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http://mainichi.jp/opinion/news/20130409ddm003070044000c.html 以下全文
火論:「窓」の向こうに=玉木研二
毎日新聞 2013年04月09日 東京朝刊
<ka−ron>
鎖国の江戸幕府が英語習得の必要を痛感したのは1808(文化5)年の「フェートン号事件」からだ。
オランダ船を装ったイギリス軍艦が長崎港に入り、人質事件を起こすなどして騒然とした。艦は水、食料と引き換えに退去したが、責任をとって長崎奉行らが切腹する。
西洋の事情はすっかり変わっていたのに、オランダのみを通商相手にしていたため情報の窓は小さく、世界の流れから取り残されていた。
以来200年余。「敵性語」とされた戦時をはさみ英語と日本人の付き合いは続くが、「グローバル人材育成」の名の下、いま英語教育論議がかつてなく盛り上がる。
小学校から本格導入、あるいは大学の授業も英語にし、その能力を受験・卒業の要件に等々、諸案が交錯する。
その意気やよし。ただ子供や学生には、窓を開けて新しい風光に接し、踏み出すような喜びがあってほしい。
世界盲人連合アジア・太平洋地域協議会(WBU−AP)会長の田畑美智子さん(49)を少し紹介したい。
生来の弱視である。本職では、三菱東京UFJ銀行国際オペレーション統括部で翻訳や計数管理、海外からの研修生指導などを担う。英語をはじめ、ドイツ語、中国語など語学の幅は広い。
幼くして特訓教育を受けたわけではない。中学。ラジオから聞こえる英国のバンド、ベイ・シティ・ローラーズなどに夢中になった。歌詞を覚える。第一歩だった。ラジオ講座を徹底して聴いた。英語が窓を開き、未知の広い世界を示してくれると感じた。
引っ込み思案が大きく変わった。16歳で米テキサスの盲学校に留学。それも自信と多様な意思疎通の力をつけさせた。窓は開いたのである。
帰国後入った大学ではディベートのサークルで活躍する。だが雄弁だけではだめだ。「言葉は手段です」と彼女は言う。知識、考え方がしっかりしていなくては。
語学学習にはまず「コミュニケーションへの希求」が必要だという。つまり、人と話をしたいという強い気持ち。そして長い時間をかけることだという。即効性を求める人は向いていないとみる。
回る各国の視覚障害者が置かれた状況はさまざまだ。国によって職業が極めて限られ、田畑さんが銀行員であると知って驚かれることもある。課題は山積している。
閉じていたものを開く言葉の力。外国語を習得し、使う喜びや確かな手応えはそこにある。田畑さんの活躍にそれを思う。(専門編集委員)
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つぶやき
弱視
少しばかり耳が聞えないくらいまだまだいいのでは? 自分で出来ることをやればいい。
この歳ではやることと言っても自分のことは自分でやることくらいだ。
それでもいいと思う。どうアガイテも行くときは行く。
きょうは太極拳の練習日だ。少し寒いのが気になる。寒いと膝の痛みが酷い。教室の隅で休むことも多くなるがみんなの顔を見にゆく心算で参加する。
どんな本も開かないと読めない。閉じられた本は読めないのだ。80歳の本を読もう。

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