goo blog サービス終了のお知らせ 

私の日記帳

小さな幸せ探しの毎日です。
日々の出来事を大公開します!

malta旅行 -24-

2012年02月16日 | 旅のこと

12月23日(金) 午後

午後からの予定のクルージングが強風の為に中止。

自由行動になり、私たちはヴァレッタでランチ&観光をすることにしました。

 

クリスマスということで広場には簡易郵便局もできていました。

サンタさんが手を振ってくれました

若くてイケメンです

 

昼時とあってレストランはどこも混んでいました。

  

レストラン内で売られていたケーキ 美味しそう

でも、ここのお店はいっぱいで入れませんでした

 

本場のマルチーズ?

マルタで生まれたことから名前が付いています。

マルチーズって「マルタの」っていう意味です

 

このお店で、マルタ十字のペンダントトップを買ってもらいました

どちらかというと男性向きのお店で、ごついリングなどかっこ良かったなぁ。

マルタは銀細工も有名で中でおじいちゃんが作っていました。

お友達にもマルタ十字のピアスを求めましたが、そっちはもっと女性的でオシャレな店で買いました

そして、主人のおかぁさんへのプレゼントや私の服もこのの付近のメイン通りのブティックで買い求めました。

雑貨屋さんや金物屋さんまであるので、お土産は大抵揃うと思います。

 

クリスマスらしいショット

障害者の方も何人かお見受けしました。

 

サンタさんの人形芝居。

奥の像はヴィクトリア女王でその後ろはマルタ国立図書館です。

 

この広場のレストランでランチをしました 

アラビアータの辛いこと 主人は大喜びでした

 

次回にのんびりんこ続く。。。。

 


malta旅行 -23-

2012年02月13日 | 旅のこと

 12月23日(金) 午前

 

マルタ島の南東に位置するマルタ最大の漁村のマルサュロック

写真中央の教会は19世紀のポンペイの聖母教会

2つの鐘楼の間の聖母マリアが男の子を連れて船に乗っている像が印象的です。

漁港なので海に出る人の安全を願っているのでしょう。

 

教会前あたりの漁師と船の模型を持つ男の子と

魚のおこぼれを頂戴しようとする猫の銅像がありました。

 

海岸線には「目を持つ」特徴のある舟「ルッツ」が並んでいました。

この目は古代フェニキア時代に遡り海難から舟を守るという伝説があります。

今でも、この海岸に限らずマルタの海岸では多く見かけられました。

 

毎日午前中にはテントの市が行われています。

リネンやお菓子などのほかお土産の工芸品なども売っていました。

日曜日には更にグレードUPして、魚介、野菜などの店も増えるようです。

 

私もハチミツのハンドクリームやクリスマス用のテーブルクロスなどを買いました。

陽気なお店の人は結構ディスカウントしてくれます

歴史から言うと深い入り江が侵入には格好だったようで、

初戦のオスマントルコ軍が、またナポレオン率いるフランス軍がこの港から上陸しています。

 

ビルゼブージャ(マルサシュロック湾の西側 )にある冷戦終結記念碑

1989年12月2~3日に米・ブッシュ大統領と旧ソ連・ゴルバチョフ共産党書記長による

マルタ会談で行われたのはこの地です。安全に配慮して船の上で行われています。

ツアーバスの運転手さんのトニーさんと私

元漁師さんで結構たくましい方だったので、私が痩せて見えるかと思い

写真を一緒に撮ってもらったのだけれど、思ったより痩せて見えず。。。。 でへっ。

路線バスも含めて、マルタの車の運転の仕方は激しい印象でしたが、

トニーさんは日本人好みの安全運転。とっても快適なドライブでした。

よく見ると体は大きいけれどお顔は優しいの。ありがとうございました

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -22-

2012年02月06日 | 旅のこと

 12月23日(金) 午前

 

主人のとても来たかった旧日本海軍戦没者墓地です。

海に面した小高い丘カルカーラの外国軍墓地の一角にあります。

第一次世界大戦中の1917年、日英同盟によって日本海軍は英国海軍を支援するため、

地中海に艦隊を派遣していました。その時の戦没者の方々がここに祀られています。

 

中に入ると、外国の戦没者の方のお墓が並んでしました。

 

縦型のオブジェのような碑もありますが、

殆どが平らな石に名前などとイカリまたは鳥のマークが彫られていました。

イカリは海軍、鳥は陸軍なのでしょうね。

 

