女として大阪で暮らす。(朝鮮婆ではないよ)

自然を愛する人です。
そして動物を愛する人です。
植物も大好きです。
ニコ生すき、日本の糞ばばですよ。

名古屋名物、おにまんじゅう食べてみてちょ?!

2012-03-31 | 日記
材料 (約10個分)
さつまいも 460グラム(大きめサイズ) 砂糖 110グラム 小麦粉 160グラム 白玉粉 40グラム 水 115cc

1
さつま芋は皮を剥いて約1cm角に切り、水に約10分くらいつけてアク抜きする。
2
1のさつま芋の水気をきり、ボウルにさつま芋と砂糖を入れ全体に混ぜる。約1時間おいて水分をだす(水分はそのまま使用)

3
蒸し土鍋(蒸し器)に水(分量外)を入れ、すのこにクッキングシートを敷きます。
4
2のボウルの中に、水・小麦粉・白玉粉をいれて混ぜます。
5
蒸し土鍋が沸騰したらクッキングシートの上に、お好みの大きさでのせます。
6
蒸し土鍋で中火で約15分蒸します。
さつま芋に竹串を刺して柔らかくすっと通れば「もっちり鬼まんじゅうの」完成です。

◆蒸し器でもできます。
◆必ず手順:2のさつまいもから水分を出し、捨てないでください。
◆もちもち加減は白玉粉の量で、甘さも砂糖で調整できます。
◆作ってみてとても簡単にできてびっくり。

☆わたしもこんどつくってみたいです。
 お母ちゃんが、かってきた鬼まんじゅうすきでしたよ?!

手紙(朴明子)

2012-03-31 | 日記
わたしは、この歌になんだか、運命のはかなさを感じた。
岡林信康の、手紙である。

一番好きな相手とは、親戚に反対され結婚できずに、自殺してしまう女の子の歌。

くやしさと、悲しみのある歌。
この町の、どこかにある、悲しみと似ている。

に生まれたそのどこが悪い?!
どこが違うの?!
悲しい女の子の、悲鳴のように聞こえる。

私なら、生きたと思う。
なぜなら、に生まれたことは、悪くはないし、どこも違わないから。

矛盾したことで、差別され、死ぬぐらいなら、生きたと思う。

しかし、この町のどこかに、同じ運命をたどる若者がいる現代が、いまあるのです。
そのことに、愕然としました。

この差別は、今でもこの町にあります。

デブの将来(朴正子)

2012-03-31 | 日記
今のところ、なんにもなし。
この場所で骨をうずめるかもしれないし、またどこかに流されるかもしれない。

デブは、もう若くないけど、一人で生きるのだから、まずは健康になりたい。
不眠症と、肥満は、卒業したい?!

一番は、この文鳥たちを、見守るためにも、後10年ぐらいは健康でいたい。

健康になるためには、最近わかったことがある。

食事と、睡眠だ。食べることをおろそかにすると、たいへんなことになる。
やる気をおこすためにも、睡眠も重要だ。

デブの将来はわからないが、何とかなるように、楽観的に生きていこうと思う。
どう考えても、この世にはなるようにしかならない、運命があるから。

運命は、もてあそばれることもあるし、私なんて、運命に、振り回された上に、一人ぼっちになり、でも、生きていくには、この運命にさからえない。

むかしなら、死んでいてもおかしくない年齢で、生かされている今を。
たのしく、明るく生きていこうと思う。

不細工でも、いい?!

でぶでも、不幸でも、生き抜いていこうと思う?!

優しい風(朴正子)

2012-03-30 | 日記
結婚とか、幸せとか簡単に手に入れることもできるラッキーな人もいれば、そうでない人もいる。昔から、神様は、本当におられるのかとおもうほどに、不平等なのだ。

まして、人間は人を見比べるという悲しい運命を背負うのだ。
自分の不幸を、誰かのせいにして、悲しみを薄める生き物なのだ。

すきなひとがなかなか、できない人々は、できる過程をたのしんだらいいし。
今が不幸なら、しあわせになれる、過程をかんがえたら、少しは楽になる。

上を見るよりも、すこしだけまえをみたらいいのだし。
人と見比べるよりも、いつもよりもすこしだけしあわせをかみしめたらいいのだし。

理屈じゃないけど、この町にはきびしいかぜがふいている。
でも、やさしいかぜがきっと、吹いてくると信じて、私たちは生きている。

はるのこのあたたかなひざしのように、このまちには、かならず、確実に、
優しい温かな風が、吹いてみんなが、笑顔になれる日を今日も、信じて生きる。

暖かな日になるそうですよ?!

