ネコきか!!

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逃亡依頼 前編

2006-06-26 | 小説・その他
月はなぜ、こんなにも明るいのか。雲ひとつない空にぽっかりと浮かんだ月は、そのしなやかなカーブを失うことはなかった。いつからなのかは知る由もない。なにしろ俺以外の誰もこの怪現象に気付かないのだ。初めはいぶかしく思ったが、じきに興味を失った。確かに満月はそこにあり、それを見る俺もまたここに存在するのだ。

今日は恋人、裕子とのデートである。仕事で遅れたなどと通用する女ではない。俺はスーツ姿のまま待ち合わせ場所へと急いだ。途中、何人かに声をかけられたが、どうせなにかの勧誘だろう。ああいうのは相手にしてはいけない。
「おーそーい」
着いた第一声がこれか。まあ、いつものことだ。
「遅いって、時間には間に合っただろ」
「駆け込んでくるだけでも鬱陶しいの。いつも言ってるじゃない。男は常に余裕を持てって」
男に限らんだろ、と口に出すほど浅はかではないつもりだ。
「ね、来る途中、なにもなかった?」
「いや、別に」
「そっか、ま、いいや」
裕子は伸びをすると、
「行こう。時間がもったいない」
と言った。
裕子は近頃できたというゲームセンターに俺を引っ張っていった。取りたいヌイグルミがあるらしい。
「これこれ、クマのブーさん。赤いシャツと右手の肉切り包丁がキュートでしょう」
「……そうだね」
これ、版権とかまずいんじゃないのか?
オープン仕立てで設定が甘めらしく、SJ(スーパージャンボ)をわずか六百円で取ることができた。
上機嫌の裕子。部屋に飾るんだろうな、それ。
「んー、満足満足。さ、次はどこ行こうか」
「俺、腹へっちゃったよ」
「じゃあ、食事にしましょ」
向かった先は、路地裏にあるステーキ屋『畑中』で、俺の知り合いが店長をしている。会計も割引いてくれるので、週に一度は通っていた。難点といえば、路地裏という場所の都合上、店を知っている人間が少ないことだ。
「いつ来ても暗いわね」
「路地裏だしな」
人気も少ないはずの路地裏は、しかし今日は違っていた。
前方に、闇に溶けこむべく、黒いスーツに黒眼鏡の男たちが立っていた。
「なんだ、あれ。メンインブラックか?」
と、茶化すと、裕子は俺の手をグッと握り、
「戻ろう」
と言ってもと来た道を小走りで俺を引っ張っていった。
「なんなんだよ、おい」
「いいから。後ろ見ちゃだめよ」
そう言われると見たくなるのが人情だろう。俺は振り返った。
「あっ」
さっきの黒服たちがこっちに、というより俺たちに向かって歩いてきていた。

続く

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