旧日本海軍戦没者の方の墓は一番奥にあり、

「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」と彫られていて、

お花と日本酒(紙パック)が供えられていました。

マルタに日本の自衛隊が来た時には、必ず訪れるそうで、

近日慰霊されたようで、そのお供えだということです。

側面にはこの地で戦没した方のお名前も刻まれています。

日本兵は勇敢な戦いをするのに、礼儀正しく謙虚だったので、

上陸したときなどは非常に尊敬されたそうです。

(かっこいい

今の日本の平和があるのも、こうしたご先祖様のおかげだと思うと、

手を合わせながらふつふつと感謝の気持ちが湧いてきて感無量でした。

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -21-

2012年02月04日 | 旅のこと

12月23日(金) 午前

またまた、ヴィットリオーザの続きです。

 

ヴィットリオーザ広場

広場には2つの像がありました。

その1つ、守護聖人ローレンス像

もう1つの勝利のモニュメント

 

広場にあるキリスト教の騎士修道会

その向かいは宗教裁判所担っていたと思います。

右写真は聖母マリア教会の外にあったレリーフ。

 

聖ローレンス教会

聖ヨハネ騎士団が最初に建てたバロック様式の修道教会。

現在の建物は1090年に創建されたマルタ最古の教会を1697年に再建したものです。

中もとても素晴らしいみたいなのですが、中に入る時間が無くて残念。

 

聖ローレンス教会前の波止場

ヴィットリオーザの中は観光ガイドに地図のあるものはなくて、

(途中は、生活観の溢れる住宅地の入り組んだ道もあり)

現地ガイドさんがいてくれなかったら迷子になっていたと思います。

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -20-

2012年02月03日 | 旅のこと

12月23日(金) 午前 

ヴィットリオーザの続きです。

メインゲートを抜けたヴィットリオーザ町並み

車のすれ違いもままならない細い道が多くありました。

 

そして、季節的にどの家も窓を覗くとクリスマスの飾り付けが目立ちます

  

 

1階に窓のあるお家には必ずと言っていい程、

Presepji(プリセピュ)と呼ばれるクリブ( 日本でいう聖誕セット)が飾られていました。

ご近所で競われているよう。

そういえば、私たちが観光したところでも売っているお店がたくさんありました。

リブはキリストが誕生した時の馬小屋の様子を再現したもので、

誕生したイエス・キリストと聖母マリアを中心に、

聖ヨゼフ、東方の三博士、羊飼い、動物たちがキリストの誕生を祝福しており、

大きさはミニチュアサイズの物から等身大の物までさまざま。

家の出窓や街角など至る所で見かける事が出来ます。

宿泊ホテルのロビーは等身大のものでした。

 

お話としてはヨセフとマリアは戸籍の登録をするために、

ユダヤのベツレヘムへ向かう途中、マリアが産気づき出産しますが、

その夜の泊まり宿に空きがありませんでした。

その為、家畜小屋の中生まれた赤子は飼い葉おけの中に布で包んで置かれました。

夜間、羊の群れを番していた羊飼い達に天使が現れ、救い主・キリストの誕生を知らせた。

羊飼い達は実際にその目で見ようと、イエスの下を訪れます。見ると天使が告げたように、

飼い葉おけの中に布で包まれた赤子が横たわっていました。

また。東方の三博士は星の動きから、この世にユダヤ人の王が生まれたことを察知しました。

3人はその場所がベツヘレムであることを知り、

やがて星の導きによってマリアたちが泊まっている馬小屋にたどり着いたということです。

 

 

こちらはサンタさんが競争して登っているよう

 

道路にすぐ面しているドアには格子のある家が多くありました。

昔は牛を連れて牛乳を売りに来て、欲しい家はその場で搾って貰い買っていました。

ですから、1頭を絞っている間に他の家畜が家の中に入って困り、

それを防ぐために柵が設けられて、その名残がおしゃれに残っているそうです。

それにしても、お家の窓や2階の出窓、ドア、ドアノブがオシャレ

マルタは基本的に建築の外壁に使うのは、

マルタで採掘された石灰石のハニーストーンと決まっているので、

装飾となるそれらが殊更映えて感じます。

表札には自分の名前ではなくても好きな名前を書いてOKみたい。

こちらのお宅は「チューリップ」だけれど、「マドンナ」など色々ありました。

なんだか楽しそう。

家だったら英字で「幸せの城」とかにするかなぁ 

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -19-

2012年02月02日 | 旅のこと

12月23日(金) 午前

スリー・シティーズの2番目はコスピークア

こちらは車窓観光で船のドック跡。

 

