ソニーの“ハイレゾ相当”コーデック「LDAC」の実力とは? 最新ヘッドホン「MDR-1ABT」で検証
ソニーがCESで発表した、ハイレゾに迫る高音質なワイヤレスオーディオ再生を実現する新コーデック「LDAC」。これに対応するヘッドホン「MDR-1ABT」が日本でも2015年3月21日に発売されることが決まった。
先週のウォークマン「NW-ZX2」のレビューで紹介できていなかったLDACの音質を、今回はMDR-1ABTとの組み合わせでチェックし、報告。
■ハイレゾ相当の“いい音”をワイヤレス再生で実現
LDACはソニーが独自に開発した、ハイレゾに迫る高品位なサウンドをBluetoothをベースにしたワイヤレス環境で実現する新コーデックだ。
その特徴は最大96kHz/24bitまでのハイレゾオーディオ信号を圧縮して、Bluetoothの音楽再生プロファイルである「A2DP」の標準コーデックである「SBC」の328kbpsと比べて、最大約3倍の情報量となる990kbpsのビットレートでワイヤレス伝送できるところにある。Bluetoothの規格上限である1Mbps以内にデータを圧縮する必要があることから、LDACの場合も非可逆圧縮方式が採られているため音質劣化は伴うものの、限られた1Mbpsの中で最大限の高音質を引き出せるコーデック設計としている。同じ44.1kHz/16bitのオーディオデータを伝送する場合も、LDACの990kbpsの方がSBCよりも多くの情報量を送ることができるため、音質向上が期待できる。なおプレーヤーから192kHz/24bitのファイルを伝送する際には、いったん96kHz/24bitにダウンコンバートした後にLDACで伝送する仕様だ。
■LDAC対応プレミアムヘッドホン「MDR-1ABT」の特徴
本機のベースになっているのは昨年秋に発売されたプレミアムヘッドホン「MDR-1A」であり、40mm口径のHDドライバーと、振動板にはアルミをコーティングしたLCP(液晶ポリマー)を搭載している。兄弟機にはハイレゾ対応のUSB-DACを内蔵した「MDR-1ADAC」もあるが、本機はBluetoothベースのLDACを搭載するワイヤレスヘッドホンというポジションだ。前機種の「MDR-1RBTMK2」にも採用された、圧縮音源再生時の音質を補完する「DSEE」やフルデジタルアンプ「S-Master HX」もヘッドホン用に最適化したものを搭載している。
正確で力強い低域のリズム感を再現するビートレスポンスコントロールのポートが搭載されている。
マイクが内蔵されているので、スマホとペアリングして使う際にはハンズフリー通話が行える。
ワイヤレスオーディオ再生のコーデックは、LDACのほかにAACやaptXもサポートするので、LDAC非対応のプレーヤー機器やスマートフォンとの組み合わせでも高音質再生できる汎用性の高さが魅力だ。さらに、本体付属のケーブルを挿せば有線リスニングも行える。なお高域の再生周波数帯域の上限は有線時で100kHz、LDAC再生時が40kHz、SBC再生時は20kHzと異なる。
付属のケーブルをつないで有線リスニングも行える。
充電用のmicroUSBポート。
もう一つのワイヤレス接続時の新機能が、本体右側のハウジングに搭載されたタッチセンサーコントロールパネルだ。音楽再生時のコントロールが、ヘッドホンを装着したまま行えるので非常に便利だ。ハウジングの表面を指で上下にフリックすればボリューム、左右で曲送りとなり、ダブルタップで再生・一時停止という割り当てだ。ハウジングの表面がほかのMDR-1Aシリーズと異なっており、滑らかでフラットな塗装に仕上がっている。タッチ操作がスムーズにできるだけでなく、外観のメタリックで上品な輝きが活きてくる。
本体右側のハウジングがタッチセンサーコントロールパネルになった。
ヒンジの内側にタッチ操作のマニュアルを記載。上下方向でボリューム、左右で曲送りになる。
■LDAC再生の音を聴いてみた
NW-ZX2ではLDAC伝送時の音質が3段階で設定できる。伝送ビットレートは音質優先モードで990kbps、標準モードで660kbps、接続優先モードで330kbps。ZX2の場合はデフォルトが音質と接続の安定性のバランスを取った660kbpsに設定されている。リスニング環境に応じて「SBC固定」も選べる。イコライザープリセットの「ClearAudio+」はBluetooth接続のサウンドには反映されない。
SBCの音と聴き比べると「標準モード」あたりから明らかな音質の差を実感できた。音楽の情報量が一段と高まり、中高域の音が滑らかになり、低域のアタックも力強くタイトに引き締まる。帯域間のリニアな一体感が増して、奥行き方向にも立体的なパースペクティブが広がる。オーケストラやバンドの演奏は楽器の音のセパレーションがグンと上がる。
