡桃らしきものがトッピングされたピザ

(みんなが特に絶賛

タコのリゾット、ラビオリ、チキンのサラダ。。。

どれも本当にウマウマ

しかし、聞いてはいましたが一皿の量が多くて残してしまいました

それぞれに赤ワインやジュースを飲んでも、4人プラスお子ちゃまで50ユーロを少し超えた位

 

このお店に限らずにマルタは総じて安くて美味しいお国でした

(ワインは普通のお店はグラスワインで1.5~3ユーロ位)

日本並みに治安が良いので、食後は主人と2人で付近のお散歩へ出かけました

(私、LOVEの後ろでウキキ じゃなくてハートを作っております

 

2階の出窓からクリスマスの飾りつけが見えるお宅

バスストップの可愛い広告

 

近くの聖ユリアヌス教会を過ぎたところまで行って、折り返してホテルで爆睡でした。

 

最初の日記なのでマルタ島のガイドを少しばかり

マルタ共和国 (Republic of Malta)   

イタリアのシチリア島から南93キロに位置して、イタリアとアフリカ大陸に挟まれ「地中海のおヘソ」と呼ばれています。

面積 : 316k㎡(淡路島の2/3位)でマルタ本島、ゴゾ島、コミノ島、他無人島からなる

人口 : 38万人  そのうち殆どがローマンカトリック

首都 : バレッタ

言語 : マルタ語、英語、イタリア語

      1964年までの164年間英国の統治下にあったので、第2次世界大戦後、英語はマルタの公用語に指定されました。

      地理的にイタリアに近く、国民の多くがイタリアのテレビを観ておりますので、70%近くのマルタ人がイタリア語も話します。

人種 : マルタ人が主

気候 : 地中海性気候で11月~4月は平均気温14℃、5月~10月は平均気温23℃。

      降水量は1年間で578mm。

      私の行った時は風邪は強いけれど、福井の晩秋並の気候でした。

時差 : マイナス8時間 (冬時間)

通貨 : ユーロ

治安 : 治安は非常に良好で夜の外出でも一般的な注意で特に危険はありません。

      しかし、パスポートの紛失などがあった場合、現地に日本大使館が無い為、ローマまで行かなくてはなりません。

 

猫  : 人口の2倍といわれる

 

実はほんの少し前まで、マルタ島の存在を知りませんでした。

クリスマスのムード漂うヨーロッパ付近に行きたいと思っていた私は、

トルコに行こうかと思って旅行会社と相談していたら、現地も寒いのでバムッカレでは足湯ができないし、

観光するには少し。。。と知り、焦って調べていましたらネットで偶然に出会ったお国です。

(トルコは私にとって憧れの地で、いつかベストシーズンに是非是非行きたい

気候も温暖で、治安が良く、英語が使えて、同じホテルで連泊できて、

小さいお国なのでのんびり観光できる。そしてそして、猫が多い。

これ位の前調べで行く事を決めました。でも、でも、想像よりず~っと楽しい旅になりました。

驚いたのはこの国の歴史です。追って書きこめたらと思います。

 

では、のんびりんこと続きます。


えんむすび

2011年09月10日 | 旅のこと

旅館の朝食。さすがに宍道湖のある島根県、お味噌汁の具はしじみです

バスが出る前に宮橋(恋叶橋)の写真を写したいと走って橋まで。

ここから撮った写真に玉作湯神社の鳥居が写っていると恋が叶うそうです。

主人に 「もう恋は叶っているでしょ????」 と言われましたが、

「えへへ。。。もっと夢中にさせるです

 

その後は大国主命の祭られている最強の縁結びスポット出雲大社へ。

 