スリー・シティーズの最後はヴィットリオーザの観光

スリー・シティーズの中では一番東に位置します。

マルタに到着した騎士団が最初に首都として以来、

急速な発展を遂げ、騎士会館、宮殿、新しい港、教会が建設されました。

しかし、包囲戦後、新首都を必要となった騎士団は、

ヴァレッタに首都を移すことになります。

 

バスを降りて聖アンジェロ砦に向かい歩き始めました。

 

現在城塞は修復中

右写真の小さなドアのあるところは防空壕として使われていた入り口。

(建機は日本のKOMATSU製 こんな所でも活躍中

 

急な浅い階段の上には大砲があります。

階段が浅いのは昔は騎士が馬に乗って登り下りをしたからだとか。

映画「グラディエーター」のロケで使われた場所です。

実際にここでオスマントルコ軍とマルタ騎士団が壮絶な戦いをしています。

マルタ騎士団はオスマントルコ軍の5分の1の兵力で戦い抜いたので、

塞き止めるための門が幾重にもなった城塞でした。

このメインゲートの先は町。最後のゲートです。

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -18-

2012年02月01日 | 旅のこと

12月23日(金) 午前

今日の午前はマルタ島東部の観光です。

 

まずはスリー・シティーズのひとつセングレアから対岸の眺め

スリー・シティーズとはヴァレッタの対岸で城壁に縁取られた岬の広がる

ヴィットリオーザ、セングレア、コスピークアの3つの都市の事です。

ロードス島を追われた騎士団がヴァレッタに先駆けて礎を築きました。

(当時最大の都市イムディーナは内陸に入りすぎている為にヴィットリオーザに定住を決める)

複雑な地形を利用して岬の突端に砦を築いて、さらに海に面した全てを城壁で固め、

ヴィットリオーザとセングレアの先の先端を鎖でつなぎ、敵の侵入を拒みました。

1565年の大包囲戦ではヴィットリオーザとセングレアの住民の勇気を讃えて、

それぞれに、「勇気の町」と「無敵の町」という称号が与えられています。

  

ヴァレッタのアッパー・バラッカ・ガーデンの全貌が見えます。

(上のアーチが幾つも並んでいるところ)

先日はアッパー・バラッカ・ガーデンからこちらを見ていたのです。

そして、潜水艦発見

主人の好きな「坂の上の雲」の第13回(最終話)「日本海海戦」のロケ現場も

対岸のヴァレッタ近郊にあるMediterranean Film Studioです。

  

セングレアのセーフ・ヘブン公園にある監視塔ヴェデッテ

一羽のペリカンと目や鼻が彫られていて、騎士団と島民が、

それぞれ敵を湾岸活動に対して注意を払っていたのが伺えます。

  

中に入るとガラスのない窓があり天然の額縁のように風景が目に映ります。

中から見た天井はこんな感じ。

 

右の岬はヴィットリオーザの聖アンジェロ砦

とりあえず城男くんと

公園下の階段途中にあったマリアとキリストの絵。

ろうそくなどがお供えされていました。

日本でいうお地蔵さんみたいなものでしょうか。

 

海沿いに広がるセングレアの町並み(車窓から)

今でも良港なのでしょう。お金持ちのクルーザーがいっぱい。

 

 

次回にのんびりんこ続く。。。。


malta旅行 -17-

2012年01月31日 | 旅のこと

12月22日(木) 午後

 

Kちゃんご一家に誘って頂いて、バスに乗って夜ご飯に出かけました。

左写真はKちゃんを拉致中の私たち

右写真はヴァレッタのバス停留所広場の中央に立つトリトンの噴水

 

 

ヴァレッタの町中を迷子になり、靴屋さんの人や道行く人に聞きながら辿り着きました。

ブリティッシュホテルは映画「ミュンヘン」(スピルバーグ監督)で使われたホテルだそうです。

 

そのレストランでお食事

 

前日に行かれたご夫婦が美味しいと言われたらしいのですが。。。

人それぞれの味覚があるようで。。。対岸の景色は綺麗だったと思います。

でも皆さんとのお話は楽しく、すっかり仲良くなって旅行後の親交を約束しました。

因みに旦那様は博士号も持たれるエリートで、奥様は京都でサロンを経営されているようです。

(帰りの飛行機で名刺を頂いて知りました。腰の低い気さくが方だったのでびっくり

 