「音質優先モード」でハイレゾを聴くと、その音質はもはやSBCとの比較で語るべきものではなく、ケーブルを接続した有線リスニングのクオリティに肉迫してくる。
ミロシュ・カルダグリッチのアルバム「Latino Gold」から『Barrios Mangore: Un Sueno en la Floresta』(96kHz/24bit・FLAC)では、ガットギターの澄み切った高域の艶やかさと、サスティーンのきめ細かな階調を美しく再現する。トレモロの音色は粒立ちが鮮やかで、低域のハコ鳴りもふくよかに優しく広がる。中低域の透明度が高まるので、空間の広さが見えるようになって演奏のリアリティも増してくる。
ボーカルものではLDACの効果がよりはっきりと表れる。ジェーン・モンハイトのアルバム「The Heart Of The Matter」から『Sing』(88.2kHz/24bit・FLAC)では、声のざらつく感じが消えて、ディティールが鮮明に浮かび上がる。SBCで聴いた時には何となく突っ張って息苦しそうに感じられたハイトーンに、ゆったりとした余裕が生まれる。声質の再現はニュートラルで余分な色づけがなく自然な心地よさが得られる。歌声は明るくメリハリがある。音像の定位感が高まって、バンドの楽器との位置関係も立体的に聞こえるようになる。
ビル・エヴァンス・トリオの「Waltz For Debby」から『Milestones』(192kHz/24bit・FLAC)では、ウッドベースの低域に脚力が増して、スピーディーで緊張感溢れる演奏が楽しめる。ピアノのトーンもしなやかさを増して、ドラムスのスネアは音像のエッジがシャキッとした鋭さを増す。情報量が増えて中高域の密度もぐんと高まるので、演奏がよりダイナミックになってヒートアップしてくるようだ。同じ曲を再生しながらSBCにモードを切り替えると、演奏がか細く痩せた印象に変わってしまうのがよくわかる。
MDR-1ABTはヘッドホン自体のパフォーマンスが高いので、LDACによってもたらされるメリットがはっきりと見えてきて面白い。従来のワイヤレスオーディオ再生では味わえなかった“いい音”がベストコンディションで味わえる組み合わせだと思う。
■ワイヤレス再生の進化を実感。LDACの設定まわりはもっとシンプルになって欲しい
音質向上に明らかな違いが感じられるLDACだが、反面、NW-ZX2ではインターフェースが少し使いにくいように感じられた。
まず標準の音楽再生プレーヤーアプリである「W.ミュージック」インターフェースにLDACの設定が組み込まれていない。LDACの音質設定、あるいはSBCとの切り替えるためのメニューは、本体設定の「Bluetooth設定」まで移動しなければ設定ができないので、音質の違いを聴き比べたい時には面倒な操作が必要になる。
LDAC関連の設定項目は「Bluetooth設定」の中にある。W.ミュージックアプリに統合されればより使いやすくなるのではないだろうか。
ワイヤレスオーディオ再生中にコーデック設定がLDACなのかSBCなのかを、プレーヤー画面でモニターできる表示も欲しい。現状ではウォークマンに対応機器をペアリングした際、あるいはLDACとSBCを設定メニューから変更した際に、画面の左上に1~2秒のわずかな一瞬に「LDACで接続しました」と表示されるだけである。特にLDACの方は3つの音質設定も含めて、文字やアイコン等でアプリの画面上にもステータスが表示されれば、万一音切れ等が発生した際に原因が突き止めやすくなると思う。
LDAC対応機器を接続すると、ステータスバーに「LDACで接続しました」という表示が1~2秒ほど表示される。現状の接続状態がLDACかSBCなのかが常時わかるようアイコンなどで表示されればより快適に使えるようになるのでは...。
せっかくセンセーショナルなほど効果の差が味わえるLDACなので、もう少し目立つように機能をアピールしてもいいのではないかと感じた。ファームウェア更新等で改善されることを願いたい。
LDACによる高品位なワイヤレス再生のメリットを享受するためには、送信側と受信側の双方がともにLDACに対応している必要がある。LDAC対応のオーディオ機器は当面、開発元であるソニーの製品が中心になりそうだが、ソニーのオーディオ製品の開発担当者に訊ねたところ、将来はLDACのライセンスを他のパートナーに提供していくことも検討しているという。
ハイレゾに迫る高品位なワイヤレスサウンドが味わえるLDACが登場したことで、現在はBluetoothの便利さを基準に音楽やオーディオ機器を楽しんでいるユーザーが、より“いい音”に出会い興味を深めるきっかけが広がるだろう。今後LDACがどんなかたちで広がっていくのか楽しみだ。