しばらくブログサボってしまいました。
懸賞には何通か応募しているのですが、当選品はなし。
当確が1件。
C1000の発売前のモニターに当選したとのメールが1通受信していました。
商品はまだ手元に届いていませぬ
「24」ただいまシーズンⅤに突入です。
わかっちゃいる展開だけど、やっぱおもしろい
時間があっという間にすぎさります。
いつも
TUTAYAディスカス
でレンタルするのですが、
一度に2枚までしか借りられないので、DVD1枚とCD1枚をレンタルするようにしています。
しかしCDの方はなかなか借りたいものに空きがなく思うように借りられません。
先月、徳永英明のボーカリストが奇跡的にレンタルできて、評判通りのなかなか良いアルバムで、早く2,3を借りたいと思って1ヶ月。
本日、やっと2をレンタルすることができました。
さっそく聞いて見ると私にとって特別な思いのある一曲が収録されていました。
ちょっといい話につきあってください。
私が中学1年の時、29歳の技術家庭の先生に出会いました。
あだなは「でんさん」
由来は、電柱のように背が高かったからそう名づけられました。
目はたれ目で、授業中に教団に座り勉強以外の話をしてくれたり
中学生の私たちにとってとても明るくて、親しみやすい青春ドラマにでも出てくるようなすばらしい先生でした。
そんな先生が、中学2年の時に突然、一身上の都合で、実家のある岩手に帰ることとなりました。
学校を去る日に、全校生徒が体育館に集まり、でんさんを見送りました。
そのとき先生は壇上に立ち、
「自分は、話すのが苦手だから、歌を歌います」といって
マイクを取り、「なごり雪」を歌い始めたのです。
その意味も良くわからず、先生が歌い終わると、拍手喝さいで、男子生徒からは冷やかしの声さえかかりました。
そして。満面のでんさんスマイルを残し、この学校を去りました。
私も先生に最後に「先生ありがとう!」と友人と校舎の上から手をふったのが
先生の姿を見た最後でした。
それから半年ぐらい経ったと思います。
担任の先生が、放課後神妙な顔つきで、みんなに大切な話があると言って、
教室にのこらされました。
「でんさんが昨日、岩手で無くなられました」
と言葉を詰まらせながら、私たちに知らせました。
信じられませんでした。
あの元気なでんさんが、天国へいってしまうなんて・・・
私は、その日にもって帰ろうとしていた体操着の巾着にそのまま顔をうずめ
涙が止まりませんでした。
先生の病気はガンだったそうです。
そのとき、なぜ学校を去ったか初めて知りました。
先生が天国に旅立って一年経った命日に、お昼の放送で、
スピーカーから「でんさんに黙祷」という号令と共に、手を合わせる事がありました。
そのとき、クラスで札つきの不良男子が弁当の箸を「パチッ」と机において
手を合わせていたのが印象的でした。
今私はでんさんの旅立った年齢を超えました。
TVや町でたまに「なごり雪」が流れると、必ず、でんさんのことを思い出します。
やはりこのアルバムの「なごり雪」を聞いて、涙があふれてきました。
先生より年上になった今の私を見たら、先生どうおもうのかな
私のちょっとした思い出話でした。