とうとうきました,富士登山の日.ゴルフや飲みの疲れなど無視して朝4時に起き,富士山の登山指数が2であることを確認して,「今日だ」と決めて娘をたたき起し,伊豆縦貫道を走って向かいました富士山.結局5時過ぎに家をでることになり,途中買い物などして結構明るくなっていました.
富士宮の登山口へは,グリンパ超えてしばらく行ったところの水ヶ塚駐車場にマイカーを1000円で停めて,往復1500円のバスで向かいます.6時半前に駐車場到着.駐車料金払って,車を止めて準備して,寄付の所はフンフンしながらごまかして,6時45分頃出発のバスに揺られること40分くらい,7時20分近くに,標高2400mもある5合目,雲の上に到着しました.
樽前山の2倍以上の場所,というと娘は「ずるい」と言っていました.車でそこまで登るのはずるいようです.それなら下から歩いてごらん.
高山病対策として5合目で1時間は慣らした方が良いという色々な情報に基づいて,食堂でぼ~っとしていましたが,あまりにも退屈なので15分くらいで出発してしまいました.

駐車場とバスの中,五合目で思ったこと,登山者の格好がみんな同じで,スパッツに短パン,薄手のウインドブレーカーにトレッキングポールをしっかり装備,格好いい...それに比べ,おっさんのような茶色いチェックのシャツに黒いゴルフ用長ズボン(昨日使ったので洗濯したて,朝,扇風機で仕上げの乾燥),のっぽさんのような帽子,ナイキの普通のリュック,大きめのサングラス.明らかに浮いていました.

富士山てこんな路面なんだ~と思いながら登り,六合目まではあっという間につきました.休むことなく次を目指します.
新7合目の御来光山荘,中に入ったらおじさんが「食事?」と聞いてくるので「いいえ.中どうなってるか見たくて.ところで,ここってただ休んじゃいけないんですかね」と聞くと「きりがないからね」ということで,おじさんの機嫌が悪くならないように早々に小屋を出て,前のベンチで娘とチョコを食べました.
あとどれくらいで着くの?という娘の問いに「知らないほうがいいよ.知っていい事ないから」などといつもの問答を楽しくしていると,隣のお兄さんが話しかけてきました.そして,しばらくお話しをしました.
こういう状況だと共通のテーマがあるので自然と話が進みます.その方はちょっと前,高山病で大変だったとのこと,自分も高山病かなと思う軽い頭痛があったけど,あまり気にせず進みました.娘にとグミを3つくれました.ありがとう.でもちょっと怖くてその場では食べませんでした.こんなご時世と言いながら,なんだか警戒しちゃう自分がいや.
ここまでとにかく景色が最高でした.今までに飛行機の中からしか見たことのない雲海,遠くからしか見たことのない宝永山,目前にあると大迫力です.登っていくと娘の帽子が何度か脱げるほどに風が強くなってきているのが気になりましたが,天気が悪くないのでなんとかいけるかな,と思っていました.

腹が減った~とうるさいのと,建物に入って休みたい~外じゃいや~,という娘のリクエストで,元祖七合目の山口山荘に入って1000円のカレーうどんを食べました.発砲容器に入った軽めのカレーうどん,1000円です.カップラーメンが600円です.富士さんより高いです.

