12月21日(水) 午後

食後はヴァレッタ内の観光。
首都ヴァレッタは1565年のトルコ軍によるマルタ攻略に勝利後、
聖ヨハネ騎士団長ジャン・パリソ・ドゥ・ラ・ヴァレッドによって築かれた要塞都市。
(この勝利はシチリア島からの援軍により勝利をおさめたのだけれど、
マルタ自国のみの勝利ではなくて、ヨーロッパ全体をオスマントルコからの
脅威から救ったと評価されて、これに感謝したヨーロッパ主要国から救援物資が送られて、
新都市の建設が始まるのです。
聖ヨハネ騎士団とはキリスト教の騎士修道会で、聖地エルサレムの防衛と
キリスト教巡礼者の保護・支援を目的として創設されたものです。)
東西約1km、南北約800mほどの町は、ハニーストーン(特産の蜂蜜色の石灰石)の建物が
300にも及び、道は騎士団栄光の時のままに真っ直ぐに続き、
堅牢な堡塁と城壁が周囲を囲みます。
昔ながらの景観をとどめる町は1980年にユネスコの世界遺産に登録されています。

現在マルタの国旗に描かれている十字勲章は、
イギリスの支配下にあった第2次世界大戦中に敵国の攻撃から絶え国を守り抜いた国民の努力を称え、
イギリス国王ジョージⅥ世からマルタの国とマルタの全国民に対して贈られた十字紋章です。
そして、戦後、大英帝国からの独立運動が盛んになり、1964年に英連邦の中でマルタは最初に自治権が認められ、
1974年ついに共和国に。2004年5月1日にEUに正式加盟しました。

騎士団総長の宮殿の見学。
1571年に騎士団がこの建物を購入して、
1572年にピエトロ・デル・モンテ騎士団総長により宮殿建設を着工。
次のジャン・レヴェック・ド・ラ・カッシエール騎士団総長の時代に完工。
その後も歴代の騎士団総長によって拡張、改築を繰り返して、宮殿は美しく整えられていきます。
1798年にナポレオンによって騎士団が追放されるまでの間、代々の騎士団総長がここに住みました。
現在は、マルタ共和国大統領府とともに、議会がおかれています。


外観の質素さとは裏はらに、中は豪華な内部。
これは、騎士団がもともとは貴族出身であることが起因します。
床には、色大理石で描かれたの騎士団紋章がいくつも並べられて、
頭上に広がる天井画、細部まで施された装飾は見事というしかありません。

また、側面の壁にかけられた歴代の騎士団総長の肖像画

柱ごとに等身大の鎧
敬礼は鎧のマスクをあげて顔を出す仕草からきているそう。
ダイニング
晩餐会などのゲストルームとして使用されている。
マルタ歴代大統領の肖像画が飾られていました。

ダイニングの正面反対側の若かりしエリザベスⅡ世の肖像画
女王陛下は若かりし新婚時代をこの国で暮らしたそうです。

大使の間


最高審議の間
トルコ軍との戦いを描いたフレスコ画。
正面と反対側にはアダムとイブのお話の描かれていました。
他にも写真撮影禁止のタペストリーで囲まれた審議の間、
非公開の部屋がいくつかありました。

中庭の海神ネプチューンのブロンズ像(ジャンボローニャ作)
騎士団総長の肖像画の衣服は変形した十字架が描かれています。
これは「マルタ十字」というもの。
「マルタ十字」は4つのV形をした紋章がその底部で結合した形をしており、
突き出た8つの角をもっています。
この角は忠誠心、敬虔さ、率直さ、勇敢さ、名誉、死を恐れないこと、弱者の庇護、教会への敬意
という8つの美徳を象徴しています。
もっと、学生の時に歴史の勉強をしておけば良かったと思いながら、
次回にのんびりんこ続く。。。