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On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

4-7

2010-01-30 20:20:47 | OnTheRoad第4章
 「免許は持ってるんだろ?」とサトウさんに言われて、車があればと思った。「なでしこのベンツを使うか? イヤならレンタカーでもいい」とサトウさんが言った。楽しそうに笑っている。「オレを運転手に雇うか?」

 「ホント運転してないんです」と言いながら、僕は免許取り立てでお父さんの車を電柱にこすったことを思い出した。それ以来、スクーターと三輪バイクしか乗ってない。

 「よし、明日から練習だ。明日は銀行に連れていってくれ」とサトウさんが言った。何でも自分で決めてしまうけど、こんな優しいサトウさんがアキトシさんとうまくやれないのが不思議だった。

 サトウさんの表情が柔らかくなったから、家までの時間は短かかった。ドライブまでに道だけは研究して、少なくとも2通りの道を用意すること。女の子は地図にからきし弱いから、絶対あてにしないこと。つまらないケンカを避けるにはそれが一番だと言われて、そんな準備をしたことがなかった自分が恥ずかしかった。


4-6

2010-01-30 20:19:15 | OnTheRoad第4章
 僕はライトバンの助手席に座って、アキトシさんに頭を下げた。アキトシさんは右手を少し上げて、情けなさそうな顔で口もとだけ笑った。僕は意識してニッコリした。うれしそうにならないように、イヤそうにもならないように。

 車をバックさせながら、「悪かったな」とサトウさんが言った。「せっかく、あずさちゃんと話せたのにな」
 「スズキさんとはまた会えるから、大丈夫です」と僕は言った。「魚のおいしい店、紹介してください」

 「お大事に」の看板が正面に見えて、すぐに左後ろに消えた。車がまっすぐになると、「魚なら海だろう」とサトウさんが言って、「そうか、そうか」と何度もうなずいた。

 海なんて僕は思いつきもしなかった。今は冬だし。電車で1時間くらいの距離だけど、海水浴のノリで行くんじゃなければけっこう遠い。


4-5

2010-01-29 19:20:34 | OnTheRoad第4章
 「なでしこは今の時間はそんなに忙しくないから、アキエさんの退院の日は2人で迎えにきてくださいね。アキエさんがどうするかはアキエさんが決めることだし」と僕は逃げた。キセキにすがりたい気分だった。

 2人が会計でもめる前に、僕はさっきのお釣りで支払いを済ませた。サトウさんとアキトシさんは退院の日と待ち合わせの時間を確かめて、にらみあうみたいに店を出た。

 病院までの登り坂は、スズキさんと歩いたときよりずっとキツイ感じがした。誰も何も話さない気まずさが重くのしかかっているみたいだ。
 途中からサトウさんとアキトシさんはそれぞれ車のキーをポケットから出して、手の中でカチャカチャと音を立てた。こんなところまでそっくりなのに、ケンカになるのは親子だからなのかなと思う。
 駐車場の前まで来て、「オレはタカハシ君を送って帰る」とサトウさんが言った。「オレはオフクロに会って帰るよ」とアキトシさんはキーをポケットに押し込んだ。「一時休戦だと言っておけ」とサトウさんが言った。

 一時休戦というより講和に向けての休戦なんだけど、認めたくないなら認めなくてもいいや。

4-4

2010-01-29 19:18:22 | OnTheRoad第4章
 サトウさんとアキトシさんの話は何度も焦点がずれそうになったけど、まとめたらこうだ。

 アキトシさんはまず店舗を改築しなければならないと思っている。それからなでしこでの販売はアキエさんと僕に任せて、サトウさんには隣り町の工場で職人の指導をしてもらいたい。
 もちろんサトウさんはなでしこの改装には反対だ。新しい店にするより、古き良きなでしこに戻したいような気がする。生まれ育った家だし、たぶんハルさんの思い出が大事なんだと思う。

 2人ともアキエさんとなでしこが大好きなのは確かなのに、サトウさんもアキトシさんも自分の立場からばかり考えているから、うまくいかないように見えた。

 「僕は自分に自信なんかないから、誰かの役に立てればいいと思うんです。2人とも才能のある人なんだから、協力できたらもっとすごいのに」と僕は本音を言った。僕じゃなくてアキエさんがここにいてくれたら、もっといいことを言ってくれるにちがいないと思った。

4-3

2010-01-28 21:27:00 | OnTheRoad第4章
 「サトウさんのおかげで、きちんと話もしないまま、ずっと会ってなかった大事な友達と会ってきたんです」と僕は言って、友達と言ってよかったのかなと思った。「話をしたほうがいいと思います。じゃまなら僕は帰ります」と僕が言うと、「いてくれないと話にならないよ」とアキトシさんに引き止められた。

 「僕もウチのオヤジとはあまりしゃべるほうじゃなかったけど、最近この人ってすごいと思うことがあります」と言いながら、僕は自分が何を言いたいのかわからなかった。

 「オヤジは職人としては立派だと思うよ」とアキトシさんが言って、聞いたことのあるコトバだと思った。「でも、タカハシさんはわかると思うけど経営はうまくない」
 「半人前には言われたくねーよ」とサトウさんが席を立ちそうになり、今度は僕がサトウさんを引き止めた。