雨が降っているとのうわさが聞こえ,先日買ったカッパとザックカバーで完全装備.このとき,何度も同じものを出したりしまったりと,無駄な動きをしていたように思います.多分軽い高山病だったのだと思います.最近調子の悪いカメラを大事をとって奥の方にしまいました.なので,これ以降写真がありません.
7合目以降,だんだん風に乗ってくる砂が増えたようで,口に砂が入ったりしたので,手ぬぐいを出して口と鼻に巻きました.サングラスにお祭りの手ぬぐいで顔を覆い,そしてのっぽさんの帽子の上にカッパのフードをかぶったら,娘からどろぼうさんと呼ばれました.実家にあると思っていたソフトコンタクトがなかったので,なんとハードコンタクトです.だからサングラスは何があっても常時必須の装着アイテムです.
同じく山口山荘で食事をしていた別の親子はここから引き返すそうです.山頂まで行くつもりですと話すと,応援のエールをくれました.素敵な親子.でもお父さんはここでビール2本も飲んでる.かなり酒好きなんだろうな.
山荘の外に出ると入った時とは別世界.かなりの強風.霧?雲?雨粒ははっきり見えませんが,すぐに物が濡れます.雲の中の感じってこんななのでしょう.ラピュタと違うけど.
天気が回復をすることを祈りながら出発すると,本格的な雨も交じってきました.風もどんどん強くなり,はっきり言って台風です.娘が風でぐらつくのがわかりました.自分も体勢が悪い時にきた突風でふらっと来ることがありました.娘の手をしっかり握って登り続けましたが,途中から娘が風が怖い,と言ってくるようになりました.
八合目につきました.映画のような,テレビの中の世界のような雨風の山です.暴風雨です.雨も大ぶり,周りの人たちもかなり戸惑っているようでした.「勇気ある撤退」という言葉が何度か聞こえました.ベンチでママに電話して登山指数を聞いたら2とのこと.2でこれですか.たしかに風速15mってこんな感じなのでしょう.登山指数1で行こうとしていた自分はかなりのおろかものでした.なめてました.
娘が疲れたのか,この雨風の中,ベンチでうとうとしています.寝かせてあげました.よくみる山で最後の眠りにつく感じに見えましたが,起きると信じて数分間寝かせてあげました.その間,雨風は弱まることは全くありませんでした.
山をなめた格好で来ていた人達はもう見ていられません.意外とザックカバーをしていない人も多く,自分たちは準備だけは真面目な方だと思いました.買ったばかりのトレッキングポールは忘れてきたけど...また,ザックカバーがでかいのか,バサバサしている人も結構いました.
娘を起こして,ボケている頭に行くぞ~と話しますが,足取りが重たいです.そして,ちょっと行くと泣いてしましました.風がとにかく怖いようです.はっきり言って自分も怖いです.マラソン大会の途中で何で苦しいのに走っているんだろう,という感覚と同じく,なんでこんな雨風の中,岩場を登るのだ,と思いました.
空手のみんなに「途中で引き返した」と言うのと「頂上まで登った」というのと,どっちがいい?というわかりやすいずるい質問で娘を奮い立たせ,登り始めましたが,八合目から15~20分くらい登った辺りの,木の棒が二本立っているところでとんでもない風に襲われて,立ちすくみました.娘はおお泣きしてしまいました.
娘をしゃがませて,パパは風よけの壁になりました.しばらく動けませんでした.数メートル先,ロープの向こうの岩陰でじっとしているおじさんたちがいました.登山道の少し上の人たちもずっと止まったままでした.

数分?10分くらい?娘を抱えて勇気づけていましたが一向に雨風が弱まる気配もありません.何があっても登ろう,と思っていた自分も,残念だけどこれでは今回は無理だ,と思っていました.この雨風,自分だけならともかく,どう考えても娘は危険です.
結構いろいろ準備してきた富士登山.この夏のメインイベント富士登山.ゴルフサボってでも行こうとしていた富士登山.他の山で練習してきた富士登山.いくつものグッズを買って,買ったばかりのトレッキングポールを見事に忘れてきた富士登山.こっちへ来てからほぼ毎日朝4時に起きて,登山指数を見張っていた富士登山.一緒に登ろうとしていた兄が負傷でだめになり,娘を守ると覚悟を決めていた富士登山.30代最後で制覇して40代でチョモランマの踏み台にしようとしていた富士登山.娘が胸をはって空手や近所のみんなに富士山登ったよ!(すごい~(みんなの歓声))といえるようになる,この夏の大きな大きな夢だった富士登山.
9合目も見れていない中途半端な場所...断腸の思いで全ての夢や想いを押し込め,ここから降りることにしました.
風が少し弱まったすきに降り始めました.なかなか8合目の山荘に着かず,こんな天気で娘はずっと泣きながらずいぶんと登ったものだと思いました.しばらくして着いた8合目,トイレに立ち寄りました.200円です.娘は甘えん坊になっていてパパがいないと何もできなくなっていました.男の便器の所にあった「あと一歩前進」の文字(正確ではないかもしれません)を見て,構えてからしっかり一歩前進しました...これって登山頑張れってことか?今考えるととても面白い.
新7合目でも雨風はやみません.少し弱まった気がしますが,娘がやたらと元気でした.「風怖くないの?」と聞くと「さっきより弱いから大丈夫」...風のせいだけじゃない気がする.ぴょんぴょん降りる娘.すごい.自分は砂の深いところでこけたので,結構慎重におりました.もっと足に来るかと思ったら,意外とたたたたっと降りることができました.
下山中,何より驚いたのは登山靴の性能.色々試しているうちに気付いたのが,濡れた岩,ごつごつした岩が良好な足場です.通常の靴ではとうてい考えられない足の置き場所を選択しながら,ガンガンハイペースでおりました.ビブラムソールのおかげでしょうか.感動すら覚えました.
5合目も雨,バスの中でおにぎりとサンドウィッチを食べながら,娘と色々なお話しをしました.駐車場,その後の帰路も霧がひどかったです.山もずっとひどかったことでしょう.

こうして自分にとって生を受けて40回目の終戦記念日の初めての富士登山は,9合目の万年雪山荘に辿り着くことなく終わりました.複雑な思いが沢山ありますが,二人とも無事に降りてこれたのでよしとしましょう.またの機会があるし...でも同じじゃない...まだ女々しく引きずっている自分がいます.
後日の夕食にて,来年はじいじとおじさんと一緒に登ることになりました.