「君が代」の歌詞中のさざれ石(細石)は文字通り、細かい石・小石の意であり、

それらの小石が(いわお)となる過程が、非常に長い年月を表す比喩として用いられています。

出雲大社にあるこのさざれ石は産古今集の謳われた岐阜県から奉納されています。

この後方には日本で最大の国旗(80畳以上)が掲げられていました。

神楽殿

日本一の注連縄(重さ4.5トン)が圧巻です

この縄の先にお金が入ると縁起が良いというので、皆さん頑張っていました。

主人は1回で、私は10回ほどでコインが挟まりました

参詣は2拝4拍手1拝。4拍手はご縁を結ぶために2人分なのです。

こちら、御仮殿前の銅鳥居。

柱を触りながら回ると金回りが良くなるそうで、

私達のツアーの方は全員回ってました。

こんなの解るのもガイドさんのおかげ、ツアーの良いところですね

その後正式参拝(団体祈祷)へ。

巫女さんの舞が厳かで美しかったです

ご祈祷は、せっかく行かれたら是非是非オススメ

来月は神無月ですが、それは全国の神様がここ出雲に集結されるから、

出雲では神在月なのです。

この境内にある長屋は門が閉じていますが、神在月には一斉に門が開きます。

全国の神様が宿泊されるのです。

その神様集結の一週間で、その一年にお参りに来た人の縁を結ぶかどうか決めるそう。

そして、大国主命は男女ならず全ての縁を司る神で、

「えんむすび」のお守りも、人に限らず物も含めてのご縁だそうです。

 

お昼ご飯は松江城近くの地ビール館で。

うなぎ、あまさぎ(わかさぎ)、しじみ、は宍道湖七珍の中に入っています。

ちくわのようなものはあご野焼き。旬のあご(トビウオ)のすり身を

ゆっくりとあぶって作ったものです。

そばは出雲そばといい、特徴は玄そば(そばの殻付き)のまま製粉されたものを使う点です。

地ビールも含めて美味しかった

 

 

ツアーの皆さんが水郷めぐりをされる中。

城オタクの主人に手を引かれて松江城に名古屋のように鯱があります。

銅板張木造鯱のもので最大の現存だそう。

望楼より

 

後藤又兵衛のものとされる鎧 横には大身槍

(逆ハートの兜印)

 

城の中には、ハートの木目の柱がありました。

昨日から愛に溢れているような気がします。女子はきっとこんなところ好きですよね。

そして、主人とお決まりポーズ (手でハート)

あっぱれくんとも記念撮影

まつえ若武者、舞姫隊も境内にいて、気軽に撮影に応じていました。

 

見所いっぱいな旅でした。 ご主人様ありがとうございました

出かける前、主人に

「出雲大社に行ってMともっと仲良くなりたいの?」

って生意気な口調で聞きましたら、

「いつも君の発言は間違いが多いけど、それは間違ってないな」 と真面目な顔で言っていました。

今は平成の大遷宮で60年ぶりに国宝御本殿が修造されています。

完成予定の平成25年には、またもっと仲良くなれるように連れて行ってね

(新婚の魔法が消えているかも知れませんから


庭園

2011年09月09日 | 旅のこと

主人に遠いお国である島根県に連れて行ってもらいました

といっても、楽チンな団体ツアーです

長いバスの旅、車窓に見えた蒜山(ひるぜん)高原の伯耆富士(ほうきふじ)

山のてっぺんが雲にかかっているのは残念でしたが、

裾野を見ると本当に富士山のようでした。

 

最初の観光は足立美術館

地元出身の実業家・足立全康(あだちぜんこう)が71歳のときに開館しました。

安来節で有名な安来市の田舎にあるのですが、何故こんなところにと思いましたら、

裸一貫で成功した彼の、貧乏に産まれた生家の地でした。

お庭はアメリカの庭園専門誌で8年連続日本一です。

聞いてはいましたが広くて美しい。期待以上です。

この5万坪にも及ぶ広いお庭は5人で管理されているとか。

写真は「生の額絵」として有名なスポットで館内からお庭を見ての撮影。

大きな一枚ガラスの窓の外に広がる風景を屏風絵として見立てています。

有名な横山大観の作品を代表として、近代日本画、現代日本画、陶芸etc

(四季で入れ替わる横山大観のコレクションは、

今は秋なので、この美術館で最高最大の作品「紅葉」が見れました

中でも私が一番気に入ったのは林義雄の童画達。

もう本当に可愛いのです 本物と印刷は全く異なるもの。

本物の感動をオススメします。

 

