最近のコマーシャルですぐに覚えさせられてしまったのが「トン、トン、トン、日野の2トン」と「タイヤ買うならタイヤマルゼン」であり、面白く観られるのは東急リバブルの一連のコマーシャルである。少し古いが、コマーシャルソングとしては1957年から1962年頃に放送されていた「クシャミ3回、ルル3錠」が今でも記憶に残っている。秀逸であったのであろう。
観るに堪えないのは関西系の大物と称される「お笑い」を使ったコマーシャルである。内容が下劣で広告主の品性を疑う。出てくるとチャンネルを変えてしまう。従って何を売る為の広告であるか知らない。
大学を卒業し、社会人としての生活にも慣れたころから高等部で仲の良かった連中が自然と集まりだした。四ツ谷に大きなスナックを開業していた先輩が昼間も営業することにしたと知らせてきた。土曜日にお昼を食べに集まった。食後に店にあったピアノを弾いた奴がいた。あまり上手くなかった。当時はカラオケはそれほど普及していなかったので、同級生の元童謡歌手にピアノを弾かせ、順番に上手くもない歌を披露した。居合わせた客の一人が「俺にも歌わせろ」とやって来た。元童謡歌手は嫌な顔も見せずに客の要求通りの曲を弾いた。彼の歌は意外と上手かった。恐らく、その客は、かつては高名な歌手に弾かせていることなど夢にも想像しなかったであろう。
「戦後にコマーシャルソングを歌ったのは私が最初だったのよ」と高校時代の彼女に云われたことがあった。自慢げに云ったのではなかった。そのような人柄ではない。彼女とは理科の時間で一緒だった。確か3年の時だったと思う。私が座っている机に来て「どうして私が立っているかご存知?」と聞かれた。当然承知している。私が座っているのは彼女の席であった。理科の教室は幅広の机で中央にガスの口があり、二人でそれを利用するようになっていた。彼女と同じ机に座っている奴と重要な話をしていたのだ。彼女を立たせていても平気なほど大事な話であったのだ。私は「ウン、ウン」と生返事をしながら友人との重要会談を続けた。教室の入り口のドアーのあたりから走る音とともに「先生が来た!」という声が聞こえた。私は急いで自分の席に戻った。一向に先生は現れない。よもやと思い、後ろの彼女の席を見た。敵はすました顔で座っていた。視線を感じたのか私の方を見ると、実に嬉しそうな、本当に嬉しそうな顔でほほ笑んだ。怒るに怒れなかった。
童謡のほかにNHKのラジオドラマで主題歌を歌い、割と重要な役までこなした彼女ではあったが高校に進学してからは、その世界とは一切縁を切っていたようだった。続いていたのは当時からの性格の良さであった。彼女と結婚したのは我々の仲間の一人だった。皆で心から祝った。
埼玉県の古い小川町の民家を撮り終えた後で、かねてからお願いしてあった重要無形文化財に指定されている「久保昌太郎和紙工房」に伺い、作業現場を撮らせて頂いた。
キヤノンEOS7Dに17-40mm、4Lを装着。 ISO:200、 f11、 1/80秒、 露出補正:-1、 WB:オート。
キヤノンEOS7Dに17-40mm、4Lを装着。 ISO:100、 f11、 1/125秒、 露出補正:-1、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f11、 1/25秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f5.6、 1/30秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f5.6、 1/30秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f11、 1/25秒、 露出補正:-2/3、 WB:オート。
観るに堪えないのは関西系の大物と称される「お笑い」を使ったコマーシャルである。内容が下劣で広告主の品性を疑う。出てくるとチャンネルを変えてしまう。従って何を売る為の広告であるか知らない。
大学を卒業し、社会人としての生活にも慣れたころから高等部で仲の良かった連中が自然と集まりだした。四ツ谷に大きなスナックを開業していた先輩が昼間も営業することにしたと知らせてきた。土曜日にお昼を食べに集まった。食後に店にあったピアノを弾いた奴がいた。あまり上手くなかった。当時はカラオケはそれほど普及していなかったので、同級生の元童謡歌手にピアノを弾かせ、順番に上手くもない歌を披露した。居合わせた客の一人が「俺にも歌わせろ」とやって来た。元童謡歌手は嫌な顔も見せずに客の要求通りの曲を弾いた。彼の歌は意外と上手かった。恐らく、その客は、かつては高名な歌手に弾かせていることなど夢にも想像しなかったであろう。
「戦後にコマーシャルソングを歌ったのは私が最初だったのよ」と高校時代の彼女に云われたことがあった。自慢げに云ったのではなかった。そのような人柄ではない。彼女とは理科の時間で一緒だった。確か3年の時だったと思う。私が座っている机に来て「どうして私が立っているかご存知?」と聞かれた。当然承知している。私が座っているのは彼女の席であった。理科の教室は幅広の机で中央にガスの口があり、二人でそれを利用するようになっていた。彼女と同じ机に座っている奴と重要な話をしていたのだ。彼女を立たせていても平気なほど大事な話であったのだ。私は「ウン、ウン」と生返事をしながら友人との重要会談を続けた。教室の入り口のドアーのあたりから走る音とともに「先生が来た!」という声が聞こえた。私は急いで自分の席に戻った。一向に先生は現れない。よもやと思い、後ろの彼女の席を見た。敵はすました顔で座っていた。視線を感じたのか私の方を見ると、実に嬉しそうな、本当に嬉しそうな顔でほほ笑んだ。怒るに怒れなかった。
童謡のほかにNHKのラジオドラマで主題歌を歌い、割と重要な役までこなした彼女ではあったが高校に進学してからは、その世界とは一切縁を切っていたようだった。続いていたのは当時からの性格の良さであった。彼女と結婚したのは我々の仲間の一人だった。皆で心から祝った。
埼玉県の古い小川町の民家を撮り終えた後で、かねてからお願いしてあった重要無形文化財に指定されている「久保昌太郎和紙工房」に伺い、作業現場を撮らせて頂いた。
キヤノンEOS7Dに17-40mm、4Lを装着。 ISO:200、 f11、 1/80秒、 露出補正:-1、 WB:オート。
キヤノンEOS7Dに17-40mm、4Lを装着。 ISO:100、 f11、 1/125秒、 露出補正:-1、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f11、 1/25秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f5.6、 1/30秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f5.6、 1/30秒、 露出補正:-1/3、 WB:オート。
キャノンEOS7Dに24-105mm、4Lを装着。 ISO:400、 f11、 1/25秒、 露出補正:-2/3、 WB:オート。
17-40mmはうわさ通りの優れたレンズだと再認識しました。
元童謡歌手は今も元気でいます。ポッチャリ美人はテレビ受けするようで、20代のころからテレビ局からの出演依頼は絶えずにいますが、全て断っているようです。
17-40は私の気に入ったレンズの一つです。手振れ防止はついていませんが、非常に使いやすいレンズです。