貫 川 内 湖
「ソトウミ」と呼ばれる琵琶湖に対し、内湖は「ウチウミ」と呼ばれ、
母なる琵琶湖の内陸側に池、沼、沢、クリークなど様々な形態で
存在する。
明治の頃にはこうした内湖が琵琶全域で40カ所ほどあったといわ
れるが、その多くが干拓などで消失し、既存内湖は現在23カ所を
残すのみ。
貫川内湖はその一つである。
貫川内湖はかつては川上村沼と呼ばれ、琵琶湖に繋がる広大な
沼地を形成していた。
その植物や魚類が食料に、藻や泥が肥料に、水が灌漑水にと、
かつては地域の人々に様々な生きるための資源を供給し、貴重
な生活の場ともなってきたが、
時代と共にその役割を変えていき、昭和19年に始まり昭和26年
に完成した干拓によって16?の農地が誕生し、琵琶湖からも切り
離された。
現在の貫川内湖は中を貫く境川によって南北に二つに分かれ、釣
りを楽しむ人の憩いの場を提供している。
芽生えをまつこの季節、貫川内湖は静かに時を眠る。