その後は、本日宿泊の玉造温泉へ

玉造温泉は昔、勾玉を作っていた人達が住んでいたことから玉造という名前になった地です。

パワーのもらえそうなスポットが盛りだくさんで、旅館に到着するなり散策に出かけました。

(長旅のバス旅行なのでお昼はバスの中で爆睡。だから到着しても元気いっぱいでしたの

 

中央に玉湯川が流れています。

足湯も何箇所かありまして、見つけては入りました。

    

源泉付近は80度位、主人が熱過ぎて飛び上がっていました

失敗を見て、私は初めからぬるめへ

川の中に組まれた勾玉形の石組。

中央は青メノウの原石です。清めの石とも言われる為に原石をナデナデ。

(ここは、普通の川の水です)

 

勾玉を形取った勾玉橋。主人が。。。。。。

(こんな人に道で出会ったら変な人だから、気をつけたいね)

いい事あると良いね。

全部回るまでに日が暮れてご飯の時間。

一旦旅館に帰りました。

 

  

 

見た目よりも美味しいんですけど・・・・

調子に乗ってお銚子を一本頂きました。

久々に頂いて真っ赤な顔の私を横目に、

主人は男性の中では一番若かったせいもあってか、

宴会時に添乗員さんに歌わされていました。

 

食後、提灯を持ってまたまた散策

(ツアーの方々は殆どが近くまで本場の安来節を見に行かれていました。

 安来節は元々砂鉄をとる人々の労働歌で、あのすくう姿は砂鉄をすくっていたのです。

 その後、面白おかしくする内にドジョウすくいに転じたそうです。)

川沿いはライトアップされて、お昼とは違う趣が。

でも、玉作湯神社に行こうと思いましたが、暗くて恐くて断念しました。

明日の出雲大社でいっぱいお祈りしまする。

散策の締めは、宿泊旅館内の足湯で夫婦水入らず


白川郷

2011年07月03日 | 旅のこと

さて、のんびり起きて朝風呂

 

好きなものを選んでのバイキング朝食

フルーツ&コーヒー

旅行ならではの時間の流れです。楽しい

 

今日は昨日見て回れなかった、4月オープンの「飛騨高山まちの博物館」を中心に歩きました。

ここ無料なので期待していなかったのですが、施設の中も綺麗で広くて

歴史や文化をたっぷりと学べました。オススメです

 

その後は白川郷へ

タイムスリップしたみたい

 

家を囲む水路は本来雪を捨てるためのもの。そこに沢山の虹マスが泳いでいました。

住民の方に観賞用だと聞きましたが、水が綺麗だから映えますね

 

ウォーキング好きの主人に手を引かれて、城山天守展望台へ 

既に足に豆の出来ていた私ですが、絶景を見たら頑張った甲斐がありました

(私より年配のたくさんの方が、楽々と歩いてらっしゃいました。皆さん体力ありますね

 私もそうありたいな。今よりも体力つけないといけません。)

 

都会暮らしの私ではありませんが、白川郷の空気は草やら花やらの香りが濃くて美味しかったです。

冬に来たことが無いので、冬にお泊りに来てみたい 更に幻想的なんでしょうね。ちぇてって~

 

白山スーパー林道が近いのでそちらを通って帰りました

標高が高いので、所々に残雪がみれました。

こちらも駐車場にあった雪。家の車よりも随分大きい。

気温は18度位だったと思います。

(高山は盆地で凄く暑かったせいで、涼しさに飢えていたのでテンションあがりました

 エアコンでない自然の涼しさなので格別

この季節は車も少なくって快適なドライブだったと思います。

(私は疲れて半分寝ていました。ごめんなさい

知らなかったのですが、夏得キャンペーンで通行料が普通車2500円とお得でしたよ

(いつもは3150円。キャンペーンは8/31まで)

 

あ~。楽しみにしていた旅行終わっちゃった

また、どこかちぇ~てって~ 

(これを言うと主人が凄い迷惑な顔します


りす

2011年07月02日 | 旅のこと

主人と高山に一泊旅行

一番に行ったのは「リスの森」

  

