玉川上水のクヌギやコナラのドングリが落ちるこの時期
そして ビゼーの「小さな木の実」が良く聞かれる季節
四半世紀近い昔のこの季節
父は逝ってしまいました。
義父も入院していて、私は義父の病院に毎日通っていたため、
父の看病は出来ず、時々見舞うだけでした。
その日、夫に「今日はどうしても父に付き添って病院に泊まりたい」
と頼んで、子どもたちと病院についたその30分ほど前に
父は息をひきとっていました。
携帯電話などないころ、
私達の出かけたあとに、電話がきたのです。
そのころ、中学3年生だった長男は、
合唱祭で歌う「小さな木の実」を、こんな歌だよ と聞かせてくれて
初めて聞いたその歌が私は とても気に入っていました。
父の死後、毎日義父の病院へ、自転車で落ち葉の舞う上水を
走りながら、涙をボロボロこぼしながら
この歌を口ずさんでいました。
3カ月後 義父もこの世を去りました。
義父の葬儀の日、
張り詰めていた気持ちが切れて、私は わあわあ泣いてしまいました。
義父には申し訳ないけれど、父の死が後だったら
私も父のそばで看取れたかもしれないのに とさえ思ってしまいました。
今もこの季節、落ち葉のかさこそいう音を聞くと
つい、いつのまにかこの歌をくちずさんでしまいます。
小さな少年と自分を重ねて、父親っこだった私は センチになります。
ポチ
そして ビゼーの「小さな木の実」が良く聞かれる季節
四半世紀近い昔のこの季節
父は逝ってしまいました。
義父も入院していて、私は義父の病院に毎日通っていたため、
父の看病は出来ず、時々見舞うだけでした。
その日、夫に「今日はどうしても父に付き添って病院に泊まりたい」
と頼んで、子どもたちと病院についたその30分ほど前に
父は息をひきとっていました。
携帯電話などないころ、
私達の出かけたあとに、電話がきたのです。
そのころ、中学3年生だった長男は、
合唱祭で歌う「小さな木の実」を、こんな歌だよ と聞かせてくれて
初めて聞いたその歌が私は とても気に入っていました。
父の死後、毎日義父の病院へ、自転車で落ち葉の舞う上水を
走りながら、涙をボロボロこぼしながら
この歌を口ずさんでいました。
3カ月後 義父もこの世を去りました。
義父の葬儀の日、
張り詰めていた気持ちが切れて、私は わあわあ泣いてしまいました。
義父には申し訳ないけれど、父の死が後だったら
私も父のそばで看取れたかもしれないのに とさえ思ってしまいました。
今もこの季節、落ち葉のかさこそいう音を聞くと
つい、いつのまにかこの歌をくちずさんでしまいます。
小さな少年と自分を重ねて、父親っこだった私は センチになります。
ポチ