2012-03-30 | 日記
私は春が一番すきです。どうしてかというと?
さむいくるしいときを、超えると春が来るように、必ず人生には冬のままなんてないと、信じているからです。

お花が咲き乱れ、小鳥たちが、たくさん公園に遊びに来て、人間たちにも、ほほえみがあふれる春が、一番好きなのです。

だから、わたしは、人生の冬を超えようと今しています。
かならず、春はきますからね。

一番好きな春に、わたしはつまらない日々を忘れて、花を見ながら、のんびりと、楽しくお散歩します。

ここぞとばかり、あふれる花々をみてあるくと、幸せな気分になれます。

みなさん、どんなはるをおすごしになるんでしょうかね?!

あったかになる、春を少しだけお楽しみくださいね?!

認知症は、そばにいてもわからないときがある?!

2012-03-29 | 日記
わたしは、ある仕事で、認知症の人のお世話をさしていただきました。
すごく、初めてのことで、不安でしたが、いつも、お部屋のかたずけから、
せんたく、ごはんをたべさせる、おむつ交換、その他雑用でした。

一番困ったのは、あばれることでした。痩せた体の男性でしたが、毎回怒鳴られたり、叫ばれたりしました。それに、かえりぎわに、かならず、おむつ交換をさいどさせられたりして、とまどいました。

いまのわたしなら、子供のように、せつしてあげたらよかったけど、昔の私は、いらいらして、こちらまで、鬱になりました。

いつも、お部屋はあばれているので、めちゃくちゃです。
まいにち、どうしてだろうと思いながら、かたずけたのです。

その繰り返しで、はじめて、どなられなくなり、意思の疎通らしきものができたときはうれしかった思い出があります。

彼は、認知症でした。
だから、わけのわからない状態で、おこり、いかり、あばれていたのですが、その状態も愛情をこめて、接していくうちに、コツがわかり、おこられなくなりました。

方法は、やさしく、せつする、まいにち、確実に介護していくだけのことでした。
手を抜かないで、丁寧にことばかけをすることにより、彼はおこらなくなりました。

認知症の人はちかくでも、わからないものです。
ちゃんとした意見がいえるし。
ちゃんとしてみえる方がおおいのですね。

でも、すぐに、おこるだけでも、認知症かもしれませんね?!
介護のことは、いまでも幼稚なじぶんですが、すこしわかったことがあります。

認知症の人々は、わるくないんだと、知らないうちに、イライラがつのるようになり、わけのわからない、いかりを、ぶっつけるのだと。
だから、すこしいらだつけど、子供の駄々っ子とおもい、自分まで、ふりまわされないで、母親のように、おおきなこころで、せっする。

すべて、なれたら、できるし、認知症の人は、怖くはないのです。
ただ、さびしがり屋で、甘えん坊さんが、おおいのが、げんじつですね。


小鳥を飼うことで学ぶこと。

2012-03-29 | 日記
私は、人間関係が嫌いですが、小鳥を飼うことで人にやさしくなれました。

文鳥は空気の読める賢い鳥です。
それなのに、人間をやっている私は、空気が読めないほうで、人間関係にひびがはいりました。

空気が読めるこれは、たいへんなことです。
その場の状況で、判断して、空気をへんなかんじにしない。
あんがい、私みたいなKY人は、たくさんいます。

私が嫌がることを、わざとする人がいました。
「のぞき」です。

たび、たびするので、その人をきらいになりました。
暇だから、するのでしょうが、きもちわるいと、女ならみんな感じています。

空気の読めない人は、その場で立ちすくんで、道を邪魔したり、自分だけのことを考えがちです。
文鳥は、私の悲しい時には、やさしく、にぎられ、くるしいときにも、やさしく、目をしっかりみて、とぼけてよろこばしてくれます。

元気な時は、楽しく一緒にあそんでくれたり、人間の私が、ああ空気をこいつ読んでるな?!と思うほど、かしこいとおもうときもあります。

強い文鳥は、怒りもすごいです。
ほんとうに、おこると、もうすごいです。

でも、許されるのは、私が、さみしいときに、優しく寄り添ってくれるからです。

人間でも、文鳥のように、空気が読める人は、素敵です。

わたしも、学んでしまいますね。

賃貸物件(何を我慢すべきか?)