前回来た時より、リスたちが人馴れしていました。しかるに可愛いさUP

手を引こうとすると、「まだ駄目」って手に乗せた前足を踏ん張るんですよぉ

 

お口の中をいっぱいにして、穴を掘って埋めています。賢いね

 

そして、膝やら肩やら乗ってきます。小鳥みたい。

(私たちは大丈夫でしたが、おしっこ注意

 

隙があると餌の袋に顔を入れちゃいます。

本当に足元にも来ちゃうから、踏まないように気を張りました。

蝦夷リスくんも居たのですが、降りては来ませんでした。

お腹が膨れていたのかもね。

「リスの森」の受付には可愛い番犬。帰り際にはこちらに挨拶もお忘れなく。

 

動物大好き主人はかなりリス達に癒されておりました

そうだぁ、最近私の事を「M吉」と呼ぶ時があります。

飼い主気分なのでしょかね???せめて、女の子の名前にして欲しい。

ついつい「ワン」とか「ニャン」と返事をしてしまうから頭に乗るんですよね。

次からは噛み付いて抵抗してますか

 

その後、高山の古い町並みを楽しみました

 

飛騨牛の朴葉みそ焼き

このお店のお味噌の味が以前から凄く好きです。勿論お肉も柔らかくてウマウマ

一度美味しいと、ついつい冒険せずに同じお店に行ってしまいます。

(主人は、お肉が食べれないので、ラーメン食べていました。

私もそうしようとしたら遠慮されるのが嫌といわれて。。。ごめんなさい。ありがとう。

でも、ラーメンも凄く美味しかったそうです。良かった。)

高山の町並みは2年ほど前よりオシャレになった気がしました。

改装してお土産やさんやカフェを増設したお店も何件かありました。

 

こちらも、酒屋さんの中にあった古民家風カフェ。

暑い時には休み休み歩かないとね

それにしても、どのお店に入っても節電中なのか暑かった~。でも、ホット飲んじゃうコーヒー依存症のMです。

 

 

 

高山は初めての主人ですから、陣屋もしっかり観光。

陣屋の中も良かったですが、陣屋の周りにねこ石という言い伝えのある石があります。

その前にある注釈を読みましたら、

その昔、姫によく懐いている猫がいた。姫も猫のことを可愛がり何時も一緒にいた。
ある日、姫は松の下で池の鯉を眺めていた。
すると猫は姫の裾をひっぱり出し、怒られても止めることはなかった。
姫に危害が及ぶと考えた家臣は刀で猫の首を落としてしまった。
すると、猫の首は松の上から娘を狙っていた大蛇目掛け飛んで行き、大蛇の息の根を止めた。
姫を守っていた事に気が付いた家臣は猫を祀るために祠をたてた。
それが猫石の由来と言われています

と書いてありました。感動というかズ~ンと気持ちが重くなりました。

忠義だね~

 

宿泊は「ホテルアソシア高山リゾート

小高い山の中にあって大浴場からは北アルプスの山々が一望できます。

 

お部屋はヨーロピアンカントリー調 ベットのパッドが堅くて寝心地が良かったです。

 

夜ご飯はホテルの中で

 

口直し とうもろこしのムース飛騨牛乳のムースがけ

 

 

シャンパン (主人はビール&白ワイン)

パン

 

スイカのガスパチョ 鮎のコンフィとリエット

ズワイガニ オクラと共に

 

 

旬スズキのポアレ イベリコ生ハムのピケ

バイ貝と地葱のフリカッセ

 

主人がお肉が苦手な事を伝えましたら、お魚料理に変えてくれました。

スズキと真鯛のポアレ

 

 

飛騨牛ロースのロティとクロケット

奥美濃古地鶏のグリル 高原野菜添え

 

主人のお皿はシーフードでロールキャベツの中身は手長海老

 

 

フロマージュブランのパルフェ 桃のコンポート  &  コーヒー

食後の口直しのデザート盛り

 

どれも美味しかったし、やはり飛騨牛は口の中で溶けました

美味しくって幸せをかみ締めました。