 

帰り道、Kちゃんはすっかり寝てしまったので、

ほろ酔いのパパばかりおんぶしては大変なので、うちの主人も応援させていただきました。

子供好きの主人はとっても嬉しそう。

 

ご家族と別れてからも、ヴァレッタをお散歩して帰りました

 

夜でも普通に歩けて、治安の良さが心地よいです。

 

 

次回にのんびりんこ続く。。。

 


malta旅行 -16-

2012年01月30日 | 旅のこと

12月22日(木) 午後

 

世界遺産 ジュガンティーヤ神殿

紀元前3600年~3000年に建設される人類最古の石造建築物。

2つの神殿が隣り合わせに並んでいます。

比較しますとエジプトのピラミッドよりも古いそう。 凄~い

 

「ジュガンティーヤ」とはマルタ語で「巨人の塔」を意味します。

伝説によれば巨人女性スンサーナが建造されたとされています。

巨人女性は伝説としても、丸屋根跡や配置の難しい一本石の使用などから、

建築技術はかなり進歩していたことが伺えます。

周囲は巨大な珊瑚質の石灰石が整然と積み上げられていますが、

内部は表面が滑らかな石で仕切られていました。

何千年も昔の建造物からみると、私の生きた時間なんて小さいけれど、

こんな重要な遺跡を手で触れる事が出来て感動

昔生きた人とこの造形物を通じてコンタクトできた様な、

不思議な気持ちにさえなりました。

 

 

そして遺跡を出たところに、またまた、お土産やさん見~っけ

簡素な小屋にハンガーに吊られたニットがいっぱい。

テーブルの上にも無造作にショールやマフラーが

写真の陽気なおばさんが寸前まで編まれていました。

私はポッケの付いたざっくりカーディガンを乗せられて購入 しました。

手編みなのに20ユーロ(日本円で約2千円)

実はさっきの帽子も5ユーロ(日本円で約500円)だったのですよぉ。

 

 

 

家のムツゴロウさんがニャンコちゃんを発見。

ポーズをとってくれていたよう。可愛い

 

そして駐車場に向かう途中、遺跡を振り返ったら横に虹が出ていました。

そのコントラストはとても神秘的なものに思えました。

 

  

遺跡観光後はフェリーでマルタ島に帰りました

主人のスマホを見たら、接続がボーダーフォンマルタになっていました。

(定額が1日単位とは知らずに使っていたら、帰ったら少しびっくりする請求がありました

 因みに、私の携帯は古くて使えませんでした

 

ホテルへの帰り道、バスの車窓から現地ガイドさんが雲を見て、

「トナカイに乗ったサンタみたい

とアナウンスしました。

雲をこんなにゆっくり見るのは久しぶりです。

いつもの生活なら、私1人では見つけていないな。

帰ってからも、心に余裕を持ちたいなって思いました。

なんか、大切なもの失っているかも。

 

次回にのんびりんこ続く。。。


malta旅行 -15-

2012年01月30日 | 旅のこと

12月22日(木) 午後

 

カリュプソの洞窟  

上から見下ろしています。

伝説によると英雄オデュツセウスがトロイ戦争からの帰路、船が難破して部下達が亡くなる中、

彼だけが女神カリュプソに助けられ、この洞窟で「愛の虜」として閉じ込められ、

2人だけで7年間過ごします。

女神は永遠に彼女の元に留まることを条件に不死の命を約束しますが、

彼は故郷に残してきた妻と息子への思いが断ち切れず、

ゼウスの介入で彼は島から逃れます。

この伝説の為、ゴゾ島はカリュプソの島という異名を持ちます。

 

ラムラ・ベイ

洞窟近くの美しい赤い砂浜です。

 

 

 

駐車場内び小さな小屋があり、おばぁちゃんが編んでいたニット帽&マルタ十字を模したレースを買いました。

ゴゾ島は農婦たちを中心に受け継がれてきた繊細なレース(ゴゾレース)で有名なんだけれど、

随分粗いですが、ゴゾのおばぁちゃんが目の前で編んでいたもので、

安価だから納得して購入しました。

(勤勉なお年寄りが内職していると思うと、尚更買ってあげたくなりますよね

レースは額に入れて飾ろうと思います

 

 

次回にのんびりんこ続く。。。。