2012-03-29 | 日記
わけあり物件、一つだけ我慢すると安い物件。
私の住む街は、全体的に、特区だからなのか、安い。

我慢すべき点は、人間関係がむずかしいので、あたらず、さわらずにすることだ。
それから、その中で、人間関係をひろげすぎるのもよくない、隣近所にかかわりをもつことも、注意なのだ。

秘密は、絶対しゃべらない、人の口は、ふさげないので、放送局的な人がたくさんいる。
それに、安い物件は、広いが、なにかわけありなのだ。

そのわけありを、少し我慢すると快適だ。
階段だけの、へやとか、日当たりが悪い、隣がかなりややこしい、嫌がらせで追い出された物件とか、いろいろ近所に、借りる前に、調査すべき点なのだ。

私は、今住んでいるところは、気に入っている、ひあたりは、まあ、まあなのだが、古い建物が、昭和をかんじさせるし、銭湯にいかなくてもいいし、一番は交通便利なところ。

どこにいくにも、あるいていけるし、買い物は近い、おまけに、運動がてら、難波までもそう、
遠くはないのだ。
ひとの欠点は、さがすのはきらいだけど、すみやすさゆえの、物件情報は、知るべきだ。

そうしないと、あとあと、またいやになることもありなのだ。
わけありなのだが、許せる範囲なら、安くて、いい物件があるのも、大阪の良さの一つだろうね

親友とは?!

2012-03-29 | 日記
親しい友と書いて、親友ですが、私は親友ほど、ものすごくケンカして、殴り合いもしました。
しかし、不思議と、憎しみよりも喧嘩したときの、怒りよりも、かけがいのない、大切なものをなくしたようで、そのあとに、すぐに自分から謝れる、友達ですね。

私は、友達は、自分の欠点をズバリ言ってくれる人。
よい、アドバイスとは、ほめ言葉よりも、苦い助言をしてくれる人。
自分がにくまれてもいいけど、あえていやなことをいってくれるひと。

おせいじは、だれでもいえるものですが、その人の欠点をズバリ言える人は、いないものです。
そんな人は、私は悪気のない意見は聞いて、治してきました。

でも、そういってくれる人は、なかなかいないものです。
まして、身内でさえ変な気を使うものです。

ずばり、欠点をいってくれる。
善意の、意見を言ってくれる人が親友です。
おかげで、いきてこれたのも、本当のことを言い合える人がいたからです。

一つのパン⇒片方のパン(朴正子)

2012-03-29 | 日記
私の母が、教えてくれた、一つのパン物語の続きを書こうと思います。
その一つのパンの大体の、物語のストーリーを先に書いていきます。

母が教えてくれた温かなお話です。

神様が、地上に一つのパンを二つに割り落としました。
地上で、その二つのパンが必ず出会うのが、結婚であると、しかしなかなか見つからない人は、その片割れのパンが、かならずいるので、あんまり焦って違うパンとくっつくと、別れてしまうという、簡単な物語ですが、神様のなさることなので、信じて生きてきましたね。

お母さんが、作った物語は、一つのパンで、必ず結婚できるし、愛する人がいるということです。さて、片方のパンが、死別した場合どうでしょうか?

ひとりぼっちでいきていかなくてはならないのでしょうか?
いいえ、私なりの解釈で、書いていきます。

ある時、一つのパンだけになった男は、さびしくって、なきながらいきていました。
大切な、奥様を亡くされて、生きてゆく元気さえなくなっていました。

そのとき、同じ一人ぼっちになった女がいました。やはり旦那様がなくなり、毎日、毎日泣いて暮らしていました。さびしいよりも、むなしさで体と心が、つめたくなっていきました。

そして、その男と、女が、偶然知り合うのです。同じ境遇で、さみしい未亡人と、さみしい独り者の男でした。
その出会いで、その男は、考えました。

もう一つのパンになれませんが、お互いの片方のむなしいのを、補える、一人ぼっちの未亡人が生きてゆく、喜びとじぶんのたすけになるのだと。ひとつにむすばれなくてもいきていけると。

つまり、友達になることです。
恋人や、旦那や、妻は、別れが必ずあります。

でも、生きている限り、親友は、別れがないのです。
永遠に、楽しい友達には、喧嘩があっても、憎みあうことはありません。

たいてい、少ししたら、さびしくなって、なかなおりできます。
親友とは、親よりもなによりも、がつよいものです。

そのがつよい、片割れのパン同志仲良くなれば、お互い心をいたわりあい、いきていけるんです。
わたしは、一人ぼっちになりましたが、さみしくはないのです。

それは、親友がいるから、お互いに、親しき仲にも礼儀ありで、楽しいからです。